日本音コンを制した2000年生まれのピアニスト吉見友貴にインタビュー

2018.2.16
インタビュー
クラシック

吉見友貴(ピアニスト)  撮影=中田智章

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2017年、音楽コンクールを題材とした小説『蜜蜂と遠雷』(恩田陸 著)が、直木賞と本屋大賞をW受賞して大きな話題となった。クラシック音楽の演奏家にとって大きなコンクールで優勝を獲れるかどうかというのは、その後の人生を大きく左右してしまう事柄であり、どれほどシビアであるかを、この小説を通して追体験された方も多いのではないだろうか。そして個性豊かなピアニストたちが競い合ったり、交流したりする様を通して、コンクールという場が決して無味乾燥なものではなく、一般の聴衆にとっても魅惑的なイベントであることを知った方もいらっしゃるかもしれない。

一般の読者や聴衆にとって唯一、残念に思うかもしれないのは、現実のコンクールでは小説ほどドラマティックな人生を背負った出場者ばかりではないことだ。しかし、それが音楽家としての魅力を減じさせてしまうわけではない。むしろ、地に足が着いているからこそ、継続して研鑽を積み、比類なき高みへと歩んでいけるのだから。

日本で最も伝統あるコンクールとして、これまで数多くの国内外で活躍する音楽家を輩出してきた「日本音楽コンクール」(毎日新聞社、NHK 主催)。昨年2017年に開かれた第86回の大会で、ピアノ部門を制したのは2000年生まれの高校2年生、吉見友貴(よしみ ゆうき)だ。

現役の大学生はもちろんのこと、大学院生や卒業生まで幅広い年代が出場する日本音楽コンクールにおいて、高校生が優勝することはもはや珍しいこととは言えない。だが吉見の物腰柔らかな落ち着いた雰囲気からは未来の巨匠を予感させるものが漂っている。そんな稀有な存在である吉見に、コンクールのことや3月2日に開催される受賞者発表演奏会のことなど、色々とお話を伺わせていただいた。

吉見友貴  撮影=中田智章

――ご出身はどちらなんでしょうか?

生まれは東京で、2~3歳ぐらいのときに広島に引っ越しました。

――その後は5歳でピアノを始められ、小学生の頃から既にコンクールに入賞されていますね。中学生になるタイミングで、お父様を広島に残したまま、お母様と東京に引っ越されたというのは珍しいんじゃないでしょうか。

多分、あまり多くないですね。本当は高校から桐朋(※桐朋女子高等学校音楽科)に入る予定だったんですけれど、先生の薦めもあって「どうせ行くのだったら、早く行ったら?」と後押しいただきました。母の協力があったおかげですね。

――そして昨年、高校2年生のときに日本音楽コンクールに優勝されたわけですが、このコンクールは、ピアニストとして第一線でやっていくためには、まずこれに入賞しなければ……と多くの人が思われている存在ですよね。

そうだと思います。皆さん、そういった気持ちで臨んでいらっしゃいます。でも優勝する自信はなかったですね。もちろん、落ちたらもう一回来年があると思っていたし、まだ(来年でも)高校3年生だしと思っていたので。高2でどれだけいけるか挑戦したかったというのと、やっぱり出るからには最後までは行きたいという気持ちがあって複雑でした。

――コンクールのなかで演奏しなければいけない曲を準備するだけでも大変ですしね。

同じ毎日新聞社主催の学生音楽コンクールなどは1曲ずつ弾くので、準備はそんなに大変ではなかったんです。けれど、日本音楽コンクールは、短い期間でソロの曲が何曲もあって、そのあとにコンチェルト(協奏曲)というのがこれまでになかった経験で、精神的な負荷やステージをこなす肉体的な負荷もありました。

――なんでも、本選のプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番を1ヶ月で仕上げたそうですね。他にも予選ではリストのソナタなど、大曲を演奏されていましたけれど、以前から弾いていた曲なのですか?

演奏したことは無かったです。三次予選で大曲を弾かなければいけないコンクールなので、先生と話し合って決めました。すごく大好きな曲で、ずっと弾きたいと思っていたので、多分ダメだとは思うけど勉強してみたいなっていう気持ちで先生に相談したら「OK」が出たんです。でも、練習していくうちに「本当に弾くんだ……」と思ったりもして(笑)。そんな感じでトントンとすすんで、コンチェルトも1ヶ月で仕上げる形になってしまったんです。

吉見友貴  撮影=中田智章

――本選のプロコフィエフを演奏されている映像を拝見したのですが、演奏だけでなく、弾き終えた瞬間の笑顔がとても印象に残りました。

オーケストラと弾くのが初めてだということもあって、弾き切れた嬉しさもありましたし、もうちょっとオケと弾いていたい、という幸せな気持ちもありました。あとはやっぱり、長いコンクールがやっと終わったんだという気持ちが一番大きかったです(笑)。

――安堵の笑顔だったんですね(笑)。

はい(笑)。コンクールの本選の時は「わぁ、スゴい!」と思いながら弾いていたので、正直に言うとコンクールの緊張感はなかったです。本選は一番緊張しなかったですね。

――それは驚きです!

一次予選が一番緊張しました。ここで落ちたらもう終わるんだと思って。三次と本選は逆にあまり緊張しなかったです。特に三次予選は会場がほぼ満席でしたし、かなり長い時間を弾かせていただけるので。本選はオペラシティで、沢山のお客さんがいらっしゃる環境のなかで弾けたことが、とても嬉しかったですね。本選よりも、そのあとの学校の実技試験の方が緊張しました(笑)。

吉見友貴  撮影=中田智章

――現在、高校2年生ということで、高校卒業後に日本の音楽大学に進むのではなく、すぐに留学するということもあり得るかと思うのですが、どういった予定でいらっしゃいますか?

違う環境で勉強したいという気持ちもあるので、留学を視野に入れてどうしていこうかなと考えている時期ですね。ヨーロッパで学ぶのと、日本で学ぶのでは全然違うと思うので。向こうの空気に触れて、勉強したいなと思っています。ただ、まだ何も決まっていません。

――そして日本音楽コンクールを制したわけですから、次は国際コンクールを……というお声がきっと周囲からも挙がっているかと思います。

世界を知るのは大事だと思うので、受けられるレベルになったら受けたいと思います。いま受けても落ちると思うので(笑)。

――憧れていたり、受けたいと考えていらっしゃる具体的なコンクールはありますか?

ショパンコンクールは憧れですね。2000年にユンディ・リが優勝したときのドキュメンタリーを、たまたま再放送か何かで観たんですが、すごく強烈に印象に残っています。小さい頃だったので、ただひたすら「すごい」と思いましたね。コンクールの空気感、緊張感であったりというのが、日本のコンクールじゃ味わえないものでしょうし、キャリアがかかっているわけですから。

――ということは、ショパン作品もお好きなわけですね。

自分にとって大切な作曲家といいますか、大好きな作曲家なので。他の作曲家の音楽と違って、何ともいえない難しさ……純粋で、イノセントで、美しい音楽なので、弾くのはとっても難しいんですけれど、人生をかけて追求していけたらと思っています。

――なるほど。他に、これまでどんなレパートリーを弾いてこられたのでしょうか?

今までは、ラヴェルやリストなどの鮮やかさを求められる音楽をやってきました。そういったものは得意だったのかもしれませんが、これからは音楽的な深みのある曲……例えばベートーヴェン、バッハ、ショパンなどを勉強したいなと思っています。音楽家としての基礎になるようなものをじっくり勉強したいんです。

――コンサートに行くのも大変お好きだと伺いました。どんなコンサートに足を運ばれるんですか?

この前(1月末)は、チョ・ソンジンを聴きに行って感動しましたね。特に、ベートーヴェンの30番のソナタがとても良かったです。チョ・ソンジンを初めて生で聴いたのは去年(2017年)の1月なのですが、心を入れ替えてもう一度ちゃんとさらおうと思いました。

――生演奏以外ではどんなピアニストの演奏を聴かれているんでしょうか?

ここ最近は、2015年のショパンコンクールで3位だったケイト・リュウの演奏が一番好きで、あの音のきらびやかさに惹かれてよく聴いています。もちろん、クラウディオ・アラウや、エミール・ギレリスのベートーヴェンのソナタなど巨匠たちの演奏も聴いて勉強したりしています。端正で、隅々まで丁寧で、勉強され尽くしているという音楽を自分でもしたいなと思っているので。

――いつ頃から、そう思われるようになったんでしょう?

今までは与えられた曲を必死にやるしかないと思っていたんですけど、やはり弾くだけではどうしようもならないというか……。どう表現したいかを最近よく思うようになりました。

吉見友貴  撮影=中田智章

――さて3月2日には、日本音楽コンクールの受賞者発表演奏会にご出演されますね。今度は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の第1楽章を選ばれていますが、こちらも演奏は初めてなんでしょうか?

今回が初めてです。先生の薦めもあったんですけれども、プロコフィエフとまた違った作品が弾きたいと思いまして。同じロシアの作曲家ですけれど、全く違いますよね。プロコフィエフの3番はアメリカにいたときの作品なので、どちらかといえばモダンな作品で、チャイコフスキーの方はロシアの香りが色濃く残っている作品です。

――この作品は、派手でケレン味のある演奏がなされることも多いですが、吉見さんはどのようなアプローチで向かい合われているんですか?

コンチェルトはコンチェルトですけれど、チャイコフスキーのシンフォニーやバレエ音楽が連想できます。例えば(コンクールで弾いた)プロコフィエフの3番よりもオケとの関連性が強いと思うので、あまりショーピースみたいには弾きたくないですね。

――今回演奏される第1楽章のなかで、特にお好きな場面はありますか?

カデンツァが好きですね。様々な要素があって、きらびやかなオルゴールのような響きがあったり、心を抉るような激しさもあって、そのあとでオケがさーっと入ってくる瞬間も好きです。

――では最後に、受賞者発表演奏会へお越しくださるお客様へのメッセージをお願い致します。

弾くのは自分だけじゃなく、他の部門で一位を取られた素晴らしい方々ばかりなので、それぞれの楽器の良さを楽しんでいただけるようになっていると思います。レベルの高い演奏を楽しんでください。

吉見友貴  撮影=中田智章

インタビュー・文=小室敬幸 撮影=中田智章

公演情報
第86回日本音楽コンクール受賞者発表演奏会

日時:2018年3月2日(金) 18時開場/18時30分開演
会場:東京オペラシティコンサートホール

<出演者>
作曲部門/小鍛冶邦隆指揮、アンサンブル・リーム  
演奏部門/梅田俊明指揮、東京フィルハーモニー交響楽団 

久保哲朗(作曲部門):BABEL for 6 musicians(受賞作再演)  
鈴木玲奈(声楽部門):ドニゼッティ 歌劇<ランメルモールのルチア>〝あの方の優しい声が聞こえる~香炉はくゆり~苦しい涙を流せ〟
吉見友貴(ピアノ部門):チャイコフスキー ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23より 第1楽章  
大関万結(バイオリン部門):ワックスマン カルメン幻想曲  
香月麗(チェロ部門):エルガー チェロ協奏曲 より第3楽章、第4楽章  
濱地宗(ホルン部門):ホルンと弦楽のための協奏曲 作品150

※演奏順未定。曲目は変更になることがあります。

 
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