『バベルの塔』展をレポート ブリューゲルのユニークな発想と細部へのこだわりに魅了される
-
ポスト -
シェア - 送る
『ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展』が、2017年7月2日(日)まで、東京都美術館で開催される。16世紀を代表する画家ピーテル・ブリューゲル1世の傑作《バベルの塔》が24年ぶりに来日。さらには、ブリューゲルに影響を与えたヒエロニムス・ボスの《放浪者(行商人)》《聖クリストフォロス》ほか、15世紀末から16世紀のネーデルラント美術を幅広く紹介する。一般公開に先駆けて行われたプレス内覧会より、本展の見どころに迫りたい。
ネーデルラント美術の変遷をたどる
作者不詳《十字架を担うキリスト、磔刑、十字架降下、埋葬のある三連祭壇画》1500年頃、胡桃材
かつて、芸術はキリスト教的世界観を表現する手段だった。彫刻は教会の祭壇を飾り、絵画は聖書や聖人の物語を主題としていた。その背景には、教会を中心とする宗教的権威やそれと結びつく政治権力、そして人々の信仰があった。
ヨアヒム・パティニール《ソドムとゴモラの滅亡がある風景》1520年頃、油彩、板
作者不詳《風景の中の聖母子》1480年頃、油彩、板
ルネサンスと宗教改革を経て、人類の歴史は転換点を迎えた。神に代わって人間が世界の中心となり、教会中心の信仰に疑問が呈された。こうした歴史の流れに呼応して、15世紀から16世紀にはネーデルラント美術も変化した。従来の作品とは異なる風景画や風俗画、静物画、肖像画などが次々と制作されたのだ。
たとえば、《ソドムとゴモラの滅亡がある風景》は、「創世記」の物語を主題としつつも、画面の大部分を占めるのは風景である。物語の登場人物たちは画面右下に小さく描かれるだけだ。また、《風景の中の聖母子》も、聖母子の背後には広々とした風景が広がり、裏面は静物画となっている。
本展の第1章から第4章では、ネーデルラント美術の変遷をたどることができる。これらの章はヒエロニムス・ボスやブリューゲルへの伏線でもある。画題や技法の変化をじっくり鑑賞してほしい。
奇想の画家、ヒエロニムス・ボス
ヒエロニムス・ボス《放浪者(行商人)》1500年頃、油彩、板
独創的な作風で有名なヒエロニムス・ボスは、15世紀から16世紀にかけて活躍した画家だ。ボスは、キリスト教を主題とする一方で、人々の暮らしにも目を向けた。《放浪者(行商人)》では、みすぼらしい格好の行商人を中心に、女に言い寄る男や小用を足す男、家畜などが描かれている。猥雑な画面は、当時の世相を鋭く洞察したボスの感性が表れていて面白い。
ヒエロニムス・ボス《聖クリストフォロス》1500年頃、油彩、板
ボスといえば“奇想の画家”である。ボスが描く異形の怪物や奇妙な物体は、視覚的インパクトが強く一度見たら忘れられない。たとえば《聖クリストフォロス》では、木の枝にぶら下がった巨大な水差しが画面の右端に描かれている。水差しの割れ目には梯子がかけられ、口の部分からは老人が顔をのぞかせる。こうした不思議なイメージは、鑑賞者の想像力をかき立てるだろう。
ヒエロニムス・ボス、彫版師不詳《樹木人間》1590-1610年頃、エッチング
ボスが生み出したものたちはユーモラスだ。たとえば、有名な《樹木人間》は、船の上に載せた両足で絶妙なバランスを取っていたり、胴体部分で人々が宴会していたりと、細部の工夫に目を奪われる。ボス作品の面白さは同時代の人々を魅了し、模倣者たちも現れた。ボスが創造したファンタジーの世界を探検できるのが、第5章と第6章だ。
人類の営みを肯定するバベルの塔
16世紀半ば、ボスの人気が再燃する「ボス・リバイバル」が起こり、ピーテル・ブリューゲル1世は“第2のボス”として名を馳せた。第7章と第8章には、ブリューゲルが制作に関わった版画の数々と傑作《バベルの塔》が展示される。
ピーテル・ブリューゲル1世、彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン《大きな魚は小さな魚を食う》1557年、エングレーヴィング
《大きな魚は小さな魚を食う》は、ボスに倣ったモチーフが画面いっぱいに散りばめられている。大きな魚の口や腹から溢れる小さな魚たち。二足歩行する魚や空飛ぶ魚。「魚」のイメージがどこまでも広がっていく。ブリューゲルの版画は、ユニークな発想と細部へのこだわりが魅力的だが、これは《バベルの塔》にも通じる。
ピーテル・ブリューゲル1世《バベルの塔》1568年、油彩、板
《バベルの塔》は「創世記」の一場面をテーマとするが、16世紀の建築技術や船舶などが描かれ、従来の宗教的イメージから飛躍した作品でもある。同時に、レンガの色の違いや工事に携わる人々の姿など、細部が徹底的に描き込まれていて、長時間見ていても飽きないのだ。《バベルの塔》の傑作たる所以である。
大友克洋、デジタルコラージュ:河村康輔《INSIDE BABEL》2017年、デジタルプリント、紙
「創世記」におけるバベルの塔は、神に近づこうとする人間の傲慢を象徴する。一方、ブリューゲルの《バベルの塔》は、最先端の技術や働く人々の描写を通して、人類の営みを肯定する。このように解釈すれば、《バベルの塔》は、現代社会に対するブリューゲルからのエールと捉えることも可能だろう。ヒューマニズム溢れる《バベルの塔》を会場で鑑賞してみてはいかがだろうか。
本展オフィシャルサポーターの雨宮塔子