百鬼オペラ『羅生門』で演出・振付・美術・衣裳を手掛けるインバル・ピントにインタビュー
インバル・ピント
遠い昔のおもちゃ箱を開けたような独特なテイスト、摩訶不思議で驚きに溢れたダンスと演出が世界で高く評価されているイスラエルのインバル・ピント。日本でもファンは多く、ダンス公演のみならず、インバルがアブシャロム・ポラックと演出・振付・美術を手掛けたミュージカル『100万回生きたねこ』(2013年、2015年)は様々な舞台賞を総なめにした。そのインバルが、今回挑むのはなんと芥川龍之介だという。
9月にシアターコクーンで上演される百鬼オペラ『羅生門』。「羅生門」「藪の中」「蜘蛛の糸」「鼻」といった芥川の代表作を劇作家・長田育恵が一つの物語へと台本化。柄本 佑、満島ひかり、吉沢 亮ら魅惑の顔ぶれが出演する。インバルはその演出・振付・美術・衣裳をアブシャロムと共に手掛ける。
--芥川龍之介とは驚きました。
台本の長田育恵さんとも話していますが、芥川のいくつかの短編を再構成して、ひとつの作品を編んでいくつもりです。現在のところ、『羅生門』『藪の中』を中心に、『河童』『鼻』『蜘蛛の糸』、さらに芥川龍之介自身の生涯もからめていきます。セリフもあり音楽もダンスもあり、そして舞台上に妖怪(ヨウカイ、と日本語で発音)の世界をもたらそうと思っています。『妖怪オペラ』ですよ(笑)。
--なるほど、タイトルに「百鬼オペラ」とあるのは、そういうことでしたか。インバルさんの作品では、様々なモンスターが山ほど出てくる『ブービーズ』(2001年)というものもありましたね。
そうですね、でも本作では妖怪が人間に変身して色々なことが起こる、という展開を思索中です。ただ私の国(イスラエル)には妖怪という概念はなく、似たような存在もいません。妖怪は日本独特の伝統的な世界観の中で育まれてきた存在ですね。とても興味深いです。
--日本は生ものを置いておくとすぐにカビが生えるとか、そこらじゅうに生命の存在を感じる文化です。妖怪はそうしたアニミズムやシャーマニズム、自然への恐れなどが形を成していったのかもしれません。
なるほど。それは同時に『人間が世界をどう見ているのか、どう立ち向かっているのか』という問いかけでもありますね。芥川の作品は、どの話でも、最終的にその人が正しいと思う事を選択していきます。しかしその結果、より多くのものを失ってしまう場合もある。何が正しいことかを一概に言うことは難しい一方、人生は常にその選択を迫られることの連続です。それでもより良い世界を作るために何ができるかを考えていきたいですね。
--現在候補に挙がっている5つの芥川作品のうち、一番印象深い話はどれですか。
どれも面白く、哲学的な視点に満ちていて興味深いものばかりです。ただ。大きな鼻を気にしている和尚さんが主人公の『鼻』は印象的な話ですね(笑)。気の毒ですが、多くの人が、自分の知り合いの中で共通する誰かを思い出すのではないでしょうか。
--あなたはちょっと変わった体型のダンサーでも、舞台上で素晴らしい魅力を引き出してユニークでチャーミングな存在として使いますよね。
そう思って貰えるとうれしいです。ひとりひとりが異なる声も身体も質感も違っているから面白いんです。
--挙げられた作品の中では『蜘蛛の糸』だけはちょっと異質な感じがしますね。他の作品は人間の複雑な面を描いていますが、これだけは明確に教条的な感じです。
そうですね。でも様々な角度から作品を眺めることで、別々の話の中に共通する芥川の世界観を見つけていくのは楽しいですよ。
--出演者について聞かせてください。基本は下男(柄本祐)と町娘(満島ひかり)を中心に話が進むようですが、役者として柄本さんの印象はいかがですか。
まだ話をして日が浅いですが、大いに好奇心をかき立てられています。とても知的だし、才能豊かな方ですね。なにより外見がとても気に入っています。すでに妖怪の雰囲気を持っていますから(笑)。
--満島ひかりさんは『100万回生きたねこ』(2013)で、すでにご一緒していますね。
ひかりは『ねこ』の時も本当に魅力的でしたが、あれから4年経って、さらに色々な仕事に挑戦していると聞いています。彼女は舞台上で、力強さとか弱さを両方表現できるところが素晴らしいですね。今回は『100万回~』とは全然違うキャラクターになるので、とても楽しみです。
--メインの話のひとつが『藪の中』だとすると、満島さんは乱暴される女性の役ですが……。
大丈夫。彼女は逃げないと信じてますから(笑)。
--『羅生門』で死体の髪を抜いている老婆の役は銀粉蝶さんですか。
そうですね。しかし彼女の影のある強烈な存在感はとても得がたいものなので、他にも色々な形で登場していただけるよう考えています。
--ダンサーも錚々たるメンバーですね。
江戸川萬時、川合ロン、木原浩太、大宮大奨、皆川まゆむ、鈴木美奈子、西山友貴、引間文佳など、『100万回~』でも共演してくれたダンサーも含め、魅力的なダンサー達が揃いました。すでに動きやキャラクターのワークショップを始めましたが、想像がどんどん膨らんできますね。また前に私のカンパニー作品にも出演してくれている皆川まゆむが振付助手として加わってくれます。
--曲はどんなイメージですか?
音楽は、私の『ウォール・フラワー』という作品でもコラボレーションした阿部海太郎に作曲を依頼しました。6名のミュージシャンが舞台上を移動しながら演奏する予定です。なにか特別でユニークな楽器を使ってもらおうと思っています。クラシック音楽よりも、楽しい感じになるでしょう。
--妖怪のデザインもご自分でなさると思いますが、コスチュームのイメージなどはできていますか?
それはまだこれからです。でも先日、日暮里の繊維街へ行って、様々な変わった布を山ほど見ることができて、素晴らしい体験でした。
--有名な黒澤明監督の映画『羅生門』も、『羅生門』と『藪の中』をメインにしたものですが、ご覧になったことはありますか?
かなり昔に見ているとは思います。しかし私はクリエイションの時に、類似の他人の作品は見ないことにしているので、映画が影響することは基本的にはありません。なにか影響があるとすれば、黒澤映画における光と影の描き方の美しさ、人間の描き方などです。でも私は、まったく別のものとして、観客の皆さんがこれまで見たことのない妖怪の世界をお見せしたいと思っています! ニューエイジの妖怪オペラ、ダークオペラですね(笑)。
取材・文=乗越たかお 写真撮影=安藤光夫
■会場:Bunkamura シアターコクーン
■料金:S席¥10,800、A席¥8,500、コクーンシート¥6,500(全席指定・税込)
■一般発売日:5月27日(土)
■脚本:長田育恵
■作曲・音楽監督:阿部海太郎
■作曲・編曲:青葉市子、中村大史
■演出・振付・美術・衣裳:インバル・ピント&アブシャロム・ポラック
■照明:ヨアン・ティボリ
■音響:井上正弘
■ヘアメイク:宮内明宏
■演出家通訳:角田美知代
■振付助手:皆川まゆむ
■演出助手:西 祐子
■舞台監督:山口英峰
柄本 佑、満島ひかり、吉沢 亮、田口浩正、小松和重、銀粉蝶
江戸川萬時、川合ロン、木原浩太、大宮大奨
皆川まゆむ、鈴木美奈子、西山友貴、引間文佳
青葉市子、中村大史、権頭真由、木村仁哉、BUN Imai、角銅真実