『ヘレンド展』レポート 皇妃エリザベートが愛したハンガリーの名窯に見る、東洋と西洋のマリアージュ
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色絵金彩「ウェールズ」文蜥蜴飾りティーセットの一部
「おとぎ話の世界でお姫様がお茶を飲むのなら、これしかない」と思えるカップがある。貴婦人のドレスの裾のように波打つカップの緑色のフチ、ピンク色の小さな薔薇が白くすべらかな陶器の肌に咲く。このロマンチックなカップの名前は「ウィーンの薔薇」。ハンガリーの磁器ブランド「ヘレンド」が、ハプスブルグ家のために作り続けた食器シリーズである。ヘレンドは、設立以来今年でおよそ190年。長きにわたって職人による手作業の技術と芸術性を守り続けている名窯だ。
現在、東京都港区・パナソニック汐留ミュージアムでは、ヘレンドの歴史を振り返る貴重な作品の数々を展示した『ヘレンド展 ― 皇妃エリザベートが愛したハンガリーの名窯 ―】が開催されている。会場は7部構成となっており、黎明期から現代にいたるまでの代表作を展示。特に、今回の展覧会では東洋の陶磁器の影響を受けた作品が多く出品されており、私たちにとって親しみ深い日本の磁器の面影を、ヘレンドに重ねて味わうことができる。
皇妃エリザベートが愛したハンガリーの名窯「ヘレンド」の誕生
会場風景
中世ヨーロッパにおいて、磁器は「白い金」と呼ばれるほどに貴重だった。王侯貴族たちは、遠く離れた中国や日本から輸入される、白い肌に美しい絵付けがなされた磁器を珍重し、これらに惜しみなく財産をつぎこんだ。当時の磁器は、財力の象徴でもあったのだ。
貴重品である磁器のヨーロッパ製造に成功したのは、ドイツの「マイセン」。18世紀初頭のことである。ヘレンドの設立は、それから100年後の19世紀初頭。すでにヨーロッパの王侯貴族に磁器がいきわたった時代であり、かなり後発の製作所であった。にも関わらず、ヘレンドは設立以降、大発展を遂げる。
ヘレンド黎明期の貴重な陶器も展示
第1章入り口に展示されている「クリームウェア」は、残存数の少ない貴重な作品だ。中央に朝顔、縁取りに青い”ウィーンのリボン”が丁寧に絵付けされている。黎明期のヘレンドは、こうした上質なクリームウェアの製陶所であった。
この作品は、その後発展してゆく磁器作品との比較対象としてうってつけだ。割れやすく地色がにごった乳白色のクリームウェアと、堅牢で華麗な絵付けが映えるつややかな白い磁器とでは、見栄えや使い勝手の点で雲泥の差がある。当時の富裕層が、なぜ磁器を「白い金」と呼び、珍重したのか具体的に理解できる。
ヘレンドを成功へと導いた、モール・フィシェルの手腕
会場風景
ヘレンド成功のきっかけは、裕福な市民や貴族が持つマイセンや伊万里などの補充品(コピー品)を請け負い、高評価を得たことから始まる。注文された磁器の写しを忠実に作り、オリジナル作品から多くの技術・芸術性を吸収。そして自社作品へと発展させていったのだ。
補充品といっても、マイセンにはマイセン、伊万里には伊万里独特の製法がある。それを研究し、実物に迫る高度な技術を開発するためには、並々ならぬ情熱が必要だ。その情熱の持ち主が、ヘレンドを成功に導いた実業家、モール・フィシェルであった。
第2章会場では、モール・フィシェルの築いたヘレンド黄金期の作品が展示されている。マイセンの忠実な写しである大型の飾り水差し、風景画、透かし彫り、さまざまな文様、そして東洋趣味をたくみに取り入れた作品など、驚くほど多様な作品が並ぶ。これらを見ていると、ヘレンドが注文主の期待に120パーセント応え、技術研究と創意工夫で自社ブランドを発展させた様子が十分伝わってくる。
中には、後援者への献上品であった煙草入れもある。裏蓋に感謝の言葉が記された、美しく心のこもった作品だ。その人だけしか持ち得ない品を贈るところに、モール・フィシェルのソツのない実業家ぶりが垣間見える。今も昔も、成功する起業家はこうした細やかな心配りがあるものだ……と、感心してしまった。
色絵金彩「ヴィクトリア」文ティーセット(手前)と色絵金彩「ヴィクトリア」文ティーセットスープ鉢(奥)
モール・フィシェルは、ヨーロッパで盛んだった万国博覧会に趣向をこらした作品を毎回出品し、多くのチャンスをつかんできた。第1回のロンドン万博ではディナーセットが一等賞を獲得し、英国のヴィクトリア女王からの注文を受けている。これが、中国磁器の手法を基本にヨーロッパのテイストに合わせた「ヴィクトリア」文シリーズだ。本展では、ティーセットとスープ鉢が展示されている。
色絵金彩「ヴィクトリア」文ティーセット 1850年頃 ヘレンド磁器美術館蔵
真っ白な磁器の肌にカラフルな東洋的な花々が咲き、蝶が舞う。ランダムな絵付けに、のびのびとした自由さを感じる。よく見ると、スープ鉢には規則的な浮き彫りの唐草模様も入っている。フタのつまみは葡萄を模していて遊び心がある。
これらがエリザベス女王の心を奪ったのも当然だろう。このように、東洋のテイストを絶妙に編集して独自に発展させる手法がヘレンドの特徴だ。
色絵金彩「皇帝」文コーヒーセット 1860年頃 ブダペスト国立工芸美術館蔵
本展のメインビジュアルとなっている、「皇帝」文コーヒーセットは、ピンク色ベースのかわいらしい作品だ。つまみやもち手、トレイの脚には中国の人物が彫塑飾りとして用いられている。笠をかぶったおじさんを見て、思わずほっこりした気分になった。また、豪華な牡丹の花かごと鳥の絵付けに、ユーモラスな彫塑飾りをつけるところにも遊び心が感じられる。
色絵金彩「エステルハージ」文 右手前から瓶、尊形瓶、六角形瓶、皿
第2章の最後の作品、赤と白に金彩のみでシンプルに仕上げられた「エステルハージ」文の作品群にも注目してほしい。こちらはエステルハージ宮殿の謁見の間に用いられた作品群で、東洋趣味を極めたともいえるモダンな雰囲気が特徴的だ。豪華なカーテンや壁や天井、照明などのインテリアと、このエルテルハージ文シリーズの取り合わせは、目をみはるように美しい部屋だったことだろう。こうした作品背景を想像しながら見てゆくのも、本展の楽しみ方のひとつである。
たゆまず発展を続けたヘレンドの世界
金彩「ウエールズ」文龍飾りビアマグ 1881年 ブダペスト国立工芸美術館蔵
モール・フィシェル以後も、息子や孫たちが家族経営を続け、ヘレンド黄金期に築いた基盤の上に着々と作品群を製作していった。ヘレンドは、歴史の荒波にもまれた時代も乗り越え、芸術的な手作業と絵付けの磁器作品を作り続けたのだ。
第3章では、興味深い磁器「ウェールズ」文の作品群を鑑賞できる。外側は透かし彫りだが、内側を覗くときちんと器になっているのには驚きだ。二重構造の重厚な器に華麗な絵付けや色彩がほどこされており、見るものに新鮮な驚きと美しさを感じさせる。この作品は中国の透かし彫り作品が手本になっており、東洋のモチーフを独自に組み合わせた芸術的な作品となっている。
色絵金彩「ゲデレー」文ティーセット 1875年頃 ブダペスト国立工芸美術館蔵
また、皇妃エリザベートのために創作された「ゲデレー」文の作品には、日本の柿右衛門様式のモチーフが取り入れられている。朱色と濃いブルー、松や菊の文様で、古い器を使ったことのある日本人なら、どこか懐かしさと親しみを感じることだろう。
色絵金彩「伊万里」様式人物飾り蓋容器 1860年頃 ブダペスト国立工芸美術館蔵
第4章では、世界初公開の二対の壷が展示されている。非常に大きな壷で、私たちになじみ深い伊万里が手本となっているものの、ヘレンドならではの西洋的な細部が興味深い。模様ににじんだようなグラデーションを沿え、西洋的な立体感を感じさせる。上部の蓋のもち手は阿吽の獅子(狛犬)があしらわれている。獅子が二頭とも阿の形に口を開いているのが面白い。
手前 色絵金彩花卉文獅子飾り蓋八角壷
東洋と西洋の華やかなマリアージュ
最後に記念撮影できる、現代のヘレンドで構成されたコーナー
ヘレンドの東洋的な作品の特徴は、東洋の器を手本としながらも、ただ真似るのではなく、手本に接したときの新鮮なインスピレーションを生かし、発展させている点にある。東洋の花や蝶、動物などのモチーフも西洋的な感覚で自由に編集し、装飾に取り入れているのだ。創業当時、骨董陶器を手本として補充品を製作してきた経験が、見事に開花したのだろう。また、全体的に華やかな色調で細部に彫刻的な装飾を施すなど、使い勝手というよりは芸術性を重視している。これらの作品が、冬の長いヨーロッパの食卓に華やぎをそえたことは想像にかたくない。
このように、ヘレンドが培ってきた作風を見ることで、東洋と西洋、異なる感性を体感できるのが本展の目玉だ。東洋人である私たちの暮らしが西洋化された現代だからこそ、ヘレンド作品の発想力、芸術性が、インテリアや食卓に大きな参考になることだろう。
日時:2018年1月13日(土)~3月21日(水)
会場:パナソニック 汐留ミュージアム
開館時間:午前10時より午後6時まで(ご入館は午後5時30分まで)
休館日:水曜日(ただし3月21日は開館)
入館料:一般1000円、65歳以上900円、大学生700円、中・高校生500円 小学生以下無料
20名以上の団体は100円割引。
障がい者手帳をご提示の方、および付添者1名まで無料でご入館いただけます。
公式サイト:https://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/18/180113/