テノール西村悟にインタビュー 〜4名の『藤原歌劇団トップ・テナーズ』の違いを味わうことが震災支援に
西村悟 撮影=中田智章
今年の3月で東日本大震災から丸7年を迎える。
皆様ご存知のようにこの間、日本全国から被災地への支援がなされ続けてきた。そうした活動の中には終わるものあれば、新しく立ち上がるものもある。2017年から毎日新聞社と日本オペラ振興会(藤原歌劇団)が連携して立ち上がったのが『震災遺児支援チャリティーコンサート 藤原歌劇団トップ・テナーズ』だ。今をときめくテノール歌手4名が競演し、オーケストラをバックに輝かしい声を響かせる――こんな夢のようなコンサートの聴きどころを、若手テノールの筆頭格として飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍している西村 悟にうかがった。
――日本とイタリアを行き来しながらオペラを学ばれた西村さんから見て、ご所属されている藤原歌劇団はどのような雰囲気の団体ですか?
一言でいうと、“イタリアらしいな”と。稽古場も楽しいですし、かといって手を抜くわけでもない。みんな個人個人に任せられているというか、信頼しあっているんです。歌手ってみなさんペースを守ったりするじゃないですか。リハーサルでは声を抜いたり。そういったところに関しては一人ひとりに任されていて、でもみんな、本番ではしっかりとやるという。そういうところが、すごくイタリアに近いと思います。
――今回ご出演される『藤原歌劇団トップ・テナーズ』には、昨年も出られていますね。西村さんにとっても、テノールだけが集まって歌う機会って……
ないですね、これだけです(笑)。
――(笑)。そして藤原歌劇団のトップ・テノールというと、お客様もある種の期待を持って公演にいらっしゃるのかなと思うのですが。
「藤原といえば、やっぱりテノール」というのは(初代総監督の)藤原義江先生、(三代目総監督の)五十嵐喜芳先生と、往年の名テノールが多いですからね。
西村悟 撮影=中田智章
――昨年の公演を振り返ってみると、どんなことが印象に残られていますか?
とにかく、すごく楽しかったです。これだけ集まると、みんなライバルだからギスギスするんじゃないかって僕は思ったんです、最初は。「やりづらいなぁ……」「みんな何を歌うんだろうなぁ……」なんて思って。選ぶ曲は(同じテノールの曲なので)みんなが知っている曲、みんなが歌う曲じゃないですか。だから「なんか嫌だなぁ……」と思っていたんです。
でも、やっぱり“テノール”っていう人種なんでしょうね。みんな仲が良いというか、他人事じゃないんですよ。例えば、笛田(博昭)くんがイル・トロヴァトーレのアリアを歌うとすると、「あっ! ハイCあるな! 笛田くん頑張れ、頑張れ!」って思えるんですよ。自分も歌うから(笑)。
――その大変さが分かるわけですね!
そういうことです。だからみんな共感するんですよね。みんなでアドバイスしあったりもしますし、僕も実際に村上(敏明)さんに「これ、どうやって歌われていますか?」とお聞きすることもあります。そして、みんな包み隠さず教えてくれるんです。
――これだけトップ・テナーズが集まる機会もそうそうないわけですから、公演後のお客様の反応もスゴく良かったんじゃないでしょうか?
テノールって、血が騒ぐそうなんですよ。声も医学的に……というと言い過ぎかもしれませんけれど、なかなか人間離れしたようなことをしているらしいんです。だからお客様が聴いても「ハッ」と心が打たれるというのがあるのでしょうね。そう信じて歌っています。
西村悟 撮影=中田智章
――西村さんの他にも、前回に引き続きご出演される方がいらっしゃいますね。西村さんから見て、他の出演者の魅力はどこにあるのでしょうか?
村上(敏明)さんは藤原歌劇団をずっと引っ張ってこられた方ですし、笛田(博昭)くんは3~4つ上なんですけど、生まれ持った声が素晴らしいですね。
――西村さんから見てもすごいんですね!
もうすごいです、すごいです! 真似ができないし、彼はオンリーワンなんですよ。やっぱり彼の声の魅力というのが素晴らしいんです。藤田(卓也)さんは、テクニックも持っていらっしゃって、上から下まで(声質が)すべて繋がって聴こえる方です。だからこの4人は四者四様、タイプが違うということもありますし、テノールばかりでもお客さんは飽きないんじゃないかな?
――そのタイプの違いというのは具体的に言うと、どういうことなのでしょう?
単純に言うと声の重さですね。重い、軽いっていうのがあるんですけども、4人とも全員違うんですよ。笛田くんが一番重くて、そのあとに村上さん、藤田さん、僕がくるという感じです。テノールと一言でいっても、役柄によって必要とされる声が全然違うので、それぞれが歌う曲の選び方を見ても、そういったところが4人全員違うんです。
――曲目のお話が出ましたけど、歌われる曲が被らないように4人で相談したりしたのでしょうか?
面白いんですけど、予想がつくんですよ。「あ、彼は何を歌いそうだな」だなんて。だから、彼があれを歌うなら、僕はこれを歌えばいいかな、と自分なりに考えています。村上さん(の得意とする範囲)はここからここまで、笛田くんはここからここまで……というレパートリーがあるので、実は被っているところはそんなにないんです。そういったところを考えて、他の方も選曲したんじゃないかな?
西村悟 撮影=中田智章
――そうしたことを踏まえて今回、西村さんはどういった曲を選ばれたのでしょうか?
マイアベーアの歌劇『アフリカの女』より「おお、パラダイス」、フロトーの歌劇『マルタ』より「夢のように」、そしてロジャースのミュージカル『回転木馬』より「You'll Never Walk Alone」――“君は決して独りじゃない”という3曲を歌います。
――マイアベーアは日本でそれほど知名度の高くない作曲家ですが、近年ヨーロッパでは再評価が進んでいますね。何故、この曲を選ばれたのでしょう?
マイアベーアは、フランスのオペラの礎を作った作曲家ですし、例えばグノーだったり、ビゼーに多大な影響を与えている作曲家です。「おお、パラダイス」は、ヴァスコ・ダ・ガマが、初めてインドに降り立った時に「こんな景色があったのか」「なんて楽園のような」とオペラのなかで言う場面の歌なんです。
何故この曲にしたかというと、被災した東北3県のなかにも、そういったところって必ずあったと思うんです。ただ、この震災によって失われてしまった場所もある。そういった場所をもう一度取り戻していただきたい……時間がかかってしまってもいいから取り戻していただきたい。そんな願いも込めて、この曲を選びました。
――フロトーも名前こそあまり知られていませんが、唱歌「夏の千草」の原曲「夏の名残のばら」が有名な作曲家ですね。今回歌われるのはどういった曲なのでしょう?
もともとはドイツ語で作曲された曲です。ただ、この「夢のように」という曲だけは、往年の名テノールが歌う名曲で、イタリア語に翻訳されて歌われています。とても愛に満ちていて、テノールらしさが出る曲かなと思い選びました。
――リチャード・ロジャースのミュージカル・ナンバーから「You'll Never Walk Alone(君は決して独りじゃない)」を選ばれたのは?
それはもう、まさに歌詞ですね。「決してあなたたちは独りではありません。どんな嵐が来てもその後は必ず青空がきます。だから、あなたはくよくよしないで、顔を上げていきましょう」という歌詞なので、今回の趣旨にピッタリなんじゃないかと。実は今年の話がくる前から、今度この企画があったらこれを歌おうと決めていました。
――しかも、今回はピアノ伴奏ではなくオーケストラ。ミュージカルのレパートリーをオーケストラをバックに歌う機会は、あまりないですよね。
ないです。だから、僕自身としても楽しみなんです!
――西村さんは、イタリアに留学され、イタリア音楽をレパートリーの中心に据えてはいるものの、今回のコンサートでも複数の言語を歌われますよね。言語によって歌い方は変わるのでしょうか?
逆に変えちゃいけないと思っています。発声が変わってしまっては元も子もないですから。イタリア語もフランス語もドイツ語も、全て同じように歌うというのを僕は心がけています。
西村悟 撮影=中田智章
――今回共演される指揮者の田中祐子さんとは、既に何度か共演されていらっしゃいますよね。西村さんからみて、田中さんはどのような方ですか?
彼女は、すごく勉強熱心。分からないことは分からないとハッキリおっしゃるんです。どなたに対してもそうで、僕なんかにも「ここはどうやってテノールは歌われるんでしょうか?」と、素直におっしゃっていたのが印象に残っていますね。
――藤原歌劇団の公演ではヴェルディの『椿姫』で共演され、西村さんは主役のアルフレートを歌われていましたよね。印象に残っているエピソードなど、ありますか?
2幕あたまの僕が歌うアリアで、僕が思っていた音楽づくりと、祐子さんがやりたい音楽が若干違ったことがありまして、彼女もこうやってみる、僕もこうやってみる……と試行錯誤することで新しいものがちょっとずつ生まれていったんです。僕がずっとこだわりをもって歌ってきたものよりも、さらに良いものになったことがありました。
――そして今回のコンサートでは、ミュージカル界で大活躍中のテノール田代万里生さんが司会進行を務められます。昨年の田代さんの司会ぶりはいかがでしたか?
お客様をどう暖めるかということが僕らよりも上手いですよね、やっぱり。かといって、あまり脱線せずにしっかり趣旨をとらえてやってくださいました。僕より少し年下だと思うんですけれど、本当に素晴らしいなと。
――アンコールで田代さんが歌われることもあるのでは……?
……どうなるか分からないですね(笑)。乞うご期待です!
――では、最後にメッセージをお願いします!
“聴きに行くことがチャリティーになる”というコンサートは最近多くないと思うので、是非そうしたお気持ちがある方は「楽しめて」、「チャリティーにもなる」このコンサートに足を運んでいただければ! そういった灯を絶対に絶やさないということが第一歩だと思うので、僕らがベストを尽くして、皆様に何かを感じていただければいいなと思います。昨年は会場で募金箱をもたせていただいたので、今年もぜひそうしたいですね。
西村悟 撮影=中田智章
インタビュー・文=小室敬幸 撮影=中田智章
公演情報
日程:2018年3月20日(火)
会場:新宿文化センター 大ホール (東京都)
<出演>
村上敏明、笛田博昭、藤田卓也、西村悟(藤原歌劇団)
田代万里生(司会)
田中祐子(指揮者)
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(演奏)
<予定演奏曲>
オペラ「道化師」より:衣装を着けろ
オペラ「ランメルモールのルチア」より:わが祖先の墓よ
オペラ「アフリカの女」より:おお、パラダイス
オペラ「アイーダ」より:清きアイーダ
五木の子守唄
ミュージカル「回転木馬」より:you'll never walk alone
他