50歳のプロレス王・鈴木みのる「“今”を生きる男の仕事術」~アスリート本から学び倒す社会人超サバイバル術【コラム】

コラム
スポーツ
2018.12.5

会場で最も印象に残る50歳のベテランレスラー

優れたプロスポーツ選手の条件は、客から好かれても嫌われても「無視できない」存在であることだと思う。
 
これはプロ野球でもプロレスでも変わらない。例えば、V9時代の巨人とか黄金時代の西武は多くのファンを獲得すると同時に、強すぎてつまらない的なアンチも一定多数存在した。IWGPヘビー級王者を12度防衛していた頃のオカダ・カズチカも会場人気は高いとは言えず、「またオカダかよ」という雰囲気があったのは事実だ。
 
だが、そのオカダについて、あるベテランレスラーは自著でこう書いている。数年前、新日本プロレスの人気復活のきっかけはオカダ・カズチカだったと。棚橋弘至や中邑真輔ら役者が揃い、客も戻りつつあった新日に唯一足りない最後のピースは「20代の若いレスラー」。10代のファンは年が離れた40代のレスラーには憧れない。いつの時代も20代の人間がプロレス界を塗り替えてきたのだ。
 
なんて的確な見立てだろう。このベテランレスラーとは50歳にして、いまだ現役バリバリでそのオカダとシングルマッチで戦う、“プロレス王”鈴木みのるである。正直に書くと、同じ鈴木軍ならデイビーボーイ・スミス・ジュニア推しの自分は鈴木の熱烈ファンというわけではない。
 
それどころか昔のパンクラス時代からは想像できない、いかにもヒールといった芝居がかった試合後コメントは苦手ですらあった。なのに、会場へ見に行くと、印象に残るのはこの男の試合だったりするから厄介だ。帰りの電車で「なんで俺は鈴木のことが気になっているのだろう」と考えてしまうこともある。雑誌KAMINOGEを買って、最初に読むのは連載『鈴木みのるのふたり言』だったりする。
 
で、ふと思ったわけだ。あれ? 俺もしかして、この人のファンなんじゃねえかと。
 

UWFからオカダまで当事者として語れる唯一無二の存在

それで『プロレスで〈自由〉になる方法』(鈴木みのる著/毎日新聞出版)を手に取った。高校卒業後に新日本プロレスに新弟子として入門して、UWFやパンクラスで理想の戦いを追及し、やがてプロレスに戻りあらゆる団体を渡り歩き、40歳を過ぎてから新日のリングに帰ってきた男。
 
久々に見る古巣の変化した風景に対し、昔の方が良かったではなく「変わることが自然」とあっさり言う。今を生きるレスラーは過去を懐かしがってる暇などない。だってオレは現役バリバリだからね……というわけだ。
 
2015年1月4日の東京ドームでは桜庭和志とシングルマッチを戦ったが、いわば総合格闘技のノスタルジーの中に存在する(ように見えてしまう)桜庭と、リアルタイムの現在進行形レスラーとしてリングに上がる鈴木の姿は対照的だった。
 
もちろん根っこにあるのは若手時代に培った“強さ”という名の説得力である。あえて少ないシンプルな技で、いわば情報過多な技のインフレ状態の今のプロレスシーンを生き抜く。シンプルな関節技やゴッチ式パイルドライバーに説得力を持たすのは、鈴木がベースに持つ“強さ”と“歴史”だろう。
 
カール・ゴッチの指導を受け、アントニオ猪木と戦い、UWFからオカダ・カズチカまでを当事者としてフラットに語れる現役レスラーは他にいないのではないだろうか。
 

試合を支配するプロレス王の戦い方

本書で最も印象に残ったのは、“受けの哲学”だ。「プロレスの試合って、結果的な勝ち負けはあるにしても、試合全体をいかにして自分が支配するかっていう勝負があるわけ」と鈴木は言う。
 
相手をいかにぶっ倒すかを考えていた昔の自分なら、攻撃するという発想しかなかった。それが今は、例えば「お客がブレーンバスターを見たいと思う瞬間」に、ブレーンバスターをするのは、なにも自分でなくてもいいんじゃないかと思えるようになったという。つまり、相手にオレの意思どおりの技をかけさせるのもまた、試合を支配することにつながるのだと。
 
相手を潰すのが総合格闘技、相手を生かすのがプロレスだ。ちなみに売れっ子キャバ嬢と話していると「なんて自分は女性との会話が上手いんだ」なんつって気持ちよく勘違いすることがあるが、あれは俺らが売れっ子キャバ嬢にトークを引き出してもらっているのである。同じように一流レスラーの定義のひとつは、「対戦相手の魅力を引き出すこと」だと思う。
 
棚橋弘至や内藤哲也にしてもその能力に長けている。現IWGP王者ケニー・オメガはまたちょっと違うタイプだが、そこに目をつけたのが棚橋というのも興味深い。棚橋はケニーの最先端の大技を盛りまくる過激なプロレスを否定し、イデオロギー闘争を仕掛けているが、2012年10月に鈴木みのるが当時のチャンピオン棚橋と戦う際に持ち込んだのが、「おまえがチャンピオンだから、今のプロレスは“プロレスごっこ”と言われるんだ」という“現在vs.過去”の煽りだった。
 
今日をサバイバルするためには、己の過去だって踏み台にする。あれから6年が経ち、今度は42歳のベテランとなった棚橋があの時の鈴木の立ち位置でケニーに挑もうとしているわけだ。
 
過去を有り難がる時点で現役としては終わってる。オレがオレがだけじゃなく相手の魅力も引き出す。そして、とことん今を生きろ。それなりの経験を積んだ30代中盤以降のすべての社会人には、身に沁みるプロレス王の仕事の哲学だ。その業界が一番景気が良かった時代とか、自分が一番調子良かった頃の記憶に逃げるようなおじさんにはなりたくない。最近、鈴木みのるのプロレスを見ているとそんなことを考えさせられる。  
 
「史上最強の50歳」と称される男はまだまだリングで暴れ続けるだろう。会場のファンから愛され、時に憎まれ、声援とブーイングを浴びながら。
 
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