オペラの魅力を多くの方に~声楽グループ"文代fu-mi-yo"が届けるドニゼッティ「愛の妙薬」
文代fu-mi-yo
次世代を担う声楽家4人で結成された"文代fu-mi-yo" ×ドニゼッティ「愛の妙薬」 "サンデー・ブランチ・クラシック" 2017. 6.22 ライブレポート
日曜日の午後、食事をしながら気軽にクラシックを楽しめると好評の『サンデー・ブランチ・クラシック』。今回は初となるミニ・オペラ。本コンサートのために結成された「文代fu-mi-yo」の4人の歌手、中須 美喜(なかす みき・ソプラノ)、萩野 久美子(はぎの くみこ・ソプラノ)、大平 倍大(おおひら ますひろ・テノール)、石井 基幾(いしい もとき・バリトン)が美声を披露した。ピアノ伴奏は小池 真衣(こいけ まい)。メンバーは全員が東京藝術大学に在籍していた時の同級生で、グループ名もメンバーが平成2、3、4年生まれということに因んでいる。開演前から、若き才能の熱演を楽しみに待つ観客で会場は満員となり、公演への期待の高さが窺われた。
この日、演奏されたのはドニゼッティの「愛の妙薬」。スペインの小さな村に住む内気な若者ネモリーノが村一番の美人アディーナに惚れ、「愛の妙薬」の力を借りて、愛を得ようと奮闘する、楽しくもちょっぴりセンチメンタルな物語。有名なアリア「人知れぬ涙」をはじめ、魅力的な曲が目白押しでオペラ初心者にもオススメできる作品だ。上演には2時間程度を要するのが普通だが、今回は約40分のミニ・オペラとして再構成された。イタリア語で歌われる歌と歌の間に、日本語の台詞とナレーションが挿入され、初めてオペラを観る人であっても親しめる内容だった。
大平倍大
ピアノが序曲を奏で始めた。爽やかな水色の衣装を纏ったアディーナ(中須)が、『愛の妙薬』という本に読みふけっている。そこへ、思いを寄せる純朴な青年ネモリーノ(大平)が登場し、アディーナへの想いを優美に歌い、オープニングを飾った(カヴァティーナ「なんと美しく、なんと可愛い」)。
中須美喜
石井基幾
続くのは、アディーナが村人たちに見立てた聴衆に「愛の妙薬」を歌い聞かせるシーン。知的なヒロインに相応しい輝かしい歌声は、エネルギーに溢れ、表情豊かに歌っていたのが印象的だった。そこへ、恋の敵役となる、守備隊の軍曹ベルコーレ(石井)が登場。軽やかさと迫力を併せ持った歌声で、この役どころを上手く表現した(カヴァティーナ「美しいパリスが」)。舞台上には三者の想いが交錯し、盛り上がりを見せる。アディーナとネモリーノの二重唱は、敵役の登場を受けて、ネモリーノがアディーナへの愛を打ち明ける大事な場面。軽くあしらうアディーナと懇願するネモリーノの恋の駆け引きがうまく歌い演じられ、惹き込まれた。
そして、いよいよ、愛の妙薬を売る、いかさま薬売りドゥルカマーラ(石井)が登場した。今回、石井は、ベルコーレ役との一人二役。先ほどまでベルコーレとして歌っていた彼の早替えとキャラクターの違いに、一瞬、同じ歌手とは思えなかった。サービス精神旺盛な石井演じるドゥルカマーラは、端々で会場の笑い声を誘う。「どんな病気でも治してみますよ。頭痛、腰痛、肩こりに、リウマチ、めまい、神経痛、冷え性、蕁麻疹、全部効きます。ロキソニン!」に、会場からの爆笑が応える(カヴァティーナ「おお、村の衆よ、お聞き下さい」)。
石井基幾
そこにネモリーノも加わって、「ロキソニンでなくて、愛の妙薬ありますか?」。自信満々の「ありますとも!」。二人の歌声に乗せて「愛の妙薬」(実は安物の葡萄酒)をめぐる趣向を凝らしたやり取りが演じられた。なかでも終盤、ネモリーノが妙薬を手に入れた後の「ありがとう、ああ本当にありがとう」では、アップテンポなドニゼッティならではの華やかな音楽と息のあった歌に、会場は大いに盛りあがった。
偽薬をつかまされたネモリーノは、結局、大量の葡萄酒を飲む羽目に。すっかり酔っ払って気の大きくなった彼はアディーナを訪れ、二重唱(「ラララ~」)が始まった。「明日にはアディーナは自分のものになる」と自信満々のネモリーノが、「素晴らしいわ!」の一言で平手打ちされたり……ユーモラスな芝居を楽しむうちに、早くも一幕が終了した。幕間のメンバー紹介では、大きな拍手が会場を包んだ。
ネモリーノへの腹いせとしてベルコーレとの結婚を決めたアディーナ。困り果てたネモリーノに、薬売りドゥルカマーラはまたもや愛の妙薬を売りつけようとする。高額な偽薬をめぐる3人の模様が描かれた第二幕が始まった。アディーナが今日にも結婚してしまうと聞いて、もう一度、愛の妙薬を手に入れようとするネモリーノ。しかし、お金がない。そこで彼は入隊金欲しさに軍隊への入隊を決める。入隊契約書にサインして多額のお金を手に入れるシーンでは、ネモリーノが通常よりも1オクターブ高い音程のハイCで喜びを表現した点は、特筆すべきだろう。一方のアディーナは、ネモリーノが愛の妙薬を買うために入隊したという話に感動し、自分の本当の気持ちに気づく。2幕でアディーナ役を務めた萩野が、ドゥルカマーラとの二重唱(「なんという愛情でしょう!私は薄情な女!」)で見せた歌声は、娘らしい初々しさと心の揺れに見合うものだった。
(左)萩野久美子
そして、ネモリーノのアリア「人知れぬ涙」。この作品の最大の聴きどころだが、内気で及び腰なネモリーノが、一転して一人の女性への愛を高らかに歌い上げるこの曲を、大平は深みのある歌声で熱演した。次いで、クライマックスと言えるアディーナのアリア「受け取って」。今度は、アディーナがネモリーノへの想いを告白するシーンだが、どちらかと言えばドニゼッティらしくない、しっとりとした旋律から始まるこのアリアを、萩野は、艶やか且つ丁寧な表現で歌い上げ、会場を沸かせた。応えるネモーリの歌唱もリリカルで熱い。無事に結ばれた二人に、他の出演者も加わっての終曲「さようなら」で、情熱的なクライマックスのなか、ハッピーエンドで幕となった。
小池真衣
終幕後、4人には惜しみない拍手が客席から贈られた。和やかな雰囲気の中、客席の間を巡る出演者を交えて、会場には笑顔と幸福感が溢れた。伴奏を含む5人に、終幕後、今回の公演と今後の予定を伺った。
――本日の『サンデー・ブランチ・クラシック』での演奏はいかがでしたか?
小池:お客様との距離が近く、歌手の方たちの反応もダイレクトに伝わってきました。
中須:そうだね。お客様の表情も分かるので、演技にも力が入りました。
萩野:限られた時間の中で、音楽はしっかりとしつつも、親しみやすさをもたせることが課題でした。皆様からの反応で、ちゃんと届いていたことが分かりました。
大平:お客様の反応がよく分かったので、台詞にアドリブを入れたりもしました。通常のオペラ公演ではできないことも出来、自分自身も楽しめました。
石井:初役で緊張していたのですが、とても満足しています。満席ということに、演じる側もテンションが上がりました。
インタビュー中の様子
――それぞれ、役を演じる上で大事にされたことは?
中須:アディーナは、すごく気が強くてモテるけど、一抹の寂しさを感じています。見た目や教養から多くの男性が寄ってくるけれど、中身は見てくれない。前半では気の強い女性を強調しました。
萩野:アディーナは恋をして大きく変わります。そういうところにとても共感でき、そこを意識して役作りをしました。
大平:「人知れぬ涙」のアリアでは、アディーナが泣く姿を見て、純朴なネモリーノは大人になるのだと思います。だから短調で始まる。彼の役はそういう成長が見える役柄だと思います。
石井:ベルコーレとドゥルカマーラの二役に、メリハリを付けました。ドゥルカマーラは、外向きでお客さんとコミュニケーションをとる人、ベルコーレは紳士的だけどナルシスト。
――今後、このグループはどのように活動を広げていくのでしょうか。
萩野:モーツァルトのオペラやプッチーニの「ラ・ボエーム」など……アイデアがあります。メンバーの声種を踏まえて考えていきます。また、8月10日にミューザ川崎で開催されるサマーフェスタの若手演奏家支援事業「ミニコンサート」に出演します。
大平:今回の好演でオペラに興味をもって頂き、本編もみたいと思って頂けたら嬉しいですね。特に、同世代の方がオペラを見にいく「とっかかり」になればと思っています。
文代fu-mi-yo
取材・文=大野 はな恵 撮影=岩間辰徳
藤田真央/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
7月30日
松田理奈プロデュース
OTOART vol.2『音×色』
13:00~13:50
MUSIC CHARGE: 500円
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
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