人が自然と音楽へ溶けゆく魅惑のフェス『朝霧JAM』の真髄――今年の朝霧JAMを振り返る・その2
Makoto Miyashiro
今年も10月7日、8日の2日間、標高900メートルの富士山麓において『It’s a beautiful day〜 Camp in 朝霧 Jam』が開催された。
今年のラインナップは告知の初期段階からすでに“神年”と言われるほど、国内外の素晴らしいアーティスト名がズラリと並んだ。その証拠に、は全種類が開催前に完売、また、開催後には、SPICEをはじめとする多数の音楽/エンターテインメント・メディアがこぞってライブレポートを発表していることにも顕著に見て取れる。
筆者は今秋、実に、10年ぶりに朝霧Jamに参加した。
10年一昔と言われるように、時代が移りゆく中で筆者の愛する朝霧Jamが何かしら、嫌な風に変わってしまっていやしないかと不安な思いもあった。しかし実際に足を踏み入れて感じたのは、朝霧Jamはやっぱり朝霧Jamで、筆者が惹きつけられていたその魅力は10年経っても変わらずそのまま存在していたし、来年も参加せねばと思わせられてしまった。
秋の宴が終演した今、今年の朝霧Jamを振り返りながら、朝霧Jamの何が人々の心を惹きつけて離さないのか、そして「出演アーティストのファン」ではなく、「このフェスのファン」が多い理由について改めて見つめ直してみよう。
■朝霧Jamの魅力・その1『最高のロケーションでのキャンプ』
Yuko Soutome
朝霧Jamの魅力はやっぱりキャンプだ。朝霧Jamのフェス会場と場内キャンプ場は、日本有数の面積を誇るキャンプ場の「朝霧ジャンボリーオートキャンプ場」と、日本で初めてボーイスカウトの世界ジャンボリーが開催された由緒ある「朝霧アリーナ」である。そしてもうひとつ、会場からシャトルバスで10分の距離にある日本のキャンパーなら知らぬ者はいないほど人気の高いキャンプ場の「ふもとっぱら」がオートキャンプ場として用意されている。
これらすべての場所から富士山を臨むことができるという驚きのロケーションを誇る点は日本のキャンプイン・フェスのパイオニアの名に相応しい、他のフェスにはないずば抜けた魅力だ。
特に、ふもとっぱらでのオートキャンプの場合はその広大な敷地のどこからでも富士山の雄大な全景を臨むことができる上、ご来光時には富士山頂から太陽が顔を出す「ダイヤモンド富士」を観ることができる。
国内外のキャンプインフェスが増加傾向にある昨今だが、どんな場所でもキャンプインすれば楽しめるというものではない。その点、朝霧Jamの場合はキャンプ場としての整備はきちんとされていながらも、けして人工的ではなく自然を感じられるキャンプ場にテントを張れることは重要なストレスフリーとなるポイントだ。
さらに、火を使いたい、火を使わないからステージを見下ろせる場所にテントを張りたい、荷物を運ばずにすむオートキャンプがしたいなどの用途や行動に合わせてキャンプサイトを選べるように設定され、これまた文字通りの“棲み分け”がうまくなされている。おかげで筆者のような子連れでの参加者にも大変フレンドリーであると感じられた。キャンプが嫌いでなければ「一度参加してみたら?」と誰彼問わずにお薦めできる整ったキャンプインフェスである。
■朝霧Jamの魅力・その2『雄大な富士山』
Yuko Soutome
初日、日が暮れるまでは裾野部分しか見せてくれず、夜までお預けだった富士山。しかし、夜にはその美しく雄大な全景のシルエットが月明かりで浮かび上がった。その様がとても美しくて見とれていたら、長年通っている朝霧Jamファンたちはこれを「黒富士」と呼んでいたのだが、あまりにも格好良すぎて瞬時に惚れてしまうほどいい男、ならぬいい山風情であった。
そして今年は滅多に見る事が出来ないとされるダイヤモンド富士を、なんと2日連続で拝むことが出来たのだ!
この現象が起きる前の数秒間、空が暗くなるのだが、その時間では皆既日食の時と似た何かが起きるワクワク感とスリルを味わうことができる。その直後に「ピカっ!」と、まさに文字通りに朝日が射した瞬間はこれまでの人生で感じた最強の眩しさに思わず腕で顔を覆ってしまったほどで、写真では見たことがあったけれどこんなにも美しいものが世に存在するものなのかと心を振るわされた。こんな自然美に出逢えるのは朝霧Jamならではだろう。
黒富士、ダイヤモンド富士、そして赤富士。音楽を楽しむのと同時に様々な富士の姿を眺めながら、今年の初日に観られたような夜空に煌めく満天の星の下では暖かな火を囲んで仲間と語らい、美味しいご飯を食べて酒が飲めるこの楽園で何が他に必要というのだろう?
Makoto Miyashiro
■朝霧Jamの魅力・その3『自然の中で観るライブ』
ベル・アンド・セバスチャン 撮影=風間大洋
自分の足で開放された大地に立ち、大自然の中で音楽を全身で感じられることは至福だ。CAMP INの名の通り、皆がキャンプをしながら音楽を楽しむ朝霧Jamでは、自然と音楽、そして自分との距離感がすこぶる近い。近いどころか、音楽が自然に溶け込んでいく瞬間や自分がその渦と一体化しているような錯覚を得られることもあるほどだ。さらに、その音を鳴らすのがベルセバだったりするわけで、脳内トランスと多幸感度は相当高いレベルを弾き出すのである。
朝霧JamではメインのRAINBOW STAGEと、MOONSHINE STAGEの2つが音楽の発信場所であり、そのステージ間は徒歩でたった10分ほどなので急な坂道もあるけれど双方へのアクセスはしやすく、タイムテーブルは比較的ゆるやかに組まれているので頑張らずとも出演全アーティストのステージを堪能できるサイズ感が魅力だ。
“朝霧Jamの神年”と言われた今年のラインナップ(出演順)は次の通りだった。
<10月7日(土) RAINBOW STAGE>
MARTHA HIGH with オーサカ=モノレール/GARLAND JEFFREYS/WILKO JOHNSON/EGO-WRAPPIN'/BELLE AND SEBASTIAN
ウィルコ・ジョンソン 撮影=風間大洋
EGO-WRAPPIN' 撮影=風間大洋
ベル・アンド・セバスチャン 撮影=風間大洋
<10月7日(土) MOONSHINE STAGE>
SAICOBAB/LOGIC SYSTEM/D.A.N./BICEP(LIVE SET)/MOUNT KIMBIE/CARL CRAIG
D.A.N. 撮影=風間大洋
Ⓒ Yasuyuki Kasagi
<10月8日(日) RAINBOW STAGE>
DJみそしるとMCごはんのケロポン定食/TXARANGO/Yogee New Waves/UA/ペトロールズ/LORD ECHO(LIVE BAND SET)/Suchmos
Ⓒ Yasuyuki Kasagi
Ⓒ Yasuyuki Kasagi
<10月7日(土) MOONSHINE STAGE>
ROTH BART BARON/思い出野郎Aチーム/jizue/CHON/NONAME/THEO PARRISH
ライブではないけれど、朝霧Jamの名物となっている2日目の朝一番のラジオ体操にDJみそしるとMCごはんとケロポンズが登場するという演出もあった。自然・ミュージシャン・オーディエンスが並列で体操する様はなんともいえない和みを生んでいて朝霧Jamを象徴するワンシーンであった。
©Yasuyuki Kasagi
今年は初日に雨は降ったがおおよそ好天に恵まれ、気球も飛んだし、夜空に瞬く星も、黒富士、そしてダイヤモンド富士も2日連続で観ることができたりと自然に恵まれた当たり年だった。さらに、ラインナップも朝霧Jam史上最強と言えるほどに世界一流の、そして日本を沸かすミュージシャンの面々が出揃ったことから、自然の恩恵と出演アーティストの並びの双方がまさに神年であったと言える。
しかしながら、毎年そうとは限らないので注意は必要だ。過去には富士山も見えなければ寒さを凌ぐためにダウンを着たり、弱っちいテントから雨水が漏れにじんで困った大雨の朝霧Jamも経験したことがある。例え大雨でも、一歩も出ずに朝から飲んだくれてライブを観なかったとしてもそれはそれで楽しめるけれど、計算できない自然の力を見方につけた今年の朝霧Jamは最強であったと言わざるを得ない!
■朝霧Jamの魅力・その4『地元飯と地元愛、ボランティア・パワー』
撮影=風間大洋
朝霧Jamといえば、食事の美味しいフェスとしても名高く、地元飯の旨さが際立っていることでも知られている。
アジアンからエスニックなど、幅広いジャンルの飲食店が約30店舗ほど出店され、それぞれの店が手をつないでステージを囲むように連なっているのが特徴的で、その中のほとんどが地元・富士宮近郊で採れた食材を使って作られるローカルフードはオーディエンスの胃袋を満たすと同時に心もほっこりと温めてくれる。
そうした溢れんばかりの地元愛が注がれた地元飯がどのように集められたのかを、今年の朝霧Jam会場にてひょんなことから耳にした。
遡ること18年前、朝霧Jamが生まれる以前のこと。朝霧Jam開催が決まり、地元で評判のお店に一軒一軒声をかけて回った女性がいた。朝霧Jamの会場から車で30分ほどの場所で生まれ育った生粋の朝霧っ子の彼女が声をかけた店の中にはフジロックでも人気の高い朝霧食堂を出店している人々も含まれており、“あの味で私は育ったの”と控えめに笑って話してくれた。現在では彼女の活躍の場は飲食エリアからキッズランドへと変わったようだが、そんな裏話もまた朝霧Jamらしくて暖かみがあるではないか。
そもそも朝霧Jamとは、前述の彼女のような地元出身の有志によって築かれてきた地域密着型の野外フェスティバルでもある。
2万4千人に及ぶオーディエンスを迎えるほどの規模の大きなフェス運営の大部分を、ボランティア集団『朝霧ジャムズ』が担っていることは数あるフェスの中でも大変珍しく、地元愛なしではなし得ないことだろう。
残念ながら、朝霧Jamでもゴミは落ちていたし、水場を汚くしているのも目に付いたこともあったが、筆者が最も利用したふもとっぱらの大きな水場は定期的に掃除がなされていたし、常設の女子トイレを汚いと思ったことは一度もなく快適だった。ゴミゼロナビゲーションの活動にも見られる通り、ボランティアの愛あるきめ細やかなおもてなしが行き届いていたことに感動した人も多かったことと思う。
そしてもうひとつ、会場にいたボランティア・クルーの人たちから「ありがとうございました」と言われ続けたことをここに挙げたい。
それはフードやドリンク、アクセサリーなどを購入した時だけではなく、子どもをキッズランドで遊ばせていたとき、またはワークショップを終えたとき、トイレ掃除をしてくださっている方など含めて一貫していたから強く印象に残った。
「こちらが“ありがとう”を言わなければならないのに、お礼を言ってもらえるのはなんでだろう?」と心に引っかかっていたのだが、改めて考えてみるとボランティア・クルーの方々がくれたその言葉は「(私たちの作る朝霧Jamに来てくれて)ありがとう」なのかもしれない。
自分たちで作っているフェスという意識がボランティア・スタッフの一人一人の根底にあるからこそ、その想いが言動に表れてオーディエンスにまでしっかりと伝わってくるのだろう。こうした人のぬくもりを感じられる素朴さが残るフェスだからこそ、多くの人が惹きつけられてリピート参加し続けているのではないだろうか。
■朝霧Jamの魅力・その5『愛犬と一緒にいられる希少なフェス』
Makoto Miyashiro
音楽ファンで犬好きの人にとって、朝霧Jamは楽園である。
近年では犬同伴OKのフェスも増えつつあるが、今年は日本勢からはSuchmos、海外勢ではBELLE AND SEBASTIAN、WILKO JOHNSON、CARL CRAIGらが出演したように、日本のみならず世界一流の大御所から気鋭の新人が鳴らすホンモノの音楽を感じられるフェスは朝霧Jamをおいて他にはない。今年はたくさんの犬が場内を闊歩していて、そうした犬の存在する風景は朝霧Jamの自由度の高さを表すようだった。
実際、犬連れで朝霧Jamに参加した友人のMファミリーに後日話を伺ったので紹介しよう。
神奈川県に住むMファミリーとジャックラッセルのランチちゃん(13)は、今年全員が初参加だったそうだ。参加したきっかけはと訊ねると「ベルセバを観たかった」と即答したMさんに犬連れで参加してみての感想を聞いてみた。
「素晴らしかった。フジロックの良いところをギュッと集めた感じで、フジロックから失われたものが朝霧にはまだあるような感じがした。いい具合でみんな自由だけどマナーはあるし」
フジロックフェスティバルに長年参加しているMさんならではの感想だろう。また、もともとアウトドア派なのかと訊ねるとそういうわけでもなかったようだが、「今回、朝霧Jamに参加してみて、実は子どもの頃にアウトドアがすごく好きだったことを思い出したりしたんですよ。道具を買ってみたりしたことも楽しくて、開催までの1週間は毎日ホームセンターに通ってしまった(笑)。道具も買ったし、キャンプも楽しかったから、来年もまた行こうと思ってます」
犬連れでの参加を体験してみてを訊ねると次のような答えが返ってきた。「大きい音はちょっと可哀相だったかなあと思いましたけど、他はすべて快適でした。何よりもベルセバを観に犬と一緒に行けるフェスは他にないからね。こいつ(ランチ)的にはきっと多少音がうるさくても(Mさんと)一緒にいれることが一番だと思うから。一緒にテントで寝たしね」
Makoto Miyashiro
そして、テントを張ったふもとっぱらでのオートキャンプについては、「楽。ロケーションが素晴らしい。だって車を駐めてすぐにテントを張れるだなんてねえ…。ただ、犬と乗ることには何の問題もなかったけれど会場へ向かうシャトルバスの行列はどうにかならないもんかなあとは思いました。1時間も並んだから」とのことで、来年、改善されることを願っているという。
「もう少し大きければ歩かせられもできるんだろうけど、このサイズの犬では人が多い場所だと踏まれる危険があるので、移動中はずっとバッグに入れて歩いたのでかなり肩が懲りました。うちの子は年も取っているし、人ひとりで犬と一緒に行くのはちょっと無理かな…やっぱり、目を離せないからね。楽しそうだったけど(笑)」
Makoto Miyashiro
大きな音や移動など、犬連れは子連れに通ずる注意点があるようだが、写真のランチを見ればわかるように大好きな家族と一緒であったから彼女はきっと楽しめたことだろうし、Mさんは当初の目的はベルセバであったが「もうフジロック行かなくてもいいかも(笑)」と言うほどにまで朝霧Jamのファンになってしまっていた。
犬と暮らしている音楽ファンの方はぜひ一度参加されるといいかもしれない。
■朝霧Jamの魅力・その6『子連れでも辛くないキャンプインフェス』
Yuko Soutome
結論から言うと、初めて子連れで参加した朝霧Jamを筆者は「辛くない」と感じた。
“親になっても諦めない”をテーマに子育てに捧げる日々を謳歌したい筆者にとっては、朝霧Jamで初の親子キャンプを成し遂げたいと思ったが、子を連れてキャンプをし、且つ、ライブを見ることなんて果たして出来るんだろうかと不安ではあった。
我が子は元気と好奇心でできている2歳男児で、意思疎通ができているかと言われると7割くらいは多分…と思える程度であるし、一瞬も目を離すことができないからだ。
実際に参加してみると、大きな失敗もあった上に不可抗力とも言える高速道路の通行止めといった大きな交通トラブルもあったので、やはり、なかなか思うようにはいかなかった。時間のやりくりや前準備も不十分であったし、次回参加するため課題は数えればきりがないほどある。しかし、ネガティブな心象は露ほども残っておらず、やり方はいくらでもあると思えるフェスでもあった。
楽をしたいと思えばレンタルテントやバスツアーを利用すればいいし、キャンプもオートキャンプであれば絶景を目の前に楽々キャンプを楽しめる。また、場内には子どもたちのための遊びのエリア、キッズランドも用意されている。そこでは間伐材を使ったワークショップやプレーパークでお馴染みの竹タワー、探検できる森のトンネルなどで自由に遊ぶことができる。ふもとっぱらでは気球にも乗れた。
Yuko Soutome
Yuko Soutome
今年は、2日目の朝一番に、DJみそしるとMCごはんとタッグを組んでRAINBOWステージに登場した子どもたちと保育界の永遠のアイドルであるケロポンズが、なんと、キッズランドにてパネルシアターをシークレット出演して披露したのだ。フカフカの芝生に座って大地を感じながらショーを見ることができた子どもたちはこの超レアな体験をきっと忘れないだろう。
Ⓒ Yasuyuki Kasagi
Misato Ishitobi
朝霧Jamに限らず、子連れでは独身時代のように全てを楽しめる余裕はもちろんない。けれど、それでもまた参加したいと思えるのは、過去の自分と同じように、好きな音楽フェス空間に身をおける喜びを感じられることと、我が子が見せた目の輝きのせいだ。
アウトドアは学びが多い。それに素晴らしい音楽も鳴っているのが朝霧Jamだ。
アウトドアは育児と同じ、根気強く経験を積むしかないのだろう。音楽とアウトドアの英才教育を子に施したい人には、朝霧Jamはうってつけの場である。
取材・文=早乙女‘dorami’ゆうこ 撮影=各写真のクレジット参照