ミュージカル『にんじん』60歳の大竹しのぶが38年ぶりに14歳の少年を演じる「にんじんの心がわかる」

2017.8.26
レポート
舞台

ミュージカル『にんじん』

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大竹しのぶの主演ミュージカル『にんじん』が、8月1日より東京・新橋演舞場で好評上演中。9月1日からは、大阪松竹座にて10日間の公演を予定している。ミュージカルの脚本・作詞を手がけたのは、開幕直前の7月に逝去した山川啓介。音楽は、山本直純が遺したもの。栗山民也が演出をつとめ、共演には、中山優馬、秋元才加中山義紘真琴つばさ今井清隆宇梶剛士、そしてキムラ緑子と、個性際立つ実力派が名を連ねる。大竹が、主人公の少年<にんじん>を務めるのは、1979年(当時22歳)以来38年ぶりのことだ。

東京公演の日程が折り返しを迎える某日、終演後の大竹しのぶから話を伺うことができた。初めて演じた22歳の時よりも、60歳の今の方が「にんじんの心がわかる気がする」。そう語る大竹は、舞台上で紛れもなく14歳の少年であった。まずは公演の模様をレポートする。

<あらすじ>
「まっ赤な髪で そばかすだらけ そうさぼくは みにくいにんじん!」
青い空、緑の森、澄んだ小川の流れるこの村では、今日も村人たちが楽しそうに歌う。その中にたった一人、仲間はずれの男の子。それが、にんじん(大竹しのぶ)。にんじんのような真っ赤な髪、そばかすだらけの顔、だから父親のルピック氏(宇梶剛士)や母親のルピック夫人(キムラ緑子)が“にんじん”と呼ぶ。本当はフランソワと言う名前があるのに……。姉も兄もにんじんには無関心。誰にも愛してもらえず、孤独を抱えるにんじん。それゆえに、どうしてもひねくれてしまうにんじん。ある夜、ルピック夫人の銀貨が一枚なくなるという事件が起きるのだった―――。

 

フランスの田舎町、世界一さみしい少年

ミュージカル『にんじん』

鼓笛隊のドラミングで幕が開き、アンサンブルが序曲を高らかに歌い踊る。そこはフランスの田舎の小さな村だ。劇中は背景に、油絵の具を塗りつけて描いたような麦畑が広がる。画家ファン・ゴッホの絵をモチーフにしたものなのだそう。ゴッホが自ら命を絶つ直前に描いた『カラスのいる麦畑』を思わせる構図は、南仏の田舎町の太陽と影を感じさせる。

にんじんとルピック夫人

ミュージカル『にんじん』には、食卓を囲むシーンが何度も登場するが、団らんの場とはほど遠い。ルピック夫人は、実の母でありながら、にんじんをヒステリックに苛め続ける。キムラ緑子は、そんな夫人の冷酷さだけでなく、人間としての脆さも表現し物語に深みを与えていた。父ルピック氏の家庭への無関心さは、実の息子にんじんに向けた「お前、俺があの女(夫人)を愛していると思うか?」という台詞に集約される。戦争により人生の歯車を狂わされたルピック氏の、見た目のオトコらしさとは対照的な人間の弱さを宇梶剛士が体現する。

にんじんとルピック

中山優馬は、観客を敵に回しかねない役どころであるフェリックスを迷いのない演技でまっとうし、実年齢が逆転した大竹との“兄弟関係”も違和感なく演じた。結婚を控える姉のエルネスティーヌを好演した秋元才加は、にんじんの世界に華を添えていた。姉の婚約者マルソーは、村一番のお金持ちの息子。安定感ある鈍感さと不器用さを、中山義紘が器用に演じて笑いを誘う。

にんじんとアネット

真琴つばさは、男前な性格の女中アネットをコミカルに演じ、にんじんだけでなく観る者の心のよりどころとなった。同じく心のよりどころとなるのが、今井清隆の演じる“名付け親”。にんじんとの距離感、ルピック氏とのやりとりから、それまでに彼が歩んできた道を想像させる。豪華なキャストたちは、時にアンサンブルと完全に混ざり合い、時に存在感を放ち、物語を盛り上げる。

ミュージカル『にんじん』

主演の大竹しのぶは、14歳の少年にんじんそのものだった。ただ<にんじん>として、草をむしり、いたずらし、泣き、笑い、絶望し、麦畑を駆け抜けた。実の親から苛められ、自殺も考える少年の物語を最後まで見届けることができたのは歌のおかげだろう。純粋さ、無邪気さ、はかなさが滲む歌声に、上演中の客席には、涙をぬぐう人が絶えなかった。美しい歌に深く考えさせられる作品だ。

にんじんと名付け親


「今のほうが心がわかる」大竹しのぶインタビュー

取材会は、大竹が昼夜2回の公演をこなした後に行われた。『にんじん』初演時のエピソードや、少年役への演者としてのアプローチを伺うことができた。

――38年ぶり2度目のにんじん役です。ご出演の経緯を教えてください。

プロデューサーとの何気ない会話がきっかけです。今までに演じた中で、もう一度やりたい役はなにかと聞かれて「『にんじん』というミュージカルがあって、心に残る歌がたくさんあった」と答えました。実現するとは思わずに言ったことが「面白そうだからやってみよう」となり、私も「じゃあ、やりますか」と。話が現実になってくると「なんであんなこと言っちゃったんだろう」とも思ったりしましたが……、今年還暦を迎える記念ということで(笑)。

――初めてこのミュージカル作品と向きあった時のことを伺えますか?

毎日毎日、にんじんとしていられることが本当に楽しかったです。劇中の歌もすばらしいなと思いました。私だけでなく観てくれた友だちや兄弟も歌を覚えていてくれたので、それだけ言葉とメロディがマッチして心に入っていったんだなと思いました。

当時、劇団民藝でルナール※の重くて悲しくて暗い話をやっていたんです。演出をなさっていたのが、宇野重吉さんでした。私が『にんじん』をミュージカルでやると伝えたら、宇野さんは「にんじんが何で歌うんだ!」って(笑)。そんなのはルナールじゃない。やめちまえと言われたのを覚えています(笑)。 ※原作小説「にんじん」の作者

ミュージカル『にんじん』

――前回と今回を比べて、感じることはありますか?

前回の方が単純でした。22歳の時は私が未熟だったのもありますが、今回は、もっと深く描かれている気がします。栗山民也さんが本当に細かく演出をしてくださっているので。

――具体的には、どんな演出があったのでしょうか?

たとえば「誰も僕のことは愛していないんだ」という台詞があります。(いじけた風に)「誰も愛していないんだ!」ではなく、(ふと気がついたように)「誰も愛していないんだ」と“ポーンと言うように”とか。

歌でいうと、「♪世界で一番さみしい少年はぼくさ」という歌に「神様、神様」という詞があります。「そこは『神様としか対話できない少年』で歌ってください」と。そう演出いただくと「神様」の歌い方は別ものになります。「♪鳥になろう」という歌は「遺書みたいに歌って」とか。この辺りも表現は前回と変わりましたね。力を込めて歌うんじゃない。そこが難しいです。

――子どもを演じる上で、意識されることはありますか?

にんじんは、特殊な環境の少年なので、子どもっぽく身体をこう動かして……といったことは考えず、自然に出てきた動作や感情を大事に。もちろん少年としてのお芝居をしてはいるんですけれど、初演と比べて、心はあまり作らなくなったというか。(年齢的には)初演の時の方が、子どもと近いはずなのに、今の方が心はわかる。稽古や本番でやればやるほど、にんじんの心がわかる感じがします。

――にんじんの心で作品と向きあって、見えてきたことはありますか?

わからない部分が、多くなりました。子どもだから、大人の事情やお父さんの言葉を理解できない。「どうして?」という台詞も自然と、(にんじんの心でいれば)「お父さん何言っているんだろう」という気持ちで「どうして?」と言えたり。ぼーっとしている時の表現、はっきりした感情ではない感情の表現も、できるようになったのかもしれません。やっていてすごく面白いです。これからも『にんじん』を若い女優さんとかが演じていってくだされば、山本直純さんや山川啓介さんも喜ばれるだろうなと思います。

――女優さんが演じると良いと思われる理由は?

わからないけど、自分が若い女優だったからかな(笑)。男の子でもいいか。……どっちだろう。にんじんの年齢に近い子役の方がやるのと、ちょっと生々しくなってしまいますよね。

――子ども向けのミュージカルとは少し違いますね。子どもとみられる、大人向けのミュージカルという印象です。

小さい時、課題図書で『にんじん』を読んだ時は「暗いな、最後まで読みたくないな」という感想をもったんですが、このミュージカルはそんなことはありません。ただ、シビアなことも描いています。戦争の後、どうしようもなく生きる希望もない時代があったこと。親が子どもをいじめたり、暴力を振ったり……、子どもを愛せない親もいること。いじめや育児放棄は38年前よりもっと社会的な問題になっているので、今上演することに意味があるのかな。

ミュージカル『にんじん』

――最後は、麦畑で終わります。ここで描かれているのは「希望」でしょうか?

強さというか……、「ひとりなんだ」ということ。もちろん誰にでも産んだ親がいて、自分がいるんだけれど、「みんなひとりずつ生きていかないといけない」ということかな。それを麦畑の中で誓うのが、素敵だなって思いました。このミュージカルを観た子どもたちがどんな感想をもつのかは気になります。

――舞台に立っていて、客席のお子さんの反応を感じられることはありますか?

これは初演の時にもあったことなんですが、花道を走っていくとき「にんじん!」って声をかけられました。可愛いかったです(笑)。

――大人の方の反応はいかがですか?お知り合いからの感想で印象に残っている言葉はありますか?

抱きしめたくなるって、何人かの方に言っていただきました。「あ~、にんじん!」「もう、うわー、よしよし!」って、したくなるって(笑)。

――抱きしめたくなる気持ち、よく分ります!では、最後のお伺いです。今また「もう一度演じたい役」を訊かれたらどうお答えになりますか?

本当に、私は恵まれているな、幸せだなと思いながら、今回の役も演じさせていただいています。それは、すごい昔に緒形拳さんから「大事にしたい役ってそんなに出会えるものじゃないよ。一生に一本あるかないかかもしれないし、10年に1本あったらすごい幸せなことだよ」って言われたことがあって。でも私は、2年に1回くらい、そういう戯曲と出会えていて、……ラッキー♪って(笑)。もちろん演出家の方、プロデューサーの方のおかげもあります。

――そこから1作品を選ぶのは難しいですね(笑)。これからも大竹さんの舞台を楽しみにしています。

まずは、大阪公演を成功させないといけませんよね。大阪に行くのは、すごい楽しみなんです!おいしいものを食べたり、計画をたてています。でも、その前に残りの東京公演もがんばらないと(笑)。

ミュージカル『にんじん』

世代をこえ、それぞれの視点で向きあう舞台

インタビューの前に観劇した夜の部のカーテンコール後、客席が明るくなるなり4、5歳の男の子が保護者に向かって喋り出した。「にんじんはさぁ」と堰を切ったように可愛い口調で持論を展開する。別の席の小学生くらいの姉妹も「にんじんって」と、さっそく話題にし、座席に残る年配の女性2人組は涙で崩れたメイクを笑いあっていた。

それぞれの視点で深く考え、自分と向き合うきっかけとなるミュージカル『にんじん』は、東京・新橋演舞場にて8月1日(火)から8月27日(日)まで、大阪松竹座では9月1日(金)から9月10日(日)まで上演される。

公演情報
ミュージカル 『にんじん』
 
【東京公演】
2017年8月1日(火)~2017年8月27日(日)
新橋演舞場 (東京都)
【大阪公演】
2017年9月1日(金)~2017年9月10日(日)
大阪松竹座 (大阪府)

■原作:ジュール・ルナール 
■訳:大久保洋(「講談社文庫版」より) 
■脚本・作詞:山川啓介 
■演出:栗山民也 
■音楽:山本直純
■出演:大竹しのぶ/中山優馬/秋元才加/中山義紘/真琴つばさ/今井清隆/宇梶剛士/キムラ緑子
大阪公演
http://www.shochiku.co.jp/play/shochikuza/schedule/2017/9/_1_170.php


 

 

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