ピアニスト村松亜紀が示した、ピアノという楽器の可能性と豊かさ

2018.12.7
レポート
クラシック

村松亜紀

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「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.4.1 ライブレポート

クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。4月1日に登場したのは、ピアニストの村松亜紀だ。

桐朋学園大学音楽学部、さらに同大学研究科でピアノの研さんを積んだ村松亜紀は、第71回日本音楽コンクール第3位、第9回松方ホール音楽賞大賞受賞等をはじめとした、多数のコンクールで入賞。2003年に東京と愛知でデビューリサイタルを開催し、ソリストとして東京交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団と共演するなど、ピアニストとしての活動を続けてきた。また、2006年から「高嶋ちさ子12人のヴァイオリニスト」の全国ツアー、2011年からはテノール歌手ジョン・健・ヌッツォのコンサートにも出演し、アンサンブルピアニストとして、テレビ、CD、ラジオ、映画と、活躍の幅を広げている。

そんな村松亜紀サンデー・ブランチ・クラシックへの初登場となったこの日は、ピアノソロ、そして、ゲストヴァイオリニストを迎えての共演と、村松ならではの多彩なプログラムが展開されるとあって、リビングルームカフェの期待が高まる中、柔らかな笑顔で村松が登場。演奏がはじまった。

今、最も注目されている、旬のピアノ曲の見事な演奏

冒頭を飾ったのはショパンの「幻想即興曲」。ショパンらしいドラマチックさと緩急のある華やかな楽曲で、ピアノ学習者の憧れの曲として、また一般的にも大変親しまれているピアノ曲だ。だが、実はテンポの速い部分はほぼすべて、左手は1拍が6等分、右手は1泊が8等分のリズムで書かれていて、単純に言うと双方の音符が割り切れない為、右手と左手が完全に分離したリズムを刻めていないと曲にならない、修練を必要とする曲でもある。村松の演奏は、テンポの速い部分がより急速で勢いがあり、静かに歌う中間部との対比が鮮やか。そこから、もう1度冒頭のメロディーに戻る後半では、緩やかなパートから間をおかずに速いメロディーに流れ込むことによって、同じメロディーの再現でありながら、よりメランコリックな表現が前に出て、ダイナミズムを保ったままフィナーレを迎える印象的な演奏になった。

「食べながら、飲みながらクラシックが聞ける場所で演奏できるのを楽しみにしていました」という挨拶の後、もう1曲用意されたピアノソロは、同じショパンの「バラード1番」。記憶も新しい平昌オリンピックで、フィギュアスケートの羽生結弦選手が、見事2大会連続の金メダルを獲得する原動力ともなったショートプログラムの使用曲として、現在、クラシック音楽で最も注目されている旬な楽曲だ。ただ、男子フィギュアスケートショートプログラムの持ち時間は2分40秒ほどなので、演奏者にもよるがだいたい9分前後で演奏されるこの曲は、当然ながら大幅に短縮して編曲されたものが世に知られたのも事実。村松は「私が好きな部分が入っていないなぁ、とも思ったので」と語り、もちろんこの日は全曲を披露。オクターブ奏に格別の力強さがあり、パワフルな趣を最後まで保ったまま、曲の持つ壮大な世界観がダイナミックに奏でられ、聞きごたえのある演奏に大きな拍手が贈られた。

村松亜紀

村松亜紀

ヴァイオリンとの共演で、更に広がる音楽世界

ここで、ゲストヴァイオリニストとして「里ちゃん!」と呼びこまれたのが、里永莉果子。「高嶋ちさ子12人のヴァイオリニスト」のメンバーの1人として演奏活動をするようになって5年が経つそうだが、それでもまだ「高嶋さんの厳しい視線には緊張する」と語る里永にとって、すでに12年間「高嶋ちさ子12人のヴァイオリニスト」のステージをピアニストとして共にしている村松の存在は「温かい女神様のようで、心のオアシス」とのこと。お互いに1対1での共演は初めてとなる「サンデー・ブランチ・クラシック」をとても楽しみにしていたと語り合いながら、2人での演奏はショパンのつながりで「ノクターン作品9-2」。ショパンのノクターンの中ではもちろん、数あるピアノ曲の中でも最も有名なものに属する楽曲だが、ヴァイオリンが旋律を取ることによって、時に高音部で、また時に低音部で奏でられるメロディーラインの響きが新鮮。村松のピアノも、ソロ曲とは打って変わって、巧みなアシストに徹した音色がアンサンブルピアニストとしての経験の深さを感じさせた。

村松亜紀(ピアノ)、里永莉果子(ヴァイオリン)

続いて演奏されたのは、ヴュータンの「ファンタジア・アパッショナータ」。フランスで活躍したベルギー人のヴァイオリニストであり、作曲家であったヴュータンは、自身が超絶技巧の持ち主として有名なだけに、この楽曲もこれぞヴァイオリン!という、力強さ、華やかさ、哀愁のメロディー、また静かで優しい歌のような響き、と、1曲の中にヴァイオリンの美点が次々と立ち現れる興趣に満ちている。オーケストラパートを担当する村松の迫力の前奏から、ヴァイオリンの情熱的なメロディーがピアノと掛け合うように奏でられ、深みのある重音、一転して軽やかなメロディーなど、様々に趣を変えながら、フィナーレまでヴァイオリンの多彩なテクニックと、魅力が込められた演奏が続く。オーケストラの演奏を1人で担うことのできる、ピアノという楽器の奥深さも改めて伝わり、見事なフィナーレに会場の熱気も高まった。

村松亜紀

村松亜紀(ピアノ)、里永莉果子(ヴァイオリン)

(左から)村松亜紀、里永莉果子

その興奮の中、アンコールに用意されたのは「ウィーンわが夢の街」。ウィーンの作曲家、と言ってもプロの作曲家ではなく、本職はウィーンの公務員だったジーツィンスキーの手になる、音楽の都ウィーンを賛美した美しい楽曲だ。「ウィーン、ウィーン、わが町、麗し夢の街」と歌われる美しい歌曲で、ウィーン市民はもちろん、音楽の都を訪れる世界の観光客にも広く親しまれている、まるでこの世の春を謳歌するような、伸びやかなメロディーがこの季節にピッタリ。ヴァイオリンと共にピアノもメロディーを取り、共に歌い、ウィーンへの愛と憧れが詰まった楽曲ならではの、華やかなフィニッシュに、会場にも温かな笑顔が広がっていった。

村松亜紀(ピアノ)、里永莉果子(ヴァイオリン)

本来は、ここで終了のはずのコンサートだったが、この日、特別に飛び入り参加したもう1人のヴァイオリニスト小寺里奈が登場。村松とのピアノトリオによる活動が予定されているそうで、カッチーニの「アヴェ・マリア」が演奏された。ヴァイオリンという楽器が、演奏者が変わることで、奏でられる音色や響きが全く異なるのが如実に伝わり、小寺の澄み切った音が「アヴェ・マリア」の世界観にベストマッチ。カデンツ的な自由度を持って演奏された中間部では、ピアノと共に歌いあう醍醐味があり、やがて大きなダイナミズムを持って発展していくアレンジの面白さも加わって、一篇のドラマを見ているかのよう。思いがけないボーナストラックにも似たプレゼントに、会場に喝采の拍手と歓声が広がった。ピアノの、そしてヴァイオリンの様々な可能性が感じられる40分間だった。

村松亜紀(ピアノ)、小寺里奈(ヴァイオリン)

ソロとアンサンブル、それぞれで見える景色を大切に

贅沢なプログラムを終えたばかりの村松に、お話を伺った。

ーー演奏を終えられて、まず会場の雰囲気などはいかがでしたか?

クラシック音楽を聴きながら、食べて飲んでリラックスできるという場所はなかなかありませんし、ライティングの雰囲気なども素敵で、お客様もとても近くにいらっしゃるので、反応がダイレクトに伝わって、知り合いの顔もよく見えて、コンサートとは全く違う、アットホームな空気の中で演奏させていただけました。

ーー今日のプログラムを創るにあたって、意識されたことなどは?

私のソロ曲に関しては、まず皆様に聞き馴染みのある曲が良いかな? と思いましたし、私自身も大好きなショパンの曲から選びました。「幻想即興曲」はとても有名な割にはコンサート会場で聞くことが少ない曲だなと思いましたし、「バラード1番」は、羽生結弦選手が平昌オリンピックで金メダルを獲った曲ですから、タイムリーではないかなと思いました。

村松亜紀

ーー本当に大ブームになっていて「バラード1番」が入っているCDが飛ぶように売れているとも聞きますから、皆さん喜ばれたと思います。村松さんはアンサンブルピアニストとしてのお仕事を中心にされていますが、ソロでの演奏には、また別の想いがおありなのでは?

同じピアノを弾くのでも、ソロとアンサンブルには全く別の感覚があって、別のジャンルと言ってもいいのかも、と思うほどです。やはりソロで演奏することによってしか鍛えられない部分というのもあるので、ソロ曲にこうして向き合うとまた別の世界が見えて、技術的にも音楽的にも勉強になる部分が大きいので、こういう機会をいただけるのは私にとっても嬉しいことですね。

ーーでは、アンサンブル、ソロ、双方に取り組む機会を今後も?

はい、そうなっていけたら良いなと思っています。

ーー今日も後半は、ヴァイオリンとの共演をたっぷりと聞かせていただきましたが、里永利果子さんとは長くご一緒に演奏されていると言いつつも、ソロとしては初めての共演とのことでしたが。

「高嶋ちさ子12人のヴァイオリニスト」としてずっと関わってきましたが、里ちゃん(里永)自身がどんな風にソロを弾くのか? ということは、今回の機会をいただくまで正直わからなかったので、リハーサル、本番を通じて新たな里ちゃんを見た気がしました。普段から柔らかい印象の人なのですが、それが演奏しても変わらないんだなということがわかって、新鮮でしたね。

村松亜紀

ーー特にピアノソロとして馴染み深いショパンの「ノクターン作品9-2」をヴァイオリンで、というのが新鮮でしたが、村松さんのピアノも、ソロの時とは全く違う演奏になったのが印象的でした。

アンサンブルならではのお互いの掛け合いがあって、ただ小さな音で弾けば良いというものではないんですね。ノクターンはピアノ曲を、ヴァイオリンとピアノでの演奏にアレンジしてありますし、次に弾いたヴュータンの「ファンタジア・アパッショナータ」はヴァイオリンソロとオーケストラの為の楽曲なので、私が1人でオーケストラをやっていて、ある部分ではオーボエとヴァイオリン、ある部分ではコントラバスとヴァイオリンというような形で、対話であり、更に重厚感を出せるような演奏を心掛けていました。

ーーオーケストラのすべての楽器の音域を1台でカバーできる、ピアノならではの醍醐味ですね。またアンコールもとても贅沢でしたが。

「ウィーンわが夢の街」は里ちゃんが「この曲をやりたい」と持ってきてくれたものなのですが、私はテノール歌手のジョン・健・ヌッツォさんとよくやっていた曲でしたから、今回ヴァイオリンと初めて演奏させてもらって、あぁ、やっぱり良い曲だなと改めて感じました。最後に、飛び入り参加して下さった小寺里奈さんとのカッチーニの「アヴェ・マリア」は、アレンジがすごくドラマティックで、小寺さんとも初めての共演でしたが、初めてとは思えないくらい演奏しやすかったので、是非今後も彼女との活動も広がっていったらいいなと思っています。

ーーそんな、新たな活動も視野に入りつつというところで、今後村松さんが演奏家として目指すものは?

映画でのピアノ演奏などにも何作か携わらせていただく中で、ソロの大切さを改めて感じているので、ソロ演奏も続けていきたいと思っていることと、ピアノトリオや室内楽等もバランスよく展開して行きたいです。今、映画で弾かせていただいたのはクラシック音楽ばかりですが、レコーディングを通じてCMの音楽等にも関心が高まっていて、とても楽しそうだなと思っているので、機会があればそうしたジャンルにも挑戦していきたいと思っています。

ーーさらなるご活躍を楽しみにしています。是非またサンデー・ブランチ・クラシックにもいらしてください。

ありがとうございます!またこちらで演奏できるように、頑張っていきたいです。

村松亜紀

取材・文=橘涼香 撮影=岩間辰徳

公演情報

サンデー・ブランチ・クラシック
 
12月9日(日)
北川千紗/ヴァイオリン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
 
12月16日(日)
あいのね/フルート・ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
 
12月23日(日)
紀平凱成/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
 
 ■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
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