吉田麻也「固定観念を打ち破る男」の仕事術~アスリート本から学び倒す社会人超サバイバル術~【コラム】

2018.7.4
コラム
スポーツ

プレミアで6シーズン戦い続ける日本人DF

吉田麻也は普段のリーグ戦からこんな怪物たちと戦っているんだな…。
 
日本が2点を先制するも、惜しくも逆転負けを食らったロシアW杯サッカーのベルギー戦。世界屈指と称されたド迫力の相手攻撃陣の中心はルカク(マンチェスター・ユナイテッド)、アザール(チェルシー)、デ・ブライネ(マンチェスター・シティ)らプレミアリーグ勢だった。
 
ちなみにベルギー戦でイギリスの『スカイスポーツ』から「何度も身体を投げ出した」とマン・オブ・ザ・マッチに選出される活躍を見せた、29歳で身長189cmのサイズを誇る吉田でさえ、プレミアで対峙したルカクの印象を「まるで岩石に激突したような気分」と脱帽。アザールは「立派な化け物。スピードモンスター」で、思わずファールを犯した際には「悪ぃ。速すぎるんだよ」なんて謝ったと自著で書いている。2012年からサウサンプトンで6シーズンもプレーする日本代表ディフェンダーは、世界で最も激しいと目されるリーグで通算100試合出場を達成し、日本人初のチームキャプテンまで務めた。
 
今回はそんな吉田麻也の著書『レジリエンス―負けない力』(ハーパーコリンズ・ジャパン)を紹介しよう。イギリスの出版社からのオファーで実現した本書は日英同時発売、“resilience”(レジリエンス)とは「逆境力」「折れない心」といった意味で、吉田的な解釈では「負けない力」だという。ちなみに日本語版には代表への想いを綴った『青いサムライ』章が特別収録されており、日本代表のW杯の戦いが終わった今読むと味わい深い内容だ。
 
最初に言っておくと、この本は“面白い”。今回、日本代表選手の著書を数冊続けて読んでみたが、読み物として最も面白いのが『レジリエンス―負けない力』だった。アスリート本は代表引退を発表した長谷部誠の大ベストセラー『心を整える。』が世に出てから、自己啓発系の構成が増えた。別にそれが悪いと批判したいわけではないが、あまりにも似たような作りの“堅ぇ本”が多いのは事実だ。個人的にはもっとピッチでのプレーのことや移籍のプロセス、異国での過ごし方みたいなサッカー選手の人生を知りたい。そこから何を読み取るかは、受け手次第でいいのではないだろうか? 
 

ドラマチックなサッカー人生を飄々と生き抜く男

吉田本は子どもの頃から現在のキャリアまでを振り返ったノーマルな自伝といった作りだ。最近の王道路線ではないが、それが逆に新鮮に感じられる。本人はサービス精神旺盛な性格で、三男坊の“弟力”を発揮して兄貴に2時間近くギターをおねだり。かと思えば、生まれ育った長崎から、小学6年時に名古屋グランパスのセレクションを受け合格。若干12歳で実家を出る。そこであまりのレベルの高さに圧倒されながらライバルたちと切磋琢磨する少年サッカー漫画のような日々。高校はユースが提携している私立校ではなく、「サッカーバカだと思われたくない」とあえて一般の公立校へ進学した。
 
おぉなんだか“サッカー版成り上がり”のようなストーリーだが、吉田は一貫して飄々としている。兄が探してきたグランパスユースのセレクションを軽い気持ちで受けたら通り、要領もいいから日常をサッカー一色にしない。10代後半でグランパスのトップチームでデビューして、21歳の若さでオランダ1部リーグのVVVフェンロへ移籍。12年ロンドン五輪ではオーバーエイジとしてキャプテンを務め準決勝進出に大きく貢献すると、直後にイングランドプレミアリーグのサウサンプトンへ。まさにアジア人の若手選手として理想的で順調なキャリアだ。
 
…なんだけど本書の中ではオランダやイギリスでの日常生活(英会話の難しさや住居探しの苦労)を紹介したり、監督が代わりまくるサウサンプトンで精神鍛錬のために、まるでカンフー映画のように焼けた石の上を走らされたことを笑い飛ばす。さらにサッカーファン目線で、マンUのオールド・トラッフォードはコーナーフラッグ付近に厄介な傾斜があり、あそこで正確なキックを蹴っていたベッカムの技術は凄いと感心してみせる。もちろん、シリアスな外国人選手としてプレーするハードさも多く書かれているが、根本的に明るいので読後感は悪くない。
 

CBだから守備しかできない固定観念を打ち破る!

個人的に最も印象深いエピソードはフリーキックについて書かれた箇所だ。特定の型や枠にはめられるのが大嫌いな性格の吉田は「○○だから××」という考えに抵抗があった。「長崎の田舎者は名古屋でプロになれない」「日本人センターバックだから海外では通用しない」なんて誰が決めたのか知らない先入観を覆したい気持ちが大きなモチベーションになってきた。だからこそ、「センターバックだから守備しかできない」とは思われたくなかったのである。
 
といっても、万国共通で「巧さ」より「堅さ」を求められるポジション。練習後にフリーキックを蹴り出すと日本代表でも所属チームでも周囲からは猛烈に突っ込まれる。だが三男坊で20年以上に渡り鍛えられた「いじられ力」はそんなことじゃめげない。居残り練習を2年ほど続けるうちにチームミーティングで、自分の名前が蹴り手としてリストアップされるようになる。すると、最初は笑っていたチームメイトも、やがて「蹴らないの?」と聞いて来たという。こうなれば、吉田の粘り勝ちだ。センターバックが蹴って何が悪い。今でも、居残り練習ではフリーキックを蹴り続けている。
 
ワールドカップ期間中に日本代表の公式Twitterで、トレーニングパートナーとして帯同してきたU-19日本代表が先輩の代表選手たちを見送る動画が公開された。決戦を前にまあ普通に握手やハイタッチを交わしてバスに乗り込む選手たち。そこで吉田だけは、ヒゲ面の後輩を見つけると「めちゃめちゃ老けてんな!何歳?19?ヤバイな!俺の19の時もたいがい老けてたけどそんな老けてねえよ」なんて明るくいじるのである。
 
気が早いかもしれないが、長谷部や本田が去った後の新生日本代表の主将には、次のカタールW杯を33歳で迎える吉田麻也こそ適任だと個人的には思う。