エレファントカシマシ・宮本浩次、最新作『Wake Up』が放つエネルギッシュなパワーの出処を明かす
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エレファントカシマシ・宮本浩次 撮影=吉場正和
一般的に創作活動は、外界からの刺激を吸収して内部で熟成させ、外部へ出していくという段階を踏むことが多いのだが、今のエレファントカシマシにはそうした基準は当てはまらないようだ。走りながら受けた風を風力エネルギーに変換し、全身で浴びた光を太陽光エネルギーに変換し、そのパワーをそのまま音楽として表現しているかのようなのだ。47都道府県ツアー、紅白歌合戦出場を始めとする30周年の一連の流れ、反応をすべて受けとめて、活動しながら同時進行で制作して完成させたのが通算23作目となる最新アルバム『Wake Up』ということになる。幾多の夜を乗り越え、幾多の朝を向かえてきた歩みのダイナミズムまでもが刻まれた作品であり、エネルギッシュでアクティブでフレッシュなパワーが詰まった大傑作だ。
既発のシングル曲はもとより、初披露となる新曲もみずみずしい生命力が宿っていて、新境地と言いたくなる曲が並んでいる。何よりもこの作品が素晴らしいのは、数年間の活動のエッセンスを凝縮した作品でありながら、集大成、完成形という言葉よりも、新たなる始まりという言葉が似合う作品となっていることだ。デビュー31年目にして、エレファントカシマシは覚醒して、さらに最新最高のエレファントカシマシを極めようとしている。バンドが本領を発揮するのはまだこれから。そんな予感を抱かせる新作について、宮本に聞いていく。
――さいたまスーパーアリーナでの2日間を終えて、30周年の活動にひと区切りが付いた瞬間、特別な感慨はありましたか?
終わった瞬間は実はそれほど実感がなくて、これでいよいよレコーディングに入れるな、残りの歌詞を作れるなって思ったくらいでした。ただ、さいたまスーパーアリーナの3月17日のライブで、桜吹雪が舞う中、花道に出て行って「桜の花、舞い上がる道を」を歌った瞬間、象徴的なシーンだなということは感じました。花道の右にも左にも正面にも上にもお客さんがいて、背後にはメンバーと金原さんのストリングス・チームと山本拓夫さんのホーン・チームがいて、みんなが観てくれているなかで、自分たちの代表曲を歌ったあの瞬間は、あの日のライブのみならず、30周年のすべての活動のクライマックスという実感があった。その翌日の3月18日にスピッツとMr.Childrenが男気あふれる最高のプレイで質の高い空間を作ってくれて、エレファントカシマシも含めた3バンドで30周年の締めくくりを祝うことが出来たのはうれしかったです。草野さんと桜井さんと3人で「ファイティングマン」を歌ったあのときが心の底からホッとした瞬間であり、喜びがあふれた瞬間でもありました。そしてその空間をお客さんと一緒に味わえたのが何よりも最高でした。
――ツアーが終わっても立ち止まらずに、そのままアルバム制作に突入したのもすごいですよね。最新アルバム『Wake Up』は走り続けながら作っているがゆえのアクティブなパワーが詰まっていると感じました。
アルバムのコンセプトうんぬんよりも、目の前にあるシングル、新曲を仕上げることに集中した時間、歩みがそのままライブに反映されて、コンサート会場でパワー・チャージしながら、また曲を作っていくというサイクルで。「風と共に」もツアー中に作った曲だし、「今を歌え」も『ap bank fes』の楽屋で歌詞を書いた曲だし、今年1月になって、ドラマ『宮本から君へ』の主題歌という最高の舞台で「EASY GO」という新曲を完成させて、その出来たてほやほやの曲をさいたまスーパーアリーナという舞台で、「ファイティングマン」や「デーデ」や「今宵の月のように」などの曲と一緒に、みんなの前で歌えるのがうれしかったし、ライブとレコーディングが常に同時進行している実感がありました。
――疲労したり、消耗したりということは?
お客さんからのパワーをもらいながらだったので、なんの消耗もないんですよ。歌詞も作って、曲も作って、コンサートもやって、リハもやって、レコーディングもやって――っていうと、全部消耗のようでありながら、実はライブでのお客さんのリアクションであるとか、『紅白歌合戦』で喜ぶみんなの顔であるとかがエネルギー源となって、お客さんと一緒にパワーをチャージした実感がありました。もちろん疲労がないわけではないけれど、すべてをパワーに変換することが出来た。さいたまスーパーアリーナの2日間が終わって、19日は1日休みだったんですけど、20日からスタートして、追い込みの作業を全力を注いでやりました。
――その時点でアルバムの完成形は見えていたのですか?
1曲目の「Wake Up」という曲をのぞいては、大筋は今年の初めの時点でほぼ出揃っていました。ツアー中や合間に曲を作って、ツアーが終わって、最後の仕上げにかかる。これはいいサイクルでした。「忙しい忙しい」とぶつぶつ言ったりもしてたんですが、実は内心ではワクワクしていたという(笑)。
――レコーディングとライブのモードの切り替えはすぐに?
ライブの翌日、歌詞を考えても、思うように言葉が出てこなかったりということはありました。モードの切り替えって、そんなにすぐには出来ない。でも逆にそれがいい方向に作用する面もあって、1日考えることで熟成されるところがある。歌詞を考えていて、そのまま寝て、夜中に目が覚めた瞬間や朝起きた瞬間に大事な言葉が浮かんできたり。それを書き留めるために、いつもメモ用紙を枕元に置いていたんですが、だんだんメモが埋まっていくにつれて、集中力が上がってきて、“乗ってきた”という感覚はありました。
――23作目のアルバムですが、過去の作品でそういう感覚になったことは?
こういう作り方自体、おそらく今回が初めてですからね。20年以上前のことなので状況が違うんですが、例えば『ココロに花を』というアルバムを佐久間正英さんと一緒に作った時は、ライブと制作の期間が完全に別れていて、山中湖の湖畔でバンドで合宿して、みんなで顔をつきあわせて、ずっと練習してから制作にのぞんでいたんですよ。その良さもあると思いますが、今回みたいにツアーを回って、お客さんと対峙する日々の中で曲を作っていくと、ライブをやることと曲を作ることがオレたちの生活であり、人生なんだなって、気付ける良さがありますね。歩きながら、気付きながら作ったのは初めてですよね。このアルバムを作り終わったときに思ったのは、これこそが労働だってことでした。元気だからこそ、言えることではあるんですが、動き続けているときのほうがいいものが出来ることが多い気がします。
――動き続けること自体が動力となっていくことはあるかもしれないですよね。
その意味では、我々の最大のヒット曲となった「今宵の月のように」を作っているときも、あと10日しかない、1週間しかないっていうギリギリの状況の中で、佐久間さんやテレビ局のプロデューサーにたくさんボツを出されながら、最後の最後に窮した状況の中から曲が生まれたんですよ。僕らに限らないし、ミュージシャンに限らないんですが、人間ってギリギリの状況になって初めて、潜在能力が発揮されるところがあるんじゃないかとも思ってますね。『Wake Up』じゃないけれど、ギリギリの状況と対峙した時にこそ、新しい自分が目覚めていくという。
――1曲目の「Wake Up」はアルバムのタイトル曲であり、全体のテーマを象徴する曲と言えそうですが、いつ頃作ったのですか?
今年に入ってすぐですね。7、8曲、レコーディングが終わった頃、他の曲も含めて、11曲ほぼ形が見えている段階で作りました。アルバム・タイトルを考えていて、「Easy Go」でもいいし、「RESTART」でもいいかな、でももっとしっくりくるタイトルはないかなって、アルバム全体の雰囲気を代表するひと言をずっと探していて。
ある日、出かける用事があって、バナナを食べたり腹筋したりして出かけまして。駅までの道のりを歩いていて、風が気持ち良かったりすると、どんなに疲れていても睡眠時間が少なくても、グデグデしていた意識がだんだん目覚めていくんですよ。で、駅に着いて、電車に乗って、乗客がいる中で私も立っていて電車が動いている間に、“やってられねえ”みたいな気持ちが自然に解消されていって、気持ちがどんどん前向きになってきて、“ゆこうgo go go”というフレーズが浮かんできた。これっていい言葉だって思って、そこから「ゆこうgo go go」という曲を作りました。それが「Wake Up」の原型ですね。
――日常をストレートに反映した曲なんですね。
そうなんです。曲順を考えていて、「Easy Go」を1曲目にしようかどうしようかっていうときに、オープニングの曲として、前作『RAINBOW』の1曲目に「3210」があったように、「ゆこうgo go go」を1分半くらいに縮めて入れたらどうだろうというアイディアが出てきた。ローリングストーンズの「アンダーカヴァー・オブ・ザ・ナイト」みたいな曲、ロックバンドがやるファンクにしたらどうだろうって。僕はストーンズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、最近だとアーケイド・ファイアも好きなので、彼らがやってるみたいな4つ打ちのリズムにして、歩く感じにしたらどうだろうかと、イメージが広がって、本気で詰めだしたら、どんどんおもしろくなってきて、“Wake Up”というワードが出てきた。その言葉を入れることで、さらに盛り上がってきて、“立ち上がる”“切り開いていく”“くりだしていく”といったテーマを、わかりやすく男らしく高らかに歌う歌がいいんじゃないかってことで、この形になった。自分が出かけていく時に感じた力強い感覚、出勤の感覚を曲にすることが出来て、幸せでした。最後の最後に「Wake Up」が出来たことで、スパーンと一本、筋の通った作品になったんじゃないかと思っています。
――確かに、「自由」という曲の“目覚めたのさ”、「i am hungry」の“目覚めてlet's go”というフレーズなどもそうですが、目覚める感覚が描かれた曲が目立っていますよね。
まるでコンセプトアルバムであったかのようですよね(笑)。
――生々しい歌声からもアグレッシヴなパワーが伝わってきます。たたみかけていくように、歌声が重なって響いてきますが、これは?
デモテープの時点から、“Wake Up”“Wake Up”っていう言葉を人力で重ねて入れていたんですよ。歌を生々しいものにしたかったので、ディレイやエコーは使わないと決めていました。なので、“Wake Up”“Wake Up”ってあのタイミングで実際に人力で歌っています。“Wake Up”と“ゆこうgo go go”を繰り返し語っているところは歌うオバケみたいなイメージ(笑)。歌が重なっているところは、自問自答じゃないけれど、歩いている人の心の声のかけあいみたいなものですよね。歩いていくうちに目覚めて、考えがまとまって覚醒していく感覚を潜在意識との掛け合いで表現出来たらなって。
――「Easy Go」も進んでいくパワーが詰まった曲です。前のめりなリズムで疾走していくパンクロックですが、50代の今だからこその懐の深さ、温かさも備えていて。この年齢、この時期にこんなパンクロックを生み出せるところもすごいなと思いました。
昔、エレファントカシマシが渋谷公会堂で電気をつけっぱなしでコンサートをやったのがわかりやすい例なんですけど、あの30年前の姿からは今、こうやって30周年でさいたまスーパーアリーナでお客さんと一緒に大団円を迎えたエレファントカシマシをイメージ出来た人って、ほとんどいないと思うんですよ。
――確かに。真逆と言いたくなるところもあります。
岡田(貴之)さんという友達のカメラマンがいるんですけど、その岡田さんが、当時のエレファントカシマシのライブ、「おっかないから、観に行くのイヤだ」って言ったくらい、ヤバい存在だった(笑)。あのときはあのときのメジャー感があったと思うんですが、今は20代の「奴隷天国」とは違うポップさを備えた50代の「奴隷天国」があって、そのエレファントカシマシをみんなが受け入れてくれていると思うんですよ。今、みんなはこういうエレファントカシマシを聴きたいんじゃないかな、オレたちもこういうエレファントカシマシをやってみたいんだよってところで作ったのが「Easy Go」なんですよ。ある種、コンセプト曲と言えるかもしれない。『宮本から君へ』というドラマの主題歌ということもあって、新井英樹さんっていう原作のマンガを書いた方が当時のエレファントカシマシを知ってらっしゃるということも大きかったですね。
――『宮本から君へ』というマンガ、もともと宮本さんをモデルにした作品なんですよね。
ということらしいんですが、実際はいろいろオリジナルな要素が入っている作品ですよね。原作のマンガを描かれた新井さんが、尖っていた初期のエレファントカシマシを知っていて、主人公に宮本という名前を付けて、その尖ったエレファントカシマシのエッセンスを代弁してくれたところはあったので、新井さん原作という安心感はありました。なおかつ脚本と演出が真利子哲也監督、主演が池松壮亮さんで、気鋭の監督さんと俳優さんが作る作品という最高の舞台があったので、今のエレファントカシマシをわかりやすい言葉とサウンドで思いっ切り表現出来ました。
自分の全てを注ぎ込んでギターメインの、しかもメロディの明快な、「エレカシらしさ」溢れるサウンドにしたかったんです。イメージしてたのはひとつはグリーンデイ。エンターテインメント性の高いポップなパンク。ちょうどいいタイミングでグリーンデイのベスト盤が出たんですが、そのベストを聴く前の段階で、グリーンデイをイメージして自分なりにベースを弾きながら作りました。その後、そのベスト盤を聴いたら、あまりにもレベルが高すぎて驚いたという(笑)。足元にも及ばない演奏力ではあるんですが、ポップなパンクロックを全力かつ本気でやりました。
――今のエレファントカシマシのパンクロックというところがポイントですよね。
デビュー30周年を記念して作ったベスト盤のタイトルが「ファイティングマン」(『THE FIGHTING MAN』)であったように、僕らは何度も契約解除を経験して、30年かけて「ファイティングマン」がポップソングであることを証明してきた気がするんです。ファンの皆も自分の思いを重ねながら、エレファントカシマシの30年のドラマを共有してくれていると思いますし。30周年でようやく花開いたエレファントカシマシがあって。ツアーでの各会場ソールド・アウト、『紅白歌合戦』出場など、ファンの人々ともども、エレファントカシマシって、こんなに素敵な存在だったんだって、自分たちも学んだタイミング。その流れの中で生まれたパワーを「Easy Go」という曲に注ぎこむことが出来たのは、エレファントカシマシにとっても、ファンにとってもハッピーだったし、ラッキーだったと思っています。なので「Easy Go」はファンの人と一緒に作ったという感覚もありますね。
――バンド感あふれる演奏も魅力的ですが、レコーディングはどんな感じで?
4人の演奏を最大限生かすために佐々木くんという、とても上手いギタリストに参加してもらって、5人でレコーディングしました。4人でやったら、おそらく全然違う良さになっていたと思います。私の歌の強さと凄みを明快な形で表現するためには、演奏はラフな力強さだけではなく、やはり安定感のある演奏の上に私の歌が響いた方が破壊力が何倍にもなるということを30年かけて学びました。ラフな力強さと安定感の両方を兼ね備えた演奏ができて、「Easy Go」はいろんな意味で非常に手応えがありました。
――前作『RAINBOW』でも4曲、村山さんがアレンジで参加していましたが、今回は全曲、村山さんとの共同アレンジということになります。一緒に作ったのはエンターテインメント性やポップさを維持するためなんですか?
それもありますし、あと、もうひとつ、村山さんがとても優しい人で、男気のある人だからですね。一緒に作っていて、ストレスがない。つまり人として、好きなんですよ。僕にはわからないくらい、細かい小ワザを入れるべく、徹夜してやってくれたりする。エンジニアのスズさんもそうですけど、エレファントカシマシへの愛情の積み重ねが反映された音作りになっていて、この4人の演奏をどうすれば最大限生かせるかというところに心が注がれているんです。しかも彼はヒラマミキオさんともども、ツアーの前半戦を一緒に回っているので、ライブでのエレファントカシマシの姿もわかってくれている。そういう意味でもとても信頼している仲間ですね。
――「神様俺を」はレゲエですが、レゲエを作ろうと思って作ったんですか?
いえ、違うんですよ。最初はゴリゴリのロックでした。サビの“神様俺を”ってところも元はパワフルに展開していた。それはそれでかっこいいし、自分としてはシングルにしたいくらい、気に入っていたんですが、村山さんにそのデモを渡したら、レゲエになって返ってきた(笑)。もっとも僕は自分の声が最高に響けば、実はどんなアレンジでもいっこうに構わないわけで、この曲の歌詞はレゲエのサウンドにすることでより響くと思ったのでこれにしました。バンドとしてもレゲエのリズムは新しいトライアルだし、この『Wake Up』に非常に新しい色彩を加えた一曲です。ヒラマさんが強いギターをド真ん中で弾いてて、私の微妙な揺れのあるギターがいい感じで絡んで、結果的に6人のエレファントカシマシのいいところを詰め込むことが出来ました。
――「自由」は開放的な空気が漂う曲ですが、これはいつ頃作った曲なんですか?
原型を作ったのは「i am hungry」と同じくらいの時期なので、2016年ですね。30周年のツアーが始まる前で、大きなお祭りの前夜というか、夜明け前という感じで、悩みを抱えている時期でした。自由というワードを元にして作っていったんですが、自分の自由ってなんだろうって思って、気持ちのいい瞬間を並べてみたんですよ。例えば、若葉の季節に公園をひとりで歩いて気持ちいいと思う瞬間とか、1か月くらいかかって本を読み終わったときとか。傍から見たらどうでもいいけれど、自分にとってはどうでも良くない瞬間、自由を感じる瞬間を、清少納言の『枕草子』の“春は曙”みたいな感じで羅列した歌にしたいと思って作りました。「神様俺を」もそうだけど、前向きでも後ろ向きでもなくて、そのままを歌うってことを結構やっていて、この「自由」もそうですね。サビでは“自由自由”って歌っているんですが、自由な瞬間を思い浮かべることが、自分を開放する作業でもありました。
――“新しい俺が目覚めたのさ”というフレーズは『Wake Up』とも繋がってきます。
ラストではずっと“探している”って歌ってフェードアウトにしようと思ったんですよ。オケを長く録って、あとでフェードアウトすればいいだろうと思っていたら、演奏の後半、やたらバンド感が強くなって、かっこ良くなっちゃって。結局、フェードアウトせずにそのまま終わりまで入れました(笑)。
――「旅立ちの朝」もアルバムを象徴する曲のひとつと言えそうですが、どんな瞬間に生まれたのですか?
さいたまスーパーアリーナの2日間が終わったあとに、よし! 総仕上げをするぞ!って気合いを入れて作ったので、気持ちとしては、本当に旅立ちの瞬間に生まれた曲ですね。『Wake Up』というアルバムのテーマソングと言ってもいいんじゃないかな。どの曲もテーマソングなんだけど、歌詞、曲が出来たタイミングから言って、まさしく旅立ちを描いた歌になった。「風と共に」が自由を目指して、大空を見上げている姿を描いた曲だとすると、この曲はいよいよ旅立ちの瞬間が目の前にやってきたという歌ですね。
――31年目の始まりのタイミングに、“俺よ もう一度立て”という言葉がぴったりですね。
31年目の始まりということもあるし、52歳というところもあるし、現在の気持ちがそのまま詰まっていますね。
――アイリッシュのテイストもあって、プリミティブなパワーが詰まった雄大かつ深遠な曲で、個人的にもとても好きな曲です。
村山さんと僕とで共通の認識として持っていたかったのが、U2がブライアン・イーノと一緒に作った『ヨシュア・トゥリー』あたりの時期の音。ギターもヒラマミキオさんが、U2的な骨太な音で弾いてくれていて。歌の強さ、サウンドの強さなど、目指しているところはあの頃のU2と通じるところがあると思いますね。
――「いつもの顔で」は日常的なさりげないAメロと、ダイナミックなサビ、大サビとが自然に繋がっているような演奏が魅力的だなと思いました。
私はこの演奏、リラックスしていて力が抜けていて、とても好きなんですよ。これにはワケがあって。デモで作った基本的なアレンジのまま、4人だけでやりたいと思って作った曲で。というのは、シンプルに4人だけの演奏で終わらせることで、アルバム・トータルでも大団円的な気持ち良さが出るかなと考えたから。それで4人でやたらと練習しまして、「Easy Go」「旅立ちの朝」のレコーディングを終えた後のスタジオで練習をしたりもしました。スタジオって、音がいいから、自分の演奏をしっかり聴き取れて、練習するにも最適なんですね。で、そうやって練習してたら、すごく雰囲気が良くなった。この練習を踏まえて、本番をやったら、どんなにいいものになるだろうと思っていたんですが、本番のレコーディングは、みんな力が入りすぎて、演奏がピーキーになって、すごいことになってしまった。結局、練習テイクを採用したという。レコーディングで何が正解なのか、答えは難しいですね。
――気合いを入れれば、いいというものではないと。
そうなんです。実は「いつもの顔で」は4年前からある曲で、急性感音難聴が治った時期に作ったんですよ。その頃から“おはよう”“素晴らしい日々がやってきますように”といった歌詞の断片も出来ていて、4年前からみんなにそのテープは渡していたので、みんな4年ぶん練習しているし、当時のことも知っていた。、今回、アルバムに入れるにあたって、大サビと2番3番の歌詞を加えたので、4年分の練習量と4年分の時の流れとリラックスした空気が入った曲になりました。
――“今朝の空に再び立ち上がる”というところは31年目の今も気持ちも込められているわけですね。
そうですね。いい形で4年前から今までをいい形でバンドサウンドで表現出来ました。
――最後の12曲目には宮本さんのパーソナルな歌声をフィーチャーした「オレを生きる」が入っています。
これはハンドマイクで歌いました。歌詞はレコーディングの最終日の最後の最後、歌入れの1時間前まで考え続けて書きました。ともかく“オレ”っていう1人称にしたかったんですよ。アルバムの最後の曲だし、作ったのも最後だし、30周年の1年を振り返ったり、このアルバムの完成までの道のりを振り返ったりすると、どんな顔をしても、オレはオレでしかないし、オレはオレらしく生きるしかないんだなっていう結論に達しまして。結局、オレはこれからもこうやってやっていくんだぜっていう決意表明じゃないですけど、そんな気持ちを込めた終わり方にしたかったんだと思います。
――『Wake Up』というタイトルだったり、「旅立ちの朝」という曲があったり、“おはよう”というフレーズがあったりと、朝のイメージが強い作品でもあります。アルバムのジャケット、オアシスの『モーニング・グローリー』に通じるところもありますが、写真は朝、撮影したのですか?
銀座で朝5時くらいに撮影したものですね。それから2時間くらい撮影していたんですが、使っているのは一番最初に撮った最初の1枚ですね。
――『Wake Up』はバンドの31年目の新たなる夜明けを告げる作品でもあると思うのですが、今後に向けて思うことは?
ツアーで全国各地を回って、ライブを通じてお客さんと最高に楽しい時間を過ごせたその延長で、こういうアルバムを作れたことはうれしいし、幸せだし、これがまた新しいスタートだと思っています。このアルバムのツアーをやる予定なんですが、その先のことも考え始めていて。アルバムの最後の2曲にも萌芽はあるんですが、エレファントカシマシの4人の佇まいを活かした活動をしていきたいんですよ。
――というと?
土方隆行さんに素敵なギターでアレンジしてもらって、素晴らしい曲になった「四月の風」、佐久間さんのアレンジで見事にヒット曲になった「今宵の月のように」を作ったあたりから、実は4人のエレファントカシマシを封印してきたところがあって。というのは、契約を切られたエレファントカシマシにはもう戻りたくないから。その恐怖はかなり大きかったんですよ。もちろんバンドは集団である以上、常に崩壊の危機は常にあるんですが、売れないことが最大の崩壊の危機の要因ですしね。でも30周年のツアーを回って、『紅白歌合戦』に出て、『Wake Up』というアルバムを作って、ようやくまたスタートラインに立てた気がしています。売り物としての“4人のエレファントカシマシ”にトライしてもいいタイミングがやってきたんじゃないかなって。今回のアルバムではあえて避けていたんですが、上手い下手の次元じゃなくて、この4人で出すバンドサウンド、より尖ったエレファントカシマシ然としたエレファントカシマシを、ちゃんと売れる音楽として成立させられたら、最高だなと思っている自分がいますね。
――エレファントカシマシの良さって、どんなところにあると思っていますか?
もちろん宮本の歌の良さがエレファントカシマシの大きな魅力となっているのは間違いないんですが、真の魅力は違うところにあると思っていて。もしも石くんがバンドを辞めたとしたら、違う職業に就いていると思うんですよ。オレがバンドをやめたら、歌手をやってるかもしれないですけど、全然違う職業に就いていた可能性もあるし、そこまでミュージシャンミュージシャンという感じでもない。ミュージシャン以前に、東京都下の2DKの団地に育った男っていう素顔がある気がしているんですよ。
そんなミュージシャン然としてない4人、違う職業に就いたかもしれない4人が一緒にバンドをやって、いろんなスタッフに助けてもらっているとはいえ、これだけのことをやり遂げることが出来たのはすごいことだと思っていて。なので、4人の男たちが集まって一緒にやっていることが最大の魅力なんだと思いますね。音楽を越えた人間の集合体としての魅力。そこをみんなは愛してくれているんじゃないかな。もちろん、それだけじゃダメなんですけどね。4人がただ一緒に歩いているだけじゃ、誰も愛してくれない(笑)。音楽、歌をツールにしていて、4人が宮本の歌を共有してやってるところに説得力を感じてくれているのはもちろんなんですが、人間4人が集まってやっているからこそ、安っぽくならないと感じてくれているんじゃないかなと思います。
取材・文=長谷川誠 撮影=吉場正和