北乃きい、舞台初主演! ~イプセンの名作舞台『人形の家』で自立した女性の象徴“ノラ”を生きる
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『人形の家』合同取材会より(撮影/石橋法子)
6年ぶり2度目の舞台『人形の家』で女優北乃きいが、初座長を務める。ノルウェーの国民的劇作家イプセンが1879年に発表した本作で北乃は、自立する女性の象徴ともいわれるノラを演じる。夫に愛され三人の子宝にも恵まれた純真無垢な主婦ノラは、ある事件をきっかけに人生を一変させるーーー。「自分とは正反対」という難役に挑む北乃に、作品へ意気込みを訊いた。
「『何で私を選んだの!?』と思うほど、ノラは正反対のキャラクターです」
ーー本格的な台詞劇で、舞台初主演が決定しました。
有名な作品ですし、日本でも大竹しのぶさん、宮沢りえさんをはじめさまざまな方が演じられてきた役なので、プレッシャーはありました。初座長に関しては、戸惑いや恐怖の方が大きくて…。ただ、初舞台が良い思い出しかなかったので、今回のチームはどういう雰囲気だろうという興味もありました。台本を読むとノラというキャラクターが今まで演じたことのないような役柄でもあり、「やります」とお返事させていただきました。
北乃きい
ーー初舞台から時間を経て、自信のようなものは?
自信はないです。舞台は、映画やドラマの主演とは全然違うものがあります。ちょうど20代後半をこのままの状態で過ごしていて大丈夫かなと思っていたタイミングでこのお話を頂けたので、今は演出の一色(隆司)さんにゼロから役作りする作業をさせてもらっています。一色さんから「きいちゃんにこの役は、ハードルが高いことも分かっている」と言われた時は、「なんで私を選んだの!?」と思ったこともありました。でも、稽古を重ねるうちに「役者ってこうだよな」って。これまでは、ありがたくも当て書きや自分のイメージに合う役で選んで貰うことが多く、逆に全然違うから「化学反応をみてみたい」とキャスティングされることがありませんでした。一色さんに、「できると思う人しか選ばない」とも言って頂き、こうやって役者として成長できるんだなと。ただノラは本当に自分とは全然違うし、役が体に入るまでには、本当に大変でした。
北乃きい
ーー具体的には?
普段、猫背と言われたことはありませんが、それでもノラにしては「猫背だ」と言われました。彼女の場合、胸を張るぐらいじゃないとダメなんですよね。ある場面で、「熱心に耳を傾けて」と一色さんに言われたので、前屈みで聞いていると「全然美しくない」とダメ出しされるくらい。それからは、劇中に食事のシーンはありませんが、美しい姿勢を保つために、普段から和食でもナイフとフォークを使って食べるようにしています。食材の方から口へ運ぶようにして、姿勢を保つ練習をしたり。どちらかというと長期集中型で、一度役に入り込むとクランクアップまでずっとそのキャラクターで日常も過ごすタイプ。寝方やしゃべり方、食べ方も変わるタイプなですけど、今は本当にノラとして生きる感じになっています。最近は頑張らなくてもノラが出せるようになってきて、普段からお世話になっている衣装さんやマネージャーさんからも、「顔が変わりましたね」と言われます。カメラマンさんには「キラキラしていますね!」とか、普段言われないようなことを言われたり(笑)。ノラは、照明がなくてもその場が明るくなるほどキラキラした存在じゃないといけないので、ちょっと役に近づいて来た感じです。
北乃きい
ーー他にも、ノラになるために試したことは?
稽古が始まった頃は、一色さんのダメ出しが全然跳ね返せなくて、落ち込む日々が続いたので、松山千春さんの失恋系の曲を聴いていました。落ちる時はとことん落ちてから元気になろうと思ったので。ただそれだと翌日も落ちたままなので、一色さんに「元気がないね」と指摘されて…。「失恋系の曲を聴いてきました」と伝えると、「それじゃダメだよ、ABBAを聴きなさい!」とすすめられたので、今回初めて役のプレイリストを作りました。これを聴くとノラになれます(笑)。
北乃きい
ーープレイリストには、ABBA以外のミュージシャンも?
ジャクソン5、シンディ・ローパーとか。あと、ベット・ミドラーの「The Rose」は本作のテーマソングとしてCMにも使われているんですが、私がこの舞台でイメージする曲もこの曲だったので、初めて演出家さんと共感できる部分があったことが、すごく嬉しかったです。先日、1日だけノラのプレイリストを聴かない日があったんですが、コンビニに入ったら偶然ABBAの曲がインストで流れてきて…。一色さんに「聴け」と言われているようで、怖くなりました(笑)。
北乃きい
ーー(笑)。演じていてノラに共感する部分はありますか。
ノラのときは、なりきっているのでありますけど、役を離れるとないですね。キャスティングの時点から「真逆の役だから」と言われていたので、比べようと思ったことがないくらい全然違う人です。ノラ自身は、誰にでも愛されるようなキャラクター。彼女がすることなら何でも許せちゃうというような。一色さんからは「北乃きいの芝居は封印して、ノラに徹して欲しい」と言われました。
「家庭で窮屈な思いをしている女性が見ると、少し危険な作品かもしれません」
ーー作品の魅了については、どうお感じですか。
女性の自立を描いた作品だと思って台本を手に取ったのですが、稽古を重ねるうちにこれは愛の物語なんだということに気づきました。男女の愛、家族愛、夫婦愛、いろんな愛の形が描かれている。登場するすべての人が愛のことを語っているんだなと。そこに気づいてからは、より魅力的な作品だと感じました。ノラは家族愛はもちろん、すべての言動において愛があるひとだなと思います。
北乃きい
ーーそんな愛の物語でなぜノラは最後に、あの決断に至ったのでしょう。
愛がきっかけだったから。トゥルーラブを知ってしまったから。すべては愛ですね。ノラは父親から少し特殊な愛され方をしていたので、それまでは自分が思うような愛がどういうものなのか分からなかったのだと思います。それがある事件をきっかけに、気づいてしまった。
北乃きい
ーー女性の自立を訴えた先駆けのような作品とも言われますが、130年前に書かれた本作を現代の観客はどうご覧になると?
ノラのような決断を女性が下すというのはありえない時代でしょうし、そう考えるとすごいなと。当時はすごい反響だったと思います。ただ、日本にはノラが置かれていたような家庭はまだあるんじゃないかなと個人的には感じます。すごく昔の作品なのに、そんなにギャップや違和感を感じないと思います。
北乃きい
ーーノラの決断は演じ方によっては、わがままにも映りそうです。
そうなんです! そこを、どうわがままに見えないようにするのかが私の課題です。ノラは誰からも愛されて、最後には「これだったら、そうなっちゃうよね」と共感されなきゃいけないキャラクター。なのに、当初は演じている自分が役に共感できなくて、なかなか最後の台詞まで言えませんでした。言えたとしても全然すがすがしくなくて、一色さんに暗いねと言われたり…。
ーー打開策は?
これまで女優として培ってきたものを全部捨てて、ゼロから役作りを始めたことで気持ちがラクになりました。劇中にもノラが嫌な女性に見えそうな台詞とかがいっぱいあるんです。でも、そこを嫌な感じには見せたくないから、すごく時間をかけてお稽古しました。最後もショックだし、でもショックのまま終わってもダメで。台本には何の台詞があるわけでもない場面で、さまざまな心境の変化を見せなければいけない。そこをどうやって見せるのか。一色さんと毎日色んなことを試しています。最後はノラを応援したくなるような感じにできればいいのかなと。
北乃きい
ーー本作を通して、結婚観が変わったり?
父親が少しノラの夫に似ているんですよね。小さい頃はお父さんと結婚したいと思っていた時期もありましたが、やっぱり違うのかなと思ったり(笑)。あと、松田賢二さんと大空ゆうひさんが演じる男女の関係とか、愛にも色んな形があることを学びました。今回は、いくつかのシーンで台本にないものが生まれています。そこはお客さんにも驚きを持って見てもらえるんじゃないんでしょうか。衝撃はあると思います。
ーー男女によっても、感想が分かれそうな作品です。
「こういう人いるよな」と男性はノラの夫ヘルメル、女性はノラの目線でガッツリ見られる作品だと思います。男性はノラの台詞で胸に突き刺さるような言葉がいくつかあるだろうなと、自分でも「世の中の男子たち聞きなさい!」という感じで言っています(笑)。家庭で窮屈な思いをしている女性が見たら危険な感じというか、新しい自分の自由を見つけちゃいそうで「大丈夫かな?」と、少し心配もあります。でも、結婚する前だったら見に来た方がいいと思う。こういう家庭の形もあるし、学ぶこともあるだろうなと。私も初の主演舞台なので、赤ちゃんになったような気持ちでイチから吸収して頑張ります。新しい『人形の家』をお見せできると思います。
『人形の家』合同取材会より
取材・文・撮影=石橋法子
公演情報
■作:ヘンリック・イプセン
■訳:楠山正雄
■上演台本:笹部博司
■演出:一色隆司
■出演:北乃きい、大空ゆうひ、松田賢二、淵上泰史、大浦千佳、佐藤アツヒロ
2018年5月14日(月)~20日(日)
東京芸術劇場 シアターウエスト
2018年5月23日(水)・24日(木)
兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール