「ピアノの貴公子」實川風が奏でる「ピアノの詩人」ショパンの名曲

レポート
クラシック
2018.8.27
實川風

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“サンデー・ブランチ・クラシック” 2018.5.6 ライブレポート

クラシックをもっと身近に、気軽に。そんなコンセプトで毎週日曜日、東京・渋谷のカフェで開かれるサンデー・ブランチ・クラシック。5月6日に登場したのはピアニストの實川風だ。鍵盤を撫でる風のように色彩豊かに、時には力強く、ピアノとともに多彩な音色を奏でる實川が今回弾くのは「オールショパン プログラム」だ。
最近ではバレエダンサーの森山開次『春の祭典』でピアニストとして共演したり、連弾によるオーケストラ演奏に挑戦したりと、音楽家としての活動の幅を広げている實川の、ショパンの名曲で綴ったひと時をレポートしよう。

實川風

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ロマンチックな中に男性的魅力を湛えるショパン

この日の会場はほぼ満席。人気急上昇中の實川の登場とあって、客席には女性客も目立つ。
午後1時、リサイタルが始まる。
1曲目はショパンの「スケルツォ第3番 嬰ハ短調 Op. 39」。一瞬不穏な印象を抱かせる冒頭から男性的な強さが垣間見える主題部。そして中間部の「レースのような」と称される美しい分散和音。風でふわりと広がるレースのカーテンからこぼれる光に、ピアニッシモの和声がそっと影を挿す。そして終盤の力強いコーダへ。「ショパンは実は男性的で骨太な、男っぽいところがある」と1曲を終えて語る實川の言葉に、なるほどと思わせられる。

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2曲目は「24の前奏曲 Op28 第15番 変ニ長調」。ショパンの数ある作品の中でも「雨だれの前奏曲」として知られる有名な曲だ。
ショパンが恋人ジョルジュ・サンドと滞在したマジョルカ島で書かれたこの曲には、街へ出かけたサンドらの帰りを待ちわびながら感じた、死の恐怖と不安が綴られているという。静かな雨音が続くなか、實川が“情熱的”と語った中間部がドラマチックに響く。そして再び最初の主題に戻り、今度は静かに響く雨音にやがて薄明かりが射すような情景が浮かぶ。

實川風

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演奏前に「この曲は『24の前奏曲』の中の、ちょうど中間部に位置する作品。いつかこの前奏曲を通しで演奏してみたい」と語った實川。ぜひ実現を望みたいと思わせられる演奏であった。

ショパンは「今日は寄り添ってくれている」

3曲目「ノクターン 遺作 嬰ハ短調」は映画『戦場ピアニスト』でも使用された曲だ。ショパンの死後に発見されたもので、作曲されたのは1830年。姉のルドヴィカに献呈されている。品を湛えた響きのなかにも憂いが滲むような演奏だ。

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続く4曲目「小犬のワルツ 変ニ長調 Op64-1」は小犬が自分の尻尾を追いかけてくるくると回っている様子を描いたと言われる作品で、實川は「その様子にオーバーラップするショパンの気持ちを演奏したい」と話す。
なるほど、そう思って聞くと無邪気な小さな生き物の仕草に目を細めるショパンの様子が浮かぶようで、軽やかな曲にさらに楽しさという味わいが加わってくる。

演奏を終えたところで「実はショパンは複雑でなかなか近づきがたいものがあるんです」と實川。「複雑な思いをピアノに託していたからこそ、喜びや悲しみにも一筋縄ではいかない幅の広さや奥深さがある。気持ちの整理がつかないまま音にしていると、(ショパンが)冷たい視線を送ってくるような気がするのですが、今日はリラックスしていて会場の雰囲気も良いので、柔らかく寄り添ってくれているような感じです」と。

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そして最後となる5曲目は「バラード第4番 へ短調 Op52」。ショパンの作品のなかでも最高傑作とされる1曲だ。まるでポーランドの大平原を渡る風のような序奏から、青空の雲が草原に影を落としながら走る穏やかな午後のような情景が連想される。後半に向け曲調は次第にドラマチックに、力強さを増しスピード感と共に、絶望あるいは悲痛な思いが響くようなクライマックスへ――。

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万雷の拍手と共に、アンコールで演奏されたのは「練習曲集 Op25 第1番 変イ長調 「エオリアン・ハープ」」。風に乗って流れてくる吟遊詩人のハープの音色を思わせる幻想的な演奏で、心安らぐひと時を締めくくった。

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定期的にトライしてみたくなるショパン

終演後、實川にミニインタビューを行った。

ーー今回はオールショパンプログラムということでした。トークでも「捕まえようとすると逃げていく」というショパンを選んだその意図は。

ショパンは定期的にトライしたくなるんです。とくに「バラード4番」はしばらく弾かずに寝かせてあって、ここ1カ月くらいまた取り組み始めました。以前と違う感触があるので、ショパンに近づいてきたのかな。まだまだショパンを演奏するには道半ば……過渡期だとは思うのですが。最初と最後に大きな曲で、真ん中に小品を挟んだオールショパンプログラムにしてみようと思いました。

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ーー「小犬のワルツ」では「ショパンの気持ちをオーバーラップさせて」というお話でした。あの曲はよく小犬の情景を描いたと言われますが、そこにショパンの気持ちを重ねるといったものは、練習などでインスピレーションを得るのでしょうか。

ショパンの気持ちを、というのは先ほど思いつきました。ただ仔犬が跳ねているだけではなく、もっといろいろな気持ちが入っているくらい奥行きがある曲ではないかと思って。この「小犬」を含めた作品64は、3曲セットですよね(編注:「ワルツ第7番嬰ハ短調 Op64-2」および「ワルツ第8番 変イ長調 Op64-3」)。3つ揃って弾いたらまた違ったものが見えるのかもしれませんね。

ーー機会があったらぜひ聴いてみたいです。そういえば「24の前奏曲」をいつかまとめて演奏してみたいというお話もされていましたが、こちらも非常に興味があります。実現の可能性はあるのでしょうか。

具体的な予定は決めていません。あの前奏曲集はすごく挑戦しがいがあるし、自分としては、ショパンの「24の前奏曲」を越える作品集ってあんまりないのではと思います。前奏曲集はショスタコーヴィチのも面白いし、ラフマニノフもたくさん書いており、ドビュッシーのもありますが、全部まとめてみるとショパンの「24の前奏曲」は40分の物語のようで、すごいなと思います。いつか取り組んでみようかなと思います。24のキャラクターを捉えるというのは、かなり大変な感じもしますが。

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様々な挑戦、作品の演奏を通して曲の見え方が広がる

ーー最近の實川さんの活動ですが、ピアニストの務川慧悟さんとピアノ連弾によるオーケストラ曲の演奏をされたほか、ピアニストの福間洸太郎さんとともにバレエダンサーの森山開次の『春の祭典』の演奏と、幅が広がっているように思います。7月にはミューザ川崎の大ホールでベートーベンを演奏された。様々な挑戦をされているようですね。

経験の少ないものに挑戦してみたいと思っているんです。夏のミューザ川崎の公演は2000席の大ホールでしたので、やはりそれなら音の割り切れているベートーベンがいいかなと。そんな大規模なホールで1人で弾く経験もなかなかないので、どれくらい音が届くのか、音量、音のタイミングなどを模索できるいい機会かなと思いました。

森山開次さんのときもそうですが、自分からというよりは、いろいろお声をかけていただいて、やらせていただいていることが多いんです。
また最近はバルトークの楽曲を録音する機会もありましたが、バルトークを弾くとバッハやベートーベンの見え方が違ってくる。「バルトークはすごくバッハが好きだったんだな」というのが見えてきたり、シューベルトを弾いているとベートーベンが見えてきたり。ショパンを弾くとベートーベンとは全く違うという意味からまた見え方がまた変わってくる。いろいろ演奏することでいろいろな見え方が生まれます。できるだけ挑戦して幅を広げて、ひとつひとつ頑張っていこうと思います。

ーーありがとうございました。

實川風

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取材・文=西原朋未 撮影=荒川 潤

公演情報

サンデー・ブランチ・クラシック
 
9月2日(日)
土岐祐奈/ヴァイオリン
&平山麻美/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
 
9月9日(日)
石田成香/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
 
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html
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