『斜交〜昭和40年のクロスロード』主演・近藤芳正、脚本・古川健が語る

2017.11.8
インタビュー
舞台


茨城県に所縁のある人物や題材を取り上げ、創作を行って来た水戸芸術館ACM劇場。その新作は土浦市出身の刑事・平塚八兵衛をモデルに描かれた『斜交~昭和40年のクロスロード』だ。戦後復興の象徴となる東京オリンピックの狂騒の中、昭和38年に、戦後最大の誘拐事件「吉展ちゃん誘拐事件」が起きた。容疑者を追い詰めながらも決め手がないまま、迷宮入りしそうだった事件を期限ギリギリのところで解決に導いた伝説の刑事が平塚だ。脚本を手掛けるのは、実際の事件や歴史、実在の人物に材を得た作品で定評のある劇団チョコレートケーキ古川健。ベテラン刑事・三塚九兵衛役には古川とは2度目の顔合わせとなる近藤芳正があたる。

稽古場に張り詰める取り調べの緊迫感

稽古が始まってしばらくのある日、2.5次元ミュージカルの稽古が頻繁に行われるスタジオが、アナログ感ただよう昭和の空間になっていた。こんな言い方は叱られてしまうが、刑事・三塚九兵衛役の近藤芳正、容疑者・木原守役の温泉ドラゴン・筑波竜一(土浦市出身!)の風貌によるところが大きいかもしれない。まる刈りの頭を抱えてうずくまる木原、焦りのあまり木原の胸ぐらをつかまんとする三塚。取調室に見立てた稽古場の一室は、時代に取り残された男たちの慟哭が交錯する緊迫感にあふれていた。

言葉ではなく、そこはかとなく人間が見えてくる古川戯曲

−−小劇場の作家を探し出す嗅覚が抜群の近藤さん! ご自身のユニット、バンダ・ラ・コンチャンですでに古川さんと一緒にやられているんですよね。

『ライン(国境)の向こう』

近藤 2015年の年末に劇団チョコレートケーキwithバンダ・ラ・コンチャン『ライン(国境)の向こう』という作品を上演しました。戸田恵子さん、高田聖子さん、寺十吾さんらとチョコレートケーキの役者たちで。古川さんの作品を初めて見たのは5年前だったかな。知り合いのCMのキャスティングディレクターが推薦してくれたんです。

古川 そうですね。あの方は本当にいろいろ見ている、どこの劇場にもいらっしゃる。

近藤 最近は僕も小劇場にはなかなか通えないので彼から情報を得ているんです。そのおかげでチョコレートケーキとつながりができて、演技のワークショップをやらせてもらったり。話をするうちに、古川くんが“日本がもし北と南に分割されたら”というアイデアを持っていて、僕は僕で“コートジボアールという国がフランス領とドイツ領に分かれていて、そのはざまに生きる人たち”の話をやりたかったので「似ているね、だったら一緒にやる?」みたいな感じでした。笑いのある、いつもの古川くんとは少しテイストの違う作品になった。

−−古川さんが実際に起きた事件を題材に描いた脚本の評判は田舎にも伝わってきています。

古川 僕はもともと歴史がすごく好きなんです。あるとき劇団の座付き作家がやめてしまって、必要に迫られて僕が戯曲を書くことになったんです。自分の好きなジャンルだったら少しは楽に書けるんじゃないかと思って、3本目に浅間山荘事件をモチーフに書いてみたんです。もちろん楽になるわけはないんですが、役者やお客さんから評判がよく、じゃあこの路線でやってみようかと。劇団ではずっとコメディをやっていたんですけど、まるで方向性が変わっていきました。

−−近藤さんと初めてご一緒したときはいかがでしたか?

古川 僕、劇団に書くときも当て書きをしないんですよ。いつも通りやろうと思っていたんですけど、パブリックなイメージが強い役者さんたちだと、それに引っ張られてしまうんだなという体験をしました。いつも尖った戯曲を書いているんですけど、『ライン(国境)の向こう』では近藤さんの剽(ひょう)けた部分を書こうとしたからかもしれませんが、こういうものを書けるんだということを勉強させてもらいましたね。仲間たちとやってるだけではできない、大変得難い経験をさせていただきました。

近藤 古川くんの戯曲はなんかここ数年、より人間が見えてくるようになったよね。今回もそう。事件を起こすのは人間じゃないですか。けれど犯人さえも容認するような、優しい眼差しがある。僕が演じる刑事も、当時もすでにそうだけど、今の時代ではまったく生きていかれないような人。ある意味では滑稽かもしれない。でも古川くんの戯曲の中に、善人ではないかもしれないけれど、プライドや志を持ち、信念を貫きながら生きている様が、言葉ではなく、そこはかとなく匂い立つように見えてくる。僕が言うのも失礼かもしれないけれど、大したもんですよ。

古川 ふふ、ありがとうございます。

−−今回の企画の題材となる事件は劇場からの提案ですか?

古川 そうです。平塚八兵衛さんという伝説の刑事さんのことを書いた「刑事一代 ― 平塚八兵衛の昭和事件史」という本があって、演劇部門芸術監督の井上桂さんが企画を温めていらっしゃったそうです。当初はリーディングをイメージしていたらしいのですが、演出の高橋正徳さん(文学座)と打ち合わせをするうちにせっかくなら舞台にということになり、僕に声をかけてくださったんです。僕は吉展ちゃん事件のことを知らなかったので、改めて調べたあとで、ぜひやらせてくださいとお願いしました。主演が近藤さんだというのは早い段階で話に出ていました。

−−お二人が再び引き寄せられたんですね。事件のどのへんをポイントに書こうと?

古川 ヒーローではなく、人間くさい核の部分を正直に書いて、その上で好かれるような人物像になるようにということは意識しました。資料をあたると、平塚さんは伝説の刑事として神格化されていて、いいところばかりなんですよ。でも調べていく中で、そこまでいいところばかりじゃなかったよというものを見つけ、そのエッセンスを大事にしていこうと思いました。一つだけですが、取り調べで暴力ふるったことを「俺やっちゃったんだよね」と記者に語ったという資料もあった。この世代の刑事さんは戦時中の特高の流れを汲む人が多かったみたいで、きわどいことも普通にやってたようですよ。ただ刑事魂は熱い。現代では通用しないかもしれないけど、ほんの50年前にはこういう人たちが活躍していたんですよね。執筆するときは今度は近藤さんのハードな面が存分に出せたらいいなあと思って、最後まで近藤さんのお顔を浮かべていました。

近藤 平塚八兵衛さんという実在の人物に僕自身を混ぜ合わせたようなキャラクターが、今回演じる三塚九兵衛さんですね。僕に寄ったところもずいぶんある。人から非難されようが己の道を行く、自分の信念を貫くという姿勢はやっぱり手がかりになります。僕は実はそういう役は好きなんです。久々にそういう役が来た。あと九兵衛さんはすごく行動力がありますね、自分が納得するまで妥協はしない。でも罪は憎むけれど犯人は憎まずという優しさも持っている。

−−取調室のシーンがほとんどであり、犯人との心理戦では表情の変化、呼吸や間合いがすごく大事な気がします。

近藤 そうですね。

古川 僕は作家専任で、演出のことまで考えずに書くところがあるので、水戸芸術館の劇場はなかなか大きいですし、そのへんを高橋さんがどう料理してくれるか楽しみです。

−−近藤さんから見た、木原守はいかがですか?

近藤 「絶対落としてやる!」ということだけですよね。彼の足取りなど調べあげた事実があるので間違いなくクロだと確信している。けれど二度の取り調べを切り抜けたことで、木原はかなり手だれた犯人になってしまっている。かわされ、苦戦しながらもなんとか落としてやる、それ一本しか考えていない。

−−刑事と犯人、プライドと命をかけたやりとりの緊迫感は凄まじいですね。

近藤 きついですね。とくに後半のシーンを思い切りやると、その日は何もやる気がおきません(笑)。回復するまでに時間がかかる。それは犯人役の筑波竜一くんも同じだと思います。

左端が木原役の筑波。近藤を押さえるのは三塚の相棒の刑事役、中島歩

中央は三塚の上司役、福士惠二

右端は木原の母親役、五味多恵子

−−取り調べには時間の制限があって、焦りもありつつも、それを見せずに犯人の自供を目指して罠を仕掛けていく、そのへんのやりとりは近藤さんの中で感情が渦巻くんじゃないですか?

近藤 たとえば、僕も若いころは仕事が来なかったらという怖さがあったんです。でも今は仕事がなくなっても、それはそれでいいんじゃないか、ほかの道を探せばいいと思える。役者としていろんな経験をしてきたせいか、僕なりの境地があるんですよ。でも一方でこれまでやってきたことに間違いはないという確固としたものもある。九兵衛さんにはもちろん絶対落とさないといけないという思いはあるけれど、そういう意味では焦ってはいないというか、むしろ開き直っていると思います。そうでなければ上司に楯突くようには反論できません。いいのか悪いのか怖いものはないという感じですね。もしかしたら怖いのは奥さんだけかもしれませんね。井上さんが実際に息子さんに聞いたところでは、洒落心もあったそうですよ。ただ子供がうそをついても全部見破られるって。そりゃそうですよね、手練手管の犯人と日々対峙しているわけだから。

−−でもそんなお父さんいやです、子供のうそは見逃してほしい。

近藤・古川 はははは!

−−脚本を読んでいて感じたのは、現在はいろんなものがAIに置き換わっていく時代ですよね。物語の舞台となる時代は復興の象徴だったオリンピックですが、その流れから取り残されていく人がいたように、現代もそれに似たものを感じます。そこに単に当時を再現するだけではない何かを感じるんですよね。

古川 時代は変わっていく。じゃあ時代とともに人間が変わるかといえばそうでもない。ちょっと逆説的に言えば、過去があって、今があって、時代も変わったからと人間が安易に変わっていいわけでもなくて、大事なものはきっとある。生きる上で何を大事にしているか、個人の心に秘めているものこそが重要なはずです。そのことがお客様に届いて、心の中で変化が起きるヒントになってくれればうれしいですね。

近藤芳正三谷幸喜主宰の東京サンシャインボーイズに欠かせない客演俳優として脚光を浴び、各ジャンルで幅広く活躍。あらゆる役に深く踏み込む演技力と表現力に定評があり、舞台・映像とも唯一無二の存在感を誇る。水戸芸術館ACM劇場プロデュース公演には『十二夜/わたくし、マルヴォーリオは』(2015年/演出・森新太郎)でマルヴォ―リオ役を好演。また近年では、劇団チョコレートケーキとバンダ・ラ・コンチャンが共同制作した『ライン(国境)の向こう』(2015年/演出・日澤雄介)もACM劇場に招聘された。

古川健劇団チョコレートケーキ所属。俳優として第2回公演以降、劇団チョコレートケーキの全作品に参加。2009年から脚色を担当する。2017年も劇団昴ザ・サード・ステージ『幻の国』、青年座公演『旗を高く掲げよ』など外部作品の執筆、TBS「ゴロウ・デラックス」(コーナー内の脚本担当・出演)など映像作品も手がける。2014年、第21回読売演劇賞選定委員特別賞(『治天ノ君』)、第25回テアトロ新人戯曲賞、第49回紀伊國屋演劇賞団体賞など多数受賞。

取材・文=いまいこういち

昭和39年前後の写真を大募集

2017年11月4日(土)~11月17日(金)
「斜交」の舞台は、昭和39年前後の高度成長期の日本。この公演では、当時の写真を舞台上に投影し、その雰囲気を演出します。そこで、皆さんのご自宅にあるお写真を大募集! 当時の雰囲気の分かる風景や人物、催し物などの写真(東京に限らず)をご提供ください。採用された方は、ご希望日時の公演にペアでご招待いたします。
【写真の提供方法】
●写真の場合:送付先の住所に、複写した写真と氏名・住所・電話番号、ご招待ご希望日時を明記したものを送付(写真原本は、終了後返却)
●データの場合:送付先のアドレスに氏名、住所、電話番号、ご招待ご希望日時を明記の上、送付。
※頂いたデータは舞台「斜交」の演出目的以外は使用いたしません。
※到着次第、採用の有無を含め、ご連絡いたします。
●送付・お問合せ先
〒310-0068 水戸市五軒町1-6-8
水戸芸術館ACM劇場 「斜交」写真募集係
Tel.029-227-8123 Mail:info.acm@arttowermito.or.jp
 
公演情報
『斜交〜昭和40年のクロスロード』
 
作:古川健   
演出:高橋正徳
出演:近藤芳正 筑波竜一 福士惠二 五味多恵子 渋谷はるか / 中島歩

 
水戸公演》水戸芸術館ACM劇場2017年公演企画
日程:2017年11月23日(木)~26日(日)
会場:水戸芸術館ACM劇場
料金:全席指定(税込)S席5,000円 / A席4,500円 / B席3,500円、U-25(25歳以下)2,500円
 ※未就学児入場不可
開演時間:23日・24日・26日14:00、25日14:00と18:30
問合せ:水戸芸術館予約センター Tel.029-225-3555(9:30~18:00・月曜休館)

 
《東京公演》
日程:2017年12月8日(金)~10日(日)
会場:草月ホール
料金:全席指定(税込)指定席5,000円、U-25(25歳以下)2,500円
 ※未就学児入場不可
開演時間:8日18:30、9日13:00と17:30、10日13:00
問合せ:サンライズプロモーション東京 Tel.0570-00-3337(全日10:00~18:00)

 
『斜交』特設サイト http://shakkou310.com/