『孤狼の血』白石和彌監督インタビュー 松坂桃李の空手アクションから必要な残酷表現まで“ノワール”としての映画の作り方

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2018.5.7
『孤狼の血』白石和彌監督

『孤狼の血』白石和彌監督

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5月12日(土)公開の『孤狼の血』は、第69回日本推理作家協会賞を受賞し、第154回直木賞候補作ともなった柚月裕子氏の同名小説の映画化作品だ。原作では、『仁義なき戦い』や『県警対組織暴力』の大ファンである柚月氏が昭和の広島を舞台にし、捜査のためなら違法行為も厭わない孤高のマル暴刑事・大上章吾と、そのバディの新米刑事・日岡秀一が、暴力団同士の抗争に挑む姿を描いている。

メガホンをとった白石和彌監督は、これまで『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』『彼女がその名を知らない鳥たち』など、人間の狂気を過激な表現で描いてきた。「ヤクザもの+警察小説」と称される独特のミステリー小説を、白石監督はどう映像化したのか。若松孝二監督らの助監督時代に体験した“東映ヤクザ映画”との違い、残酷描写やアクション演出に至るまで、インタビューでじっくり語ってもらった。

 

「こんなカッコいい男がヤクザにもいたんだよ」とは、やりたくなかった

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

――最初に原作を読まれた時のご感想を聞かせていただけますか? 

原作は、「『仁義なき戦い』を彷彿とさせる」と宣伝なんかで言われていましたけど、ぼくはむしろよくできたミステリー、警察小説だな、と思いました。

――『仁義なき戦い』とは雰囲気が違いますね。

「仁義なき」ではないですよね。仁義があるいいヤクザがもう生きていけない世界になっていくんだろうな、という世界観だと思うので。(『仁義なき戦い』脚本家の)笠原(和夫)さんがもともと書いていたものと、高倉健さんが出ていたころの(任侠映画の)世界観に憧れたような話で、少しひねられていますよね。

――白石監督の撮られた『孤狼の血』からは、韓国ノワール(犯罪映画)やジョニー・トー監督(編注:『エレクション』など香港の巨匠)のような雰囲気を感じました。

ヤクザもの、特に『仁義なき戦い』なんかを深作欣二監督が作られた頃って、撮影所システムがまだあった時代ですよね。当時は大部屋の俳優さんがたくさんいて、撮影が終わったらヤクザと飯を食いに行ったり。何なら、(役者の中にも)ヤクザの兄弟ぶんがいたりして……誰とは言わないですけど(笑)。昔は、そういうのが日常だったわけですが、今はそんなことできないでしょう。だから、あの当時のエネルギーを完璧に再現するのは難しいだろうな、と思いました。映画の作り方が変っちゃいましたから、あの頃をイメージした原作と同じ部分をフィーチャーしても、そのまま同じものにはならないですよね。じゃあどうしよう?と考えたときに、韓国ノワールのような、もう少し端正な方向に振ったほうがいいんだろうな、と思ったんです。

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

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――当時の東映の実録ヤクザものを意識したような、独特のテロップやナレーション、ズームするカメラワークが印象的でした。パロディなのかな、と思ったり。

昔の映画って、映画に出ていない男性がナレーションを入れているものが多かったですよね。それを入れると変な感じになって、「逆に今やると面白いんじゃないの?」と思いました。今はなかなかないですけど、やってみるとやっぱり面白かったですよ。あと、端折らないといけないところを、ナレーションとああいうズームで昔っぽく作ってはいます。

――そういう遊び心があるところも、原作の真面目な感じとだいぶ違うな、と思いました。

そうですね。ぼくは、頭悪いから(笑)。

――いやいや(笑)。役所広司さん演じる大上章吾と、松坂桃李さん演じる日岡秀一の親子的な絆を描くエピソードが削られている点も、原作と違いますね。

それは、尺を短くしないといけないということもあったんですけど、もう一つは、ぼくが日本映画の悪癖というか……みんな好きなんだろうけど、トラウマ、つまり「過去に何があって、実はあのときこうだった」という話に、ぼく自身が嫌気が差しているからなんです。日本映画って、9割がたそういう話で作られているんですよ。まあ、『彼女がその名を知らない鳥たち』とかもそうなんで、人のことはあんまり言えないんですけど。「過去に何があったかを描くのって、必要?」と思っていて。物語は、目の前で起こったことによってピンチになり、チャンスになる、という風に本質的には描くべきであって。じゃあ、何を切るのか、ということで、「秀一」のエピソードを切ったんです。

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

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――なるほど。

それと、主人公に謎を残したほうがいいだろうな、とも思いました。昔のアメリカンニューシネマなんか、「結局、アイツはなんだったんだろう?」って感じで終わるけど、後で「ああだったよね」「いや、こうだったよね」と話せる。だから、結局、大上は市民のため、カタギのために一生懸命になっていたけど、「それはなぜなのか?」というのが残るくらいのほうが、読後感がいいだろう、と。

――大上は、終盤までいい人なのか悪い人なのかがわからないのが、面白いですよね。

日岡の立ち位置を少し早めに明確にしているので、それによって(大上は)そうせざるを得なかったというところもあります。

――そぎ落とすのではなく、逆に原作から肉付けされているキャラクターも結構いますよね。その典型が、中村倫也さんが演じた永川恭二だと思います。中村さんに当てて肉付けされた役なのでしょうか?

それはあるかもしれないです。やっぱり、倫也くんはいい役者なので。倫也くんが永川をやると決まったところで、シャブを打つシーンを追加してみたり、現場で増やしたこともありるかもしれないです。大上が勝手に尾谷に会って、一之瀬に怒られるシーンでも、倫也くんが一之瀬のすぐ脇にいたり。肉付けしたところはありますね。

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

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――これまで中村さんがあんまりやってこなかったキャラクターですよね。

童顔ですからね。そこは本人も「この顔でヤクザいけますかね?」って言ってたけど、でもこれからはそれが武器になって、ますますいい役者になっていくと思います。カチコミのシーンも、目が飛んじゃってていいですよね。

――そもそも、なぜ中村さんをあの役に選んだんでしょう? 新しい面を引き出したかったとか?

何度も仕事をしていて、彼のポテンシャルの高さを知っているからですよ。あんまり難しいことを考えて起用したわけじゃなくて、倫也くんがマルチプレイヤーなのは知っているから、「普通に出来るだろうな」というだけです。

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

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――江口洋介さんが演じた一之瀬についても、原作とちょっと違う描き方をしていますね。仁義があってカッコいいのかと思いきや、「ろくでもないヤツだな」と思わせるところがあります。

(江口の演じた)一之瀬は、原作では仁義があってすごくカッコいいんですけど、いい人過ぎる。ヤクザとして完璧すぎる。これはヤクザに限らずですが、人間いいところと悪いところがない交ぜになっている生き物だと思っているので。せっかく江口さんがやってくれるんだし……やっぱり、ヤクザはヤクザじゃないですか。どんなに仁義があっても、基本的に素人を食い物にするのがヤクザだから。その感じは、一之瀬だけじゃなくてどのキャラにも残したいな、というところはあって。

――確かに、ヤクザを美化して描いてはいないですよね。

だって、ヤクザ嫌いだもん(笑)。接しても嫌いだし、そもそも反社会的だし。「こんなカッコいい男がヤクザにもいたんだよ」とは、やりたくなかったです。

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

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――音尾さんが演じた吉田滋というヤクザは、男性器に真珠が入っている、というひどい設定の役でした(笑)。どなたが思いつかれた配役なんでしょうか?

あれはぼくです(笑)。吉田というキャラクターは原作にもいて、大変な目に遭うんですけど。拷問されてわりと早くしゃべっちゃう、みたいな面白いキャラクターにしたくて。音尾くんが何をやっても面白くなるキャラクターだから、というのもありますけど、ぼくの高校の後輩なので、「たいていのことはやってくれるだろう」と思いまして(笑)。


エグいものをそのまま見せる理由

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

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――『孤狼の血』は、白石監督の作品の中でも残酷で、エグイものをそのまま見せるシーンが多いと思いました。映像化にあたって、見せなくても成立させることはできますよね。なぜ、あえて見せたのでしょうか?

それは、本来映画として見せるべきものはしっかり見せたほうが、物語が強くなるからですよ。露悪的に残酷な描写を見せろ、というわけじゃないです。今回の映画でもあまり好きではないというスタッフもいました。でも、一歩踏み込んだ表現をすることで、物語の展開としてより登場人物の感情が迫って観客も同じ気持ちになれると思ったので、そこはテレビで絶対にしない表現をしようと。見せないで作ることのほうが、むしろ難しくて、よりシンプルな作りになったと思いますよ。それと、東映のプロデューサーさんチームも、最初に企画を持ってきてくれたときから、「たいていのことは東映だから大丈夫。犯罪にならなきゃ大丈夫だから、やりきってくれ」と言ってくれたので。じゃあ、それは本気でやりきろう、と。

――なるほど。ただ、原作に豚や豚のフンは登場しないですよね。

狼と豚で、「食うもの、食われるもの」という関係を見せることにはなるだろうな、と思ったので。ただまあ、豚のフンを撮影するのはなかなか大変でした(笑)。

――いつ松坂桃李さんが豚のフンを食べさせられるのか、ドキドキしました。

その観かたは新しいですね(笑)。

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

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――エグい表現も含め、白石監督に“振り切った表現をされる方”というイメージを持っていらっしゃる方も多いと思います。『凶悪』のインタビューなどでは、「昔の日本映画にあった骨太な表現を見せたい」とおっしゃられていましたが、それは今も変わらず?

『凶悪』のときはそんなことを言っていましたけど、今は取り立てて“意識してやる”ということはなくなりました。あの頃は、自分がほぼほぼ商業映画初監督みたいものだったので、「何かしら目立たないと先がない」と、肩肘をはっていたところがあったので。今はもっと自然体にはなっていると思います。ただ物語を描くうえで必要なものは撮ろうよ、というだけなので。

――今回の『孤狼の血』は、過去の作品にくらべてラストをさっぱり描かれていて、読後感の良さというか、カタルシスがあるように思えました。観やすさとエグい表現のバランスをとられているのかと思ったのですが。

ラストに関しては、原作との違いが表れているんだと思います。原作は、プロローグとエピローグを除いて、実録モノの『仁義なき戦い』みたいな終わり方をすごく意識していて。ただ、それを映画でやろうとすると、本当の実録ものじゃないと上手くいかない気がして。何かベースになる事件があるわけでもないので、映画ではエンタメに落としこまないと、「何をカッコつけてるんだ」と思われかねない。もし、「原作と同じ終わり方がいい」と柚月先生に言われたら、そうしたかもしれないですけど、そうじゃない限りはきれいに終わらせたほうがいいだろうな、と思っていました。

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

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――なるほど。『日本で一番悪い奴ら』もそうですが、白石監督はノワールで興行的にも結果を出していらっしゃいますよね。ご自身の、どんな資質が結果に結びついたのだと思いますか?

最初に「映画をやりたいな」と思ったときには、別にヤクザ映画をやりたいとは思っていなかったし、やるとも思っていなかったですよ。ただ、助監督をやりはじめたときには、Vシネなんかで当たり前にヤクザものをやっていて。だから、色々と調べもしたし、時にはヤクザと一緒にロケハンしたり……そういう、助監督、映画屋としての経験値があったからだとは思います。それは資質というより、引き出しの問題なんじゃないかな、と。あとは、全面的に“それ”ばっかりが出すぎでもダメなんじゃないかな、と思います。「今の日本映画にはこれが足りないから、とにかくやろう」とかね。さじ加減は必要ですよね。例えば、観る人も、いきなり小指を切られるシーンがずっと続いたら耐えられないでしょうし。ちょっとずつ、ちょっとずつやっていかないと、というところはあります。

――今回は、激しいアクションもありますよね。松坂桃李さんが空手で戦うシーンは、生々しくかつスピード感があって印象的でした。何かこだわりがあったのでしょうか?

ガミさん(役所演じる大上のあだ名)にはチンピラをやっつけるシーンとかがあるんですけど、日岡も“牙を持っている”ということを多少は描いてやらなきゃな、と思っていたんです。それで、いくつかアクションを作ったんです。ガミさんに激しいのをやってと言っても、さすがにそれは無理ですけど、日岡は20代なので、それなりにやんなさいよ!ということで。ただ、アクションはちゃんとやると、色々と段取りも組んで、訓練もしないといけないから、時間がかかるんですよね。本当はもっと、それこそジョニー・トーの映画に挑戦するくらいの作品をやってみたいんですけど。

(C)2018「孤狼の血」製作委員会

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――アクションコーディネーターで『忍びの国』の富田稔さんが参加されていますよね。

トミーね。スタントコーディネーターの吉田浩之さんも、中村義洋監督の『忍びの国』に参加していて。このチームは、ぼくの助監督時代からの知り合いです。その頃、アクション部も思うところがあって、「やっぱり、いまのアクションはこうじゃないよね」とか、色々と話をしていたんです。そういう蓄積というか歴史があるから、時間があまりなかったり、予算が少なくても何か工夫して考えてくれる。それも、やっぱり助監督をやっていた頃からの財産ですよね。

――では、もっと時間とお金をかけられる企画なら、さらにアクションに力を入れてみたいという気持ちもある?

もちろん。やれるのであれば、やりたい……というか、やるんです。韓国ノワールの『アシュラ』みたいな作品もやりたいですね。

――最後に、『孤狼の血』には、大上が「正義とはなんじゃ?」と言う、象徴的なシーンがあります。何かメッセージを込められたのでしょうか?

「正義」というのは、実は都合の言葉なんですよ。むしろ、ヤクザが重んじている「仁義」という言葉のほうが、人と人との信頼とか、筋の通し方だったりするので、人間の営みを送る中で必要なものなんですけど。正義ってそもそも人間が定義できるものじゃなくて、都合都合で法律の解釈を変えていったり、法律自体も変えたりしているわけだから。人の言う正義なんて、そんなもんなんですよ。

映画『孤狼の血』は5月12日(土)ロードショー。

インタビュー・文=藤本洋輔

作品情報

映画『孤狼の血』 


キャスト:役所広司 松坂桃李 真木よう子 音尾琢真 駿河太郎 中村倫也 阿部純子 /中村獅童 竹野内豊/滝藤賢一 矢島健一 田口トモロヲ ピエール 瀧 石橋蓮司 ・ 江口洋介
原作:柚月裕子「孤狼の血」(角川文庫刊)
監督:白石和彌
配給:東映
公式サイト:http://www.korou.jp/
(C)2018「孤狼の血」製作委員会
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