待望の初来日 演出家リチャード・ジョーンズ~東京二期会のR・シュトラウス『ばらの騎士』記者会見レポート

2017.7.15
レポート
クラシック

(左から)丹波康雄、セバスティアン・ヴァイグレ、リチャード・ジョーンズ、山口 毅


7月26日(水)から東京二期会が、リヒャルト・シュトラウスの傑作として名高い歌劇『ばらの騎士』を上演する。英国・グラインドボーン音楽祭と、東京二期会を含む本邦のオペラ6団体(東京二期会、読売日本交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、東京文化会館、愛知県芸術劇場、iichiko総合文化センター)が日本オペラ界コンソーシアム構想の旗の下に共同制作したもので、東京公演に続いて愛知、大分へと巡演する。

演出を手掛けたのは大英帝国勲章を受章した英国を代表する大御所リチャード・ジョーンズ。2014年の英国・グラインドボーン音楽祭で初演され、好評を博した舞台がいよいよ本邦で観られる。

公演を目前に控えた13日、都内某所でジョーンズと指揮者セバスティアン・ヴァイグレを迎えての記者会見が開かれた。東京二期会 理事長の中山欽吾からの挨拶が代読された後、愛知県芸術劇場 館長の丹波康雄(にわ やすお)から芸術団体や劇場が協力することで実現した今回の公演への大きな期待が語られ、今回のプロダクションの概要が東京二期会 事務局長兼企画制作部長の山口 毅(やまぐち つよし)から説明された。

丹波康雄(愛知県芸術劇場館長)

(左)丹波康雄、(右)山口 毅

続いて、今回の指揮を務めるヴァイグレが今回のプロダクションにかける意気込みを語った。フランクフルト歌劇場の音楽総監督として数多くの名演を指揮してきた彼は、『影のない女』でOpernwelt誌の年間最優秀指揮者に選出されるなど、シュトラウス作品の解釈には定評がある。4月にも、フレミングとガランチャといった豪華歌手陣が話題となったメトロポリタン歌劇場の『ばらの騎士』を指揮したばかり。

セバスティアン・ヴァイグレ(指揮者)

ヴァイグレ これまでに20回ぐらい日本を訪れています。今回、二期会からお招きいただいたことに感謝しています。私にとって、『ばらの騎士』は大好きなオペラのひとつ。活き活きして楽しい音楽は本当に魅力的で、愛、人生、時間、人間関係というオペラにあるべきものの全てが詰まっています。そして、随所に特別な瞬間が散りばめられているのも良いですね。

R・シュトラウスが『ばらの騎士』以前に作曲した『サロメ』と『エレクトラ』は先鋭的な作品。対して、『ばらの騎士』は全く異なった調性感と構造をもった喜劇です。美しい旋律、素敵な二重唱があちこちに顔を出します。このオペラの舞台となる時代にワルツはなかったのですが、心地よいワルツの調べも聴こえてきます。中でも第2幕と第3幕は、人々の感情を揺り動かし、喜びに溢れています。

オール日本人キャストで上演することも、私にとっては初めての経験で、特別なことです。ご自身の役柄を以前に歌ったことのある出演者もいらっしゃいますが、多くの方は初めて歌うことになります。有能な音楽アシスタントの皆さんが、歌手の方をよく支え、入念に練習を重ねてきてくれたことに心から感謝しています。現在は、最終的に目指す雰囲気や音楽性、そして歌詞に込められた二重の意味を表現できるように演出家とも共同で、この挑戦に立ち向かっているところです。

リチャード・ジョーンズ(演出家)

独創的かつ刺激的な演出で世界的に高い評価を得ているジョーンズだが、その作品が本邦で上演されたのは、2009年、新国立劇場でのショスタコーヴィチ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』、2011年、バイエルン国立歌劇場来日公演でのワーグナー《ローエングリン》が記憶に新しい。今回の公演に際して、初来日したジョーンズは、演出について次のように語った。

ジョーンズ 長年、日本に来たいと思っていましたが、ようやく訪れることが出来、とても嬉しく思っています。お招きに感謝しております。愛知と大分での地方公演も楽しみです。

『ばらの騎士』は、長年に亘って演出したいと願ってきた作品です。演出のコンセプトは、この美しいオペラの物語を語ること。作品を演出する上で、幕ごとに展開される異なった世界を強調しました。第1幕は古き良きウィーン。第2幕は、新興貴族となった裕福な人々の社会。そして、第3幕は、街外れにある不思議な社会です。それぞれに見合うべく、舞台美術にも全く異なった雰囲気のデザインを取り入れました。衣装は18世紀をベースにしつつ、現代的なデザインも取り入れています。

この作品の台本は実に見事に書かれており、個人的にも好きな喜劇です。モリエールをはじめとする多くの作家からの影響を受けて書かれたものです。登場人物は、倫理的に「良くない行動」をしているのですが、それが露呈すると非常に困ったことになるという状況が、頻繁に起こる点が、面白いところです。登場人物もバラエティに富み、魅力的なキャラクターばかりです。例えば、オックス。彼は粗野で下品、しかし正直な人です。

(左)セバスティアン・ヴァイグレ、(中央)通訳の家田氏、(右)リチャード・ジョーンズ

その後、報道関係者からの質問に二人が応じた。

―――今回の『ばらの騎士』は、グラインドボーン音楽祭で上演されたものの東京バージョンということですが、大きな変更があるのでしょうか。

ジョーンズ いえ、演出という意味では些細な変更しかありません。歌手が稽古場にもってくるものに影響されます。例えば、昨日行った第2幕の稽古で、ファーニナル役の演技がとても素晴らしかった。そこで、それを採用することにしました。当然のことながら、演出には、歌手との共同作業の中で生まれるものもあるので、こうした変更はよくあることです。また、オックス役を演じる二人の歌手は、それぞれに違ったコメディのセンスをもっているように感じられます。歌手のキャラクターに応じて、少しずつ違うということもあります。

―――稽古の中で、注目した歌手がいれば教えてください。

ジョーンズ どの歌手もそれぞれに素晴らしく、特定の方を挙げることはできません。いつもだと欧米の歌手が演じる役柄を、日本人が演じるので文化的な違いが見えるのも面白いですね。日本人歌手による演技のディティールは本当に素晴らしいですよ! また、歌詞の内容も充分に把握できていて、自分のものになっていると思います。

―――日本では、『ばらの騎士』の上演機会は多くありません。ジョーンズさんは、この作品をどういった位置づけと考えていますか。

ジョーンズ 最上位のステータスを持っている作品と考えています。音楽も台本も洗練され、三つの世紀に亘るヨーロッパの文化が参照されています。このように複雑な内容をもちながらも、面白いストーリーは初心者でも楽しめる。最後には、三人の女性が登場して、輝かしくも内省的な予想外の瞬間があったりもします。また、ワルツのない時代を舞台として設定しているように、時代錯誤な側面もあります。20代の頃に初めてこのオペラを観て以来、ずっと演出したいと強く思ってきました。

―――(ヴァイグレへ)読売日本交響楽団とは、昨年、共演をされていますが、いかがでしょうか。

ヴァイグレ 協働作業を楽しみにしています。前回、とても良い関係を築き、素晴らしい結果を出すことができました。普段からオペラを演奏しているオーケストラではありませんが、毎回、よく準備をされていますので、練習の最初から良い演奏をしていけると期待しています。

―――(ヴァイグレへ)直前に、メトロポリタン歌劇場で『ばらの騎士』を指揮されていますね。オペラを魅力的に上演する秘訣はなんでしょうか。

ヴァイグレ 『ばらの騎士』では、ウィーンらしいワルツのスタイルの持つ、「軽やかさ」と「鮮やかさ」がカギ。先日のメトロポリタン歌劇場での公演は、最高の歌手たちとの作業で、水準も高く、大きな喜びがありました。良いパフォーマンスのためには、良い歌手と良いオーケストラに加えて、良いインタラクションがあるということが最も重要です。言葉による指示だけでなく、身振りのようなボディーランゲージにも敏感に反応してくれるのが大事。

―――初めてばらの騎士』を観る方に向けて、楽しみ方のポイントを教えてください。

ジョーンズ まずは音楽を、そして滑稽なシーンを楽しんでもらうということでしょう。追い詰められて、大変な状況から何とか抜け出そうとする人物や状況が頻繁に出てきますので、観客として、リラックスして楽しんでいただければと思います。面白可笑しい内容を持ちながらも、人を感動させる作品であり、これは演劇的にも最高の組み合わせです。是非、そういった点を楽しんで頂ければと思います。

―――この作品を観ると、どうしても自分と重ね合わせてしまうのか、泣いてしまします。年を重ねていくことの悲劇をどのように思って、演出されたのでしょうか。

ジョーンズ 確かに感動的な物語ですが、決して感傷的ではありません。元帥夫人は30代前半であり、まだ年老いているわけではないのです。ただ年を取っていくことを予感しているだけです。テクストにも仄めかされていますが、オクタヴィアンと別れたからといって、彼女には男性との恋愛生活を捨てるつもりはないのです。

7月26日から東京での4公演に続いて、10月28日からは愛知で2公演、大分では11月5日の1公演が予定されている。本邦に限らず、ジョーンズとヴァイグレがタッグを組んだ公演を観ることは難しい。是非、この機会をお見逃しなく。

(左)セバスティアン・ヴァイグレ、(右)リチャード・ジョーンズ

取材・文・写真=大野はな恵

公演情報
グラインドボーン音楽祭との提携公演
リヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』
全3幕 字幕付ドイツ語上演
 
東京二期会、愛知県芸術劇場、東京文化会館、iichiko総合文化センター
読売日本交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団 共同制作
 
台本: フーゴー・フォン・ホフマンスタール
作曲: リヒャルト・シュトラウス
 
■会場 東京文化会館 大ホール
 
■公演日
2017年7月26日(水) 18:00
27日(木) 14:00
29日(土) 14:00
30日(日) 14:00
 
■指揮 セバスティアン・ヴァイグレ
■演出 リチャード・ジョーンズ
   
■キャスト  *7/26(水)・29(土) | 7/27(木)・30(日)
【元帥夫人】林 正子 | 森谷真理
【オックス男爵】妻屋秀和 | 大塚博章
【オクタヴィアン】小林由佳 | 澤村翔子
【ファーニナル】加賀清孝 | 清水勇磨
【ゾフィー】幸田浩子 | 山口清子
【マリアンネ】栄 千賀 | 岩下晶子
【ヴァルツァッキ】大野光彦 | 升島唯博
【アンニーナ】石井 藍 | 増田弥生
【警部】斉木健詞 | 清水那由太
【元帥夫人家執事】吉田 連 | 土師雅人
【公証人】畠山 茂 | 松井永太郎
【料理屋の主人】竹内公一 | 加茂下 稔
【テノール歌手】菅野 敦 | 前川健生
【3人の孤児】大網かおり、松本真代、和田朝妃 | 田崎美香、舟橋千尋、金澤桃子
【帽子屋】藤井玲南 | 斉藤園子
【動物売り】芹澤佳通 | 加藤太朗
【ファーニナル家執事】大川信之 | 新津耕平
 
合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

〔愛知公演〕2017年10月28日(土)/29日(日) 両日14:00
 愛知県芸術劇場 大ホール

〔大分公演〕2017年11月5日(日) 14:00
iichiko総合文化センター iichikoグランシアタ

指揮:ラルフ・ワイケルト 管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団