奇跡のハーモニーが紡ぐ歌の心 男性声楽ユニットLa Dill
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La Dill
「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.4.29 ライブレポート
クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。4月29日に登場したのは、世界最大級の声楽家団体(プロの声楽家2700名在籍)である二期会から選抜された若手実力派オペラ歌手4名による男性声楽ユニットLa Dill(ラ・ディル)だ。
カウンターテナーの彌勒忠史、テノールの金山京介、バリトンの坂下忠弘、岩田健志からなるLa Dillは、それぞれがオペラやコンサートで活躍するクラシックの歌い手でありつつ、J-POPや昭和歌謡などを美しいハーモニーで聴かせる声楽ユニットとして注目を集めている存在だ。2014年にシンガーソングライター尾崎亜美のプロデュースにより、クラシック声楽とJ-POPの世界を融合させた新たな世界観を持つアルバム「匂い立つ風」をリリースした他、「題名のない音楽会」「日本名曲アルバム」などに出演。“4オクターブの奇跡のハーモニー”が絶賛を集め、全国各地でのコンサートは軒並みソールドアウトの活況が続いている。
そんなLa Dillが、サンデー・ブランチ・クラシックに2回目の登場とあって、ゴールデンウィーク最中のリビング・ルーム・ダイニングは彼らを待ちわびる熱気でいっぱい。その期待感の只中に、La Dillの4人とピアニストの吉田貴至が登場。今日のプログラムがはじまった。
美しいハーモニーで立ち上る歌の世界
冒頭を飾ったのはスターダスト・レビューが1993年に発表した「木蓮の涙」。愛する人に先立たれた深い悲しみを歌った楽曲が、ひそやかなソロからはじまり、やがてハーモニーが重なり、彌勒のカウンターテナーがオブリガードのように歌われると、曲想が静かに、だが切々と伝わってくる。やがてカウンターテナーの高音域にメロディーが移ると、4人のハーモニーはより深く厚みを増して、吉田のピアノもしっとりと寄り添い、しみじみとした世界観がカフェを包み込む。静かに音が消えていくとため息と共に大きな拍手がわき起こった。
La Dill
その余韻が残る中、「ゴールデンウィークの只中、様々なイベントが目白押しの中、我々のコンサートを選んでくださってありがとうございます!」と4人が挨拶。La Dillの活動や、成り立ちが紹介されたあと、2曲目はオフコースが1982年に発表した「言葉にできない」。終わるはずのない愛が途絶えた哀しみ、それでも尚あなたに会えたことは喜びだったとの、想いが詰まった小田和正の名曲中の名曲が、バリトン、テナー、カウンターテナーのソロで歌い継がれ、クラシック唱法のハーモニーで全く新たな輝きをもって届けられる。特に、歌詞の持つ切々とした感情がストレートに訴えかけられてくるのは、豊かな声量を持つクラシック歌手である4人が、決して「この声を聞いてくれ!」というクラシック歌手ならば当然あるはずの欲求とは異なる、4人のハーモニー、そして愛され続けてきた楽曲の心を伝えることに腐心してくれているからだろう。言葉にできない想いが歌によって届く見事な歌唱に感動が広がった。
(左から)吉田貴至、La Dill
吉田貴至
ここでピアニストの吉田貴至が紹介され「ピアニストを紹介した後にいきなりなのですが」と笑わせながら次に披露されたのは、無伴奏のアカペラによる「夜空を仰いで」。加山雄三が1966年に発表した楽曲で、加山の主演映画「若大将シリーズ」の第9作『レッツゴー!若大将』の主題歌としても使われた、弾厚作(加山のソングライターとしてのペンネーム)の作詞・作曲による作品。作曲家としては多くの楽曲がある弾厚作だが、作詞も担当している楽曲は数少なく、これぞ若大将のおおらかさ、朗らかさが感じられる1曲だ。そんな楽曲がLa Dillのハーモニーで表現されると、声のみが重なるアカペラによる歌唱であることも手伝って、まるで隣で囁かれているような、しっとりとした情景の浮かぶ歌になる新鮮な感動があった。
曲の持つ世界観が、情景として見えてくる見事な歌心
「アカペラは緊張しますね!」「でもお客様にリラックスして頂ければいいですね!」という和やかな会話のあと、続いたのは槇原敬之の名を世に広く知らしめるきっかけとなった1991年の大ヒット曲「どんなときも」。自分が自分らしくある為に、どんなときも正直でいたいという、大人が社会で生きていく中で貫くことが難しいからこそ、人々の心に深く届いた人生の応援歌が、吉田のリズミカルに弾む前奏から、まず金山、坂下、岩田の3人のハーモニーで歌われる。続いて彌勒がメロディーをとり、「どんなときも どんなときも」の、きっと多くの人が歌うことができるサビの部分は金山のテナーが中心となる編曲の妙も素晴らしい。背中を押してくれる楽曲の力が明るく伸びやかに響き渡り、高揚感でいっぱいになった客席から、万雷の拍手が贈られた。
(左から)坂下忠弘、金山京介
(左から)彌勒忠史、岩田健志
「楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまいますね」とのことで、最後の曲を前に、La Dillの今後の予定が話されたが、都内の公演はすでに完売とのこと。La Dillを追って旅行がてらのコンサート鑑賞も良いなぁ、と思わせたあといよいよラストは1990年に発表された井上陽水の代表作のひとつ「少年時代」。金山のテナーの澄み切った語るようなソロから、声が重なり「夢はいつも思い出のあとさき」の後の間が、4人全員とピアノの呼吸がピッタリと合って絶妙。曲の持つ未完成の少年時代に想いを馳せる世界観が立ち上り、ピアノの美しい間奏に続いて歌唱がアカペラになると、歌詞の大切さがひと際鮮やかに伝わって歌心が見えるよう。歌い終わったLa Dillと吉田に、鳴りやまぬ拍手がいつまでも続いた。
La Dill
La Dill
その拍手に応えてもう1度ステージに戻ったメンバーは「2万人の歓声はすごいね!」「お腹にズンズンくるね!」と笑わせたあと、彌勒が7月に「七月大歌舞伎 夜の部の通し狂言『源氏物語』」で指揮を、岩田が9月の二期会オペラ・プッチーニ3部作から『ジャン二・スキッキ』で公証人アマンティオを、坂下が同じ9月に1部がシューマンの歌曲、2部がシャンソンで構成されたリサイタルを、金山が11月の二期会オペラ『後宮からの逃走』で青年貴族ベルモンテを、等それぞれ個人での多彩な今後の活動が話されたあと、ピアニストの吉田が「私はLa Dillのコンサートに来て頂ければ十分です!」と語って「優等生だな~」とメンバーからからかわれる一幕も。そこから、アンコールとして尾崎亜美がLa Dillの為に書き下ろしたオリジナル曲「匂い立つ風」が、CDとは異なるアコースティックバージョンで披露される。この楽曲ではLa Dillのメンバーは楽譜なし。坂下の温かい心にしみる歌声からはじまり、あくまでもさりげなくハーモニーが重なっていく様が美しい。吉田のピアノも流麗に響き、4人のコーラスは厚みを増していきながらも歌詞を確かに伝えてくれる。余韻に満ちた後奏が消えていったあとも、音楽の世界が長く残り、惜しみない喝采が続いた。歌の心、世界観がカフェを満たした贅沢な時間だった。
La Dill
いつまでも続く息の長いグループでありたい
演奏を終えたLa Dillのメンバーと、ピアニストの吉田貴至にお話を伺った。
ーー素晴らしいコンサートをありがとうございました。今日のカフェの雰囲気や感じられたことなどから教えてください。
坂下:2回目になるのですが、イギリス風な感じの雰囲気でとても素敵なところだなと思いました。
彌勒:いつものコンサートとは違う感じのお客様もいらしてくださったので嬉しかったです。
彌勒忠史
金山:前回はデビューして間もない1年目のところだったのですが、そこから今では楽曲も違いますし、僕たちグループとしても成長したプログラム、アコースティックなものをお届けすることがてきたのがとても良かったです。
岩田:どこかレトロというか、色合いがすごく落ち着いていて、自分たちのグループの歌とも似ている感じがして、柔らかい雰囲気がよく出たのではないかと思います。
彌勒:そう、そこはすごくリンクするよね。
吉田:お客様との交流も感じましたね。
ーーそんな場所で歌われるにあたっての、今日のプログラムの選曲はどのように?
彌勒:先ほどもお客様からお声がけをいただきましたが、例えば加山雄三さんなどは、我々リアルタイムで聞いているメンバーはいないのですが、でもとても喜んでくださる世代の方達がお客様にいらっしゃいますし、特に今日は休日ですが、最近は平日のお昼のコンサートも大変盛況で。そうなりますと我々の親世代の方々がいらしてくださることも多いので、少し懐かしめの曲も入れてみています。それによって我々にとっても、時代を超えて名曲として伝えられている曲を歌っていけることにもなるので、そういう観点も含めて今日の選曲になりました。
ーー親しみやすい楽曲だっだだけでなく、昨今オペラ歌手の方達がこうしてポップスを歌われる機会も増えている中で、La Dillさんの歌唱は声量を誇るのではなく、歌の歌詞や世界観を丁寧に伝えてくださっているなと感じて、とても感動しました。
彌勒:それは最大の褒め言葉ですね。
金山:嬉しいです。ありがとうございます。
ーー皆さん、それぞれがオペラなどソロの活動と平行してLa Dillとしての活動を続けている意義については?
彌勒:これは是非岩田君から。
岩田:えっ? 僕ですか? (笑)ソロで歌っている時とは違い、人と合わせながらどう自分の声を出していくのか? を意識しながら僕は歌っています。だからソロで歌う時とは声量も変えますし、メンバーの中で、音楽の中で自分がどういう立ち位置でいるべきか? を常に感じながら歌っています。
岩田健志
彌勒:やはりアンサンブルの楽しさというのは絶対的なもので。特に西洋芸術音楽、我々がやっているクラシック音楽の特徴的なひとつがハーモニーなんですね。ですから歌舞伎座の謡いの方達が一斉に並んでユニゾンでお歌いになることとは、価値観が違うんです。日本の音楽にはハーモニーという概念がないのですが、西洋音楽は調和を生み出すというのが根本にあるので、4人で声を合わせ、ピアノともアンサンブルをする。ここでしか得られないものが、普段1人ひとりでの活動では味わえない、西洋音楽の根本にある部分を楽しめるグループですね。どうですか?
金山:これは個人的な考えなんですけど、僕は普段オペラをやっていてソリストとして活動しているのですけれども、ソリストというのは如何に他の人とは違う自分だけの声を出すか、オンリー・ワンの声と言いますか、カラオケのように誰かのオリジナル曲を歌手の方の歌い方に近づけて歌うのでもなく、何百年も続いてきた楽曲を金山京介の声として歌うことを目指しているんです。でもその中で自分の声だけを求めてしまう時がどうしてもあって。それがこうしてLa Dillとして歌うとアンサンブルやハーモニーを感じることによって、普段のオペラのステージにも良い作用を及ぼしてくれて。またLa Dillの中でも曲によってリードボーカルが決まっているのですが、自分がリードを取る時には全体の中から立たせる為に、しっかりと歌います。ですからLa Dillとしての活動とソロの活動がとても良いバランスで、相互作用をもたらしているんだなと歌わせていただききながら感謝しています。
坂下:僕はソロで歌う時にはしっかり主張する方だと思うのですが、このメンバーはすごく良い感じに声がとけ合うので、ここで歌う時にはそれを邪魔しないような感覚も大事にしていて、そこはすごく切り替えてやっていますね。
La Dill、吉田貴至
ーーそれがソロで歌う時にまた刺激になったりもしていますか?
坂下:そうですね。けんかしないような感覚をつかめますね。ともするとけんかしているような歌を歌いがちなんですけれども、そういうのではなく音楽を立たせるということを考えていけますね。
ーーオペラの愛の二重唱は歌手の方にとっては闘いの二重唱だったりもする、とも伺いますからそれはまた貴重な場でもあるでしょうね。そのLa Dillの方達とご一緒されていかがですか?
吉田:ピアノってメロディーを弾いても言葉がないんですよね。その言葉を紡いでくれるというのが、自分のピアノから言葉が出ていくような感じで歌ってくださるので、それがすごく楽しいです
彌勒:良いこと言うね!
吉田:特に今日は日本語の曲だったので、言葉をダイレクトに日本人に伝える時に、如何に邪魔をせずに歌詞にピアノを乗せていくか? ということに腐心して、自分で言葉を紡いでいるように弾かせてもらっていますし、インスピレーションももらえるので、なんて幸せなことなんだろうと思います。
吉田貴至
ーーピアノの後奏までも含めて音楽なのだという世界観が伝わりました。また曲によってリードボーカルを取られる方が代わられて、様々なハーモニーとアンサンブルの妙味がありましたが、編曲などにも皆様のご意見が?
彌勒:今は女性作曲家の鳥羽山沙紀さんが主に編曲を手掛けてくださっていて、とても有能な方なのですが、特にピアノの吉田さんは「ここはこうした方が良いのではないか?」と積極的にフィードバックをしてくださっています。
ーー今後の様々な活動についてのお話もコンサートの中でたくさんしてくださっていましたが、更に先のLa Dillとして、また個人として目指すものや、夢などはありますか?
坂下:僕はクラシック出身ですが、それにこだわらずにソロでは色々なジャンルを歌っていきたいと思っています。例えばシャンソンやタンゴにも挑戦して、マイク有りでも無しでも自分の声を見つけて、自分にしかない個性を出していきたいです。それとは別にLa Dillでは、それぞれがこう歌っていきたいというものがお互いに見えてきていて、アンサンブルとしての面白さが増しているので、その個人の想いも尊重しながら様々なジャンルに飛び立っていけたらと。それがいつもはやらないような曲であればあるほど楽しいし、自分の可能性も見出せるのでそんな夢があります。
坂下忠弘
彌勒:私にとってこのグループは部活動みたいなもので(笑)。普段たった1人で何十人のオーケストラをバックに、何百人、何千人のお客様を前にして歌う孤独感というものは、ソリストなら皆持っているんです。でもそれがここにくると本当にホッとして、気のおけない場なんですね。更にハーモニーを創るという活動は自分にとってもとても大事なものなので、例えばダークダックスさんのような息の長いグループとして活動していきたいというのが、長期的な夢です。そして目の前のことでは、今La Dillはオペラのソリストとして活動している人間が集まって、ポップスやアンサンブルを聞かせているので、逆にこのメンバーがフル出場でオペラに登場したら面白いのではないかと思っていて。これは近々実現することになると思うので、楽しみにしていただきたいです。
金山:僕もLa Dillで「還暦コンサート」をしたいと思っていて。
彌勒:あぁ、それはしたいね! 是非したい!
金山:それぞれ年齢が違うので5回できますから! そして、坂下さんがおっしゃったように自分の可能性を広げるグループとして、より大きくなっていけたらいいなと思っています。La Dillで歌うことが自分のソリストとしての幅を広げてくれていることを強く感じるので双方を同等に大切にしていますし、これが続けば続くほど互いが比例して上に昇っていける、そうありたいなと思っています。
金山京介
岩田:僕はメンバーで全国ツアーをしたいです。北海道から沖縄まで!
金山:47都道府県? あー、それはやりたいですね!
岩田:そして東京では武道館でライブを! と思っています!
吉田:僕もそれは一緒です。全国ツアーを廻りたいです。これまでも各地のアンサンブルコンテスト等でも審査員を務めさせて頂いたりしているのですが、地元の方と触れ合える。例えば優秀な高校生の歌を聞いたりですとか、我々にとっても素晴らしい経験になっているので、もっと色々な地域に行って様々な方達と出会いたいです。
ーー皆様の更なるご活躍を楽しみにしています。是非またサンデー・ブランチ・クラシックにもいらしてください!
彌勒:それはもうこちらこそ是非! その日を楽しみにしています!
La Dill、吉田貴至
取材・文=橘涼香 撮影=鈴木久美子
公演情報
13:00~13:30
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13:00~13:30
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