山寺宏一×林原めぐみ対談 声優界のスペシャリストが語る、プレミア音楽朗読劇『VOICARION IV -Mr.Prisoner-』とは
-
ポスト -
シェア - 送る
(左から)山寺宏一、林原めぐみ
2019年3月、東京と大阪にてプレミア音楽朗読劇『VOICARION IV -Mr.Prisoner-』が上演される。『VOICARION(ヴォイサリオン)』とは、音楽朗読劇創作の第一人者である藤沢文翁が原作・脚本・演出を手がけた「超豪華キャスト×生演奏による美しい音楽×上質な演出」の三拍子を揃えたプレミア音楽朗読劇だ。
今回上演される『Mr.Prisoner』は2016年に3日間限定で東京・シアタークリエで上演された作品の再演となる。キャストは初演と同じく、実力者俳優の上川隆也、声優界の大ベテランである山寺宏一と林原めぐみが顔を揃えた。
舞台は19世紀のイギリス。ロンドン塔(Tower of London)地下3階の独居房に収容されている「絶対に声を聞いてはならない囚人」をめぐるストーリー。山寺は囚人ほか全9役を、林原は牢屋番の老人の孫レスを演じる。再演となる本作にどう向き合おうとしているのか。二人に話を聞いてみた。
インタビューを始める前からもりあがる山寺と林原。山寺が「こちら(林原)とは長い付き合いで……」と気だるそうに言えば「嫌そうに言わないでよー! でもどこの現場に行っても山さんはいたよね? いない現場がないくらい(笑)!」と返す林原。「この人は何故か僕の事を『山さん』と呼ぶ。で他の人が『めぐちゃん』とか呼んでいるのに僕は『林原』と呼び捨て」と山寺が言えば「たまに『林バカ』って呼ぶときあるよねーって小学生かっ!」と突っ込む林原。そんなやり取りからインタビューは始まった。
ーー『Mr.Prisoner』再演の話はいつ頃から出ていたんですか?
山寺:初演をやってる時から「これは当然再演をやるでしょう!!」って言ってたよね? そのうち東宝の凄くえらい方(笑)がやってきて「これ、またやろう!」って言ってくださったそうなんです。我々レベルがやりたいというのと偉い人が言うのとじゃあ全然意味が違いますからね(笑)!
(左から)山寺宏一、林原めぐみ
林原:初演の時の千秋楽がスタンディングオベーションになってたんですよ。「こういう時ってまぁ立つものなんでしょ?」っていうような社交辞令ではなく、皆が一斉にブワッと立ち上がって拍手が鳴り止まなかったんです。初演の時は公演自体4回しかなかったから「もっと多くの方にみてもらいたいね」とは話していましたね。
こういうやり取りをしていても実際は誰かが欠けたり変わったりするものですが、今回はみんな変わらず参加となったので奇跡に近い再演ですね!
ーー確かに! 前回観る事が出来なかったファンの方もこの日を待っていたと思いますよ! さてここで昔の話を聞かせてください。山寺さんは藤沢朗読劇には初期から携わっていますよね?
山寺:藤沢氏とは10年以上のつきあいになるんだけど、朗読劇の台本を最初に読んだときは「なんだこれ」って思いました。ト書きもほとんどなく、狂言回しでストーリーを説明する役もなければナレーションもない、なのになんでこんな素敵な作品が描けるんだろうって。
それまでは声優が朗読劇をやるって事が嫌だったんです。だって当たり前すぎるから。普段やっている事の延長線上じゃないか。だったら普通に舞台をやろうよ、って。そう思っていた頃にお話をいただき、朗読劇のキャストが女優さんと落語家さんだったので、異種格闘技をしてみたいという興味から仕事を受けようかなと思ったんです。しかもその台本を読んだら「これはまさに自分がやりたいものだ」と何かが閃き、ぜひやらせて欲しいとお願いしたんです。
その後、僕が出ていない公演含め、彼の書く作品はどれも素敵で、しかもこの短期間に生み出せるのがすごいなって。そんな藤沢氏にとってこの『Mr.Prisoner』は「集大成」の作品になるんじゃないかな? 書いてくれてありがとうって心から思っています。その分プレッシャーもありますけどね(笑)。
ーー林原さんは『Mr.Prisoner』初演時、印象に残っている事は?
林原:声優の仕事って、アフレコのテスト→本番→終わりなので、同じ場面を何度もやることがないんです。でも舞台って同じ芝居をまた頭から繰り返すんだ! と当たり前な事に気が付いて。一度最後まで演じてしまうと、もうレスとしては囚人に親近感を抱いてしまっているのに、もう一度ビクビクと怯えるレスに戻らなければならないのか、と。私の中ではなかった経験だったんです。
例えば仮に「ヱヴァンゲリヲン」が10年ぶりに復活! となったとしても、同じメンバーで同じストーリーをやることはないですから。でも舞台だと昼と夜に二回公演する事もありますよね。10年ぶりならともかく「これ、なんで毎回同じ事を昼夜でできるの? しかも新鮮な気持ちで!」って! やってもやってもどこか慣れなかったなあ。山さんや上川さんは舞台に慣れているから、終演後に「じゃまた夜にね」で終われるんだろうけど、私は「また初めに戻るんだ……」って思いながらやっていましたね。
山寺:慣れなくてもいいんだよ(笑)。演劇は今そこで初めて起こったようにやるのが難しい、と初めて舞台に立ったときから演出家に言われ、いまだに同じ事を言われ続けてるよ(笑)。
ーー役作りについてはいかがでしたか?
林原:レスの年齢感を作るのが大変でしたね。大人なレスと子どものレスの両方を演じないとならなかったので。子どものレスはどこまで幼くするか、とか。ただの牢番の孫なんだけど、とても無垢で聡明で臆病な子。囚人が勉強を教えてあげたくなるような子ってどういう子なんだろうって。きっと何か光る才能がある子なんじゃないかなと。年齢について山さんは「林原はクルクルッとチャンネルを回せば簡単に歳を取れるんだろ?」って言うんですけど、いやいやそうじゃないから(笑)!
山寺:林原には年齢を変えるチャンネルと、声のトーンを変えるイコライザーもついててねー(笑)。
林原:ついてないから(笑)。レスの経験値は? お爺ちゃんとここにいたのは何年くらい? とか、自分が考えてきた設定年齢が例えば3歳変わると、その子が単に3歳分大きくなるんじゃなく、3年分の彼女の経験値を私の中に作る必要があるんです。台本に書かれていない彼女の歴史を。結果的に声のトーンは変える事になるんですけど、レスに関しては簡単には作れなかったですね。
ーー話を聞くにつれ、声優という仕事の奥深さが響きますね。普通の役者が演技をする時も同じような段取りを踏むとは思うんですが、それを声だけで表現するんですから。
山寺:むしろ、声だからこそできるんですよ。
林原:子どもの役をやるからって身長を縮める訳にはいかないですから(笑)。
山寺:僕が囚人役を演じていて感じた事は、囚人とレスが言葉だけですがやり取りをする事で、レスの成長を描いたり、同時に囚人も変化していく、そんな二人の心の距離感をどう出すかが難しかったですね。
ーー初演時の現場の雰囲気はいかがでしたか?
林原:偉そうに聞こえるかもしれませんが「ちゃんとできる人たちとの仕事って何て素敵なんだろう」と思いました。誰かがくれるものをそのまま受け取り返すだけでいい贅沢さがありましたね。「せーの」で始めたらその場に委ねればいいなんて現場、そんなにある事じゃないんですよ。
山寺:そうだよね。稽古もそんなにたくさん出来るわけではないからね。演出家から大きい修正や小さい修正は入りますが、まずは脚本が本当にしっかりしていて、それをキャスト、スタッフがきちんと理解している……後は作品を作り上げていくという目標に向かって走るだけでした。
林原:プレッシャーというものがあったとしてもストレスがなかったんです。
ーー藤沢さんから演じるにあたって何かリクエストされた事はありますか?
山寺:この台本にあることがすべてですね!
林原:確かにそうだと思う。決してアテ書きではないと思いますが、例えば「決して声を聴いてはならない囚人」って山寺宏一にしかできない役。山さんはもちろんたくさん声色を使い分けて演じる事が出来る人ですが、それだけでなくその奥に愛情、迷いがたくさん詰まっているのがこの役なんです。
山寺:この本は上っ面で声を使い分けるような芝居では成立しない作品なんですよ。だって共演するのが「イタコ声優」と呼ばれる(笑)林原めぐみですよ! この人は本当に違う世界に飛んでいける声優なんですよ。敵対する役をすると本当に相手の事が嫌いになってしまうくらい役になりきってしまう人なんです。
林原:その時だけね(笑)。
山寺:そしてもう一人。僕らは他の作品でもたくさん共演していますが、ここに上川隆也さんが加わったことが僕らにも衝撃でしたね。上川さんは自分の身体を全部使っていろいろな役をやってきた人。目線一つであらゆる感情を伝えてくる人。そんな人たちと上っ面で仕事なんかしたら観る人からは「ああ、こっちが本物、こっちは上っ面」ってすぐばれてしまいますよ。
(左から)山寺宏一、林原めぐみ
ーー声のプロなお二人から見た、上川さんの存在はいかがでしたか?
山寺:すごく新鮮でしたね。僕はドラマ「エンジェル・ハート」でも共演させていただきまして、すごく尊敬しているんですよ。素晴らしい俳優だし人間性も凄くいい。“いい人ナンバーワン”じゃないかなぁ。繊細で聡明で気遣いもできる、人間的にも大尊敬できる方なので、まさか朗読で一緒にお仕事できるとは思っていなかったですね。また、役に対するアプローチが本当に真摯でね。
林原:上川さんとは何かの席でご一緒した事があり、凄く周りに心地よく気を使われる人だなあという印象がありました。また、上川さんと山さんが「エンジェル・ハート」で共演している事は知っていたので、初対面というほどの距離感もなく……とはいえ私は演じる舞台では「初めまして」なので上川さんがどう演じてくるのか想像できなかったですね。これが山さんだと幅広い年齢層の役を本当にたくさん共演してきたので、たぶんこんな感じで演じてきそうだな、とある程度は予想できるんです。もちろんそれを上回る演技もして驚かせてくれるんですが(笑)。
自分が好きな小説や漫画を読むとき、自分が好きな役者の声で頭の中に台詞が聴こえてくるってあると思うんですが、上川さんの声は私の頭の中ではまったく想像ができなくて最初は身構えていました。上川さんも最初はいい意味で“声だけの世界”に緊張されていたけど、台詞を交わしていくうちに人物が非常に立体的に浮かび上がってきました。
劇中では、上川さんが演じるチャールズ・ディケンズが最初にやってくる場面で、レスとしてはどれだけぞんざいに扱おうかな、とこっちが考えている役作りのプランにも上川さんはすっと影響をくださるような演じ方をされるので「さすが!」と思うしかありませんでした。
山寺:一人ひとりアプローチの仕方は違うけれど、常に思うのは声だけの表現を上辺だけでやらないようにしようといつも思ってます。上川さんのアプローチの仕方は勉強になりました。
林原:私たちが稽古場で見せる演技一つひとつにも感動してくださって。「ドラマや映画ならドアを開けるとそこにはテーブルなり椅子があるけれど、お二人は声だけで何もない所にテーブルを作り出すからすごい!」って。私たちは、例えば教授が老人のところに本を買いに行く場面で、その店の扉がどんな扉なのかとか、TVカメラがとらえた距離ではなく、声だけで「ああ、戸棚の奥に行っちゃった」とか「お茶を出してくれたな」ってわかる。「どうぞ」の一言であっても私たちの間には距離があるんです。山さんも私もそれを当たり前にやってきたんですが、上川さんは「台詞の中に距離を感じさせる」「台詞で物を見させる」事に凄く感動されていました。またそれをあっという間に上川さんが吸収され、咀嚼されて……。「台詞を読む」のではなく「その世界の住人になる」大事さを逆に感じました。
(左から)山寺宏一、林原めぐみ
山寺:上川さんといえば、自分の台詞が来る前まで台本から目を離し、お客さんを観ているんです。「よく覚えているな自分の出番を!」って感心しますよ(笑)。せっかく自分を観に来てくださっているのにずっと下を向いて本を読んでいるのは悪いなと思ったんだそうです。
ーー俳優さんならではですね。
山寺:そう思います。だからといってよく台本から目が離せるなあ。僕は次に読むところが分からなくなっちゃうから少しも目が離せないよ!
ーー今の話に関連しますが、本番の時、手元の台本を毎回「読んで」いるんですね? 稽古も含めて何度も読んでいるでしょうから覚えてしまっているんじゃないかなと思っていたんです。
山寺:上川さんは結構覚えているようですよ。僕は読む癖がついているので覚えてないんだけど。
林原:私は台詞を覚えてしまうとレスではなく自分の言葉になってしまうんです。レスが初めて見たり聞いたりしたようにしたかったので、あえて文字と距離を置きたいと思ってやっていました。日頃の癖で、目の前に自分なりのスクリーンがあって、レスになりながら(想像の中のレスの姿に)声を当てているような気持ち。だから少し上を観て大きなスクリーンで動くレスを想像しながら台詞を喋っていたんですよ。
山寺:今、それを聞いてすごくびっくりした(笑)。
ーー最後に藤沢朗読劇の魅力を聞かせてください。
山寺:最初は朗読劇ってお客さんが飽きるんじゃないか、って思いもあったんです。眠くなるんじゃないかとか(笑)。でも藤沢朗読劇は始まると寝るどころか頭の中でものすごい勢いで想像が膨らんでいくんです。朗読劇って声は出ているけれど、皆さんの想像力を邪魔しないから楽しいんだろうなあ。
林原:朗読劇って今いっぱいあって、そのなかには「喋る人を観たい」「より生の声を近くに感じたい」という目的で観に行く場合もあるけれど、この作品は「作品の世界を体感したい」という魅力がより強いかもしれないね。
山寺:しかも10代、20代、30代、40代と観にくる人の年齢によってまた想像する物も違っているだろうしね。経験の違いで想像する物も変わっていく訳だから。
林原:最初はレスの立場で観ていた人がいつしか囚人の立場で観る日が来るかもね。
ーーそうなってほしいですね。と共にお二人にも長くこの作品に携わってていただきたいです。
(左から)山寺宏一、林原めぐみ
取材・文=こむらさき 撮影=ジョニー寺坂
公演情報
【東京公演】2019年3月3日(日) ~10日(日) シアタークリエ
【大阪公演】2019年3月16日(土) ・17(日) サンケイホールブリーゼ
■出演
上川隆也 林原めぐみ 山寺宏一
■作曲・音楽監督:小杉紗代
■ヴァイオリン:鷲見恵理子
■チェロ:松本エル
■パーカッション:稲野珠緒