生瀬勝久インタビュー、舞台『アンチゴーヌ』を熱く語る
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生瀬勝久
2018年1月、フランスの劇作家ジャン・アヌイの代表作『アンチゴーヌ』が栗山民也の演出のもと、岩切正一郎の新訳・豪華俳優陣の競演で上演されることとなった。今回、法と秩序を守って権力者として政治の責任を貫こうとする冷静な王クレオンを演じる、生瀬勝久に思いを尋ねた。
曲がった背骨を矯正してくれるような演出
生瀬勝久
−−まず初めに『アンチゴーヌ』のお話があった時はどう思われましたか?
「あ、はい、受けます」と(笑)。スケジュールが大丈夫だったので。中身は関係ないんです。自分のスタンスとして、基本的に作品は選びません。公演の製作側が僕のことを知ってくれていて、この作品をやってほしいと思っているわけですから。「生瀬にはこの役、無理じゃない?」と思われていたら、お話はない。なんとなくのイメージがあって来ているわけですから。
−−実際に脚本を読まれてみてどう思われましたか?
「うわ〜大変だなぁ」と思いましたよ、あはは(笑)。でも、僕への期待があっての配役だと思うので、期待には応えなければと。例えば私がプロデューサーだとしたら、これを誰にやらせようと考えますよね。池田成志か古田新太か生瀬か……と例えば名前が挙がったとしますよね? その中で生瀬かなぁとなって、それでもし断ったら、「何ぃ!?」でしょう(笑)。受けたとなったら、いい人じゃないですか。それだけです(笑)。
もちろん、脚本を読んで、エライもの受けちゃったなぁ〜とは思いますけど、それは努力すればね、演出家の求めるものにきっとできると思います。それに、演出の栗山民也さんとは初めてじゃないですし、信頼している演出家ですから、僕の曲がった背骨を矯正してくれるんじゃないかなと思っています。
−−大変だなと思われたのは?
単純にセリフ量と、クレオンの持つ説得性ですよね。アンチゴーヌとの対立があるんですが、権力とパーソナルみたいな部分があって、どちらにお客様がシンパシーを感じるかは分からない。それが均衡できるような物語にしたい。巨大な権力だけの存在ではない、どこかで逡巡みたいなものを表現できればなと思います。それが僕のやる仕事なんじゃないかなという風に思います。
−−栗山民也さんの演出を受けるのは、『浮標』(2003)、『ロマンス』(2007)に続く3作品目ですね。最後にタッグを組まれてから10年経ちます。
もうそんなになりますか。本当に最近のような気がします。それだけ自分にとって刺激的な演出だったのだと思います。
−−「曲がった背骨を伸ばす」と先ほど仰っていました。どんな感覚なのでしょう?
正統派というか、非常に理路整然とした演出だと思います。気分で演出しない。演出の方針や、役者の演技について、演劇に対する真摯な考えに則して、きちんと伝えてくれる。『浮標』の時には関西弁のイントネーションが出たところを徹底的に矯正されました。自分がよく今までこういうことを気にせずにやっていたなぁと思いました。
「行間」に芝居の可能性を感じる
生瀬勝久
−−アンチゴーヌ役は蒼井優さんですね。
僕、共演するのは初めてなんですよ。『楽屋〜流れ去るものはやがてなつかしき』(2009)で演出をさせていただいたことはあるのですが、共演は初めて。だから今回は稽古場でセリフを交わしながら探り合うしかない。どんな攻撃をしてくるのかな、と(笑)。そして、その力をどう利用して返すのか、或いはどう受けるのか、手を合わせてみないと分からないです。
−−演出をされた際には、蒼井さんをどのようにご覧になりましたか?
やはり、一瞬にして舞台上に何か異質なものが入ってくるぐらいの存在感ですね。この世のものとは思えないと言うのが正しい表現かは分からないけれど、とにかく存在感の大きさを感じます。説明できない女優としての力がありますよね。そんな蒼井さんとの共演。僕は、声と間で勝負ですね。物事を考えるという行間に、僕は芝居の可能性を感じるので。
−−クレオンという役設定からすると、その「行間」には何がこぼれ出るのでしょう?
例えば、自分が「間違いない、揺るぎない」と思えば、即答できると思うんです。しかし、アンチゴーヌの話を聞いて、クレオンが何を思ったのか。セリフで、「だがな」という接続詞があったとしたら、「だがな」の前にクレオンが何を考えるのか。その間だと思います。
それを稽古の時に、全部同じ間で練習して本番に持っていくと、お客様は退屈すると思うんですよ。単調なラリーが続くと眠たくなるんです。でも、途中でロブがあがったりとか、ボレーが入ると、刺激になって、リアルで、八百長でないものができる。それを計算するんじゃなくて、その日に初めてアンチゴーヌの話を聞くように、それが表現できればいいなと思います。
こういう会話劇は、全体の印象だけで評価されてしまう。「蒼井さんと生瀬のあの丁々発止のやりとり、本当に間が空いたんじゃないの」という印象が残った方が、すごく危うい緊張感が楽しめるんじゃないかなと僕は思っています。もっとも、それを狙うつもりもないんですけど、新鮮にやるっていうのはそういうことなんじゃないかな。
モラルとルールの"ズレ"
生瀬勝久
−−「権力者の逡巡」というのは理解できるところもありますか。
自分に置き換えると、とても小さなことになってしまうのですが、例えば親として子に何かを伝えなくてはいけない時に「君の気持ちはわかるけど、なぜこう行動しなくてはいけないのか」というのを説明しないといけない場面があったとしますよね。頭ごなしに赤信号を渡っちゃダメだよと言っても、仮に「車、通っていないじゃない」と言われたら、純粋な子供にどう説明をするか、どう納得させるか。
「誰か他の人が見ているかもしれない。そこで自分の価値観だけで物事を決めた時にいろんなことが崩れ出すんだよ。守ることで、自分が人間としてルールの中で生きる、社会の中で生きることにつながっていくんだよ」と全然離れたところまでのことを掘ってあげないといけないわけじゃないですか。
真夜中に車が通っていない中で赤信号を守る自分というものを作れば、人に伝える時に責任を持って伝えられるし、説得力が出る。だから、真夜中の赤信号でも渡らない自分を作りなさいということ。
アンチゴーヌがやろうとしているのは、良心に関するモラルのこと。モラルとルールは本当は違うもので、モラルの延長上にルールがあればいいんですけど、どこかでずれが出てきてしまう。多分、そこのお話だと思うんですよね。非常に難しいお話です。
−−セリフ量も多く、また長いセリフも多いですね。
戯曲を実際の舞台にかけるということは、やはり生身の人間がどう話すかということですよね。それだけ長く話さないと相手が納得しないという状況なんです。だから「あれだけの長ゼリフをよく覚えたね」という劇評は一番悲しい(笑)。他に何か思わなかったのかねって。でも、今回は本当にそういう風になりかねない。「これを一日に2ステージですか?」とか、本当に悲しい(笑)。
−−ジャン・アヌイの傑作と言われていることについてのプレッシャーはありますか?
全く気にしてないです。でも、それだけ傑作と言われるのにはもちろん理由がある。今までそれを演じてこられた俳優さんの凄さも含めて。「アヌイの傑作なのに面白くなかった」と言われるのは役者の責任だと思っています。
−−あえて、この時代に『アンチゴーヌ』というのは意味のあることかもしれません。
そうですね。自分だったら、アンチゴーヌかクレオンかどちらの生き方を選ぶか。言葉は悪いですけど、演出家もある意味では権力者。演出家にしても総理大臣にしても大統領にしても、個よりもやはり立場というもので生きなきゃいけない部分がある。ある意味、悲しい人たちであるし、非情な判断をしなくてはいけない。でもそれが世界っていう……。それがきっとテーマですよね。
このお話は、答えを出そうとはしていない。お客様がどう受け止めるか。人生は、きっとそういうものの積み重ねであり、普段、僕らが生きているなかでもそういう些細なことはいっぱいあるでしょう。
−−ギリシャの時代から人間の本質は変わらないのですね。
本質は絶対変わらないです。人は生まれて死ぬんです。そこにおいて、どういう文化の中で、どういう社会の中で生きるか。どこで生まれてどういう文化でどうやって人生を全うするかということが人類のテーマであるような気がしています。その中で、演劇とか絵画とかスポーツとか歌とか、ある意味の余剰というか余白をどう楽しむか、ですよね。
緊張感がある、しびれる舞台にしたい
生瀬勝久
−−観客にとっては難しいでしょうか。
そこは自由に簡単に考えればいいんですよ。「蒼井さんの方がかわいそうに思える」とか、「生瀬さん、キッツイよ〜」とかでいいと思うんです。その逆もいい。だから、難しい言葉はたくさん出てくるんだけど、すっ飛ばしていい。なんとなく全体を俯瞰で見てもらえれば。本当はもっと易しい言葉でできればいいのかもしれませんが……。ただ、セリフのスピードや言い方で分かり易くなることもありますから、気をつけたいですね。そこは、俳優の仕事です。
コメディとは違うので、お客様は緊張しか感じないかもしれません。でも、劇場を出た時に緩和されると思う。「あぁ、あんな時代じゃなくてよかった」と思えるかもしれないし、「自分たちの生きている中で置き換えればこんなことが起きているかもしれない」とかいろんなことを考えていただいて。緊張だけの舞台じゃなくて、緩和していただいて、楽しい演劇を感じていただければと思います。
−−客席の中央に十字形の舞台があり、観客が俳優を取り囲む特設ステージになるとのこと。面白いですね。
ものすごく楽しみですね。僕は小劇場から始めていますから、目の前にお客さんがいて、顔が見えるというのは、もちろん緊張感もないわけではありませんが、楽しみの方が大きいですね。
−−最近は、演劇の仕事が続きます。お殿様だったり、国王だったり...。
色合いは似ていますけどね(笑)。自分はとても楽しいですし、僕の芝居をいくつか観続けている人にとっても楽しいでしょう。そういうお話をいただけるのはありがたいことです。
−−最後に一言お願いします。
緊張感のある舞台なんですが、あなたの人生を絡め取るような話ではありません(笑)。劇場の機構も面白く、とにかく客席が近いということで、普段のお芝居とは違った演劇というものが体験、体感できると思います。是非劇場におこしいただき、観ていただきたいです。僕たちは、しびれる舞台を作ります。お待ちしています!
取材・文・撮影=五月女菜穂
ヘアメイク=佐野真知子(SCENT OF FIG) スタイリスト=中谷東一
■作=ジャン・アヌイ
■翻訳=岩切正一郎
<出演>
蒼井 優、生瀬勝久、
富岡晃一郎、高橋紀恵、塚瀬香名子
2018年1月9日(火)~1月27日(土)
新国立劇場 小劇場〈特設ステージ〉
2018年2月3日(土)~4日(日)
まつもと市民芸術館〈特設会場〉
2018年2月9日(金)~12日(祝/月)
ロームシアター京都サウスホール〈舞台上特設ステージ〉
2018年2月16(金)~18日(日)
穂の国とよはし芸術劇場PLAT〈舞台上特設ステージ〉
2018年2月24日(土)~26日(月)
北九州芸術劇場 大ホール〈舞台上特設ステージ〉