古川雄輝、ドッペル・ゲンガー、綾瀬はるかにリュック・ベッソン?『風の色』を形づくる意外な要素とは?クァク・ジェヨン監督インタビュー
クァク・ジェヨン監督
流氷の北海道・知床と桜舞い散る東京を舞台に、2組の男女が織りなす映画『風の色』が1月26日から公開される。恋人の死を経験した青年が、「私たちはまた会える」と言っていた彼女の言葉に導かれて北海道に降り立ち、恋人とそっくりな女性と出会ったことから不思議な感情が芽生える、という幻想的かつミステリアスなラブストーリーだ。一人二役で主演するのは、Netflixオリジナルドラマ『僕だけがいない街』や、『曇天に笑う』、『となりの怪物くん』などの公開映画が待機中の古川雄輝。約1万人のオーディションから選ばれたシンデレラガール・藤井武美がヒロインを好演し、ほかに竹中直人、袴田吉彦、中田喜子ら実力派俳優が脇を固める。
奇抜なアイデアのもとにオリジナル脚本を執筆し、日韓合作で映画化したのは、韓国映画界の名匠クァク・ジェヨン監督。日本でも草彅剛主演でドラマ化されたヒット作『猟奇的な彼女』を筆頭に、母娘それぞれの純愛を綴った『ラブストーリー』、綾瀬はるか主演の『僕の彼女はサイボーグ』を手がけ、“恋愛映画の名手”と呼ばれてきた人物だ。そんなクァク監督が「自分史上、最高のラブストーリー」と自信をみなぎらせる『風の色』について、インスパイアされた作品や撮影秘話、主演・古川雄輝とのエピソードなどをじっくりと語ってくれた。
ドッペルゲンガーがラブストーリーのモチーフになったワケ
(C)「風の色」製作委員会
――クァク監督のラブストーリーは、時空を超えたり、過去と未来がリンクしたり、一風変わったものが多いですね。なぜトリッキーな設定を採用されるのでしょうか?
ラブストーリーはすでに見慣れたジャンルになっているので、単なるメロドラマではなく、そこに様々な見どころを追加したいので、トリッキーな要素を入れています。ラブストーリーというひとつのジャンルにこだわらず、様々な仕掛けを入れることで、面白みが増すことを意識しているんです。「これはラブストーリーですよ」と断定されるより、色んな手法を使って見せてくれたほうが楽しめると思いますし、観客のみなさんも「ああ、またラブストーリーか」と、見飽きている方もいらっしゃると思うので、そこから脱却したいという思いがあるんです。ラブストーリーやメロドラマは“ピュア”な性格を持っていますから、映画界という生態系のなかで生き残るには“変化”をもたらすことが必要だと感じています。
――アイデアを時代にマッチさせるために、気を付けてらっしゃることはありますか?
「具体的にこうしよう」と身構えているわけではありません。その時々の感情に忠実に向き合うことが大切だと、私は思います。もちろん『猟奇的な彼女』を発表した2001年と現在とでは、世の中の状況も変わっていると思います。しかし、そんな中でも変わらないのは“純粋な愛”です。人は時代が変わっても“純粋な愛”を求めていると思うので、その部分は根底でしっかりと描きながら、「時代に合わせて、ちょっと違う服を着せてみようか」という感じで撮っています。
――なるほど。
今回は、新たなアイデアとして“ドッペルゲンガー”を登場させています。これまでドッペルゲンガーは、映画の中で主に悪い存在として描かれがちでした。「自分と似た人(ドッペルゲンガー)がいるから、利用して悪いことをしてやろう」とか「自分が罪を犯しても、そっくりな人物に罪をなすりつければいい」というように、ホラーや犯罪ジャンルのイメージがあったと思うんです。『風の色』ではそういったマイナスイメージを断ち切り、優しい気持ちにさせてくれるドッペルゲンガー、つまり“愛のために自分を犠牲にする”作品にできないだろうか、と思いついたわけです。
クァク・ジェヨン監督
――主演の古川雄輝さんはマジシャン役で、ご自身でイリュージョンまでこなされています。現場でご覧になっていて、いかがでしたか?
実際にマジックを披露してもらうという前提でのキャスティングでしたので、古川さんに主演が決まった瞬間から彼は何が何でもマジックを習得しなければならない運命でした(笑)。 幸い彼には優れた才能があり、本物のプロではないかと思えるほど器用にこなしてくれました。マジックには、一体どうなっているのか分からないという醍醐味がありますよね。この映画のキャラクターも、二人が一人を愛したのか、一人が二人を愛したのか、謎めいた部分があります。そんな観点から、“マジックと愛”は同じような性質を持っている、という観点で撮影しました。
――現場で監督が台詞を変更した際に、古川さんは「なぜ変えるのですか?」と率直に質問されたそうですね。
台詞を変えるたびに質問してきたというほどではなかったですが、確かに古川さんに色々と聞かれたのは確かです(笑)。最初は撮影初日に、もともと彼が言うはずだった台詞を相手役の藤井武美さんが語ったほうが状況に合うんじゃないか、と思って変更したんです。シーンの撮影が終わった後に、古川さんが「どうしてそうなったのですか?教えてください」と聞いてきたので、「この俳優は適当にやり過ごしてしまう性格ではないんだ」と感心しました。逆に、藤井さんの台詞を古川さんに変更したこともあったのですが、そのときは私のほうから古川さんに「ここは納得してくれた?」と確認しました。台詞を交換した部分は、当初の脚本よりも違和感のないシーンになったと思います。
リュック・ベッソン監督に恨み節?『風の色』を形作る要素とは
(C)「風の色」製作委員会
――2017年7月には韓国の富川(プチョン)国際ファンタスティック映画祭でワールドプレミアが行われました。映画ファンの方々の反応はいかがでしたか?
映画祭では、本作への期待感が非常に高まっていると聞いていました。前売はわずか1分で完売し、全3回の上映をすべて鑑賞して下さったリピーターの観客もいました。古川さんのファンの方々が多かったのはもちろん、「観るたびに新たな発見や楽しさがある」と皆さんがおっしゃってくださいました。
――本作は日本、中国、韓国などアジア全体の観客に向けて制作されたと聞いています。公開に向けて、どんなことを期待してらっしゃるのでしょう?
日本・中国・韓国の3ヶ国は、政治の渦に巻き込まれた状況にありますが、それが少しずつ緩んできて良い方向に向かいつつあるのではないかと感じています。そんななか、ラブストーリーやメロドラマは製作本数が減ってきているようで、だからこそ本作に対する期待感が大きいという話を韓国で聞きました。アジアの人々が、それぞれ互いの国の映画を観ることはとても素晴らしいと思います。言語は異なっても、映画を通じて共感しあえることは大変喜ばしいことです。私が監督した初の日本映画『僕の彼女はサイボーグ』は、中国で100館以上の映画館で上映され、ダウンロードを通じて多くの人が観てくださり、中国で爆発的な人気になりました。同様に『風の色』に対しても、監督として自信と誇りを持っています。
――『僕の彼女はサイボーグ』主演の綾瀬はるかさんが意外な形で関わってくるところが楽しかったです。どこからああいうアイデアが出てきたのでしょう?
綾瀬はるかさんについては、まったく知らない女優さんの名前を本作に出すと複雑になると思ったのと、実は綾瀬さんのマネージャーさんが私に古川さんを紹介してくれたという繋がりがあります。今も親しいので、気楽な気持ちで綾瀬さんの名前を使わせてもらいました。この場を借りて、綾瀬さんにお礼を申し上げます(笑) 。
(C)「風の色」製作委員会
――リュック・ベッソン監督作『レオン』をモチーフにした変装などが登場しますが、それらはどこから思いついたのですか?
『レオン』を模したシーンについてですが、『風の色』は主人公たちのアイデンティティに関する映画であり、「僕は誰なのか?」「私は誰なの?」という問いかけをするような映画です。そこで、「相手が違った姿になっても、この愛は変わらない」ということを伝えてみたかったのです。つまり“愛とは、外見が変わっても、内面は変わらない”ということです。二人の姿を変えるのであれば、ガラッと変えてみたいと考え、レオンとマチルダのスタイルが視覚的にも合うと思いつきました。小柄な藤井さんはマチルダのイメージ通りでしたし、古川さんは彼女を守るレオン像に合致していました。
――そんな意味が込められていたんですね。
実は、劇中の理髪店に貼ってあるポスターは、当初『レオン』のポスターを掲示していたのです。しかしリュック・ベッソン監督からどうしても許可が下りず、編集の段階でCG処理により『更年期的な彼女』のポスターへと修正しました。私が監督した『更年期的な彼女』のヒロインがマチルダと同じ髪型なので、うまく方向転換したわけです。私はベッソン監督に自筆のお手紙まで送ったのですが、修正せざるをえなくて本当に残念でした(苦笑)。
――既存の楽曲あるいは洋楽を劇判につかわれるのには、どのような理由があるのでしょうか?
既存の音楽を使うのはとても好きです。というのも、映画を撮影している時に聴いていた楽曲をそのまま本編に挿入するのが私の手法なのです。実際に現場でその曲を聴きながら、俳優さんたちは演技し、スタッフたちは撮影していたわけです。雨が降っているシーンのパッセンジャーの「Let Her Go」や、走る汽車を車が追いかける場面のプロフェッサー・グリーンの「Read All About It(Feat Emeli Sande)」などは、実際に撮影している時に流していました。ですから音楽と感情とがぴたりと重なるのです。音楽を通して、俳優もスタッフも、そして観客の方々も、全員の心がひとつになれます。私自身は、音楽に浸りながら映画を観るのが大好きです。
(C)「風の色」製作委員会
――『風の色』は『僕の彼女はサイボーグ』に続いて、日本で撮影した作品ですね。今後も日本で映画を製作する予定はありますか?
日本で映画を作るのは大変ではありますが、とても楽しく、やり甲斐を感じています。これからも日本で映画を撮りたいと思っていて、実はいくつか企画もあります。できることならば、経験豊富な俳優の力を借りつつ、新人を発掘して育てていきたいですね。古川雄輝さんは今やアジアで大変な人気ですので、今後も期待しています。また、『僕の彼女はサイボーグ』に続き竹中直人さんも本作に出演して頂き、大変感謝しています。出演シーンがそれほど多い役ではなかったにもかかわらず、わざわざ札幌まで来て下さいました。若い俳優たちのなかに竹中さんが加わって下さると、映画に重みが増します。素晴らしい演技を披露してくれる上に、心の底から楽しく接してくれる方なので、日本で映画を撮る時は是非また出演をオファーしたいです。
映画『風の色』は、1月26日(金)よりTOHOシネマズ 日本橋ほかにて全国ロードショー。
インタビュー・文=三輪泰枝