『クエイ兄弟 ―ファントム・ミュージアム―』展をレポート 闇にうごめく美しき悪夢に酔う

レポート
アート
2017.6.12
デコール 仕立屋の店内(ストリート・オブ・クロコダイル)1986年

デコール 仕立屋の店内(ストリート・オブ・クロコダイル)1986年

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この夏、2017年6月6日(火)~7月23日(日)の期間、渋谷にある松濤美術館で『クエイ兄弟 ―ファントム・ミュージアム―』展が開催される。クエイ兄弟は退廃的かつ幻想的な美を体現する、稀有なアーティストだ。彼らの映像作品は、1988年に、現在渋谷に拠点をおく映画団体イメージフォーラムのフェスティバルで初めて紹介され、驚きと賞賛をもって迎えられた。

本展は神奈川県立近代美術館と三菱地所アルティアムでの巡回後の開催であり、日本でクエイ兄弟の映画が初めて上映されてから約30年の年月を経て、再び展覧会として紹介される形になる。渋谷という場所に縁が深いのは、クエイ兄弟の作風が多種多様なカルチャーが混在するこの街に似つかわしいからであろう。以下、見どころをお伝えする。

(左より)アニマトロ二クス・パペット 女の子 1992年、パペット ウサギ 1992年 

(左より)アニマトロ二クス・パペット 女の子 1992年、パペット ウサギ 1992年 

創作の源泉が総覧できる展示

本展では、クエイ兄弟が影響を受けたアートや、名声を得る前のイラスト、現在の創作に至るまで幅広い作品の総覧が可能だ。二人の想像力の源泉は東欧にある。アメリカ生まれの二人が東欧に興味を持ったのは、フィラデルフィア芸術大学で開催された『ポーランドのポスター芸術』展の鑑賞がきっかけで、本展では彼らに影響を与えたポスターを見ることができる。ポーランドのポスターが持つ、シュルレアリスムやロシア構成主義などの要素も感じさせながら、「何かに似ている」と言いきれない独特の雰囲気は、若かりし頃のクエイ兄弟に新しい境地を提示したのだろう。ボーダーレスな芸術的・文化的素地を養分にする姿勢は、兄弟の今の制作スタイルにつながっているといえよう。

本展におけるクエイ兄弟の初期作品としては、ロンドン留学の修了後のドローイング「黒の素描」がとりわけ印象深い。陰惨だが滑稽さを孕み、優美さが漂う。黒色は紙の色味ではなく、鉛筆の細い線描によるものだ。繊細な黒を生み出して全体を闇で包みこむ作風は、ドローイングのみならず、すべての作品に通底するものである。

彼らは映像「ストリート・オブ・クロコダイル」「ベンヤメンタ学院、または人々が人生と呼ぶこの夢」の作者として知られており、映像作家の印象が強い。しかし二人は、舞台美術やミュージックビデオなどの仕事も広く手がけている。意外なところではジュースや酒・除草剤などの企業CM制作も行っており、それらも会場で見ることができる。

イマジネーションの結晶「デコール」

クエイ兄弟のアニメーションは、1秒あたり25コマで構成されている。1分間で1,500ものコマがあることで、人形たちの繰り広げる滑らかな動きが再現できるのだ。二人は創作をし始めたころは35ミリフィルムを使い、時代とともにデジタルに移行したが、未だにCGは使用していないという。重たいゴシック調の雰囲気は、ミニチュアながら驚くほどリアルなアンティークテイストの舞台装置と小道具、昔ながらの製法、そして確かな技術に裏打ちされてのものなのだろう。

デコール 仕立屋の店内(部分)(ストリート・オブ・クロコダイル)1986年

デコール 仕立屋の店内(部分)(ストリート・オブ・クロコダイル)1986年

本展会場の地下には、アニメーションのセットと舞台の模型である「デコール」が並ぶ。デコールという言葉は、クエイ兄弟によって独自の意味が込められた単語だ。会場で紹介されているデコールは、フランツ・カフカの小説「変身」の舞台となったグレゴール・ザムザの部屋や、森の中を模したものまで多種多様。その部品の一つ一つが精巧に作られ、絶妙なバランスで配置してある。デコールは個々に完結しているが、すべてがクエイ兄弟の世界観を体現しているのだ。

デコール 変身 2012年

デコール 変身 2012年

デコールの中には、箱の内部を覗き込むキネトスコープ形式のものもある。分厚いレンズを覗き込むと、角度によって像が歪み、現実をずらした異世界のような光景が繰り広げられる。まるで、こっそりと禁断の秘密を独り占めしているような、スリリングで贅沢な気分を味わえるだろう。

デコール BBC2のアイデント 1991年

デコール BBC2のアイデント 1991年

無数の舞台を内包する、劇場のような美術館

松濤美術館は、ノアビルや親和銀行など、数々の個性的な建築を設計した白井晟一の手による建物である。曲線を描く外観を眺めながら入場し、ゆるやかに湾曲した通路を通って室内に入ると、鑑賞者は洞穴に迷い込んだような気持ちになり、展示スペースの作品はひっそりと守られている宝のように見える。

松濤美術館

松濤美術館

本展では、通常の展示よりも照明を弱くしているのだという。もともと光が少ないように感じる建物であるから、より強く作品へ引きずり込まれる感覚を味わえる。クエイ兄弟の世界に、まばゆい光は似つかわしくない。ここ松濤美術館では、薄闇の中で目を凝らしながら隠された美を発見する喜びに、思う存分浸ることができよう。

松濤美術館 二階展示スペース

松濤美術館 二階展示スペース

デコールやキネトスコープや映像は、不定期に細い光を発し、壁に黒煙のような影を発する。館内の随所にある金縁の装飾がなされた鏡や、どっしりとして歴史を感じさせるソファなどは非日常を演出し、まるで建物全体が劇場のようだ。無数の舞台を上映し続ける劇場のような美術館で、クエイ兄弟の仕掛けた陰鬱で甘美な魔法を、是非目の当たりにしていただきたい。

 

イベント情報
クエイ兄弟 The Quay Brothers―ファントム・ミュージアム― PHANTŒM MUSÆUMS

開催期間:2017年6月6日(火)〜7月23日(日)
会場:渋谷区立松濤美術館
主催:渋谷区立松濤美術館
http://www.shoto-museum.jp/exhibitions/173quay/
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