英国ロイヤル・オペラ・ハウス 2016/17 シネマシーズン『オテロ』 愛すればこそ苦しむ、ヨナス・カウフマン初挑戦のオテロは必見!
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「オテロ」ヨナス・カウフマン (C) ROH. PHOTO BY CATHERINE ASHMORE
「英国ロイヤル・オペラ・ハウス 2016/17 シネマシーズン」の最後を飾るのは、シェイクスピアの戯曲「オセロ」を題材としたジュゼッペ・ヴェルディの最高傑作『オテロ』だ。主演はオテロ役に初めて挑む世界的なテノール、ヨナス・カウフマン。英雄オテロが部下イアーゴの奸計に嵌り、愛する妻デズデモナを自らの手で殺害し破滅していく心理劇を、カウフマンが独自の解釈で演じ、歌いあげ、彼自身のオテロ像を生み出した。オペラファン必見の舞台を映画館で観られるのは、まさに千載一遇のチャンスともいえるだろう。
■世界が注目した舞台
オテロはテノール歌手の難役中の難役。力強さや複雑で繊細な心理劇をドラマチックに演じなければならないこの役を演じるには、熟達した力量が必要といわれる。しかもこの『オテロ』という作品は、『アイーダ』の成功で引退しようとしていたヴェルディが再び作曲に向かい、7年の歳月をかけて完成さえた悲劇オペラの最高傑作と言われるものだ。原作は英国が誇るシェイクスピア。
これに世界的なテノール・カウフマンが初挑戦するのだから、注目を浴びないはずはない。英国内はもとより、世界のファンの注目する英国ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)での公演は、彼の出演する舞台は早々に
(C) ROH. PHOTO BY CATHERINE ASHMORE
■愛するほどに弱く、愚かになる「等身大」の英雄
ライヴビューイング収録日の6月28日公演も満席であった。幕が開き嵐のなか、オテロに率いられた船団が帰還する。壮大な合唱。そしてイアーゴ(マルコ・ヴラトーニャ)、カッシオの諍いに、オテロの登場と場面が進む。カウフマンは「英雄」たる朗々と力強い歌声で一気に引き付ける。
続くデズデモナ(マリア・アグレスタ)との二重唱は恋の喜びに溢れ、かわいらしい妻にすっかり心奪われているオテロの別の一面が見えるようだ。
(C) ROH. PHOTO BY CATHERINE ASHMORE
しかしイアーゴの奸計に嵌められてゆくオテロ。ROHシネマならではのお楽しみともいえる幕間のインタビューで、カウフマンは「オテロは英雄だが、恋愛ごとに関しては初心者」と語ったように、恋愛経験値が低いという解釈。稀代の英雄たる堂々とした「男」と、愛すればこそ、相手を思えばこそ喜びと不安がないまぜになり、自分の気持ちに翻弄されてゆく「若者」が同居する。他愛のない策略に落ち、自ら油を注ぎ込み嫉妬の炎を炎上させてしまうさまは、ある意味「等身大のオテロ像」と言えるかもしれない。愚かしいかもしれぬが、しかし笑い飛ばすことなど決してできない人間の業と心の闇を描き出している。
(C) ROH. PHOTO BY CATHERINE ASHMORE
そのクライマックスはやはりぜひ、劇場で観ていただきたい。初めてオペラを見る者にはとても入り込みやすく、またこれまでプラシド・ドミンゴやマリオ・デル・モナコの名演を見た者は、まったく違ったオテロ像を目にすることになる。
舞台セットは透かしのある木目の幕が開いたり、閉じたり、照明で暗くもなり隙間から光が差し込んだりといった表情を作り上げるというもの。非常にシンプルだが、だからこそ登場人物それぞれが浮き上がり、より観る者の心に迫り、効果的だ。
ヴラトーニャの存在感のあるバリトン、アグレスタのデズデモナは可憐で「柳の歌」「アヴェ・マリア」は胸が締め付けられるように愛おしく、哀しい。指揮はROH音楽監督アントニオ・パッパーノ。幕間に流れるカウフマンとパッパーノのインタビューも非常に興味深いものがあるので、こちらも注目だ。
世界の話題となったカウフマン主演の『オテロ』。これを映画館の大スクリーンで観られることは実に幸運だ。ぜひお見逃しなきように。