中野監督が語る「育成の帝京大”が箱根駅伝で好成績を残し続ける理由」
-
ポスト -
シェア - 送る
帝京大駅伝競走部の中野孝行監督
正月の風物詩『箱根駅伝』。毎年28%前後の視聴率を記録し、テレビや新聞を賑わせる“ヒットコンテンツ”だ。各大学はさまざまな強化策を講じ、全国トップクラスの高校生やアフリカからの助っ人留学生をスカウトするなどして、チーム作りを行っている。
その一方で“育成”に重きをおき、独自路線で好成績を残し続けている大学がある。過去5年間で3度のシード権を獲得し、10月の予選会では見事トップ通過を果たした帝京大学だ。そんな箱根常連校を率いる中野孝行監督に、今回は“エースに頼らない全員駅伝”の極意を伺った。
「育成の帝京大」と呼ばれる中野監督の指導力
箱根駅伝は10区間217.1kmで行われ、1人あたり20km以上を走る過酷なレースだ。近年はオープン参加の関東学生連合を含めた21チームによって争われ、上位10チームまでが次回大会の予選会免除となるシード権を手にすることができる。
このレースにおいて過去5年で4位、8位、11位、10位、11位と、抜群の安定感を誇っているのが帝京大だ。チームを率いる中野孝行監督は、自身も国士大で箱根駅伝を4度走った経験があり、その後は実業団の指導者を経て2005年に現職へ就任。NECコーチ時代には、現在絶賛放送中のドラマ『陸王』に出演の俳優・和田正人を指導した経歴もある。
中野監督の指導力には定評があり、全国実績のない新入生を学生トップクラスに育て上げることから、“育成の帝京大”と陸上関係者から評価されるほど。昨年度は惜しくも11位とシード権を逃してしまったが、10月の予選会では18年ぶりのトップ通過で11年連続19回目の出場権を獲得している。翌月の全日本大学駅伝でも大学最高順位となる8位に入賞するなど、さらにパワーアップして箱根路に舞い戻ってきた印象だ。
「箱根駅伝はエースがいれば勝てるものではない」
前回大会で1区7位と好走を見せた竹下凱
帝京大の特徴としては、ロードでの安定した強さが挙げられる。例えば昨年の箱根で1区、2区を担当した竹下凱(3年)と内田直斗(現・日立物流)は、10,000mの自己記録が同区間エントリー選手の中でともに21人中19番目だった。しかし、本番ではそれぞれ区間7位、8位と好走している。
昨年のチーム全体で見ても、エントリー選手16名の10,000m平均タイムは、全チーム中17番目に過ぎなかった。それは前回大会に限ったことではなく、毎年のように“数字以上のポテンシャルを秘めているチーム”として紹介されているほどだ。
なぜトラックの記録以上の成績を駅伝で残せるのか。中野監督はこう分析する。
「箱根駅伝は20km以上の長丁場なので、トラックレースとは求められる能力が異なります。5kmを15分ペースでいけばそこそこ戦えるので、10,000m28分台、5,000m13分台といった記録は必ずしも必要ありません。青学大などの上位校は8割、9割の力でも勝つことができますが、10割の力を出せば戦えるチームはいくつもある。うちはトラックの記録では他大学に劣りますが、10割の力をできるだけ出せるような練習に取り組んでいます」(中野監督)
その「10割の力を出せるような練習」に代表するのが、夏の万座合宿(群馬県)だ。標高約2,000mの高地で1日50~60㎞の走り込みを行い、選手の適性と限界値を測る。そしてこの“地獄の合宿”で引き出された能力を、知将・中野監督が巧みに操り、各区間に適性に合った選手をはめ込むことで安定した成績をもたらしているのだ。
選手たちに言葉をかける中野監督(左)。その右は町田勇樹コーチ
さらに今季は、ようやくエースと呼べる人材が育ってきた。10月の箱根予選会(20km)で日本人トップの7位と好走し、1年の頃から主力として活躍する畔上和弥(3年)だ。11月の全日本でも5区区間3位と好走し、その3週間後の10,000m記録挑戦競技会では大幅自己新の28分41秒68(大学歴代4位)をマーク。本人は「まだエースにはなりきれていない」と謙遜するが、指揮官からも「勝負どころがわかっている」と評価が高く、チームのカギを握る往路のキーマンとして活躍が期待される。
ただし10区間もあるだけに、エースだけの力で戦うことができないのも箱根駅伝の難しさ。それは前回、強力なアフリカ出身留学生を起用した4大学(創価大、拓大、山梨学大、日大)が、すべてシード権を落としていることからも説明がつくだろう。
「箱根駅伝は1人速い選手がいたからといって勝てるものではない。全員が力を合わせて戦える種目なんです」(中野監督)
選手を全面サポートする「スポーツ医科学センター」の存在
練習のはじめに動き作りを行う選手たち
帝京大は全国大学選手権8連覇中のラグビー部や、現役・OB・OGから複数の日本代表を輩出している空手道部などが有名だ。駅伝競走部を含む、これら大学の強化指定部は『スポーツ医科学センター』のサポートをフルに活用することができる。
同施設はスポーツ医療の研究を進める「メディカルチーム」、運動学・運動生理学に沿って研究を重ねる「サイエンスチーム」、研究によって導かれたデータをアスリートとともに実践していく「フィジカルチーム」の3チームによって構成され、アスリートを多方面から支援する。帝京大の駅伝は本番でミスが少なく、実力をほぼ100%発揮してくるのが特徴だが、その理由について中野監督は「医科学センターのおかげ」と話していた。
2015年9月に完成した帝京大陸上競技場。トラックには世界選手権などで使用される材質「スーパーX」を採用している
「医科学センターにはケガをさせないための食事や、運動前、運動後にやらなければいけないことを医学的側面からサポートしてもらっています。また、ケガをしたときには『ゆっくり休みましょう』と言われるのが一般的ですが、痛くてもそのまま練習し続けて治ってしまうケースがあるので、こうした判断は専門家に委ねています。あとは、最大酸素摂取量などの測定ですね。これは『ダメだ……』と思ったところから、どれだけ自分を追い込めるかを測ることができます。よく言う“リミッター”というのは自分自身が勝手に決めていることであって、それを数字にしてもらうことで、練習や試合に役立てることができるんです」(中野監督)
中野監督が語る今大会の注目ポイント
2018年の箱根駅伝について熱く語る中野孝行監督
最後に、中野監督に94回大会の注目ポイントを挙げてもらった。
「うちは(11月の)全日本大学駅伝の時点で、10,000mの平均タイムが15番目でした。通常10,000mで30秒違うと致命的な差になりますが、駅伝においてはそんなに関係ありません。『箱根駅伝はトラックの自己記録で決まるわけではない』というのを見てもらいたいですね。強い選手が勝つのではなくて、その日1番良い準備をした選手が勝つんです!」(中野監督)
帝京大の目標順位は「総合3位」。1月2日、3日は“ファイヤーレッド”のユニフォームに注目だ。
■中野孝行(なかの・たかゆき)
1963年生まれ。北海道出身。白糠高校卒業後、国士舘大学へ進学。59回大会で10区(区間8位)、60回大会で2区(区間16位)、61回大会で4区(区間3位)、62回大会で2区(区間8位)と4年間箱根路を駆け抜けた。卒業後は実業団の雪印に進み、選手として活躍。その後は三田工業女子陸上部コーチ、NEC陸上部コーチを経て05年に帝京大学監督に就任。08年より11年連続で箱根駅伝に出場させている。