吉田鋼太郎・藤原竜也らが故・蜷川幸雄のシェイクスピアを引き継ぐ舞台『アテネのタイモン』が開幕~ゲネプロレポート
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『アテネのタイモン』タイモン役:吉田鋼太郎、アペマンタス役:藤原竜也、アルシバイディーズ役:柿澤勇人 (撮影 渡部孝弘)
シェイクスピアの全37作を上演する「彩の国シェイクスピア・シリーズ」。その33作目となる『アテネのタイモン』が2017年12月15日(金)に幕を開けた。「彩の国シェイクスピア・シリーズ」では、芸術監督であった蜷川幸雄が32作まで上演してきたが、残り5作を前に2016年に逝去。そのバトンを引き継いで、2代目芸術監督に就任した吉田鋼太郎が選んだのは、あまり上演される機会の少ない『アテネのタイモン』だった。ここでは、初日公演に先立つゲネプロ(総通し稽古)の様子をレポートする。
『アテネのタイモン』タイモン役:吉田鋼太郎 (撮影:渡部孝弘)
“シェイクスピア俳優”とも呼ばれる吉田が、演出とともにタイモン役を務める本作で、自身を支える共演者に選んだのは、全幅の信頼を置く藤原竜也、『デスノート THE MUSICAL』で共演した柿澤勇人、本シェイクスピア・シリーズで要の一人となってきた横田栄司らだ。物語はタイトルの通り、アテネに住む貴族タイモンの興亡、彼を巡る人間の欲を描く。
上演は、休憩20分を含む3時間弱。前半と後半で、タイモンを巡る人間像がガラリと反転するのが見どころだ。
アテネのタイモン(吉田)は、見える土地はすべて自分の領土と言うほど裕福な貴族。毎夜パーティを開いては、贈り物を届ける貴族に7倍のお返しをし、宝石商や芸術家たちの作品を高値で購入するなど、“友人たち”をもてなす。その善良な気前の良さは、唯一タイモンを非難する哲学者アペマンタス(藤原)に言わせれば「あれほど親切でおろかなことをする人は前代未聞」だ。彼の言うように、タイモンの家計は火の車。執事のフレヴァイス(横田)は赤字の束に埋もれて頭を抱えている。
『アテネのタイモン』タイモン役:吉田鋼太郎 (撮影 渡部孝弘)
困っている人のために……そう金品を大盤振る舞いしてきたタイモンは、借金の相談をして回るが“友人たち”は誰一人として一銭も出さない。あの手この手で断りを入れてくる。展開はわかっていても、人々の掌返しの様がおかしみ溢れる。タイモンを称えた人々が彼から離れていくにつれ、舞台の中央にある巨大な男の立像が、それまでは屋敷を支える縁の下の力持ちに見えていたのに、崩壊に押し潰されそうな姿へと印象が変わっていく。
タイモンを褒めそやす味方たちとの前半に比べ、後半は一転。タイモンは「全人類がタイモンの敵だ!」と咆哮する。絶世の金持ちから、無一文へ…。タイモンに対して態度を変えた人もいれば、変えなかった人もいる。だが、タイモンの方は人との接し方を大きく変えていく。
『アテネのタイモン』タイモン役:吉田鋼太郎、 アペマンタス役:藤原竜也 (撮影:渡部孝弘)
両極端を知っているが真ん中を知らないタイモンの変わり様を、吉田は熱演。金の力を己の魅力と過信する愚かさは、人間味があり可愛らしくも見える。タイモン本人が特別にユーモアに富んでいるわけではないのに、時にクスリとさせられる物言いで、彼を好きになってしまうのだ。とくにアペマンタスを演じる藤原との丁々発止の緊迫した攻防は、コミカルでもある。タイモンもアペマンタスも互いへの憎愛を抱えながら自らの尊厳をかける必死さに、こちらも笑いとともに泣けてくるのだ。
今回、シェイクスピア・シリーズに初出演した柿澤が、強い存在感で作品を広げていた。柿澤演じるアルシバイアディーズは、金を巡る貴族や元老院や芸術の中にあって、唯一の軍人。シェイクスピアの台詞をまっすぐに口にする柿澤は、直情的な軍人らしさが出る。とくに長台詞には怒りや悔しさが溢れ、まるで現代社会の権力に対して訴えているようにも聞こえた。
『アテネのタイモン』タイモン役:吉田鋼太郎 アペマンタス役:藤原竜也 (撮影 渡部孝弘)
白、赤、黒をもちいた舞台美術や舞台効果がとても美しく、作品を盛り上げる。タイモンの周囲を疑わない「白」が、負債・軍服・血・火などの「赤」に染まり「黒」へと変わっていく。ことあるごとに象徴的に使われるこの3色は、タイモンの状況やアテネという都市の変化をあらわす効果的なトリガーとなっている。さらに光と音が、アテネの現実とタイモンの心情をうまく混ぜていく。また、最後の晩餐、十字架、などの象徴が登場し、作品の世界観を深めていた。
客席通路に何度も俳優があらわれることで、観客も登場人物の一人になったかのような錯覚に陥る。隣でステージに向かって台詞を放つ俳優に煽動され、観客は、保身に走るアテネ市民にもなり、義のために権力に立ち向かう軍人にもなる。金と権力を前に誰に共感するのか、観客の信念が揺さぶられる。
タイモンは金による盛衰を味わいながらも、いつまでも無意識に金や地位にとらわれている。人の価値観はなかなか変わるものではない。しかし生き方は変えられる。私たちはいったいどう生きるのか……私たちに問いかけられているようだ。
ゲネプロの客席中央の演出席には、ステージを向いて蜷川幸雄の写真が舞台を向いて置かれていた。吉田をはじめ俳優・スタッフたちは、蜷川の視線を感じながら誠実に舞台の一瞬一瞬を創る。その結果、未完とも言われる『アテネのタイモン』は、鍛えられた俳優とスタッフにより丁寧で厚みのあるエンターテイメントとなっていた。
『アテネのタイモン』タイモン役(右):吉田鋼太郎、 アペマンタス役(左):藤原竜也 (撮影:渡部孝弘)
取材・文=河野桃子
■翻訳:松岡和子
■演出:吉田鋼太郎[彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督]
■出演:吉田鋼太郎、藤原竜也、柿澤勇人、横田栄司 ほか
2017年12月15日(金)~29日(金)
■会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2018年1月5日(金)~8日(月・祝)
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール