片岡仁左衛門、20年ぶりに歌舞伎座で助六「芸術祭十月大歌舞伎」集大成への思いを語る

2018.9.25
インタビュー
舞台

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「芸術祭十月大歌舞伎」が、10月1日(月)から25日(木)まで歌舞伎座で上演される。公演に先がけ9月、都内にて片岡仁左衛門が取材に応じた。

「芸術祭十月大歌舞伎」は、昼の部に『三人吉三巴白浪』『大江山酒呑童子』『佐倉義民伝』、夜の部は『宮島のだんまり』『吉野山』『助六曲輪初桜』という並び。仁左衛門は『助六曲輪初花桜』に出演し、助六役を勤める。

『助六曲輪初桜』配役
花川戸助六…片岡仁左衛門

三浦屋揚巻…中村七之助
白酒売新兵衛…中村勘九郎
通人里暁…坂東彌十郎
若衆艶之丞…片岡亀蔵
朝顔仙平…坂東巳之助
三浦屋白玉…中村児太郎
福山かつぎ…片岡千之助
くわんぺら門兵衛…中村又五郎
髭の意休…中村歌六
三浦屋女房…片岡秀太郎
曽我満江…坂東玉三郎


助六と中村屋と仁左衛門

仁左衛門が歌舞伎座で助六役を勤めるのは、20年ぶりのこと。

十八世中村勘三郎七回忌追善となる公演にあたり、取材会の冒頭で仁左衛門は「中村屋さんと『助六』に深いつながりを感じる」と切り出した。初めて助六役を勤めた時には十七世代勘三郎から役を教わり、平成3年には十八世勘三郎による白酒売と共演したことがその理由だ。

「十八代目は『自分もやりたい。自分が助六をやるときは、兄ちゃん教えてくれよ』と私に言いました。東京の人に教わったら? と勧めましたが『兄ちゃんに教えてほしいんだ』と。しかし、実現できませんでした。その残念さ。そして勘九郎くんに、そばで見ていてほしい。七之助くんを“揚巻役者”にしたい。若い時に一度(先輩と大きな役を)体験しておくと10年後でも再演した時に、ずいぶん違います。こういう機会があった方がいい。これは、二人への期待でもあります」

さらに仁左衛門は、「十七代目は当り狂言の幅が広く、何をしても多くのお客様に本当に喜んでいただけた。十八代目は、それを受け継ぐ本当にすごい役者だった」とたたえ、「勘九郎くん、七之助くんがあるのは、彼ら自身の努力もあるけれども、十八代目からの力。そして十八代目には、十七代目からの力があった。二人には、それを次へ受け継いでほしい」とエールをおくった。

僕の中には、まだ彼がいる

勘三郎がこの世を去ったのは、2012年12月。いまでも、勘三郎がいないとは思えないという。

「僕の中には、まだ彼がいるんですよ。夢にも出てくる。夢の中で芝居したり喧嘩もしたり(笑)。その分身(勘九郎、七之助)と追善で芝居をするんだから、喜んでくれてると思うんだけどね」

仁左衛門は笑い、『十八世中村勘三郎七回忌追善』と書かれたチラシに目を落す。そして「まずは興行が大成功することが、彼への本当の追善ですね」とコメントした。

思い出に残る演目を問われると「難しいな! みんな楽しかったからなあ!」と楽しそうに困ってみせ、しばし考えた後に『梅ごよみ』をあげた。

「新橋演舞場で、玉三郎くんと三人でやった『※梅ごよみ』。あれは楽しかった。当時、十八代目はポラロイドカメラでしょっちゅう自分を撮って、研究をしていました。私が『きれいよ』といったら、彼は『助かった! 気分が楽になった!』って。その頃は私も彼もまだ化粧は下手でしたし、彼は自分が(女方でも)綺麗だと思っていなかったんですね。その後の彼は、立役でも女方でも、役にぴったりあった顔をできるようになりました。私以上に、出し物にあった顔になれる役者でした」

※1977年 6月新橋演舞場にて、丹次郎を仁左衛門(当時孝夫)、芸者仇吉を玉三郎、許嫁お蝶を十八世勘三郎(当時勘九郎)が演じた。その後、丹次郎を仁左衛門(当時孝夫)、芸者仇吉を玉三郎、芸者米八を十八世勘三郎(当時勘九郎)でも共演。

『芸術祭十月大歌舞伎片岡仁左衛門

評判の色男、花川戸助六の役作り

仁左衛門にとっての助六の初演は、1983年3月(39歳になる月、当時孝夫)。十七世勘三郎の言葉を、次のように振り返る。

「十七代目のおじさんは音羽屋系統(『助六曲輪菊』。紙衣に着替えない)でしたが、私には紙衣に着替えるようにと。紙衣を着てからは、台詞回しも調子を変え、人物の色が変わるようにとおっしゃいました。"意休、わりゃあやかりものだなぁ"の台詞は、何度も(調子を)上げろ! 上げろ! と」

助六の初演では、喉が「干上がってしまった」という仁左衛門。しかし十一世市川團十郎は、團十郎襲名披露興行で『勧進帳』弁慶と『助六』を同時に勤めあげたことに話題をふる。

「助六の高い調子と、弁慶の太い調子(低い、ではなく太い)。これを両方やると大抵は喉にくるのに、おじさんはできていた。凄いなあと思いよくよく聞いてみたら、弁慶も助六も同じ声でやっておられる。同じ声で弁慶も助六もいける、特殊な声をおもちなんですね! あの声帯がほしいと思いました(笑)」

現在は十七世勘三郎の助六に、三世市川寿海のやり方も加え、助六を演じているのだそう。

「十七代目は『自分とは芸質が違うから自分と等(とう)にやれとは言わない』ともおっしゃってくださいました。今は、十七代目と寿海のおじさんの助六をまぜこぜでやらせていただいています。私が初めて接した助六が、寿海のおじさんの助六だったんです。本当にかァ~っこよかった。十一代目(團十郎)もかっこよかったですね! 中村屋のおじさん(十七世勘三郎)の助六は、“いい男”だった! 」

『芸術祭十月大歌舞伎片岡仁左衛門

私はニッポンの役者です

仁左衛門は、1998(平成10)年の仁左衛門襲名披露でも助六を勤めた。自身の父(十三世)もまた、襲名で助六を勤めたことに触れつつ「江戸のも上方のも、すべてやりたかった」と振り返る。

「大阪の役者、江戸の役者というた言い方もありますが、私はニッポンの役者です。市川家の『助六』を、タイトルが違うとはいえ片岡の襲名でやらせていただくことは、ふつうでは考えられません。そこであえて『助六』を選ぶのは、『新しい仁左衛門はこういう路線を行きますよ』ということ」

さらに「『助六』をやれば、お客様も大勢きてくれるし(笑)」といい添え、一同の笑いを誘った。

集大成の心構えで

質問の合間、仁左衛門は手元の上演記録から、1956年に寿海が助六をつとめたのを見つけ、「寿海のおじさんは、この時おいくつだったんだろう。助六を演じた役者の中で、私が最年長なんじゃないですか?」と顔をあげた。寿海が最後に助六をつとめたのは、70歳の時。仁左衛門は、現在74歳。

「(この先)もうできるか分かりません。たぶんできないと思います。この年で、助六を勤めさせていただけることがありがたいです。今勤めておかないと……、という気持ちもあります。千穐楽を迎えても、まだ課題は残っていると思いますが、集大成の心構えで勤めます」

『芸術祭十月大歌舞伎片岡仁左衛門

『助六曲輪初桜』のみどころ

『助六曲輪初桜』の舞台は、江戸吉原。花川戸助六は、喧嘩が強く吉原でもモテモテの、日本一の色男だ。大見世「三浦屋」の格子先に、太夫の揚巻をはじめとした傾城や、揚巻を口説く髭の意休らがそろい芝居が始まる。しかしタイトルロールの助六が登場するのは、時間がしばらくたってからのこととなる。

登場シーンの花道の出端(では)は、『助六』の見どころのひとつ。揚幕から登場した助六は、舞台へむかい、ゆったりとした動きで花道を進む。蛇の目傘を片手に、長唄(市川家の時は、河東節)をBGMに、格好良さをたっぷりとみせつけてくれる。

『芸術祭十月大歌舞伎片岡仁左衛門

仁左衛門によれば、助六は劇中で4回、(衣裳ではなく、人物の)色が変わるという。出端、花道から舞台に入ってから、白酒売が登場してから、さらに母・満江が登場し紙衣をきてからの計4回だ。

「芝居ではなく中から気持ちをもっていく。そのために色々な方の芝居を拝見する。本を読む。一行の台詞にも隠れた意味がないか、見逃していないか、人物を掘り下げていく。でも、このようなことを考えるのは稽古の時まで。舞台に上がったら、役の気持ちになっているから何を考えているのかと聞かれても説明ができません」

また、助六の場合、あまり心理を深く掘りすぎてもいけないという。

「『助六』はストーリーはつまらん芝居です(一同、笑)。それをお客様に楽しんでいただくには、まずは役者が役を気持ちよく演ずること。気持ちよさを伝えるには、心地よい音を出さなくてはいけない。どこでどう息をつぐか、どういう言い回しをするか。気持ちを伝えるためにどうしたらいいか考えるわけです。心理を掘り下げるだけでも、うわべの華やかさだけでもダメ。その兼ね合いです」

そして「歌舞伎には、つじつまの合わない話がいくらでもあります。シェイクスピア劇でもそうですが、つじつまはあわなくても、刹那刹那が楽しい。そういうものですから、お客様には、ここでお話したようなことをすべて忘れて、ポケ~っと観て楽しんでいただきたい。4回色が変わるとか、忘れてね(笑)」と呼びかけた。

『芸術祭十月大歌舞伎片岡仁左衛門

よう生きてこられたなと思います

仁左衛門は、大阪での歌舞伎興行が難しかった時代も大病も乗り越え、今に至る。来年には初舞台から70年を迎えるが、問題は「年数ではなく中身」だとした上で、先達への敬意を言葉にする。

「父の世代の先輩方が自分の年の頃には、ほんと大物やった。そこに行きつけていない自分がちょっと恥ずかしい気もします」「一度は死にかけましたし、今日までよう生きてこられたなと思います。今は、芝居の作り方、芝居の基礎を叩きこんでくれた父への感謝の気持ちが大きいです」

ニッポンの役者 仁左衛門が、助六の集大成をみせる「十八世中村勘三郎七回忌追善公演『芸術祭十月大歌舞伎』」は、2018年10月1日(月)から25日(木)まで歌舞伎座での上演。

公演情報

十八世中村勘三郎七回忌追善公演
歌舞伎座百三十年「芸術祭十月大歌舞伎」

■2018年10月1日(月)~25日(木)
■会場 歌舞伎座(東京・銀座)
■出演: 松本白鸚、片岡仁左衛門、坂東玉三郎、中村扇雀、中村獅童、中村勘九郎、中村七之助 ほか 
※松本白鸚、中村獅童は昼の部のみ、片岡仁左衛門、坂東玉三郎は夜の部のみ出演 
 
昼の部(午前11時開演)
一、三人吉三巴白浪 大川端庚申塚の場
二、大江山酒呑童子
三、東山桜荘子 佐倉義民伝
 
夜の部(午後4時30分開演)
一、宮島のだんまり
二、義経千本桜 吉野山
三、助六曲輪初花桜
 
■公式サイト:http://www.kabuki-bito.jp/