ヴァイオリニスト・鈴木愛理が贈る優美でスケールの大きい音の世界
鈴木愛理(ヴァイオリン)、吉武優(ピアノ)
“サンデー・ブランチ・クラシック” 2018.1.21 ライブレポート
毎週日曜日の渋谷で、実力のある奏者を招いて開催される『サンデー・ブランチ・クラシック』。1月21日に登場したのは、ヴァイオリニストの鈴木愛理だ。今回は、ピアニストの吉武優と共演する。
2006年、ポーランドでの第13回ヴィエニャフスキ国際コンクールで第2位を受賞して注目を浴びた鈴木は、その後も国内外での演奏活動と研鑽を重ね、評価を高めている。今年1月には、いよいよデビューCDも発売された。
今回伴奏を務める吉武は、2010年~16年までベルリン芸術大学で学び、2012年の日本音楽コンクールファイナリストになるなど、国内外のコンクールや演奏会で実績を積んでいる。
お食事を楽しみながらクラシックを
表情を変えるブラームス
開演時刻の13時。拍手とともに舞台に登場した鈴木と吉武は、早速1曲目を披露してくれた。最初の曲目は、ブラームス作曲「スケルツォ(F.A.Eソナタより第3楽章)」。ヴァイオリンの刻む忙しない音型から、曲は始まる。ヴァイオリンとピアノの掛け合いは、激しくステップを踏み、跳躍するような印象を与える。初めに提示されるメロディーは悲愴だが、気品も感じさせる。
やがて曲調は趣を変え、緩やかなテンポとなる。冒頭とは対照的に、伸びやかでリラックスしたメロディーだ。緊迫感のあるピアノのリズムが徐々に雰囲気を盛り上げると、冒頭のメロディーが帰ってくる。異なる曲調に対して、テンポの落差をつくるなどして鮮烈な対比を見せているのがわかる。
音楽は再び大きく速度を緩める。甘く切ないヴァイオリンのメロディーが奏でられ、豊かな音色で聴き手を曲の中に引き込んでいく。短い曲の中で、鮮やかに表情の切り替えを行っているのが印象的だ。最後には二人で息を合わせ、踏みしめるようにテンポを緩めていく。重厚で堂々とした和音を響かせ、音楽は閉じられる。
鈴木愛理
昨日が初対面 鈴木愛理×吉武優の共演
会場全体からの拍手に応えて、鈴木がマイクを取り挨拶した。
「皆さんこんにちは、本日はお越しいただきましてありがとうございます。私は、この『サンデー・ブランチ・クラシック』に出演させていただくのは、約1年半ぶりの2回目となります。その時はピアニストの阪田知樹さんとの共演でした。今回一緒に弾いていただく吉武さんとは……実は昨日初めてお会いしたんです。もちろんお名前は前から伺っていたんですが、お会いしたのは昨日が最初です。そしてリハーサルをして、今日の本番に臨んでいるというわけです。吉武さんは本当に素晴らしいピアニストなので、本日は短い時間ですが楽しんでいただけると思います」
鈴木愛理
吉武優
そんな舞台裏も紹介しながら、鈴木は曲目についても解説してくれた。
「先程演奏したのは、ブラームス作曲の『スケルツォ』で、アンコール・ピースとして演奏されることも多い曲です。次に演奏させていただくのは、バルトークの『ルーマニア民俗舞曲』という曲です。この曲は6つの舞曲からなっている、民俗的な音楽で、特に5つ目、6つ目の舞曲は皆さんもテレビなどで耳にされたことがあると思います。どうぞお楽しみください」
民族舞踊をもとにした「ルーマニア民俗舞曲」
第1舞曲は、ピアノの短い序奏に続くヴァイオリンの情熱的な旋律で始まる。長い棒を持って激しく踊る民族舞踊をもとにしており、東欧の音楽に良くみられる土着的な雰囲気をまとっている。深く激しい情感のこもったメロディーだが、踏みしめるような落ち着いたテンポが維持される。第2舞曲ではやや活発さを増し、跳躍するような快活な印象となる。こちらは飾り帯を身につけた少女が踊る舞曲で、熱がこもりながらも愛らしい曲調だ。
鈴木愛理(ヴァイオリン)、吉武優(ピアノ)
第3舞曲では、一転して静かで幻想的な雰囲気となる。微かなピアノがリズム音型を作ると、ヴァイオリンが超高音域を使ったエキゾチックな旋律を奏でる。耳をつくような鋭いフラジオレットの音色のおかげで、ヴァイオリンというよりは異国の楽器で弾いているかのような雰囲気が醸し出されている。旋律は全体にメランコリックで、微妙なゆらぎをつくりながら表情の変化をつけていた。第4舞曲は、角笛で演奏される旋律が元になっている。テンポはゆったりしており、ヴァイオリンの伸びやかな旋律が特徴だ。メロディーは哀愁漂っており、どこか気だるげでもある。
鈴木愛理
第5舞曲のポルカになると、ギアを入れたように音楽は急速なものとなる。小さな動物がせわしなく走り回るような、活発なメロディーだ。聴く者に息をつく暇も与えず、最後の第6舞曲に入る。非常に煌びやかで、喜びを爆発させるような派手な音楽だ。ピアノの作り出すテンポに乗って、重音などの技巧も披露される。音楽は勢いを止めることなく、一気に終曲まで駆け抜けた。
鈴木愛理
1月に発売したばかりのデビューCDからの一曲
迫力満点の演奏に、満場の拍手が送られる。このタイミングで、1月24日に発売となった鈴木のデビューCDの告知も入った。
「実は私、この度デビューCDを出させて頂くことになりました。次は、そのCDに入っている曲目の一部を演奏したいと思います。」
鈴木愛理
チューニングを経て、3曲目のリヒャルト・シュトラウス作曲「ヴァイオリン・ソナタ」より第1楽章の演奏が始まった。ピアノによる、インパクトの強い強奏の出だしに続けて、ヴァイオリンの伸びやかなメロディーが提示される。闊達に、開放的に歌うような明るい旋律だ。ピアノの伴奏が先導して曲調を変え、甘い叙情的な表情や激しく情熱的な表情が次々と現れる。2台の楽器の間で情熱的な楽句の掛け合いをしながら、音楽は盛り上がりに向かう。強い音でも音色は柔らかく、会場全体が音に包み込まれているようだ。
吉武優
やがて音楽はテンポを落とし、今にも消え入りそうなピアニッシモとなる。静まった中で、会場は自然と音楽に集中し、心地よい緊張感が生まれる。続いて現れるのは、急速なピアノの伴奏音型に乗った、ヴァイオリンの激しく哀切なメロディーだ。2台の楽器だけで弾いているとは思えないほど、遠くまで響く豊かな音色が生まれていた。
小編成ながら、荘重で華麗な音のやり取りは迫力があり、聴き手を没頭させていく。曲想は一見悲愴であり、力強く肯定的な印象も受ける。多面的な表情の出し方がとても面白い演奏だ。曲の終わり近くになると、一旦音楽に少しずつブレーキがかかる。わずかな静寂の後、ピアノが一気にクレッシェンドをかけ、堂々とした終止を響かせる。
鈴木愛理(ヴァイオリン)、吉武優(ピアノ)
30分強のミニコンサート。ラストの曲は――
最後の曲目は、ショパン作曲・サラサーテ編曲「ノクターン(夜想曲)第2番」。
冒頭から早速、ヴァイオリンによって甘美な旋律が奏でられる。余りにも有名な旋律だが、ヴァイオリンの音色だと伸びやかで、気品のある印象になる。叙情的な曲だけに、ぴったりと息を合わせて微妙なためをつくり、表情をつくり出している。
ヴァイオリンの名手であったサラサーテの編曲らしく、美しいだけでなく技巧も凝らされている。曲の途中では、華麗な重音による美しいハーモニーも披露された。鳥のさえずりのような高音域でも、音は鋭くならず柔らかい。同じメロディーでも、中音域を使う時は対照的に暖かく優しい響きとなる。印象的なグリッサンドなど、ヴァイオリンの持ち味を生かした編曲であり、その魅力を存分に伝えてくれる演奏だ。
曲の終わり近くになると、協奏曲のカデンツァのようなヴァイオリンのソロパートが現れる。技巧的な早回しを軽やかに弾ききり、音楽は穏やかに閉じられる。
鈴木愛理
この日一番の拍手を受けて、鈴木は締めくくりの挨拶をした。
「この曲は、フィギュアスケートの浅田真央さんが、ソチ五輪のショートプログラムでも使用していた曲で、いつかヴァイオリンで弾きたいと思っていました。サラサーテの編曲を見つけたのですが、簡単そうなメロディーでもとても難しく、初めて楽譜を見たときはびっくりするほどでした(笑)。楽しんでいただきましたでしょうか?」
鈴木の問いかけに応えるように、再び盛大な拍手が起こる。最後に、共演した鈴木、吉武が並んで一礼し、楽しいひと時は終幕となった。
吉武優、鈴木愛理
「皆さんに馴染みのある曲を」
コンサートの後、出演した2人に少しの時間を頂き、お話を伺うことができた。
――『サンデー・ブランチ・クラシック』に出演されるのは、鈴木さんは2016年8月以来の2回目、吉武さんは初めてとなります。今回出演されてのご感想はいかがでしたか?
鈴木:今回は2回目ということで、会場がどんな雰囲気なのかもわかっていましたので、皆さんに馴染みのある曲を中心に選曲しました。ヨーロッパなどでは、日曜日の朝はゆっくり過ごして『ブランチ(朝兼昼の食事)』を取る習慣がありますね。(『サンデー・ブランチ・クラシック』のように)食べながらクラシック音楽を聴くコンサートは、中々他でもやっていないので、すごく良い機会だと思います。
吉武:私は今回初主演なのですが、初めて会場を見たとき『すごく良い雰囲気だな』と思いました。本番も『どんな感じになるかな?』と思っていたのですが、皆さんとても静かに聴いてくださっていて、暖かい雰囲気でした。まるでサロンで弾いているようで、私自身も楽しめる本番だったと思います。
(左から)吉武優、鈴木愛理
――鈴木さんは、3月9日(金)と11日(日)に、CDリリースの記念として続けてリサイタルに出演されます。聴き所や注目ポイントは何でしょうか?
鈴木:3月9日(金)の浜離宮のリサイタルでは、CDに収録している曲を中心に弾かせていただきます。CDの音と、会場で聴く生の音は雰囲気が全然違いますし、演奏の仕方も違います。CDを聴いた方は、その違いを楽しんで頂けると嬉しいです。
――リサイタルでは、CDと同じくボリス・クスネツォフさんがピアノ伴奏を務められますね。CDの収録と、会場での演奏はどのように違うのでしょうか?
鈴木:マイクが目の前にあるのと、広い会場で弾くのは、音の飛ばし方などが全然違います。今回は、私も初めての録音だったので、収録では『いかに繊細に弾くか』に気をつけて弾きました。
(左から)吉武優、鈴木愛理
取材・文=三城俊一 撮影=鈴木久美子
<曲目・演目(予定)>
土岐祐奈/ヴァイオリン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
2月25日(日)
滝千春/ヴァイオリン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
3月4日(日)
藤井香織/フルート&藤井裕子/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
3月11日(日)
あいのね/フルート、ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
3月18日(日)
但馬有紀美/ヴァイオリン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
3月25日(日)
太田糸音/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
4月8日(日)
寺下真理子/ヴァイオリン&SUGURU/(from TSUKEMEN)ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
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