聖地転変 ~あのとき『らき☆すた』と鷲宮と埼玉県に起こったこと~ Vol.5

コラム
アニメ/ゲーム
2019.4.5
第2回アニ玉祭(2014年)の様子。右に写っているのは、ヲタ芸をする埼玉県志木市のカパル。筆者撮影

第2回アニ玉祭(2014年)の様子。右に写っているのは、ヲタ芸をする埼玉県志木市のカパル。筆者撮影

実在する場所がアニメの舞台になり、そこにアニメファンが訪れる。そしてアニメの舞台になった場所、地域がアニメファンを迎え入れることで、地域が活性化されるということが当たり前になってきている。そんなアニメファンがアニメの舞台になった場所を訪れることを「聖地巡礼」と呼ぶ。
聖地巡礼プロデューサー・柿崎俊道氏によるアニメファンとアニメの“聖地”になった地域との関わり方を問うコラム連載の第五回。アニメファンの想い、“聖地”となった地域の人々の想いに直に触れたきた柿崎氏が語る、聖地巡礼の走りとも言える『らき☆すた』と鷲宮の姿とは?

第5回 埼玉県の観光施策

埼玉県のアニメツーリズム検討委員会

2009年、僕は埼玉県産業労働部観光課の「アニメツーリズム検討委員会」の席にいた。会議室に入り、観光課の職員や委員会のメンバーと名刺交換をし、席に着く。それまでの僕は行政との接触はほぼなく、検討委員会なるものが何をするのか、わかっていなかった。ただ、僕がアニメに詳しい人というポジジョンで呼ばれたことは察していた。なにかを求められれば、アニメ業界の商習慣や歴史の見地から答えればいいのだろうとぼんやり思っていた。前回、書いたとおり、書籍『Works of ゲド戦記』の編集を終えたばかりであり、また、徳間書店『アニメージュ』の編集、角川書店『ガンダムエース』の企画・連載、その他、多くのアニメ誌やゲーム誌で活動をしてきた経験から、それなりに業界について知っているつもりだった。

議題は「埼玉県のアニメツーリズムはどのようにすべきか」という点だったかと思う。埼玉県の職員からは「忌憚のない意見を言ってほしい」「なんでも自由に発言してほしい」と促された。この言葉を鵜呑みにした僕は物を知らない人間だった。アニメ業界についてはそこそこ知っていても、自治体についてはまったくの素人であった。

「埼玉県内の高校へ、アニメ『らき☆すた』に登場する制服を着て登校してもいいのではないか」

といった主旨の発言をした。

その発言はそのまま県の議事録に載ってしまった。某掲示板で「頭がおかしい」などといわれ、ちょっとした話題となった。

この僕の発言の前段として、角川書店『ガンダムエース』にて僕自身が企画し、連載をしていた「はじまっちゃった宇宙世紀」というコーナーが頭にあった。『ガンダムエース』の読者は当然、ガンダムシリーズが大好きな人たちである。僕も好きだ。そんなに好きならば、未来にガンダム世界、つまり宇宙世紀があることにしてしまえばいいではないか、そして、宇宙世紀に繋がる萌芽を現代から探して、すでに宇宙世紀がはじまっている証拠としようではないか、という企画だった。クローン人間やギロチン、冬眠、小惑星といったガンダムシリーズに登場する要素を抜き出し、現実社会の専門家に取材をした。(JAXA小惑星探査機「はやぶさ」1号のプロジェクトマネージャー 川口淳一郎教授にも取材をした。「はやぶさ」が小惑星イトカワに向かい飛び立ってから5日後という時期で、おそらく川口教授にその意義をこってり聞いた取材としては最速だったのではないか)

そして、アニメ『らき☆すた』と埼玉県鷲宮町(現:久喜市鷲宮)である。

「はじまっちゃった宇宙世紀」で実感したのは現実と架空の区別がつかない瞬間がもっとも面白いのではないか、ということ。それは、アニメ聖地巡礼の面白さに通ずる。

アニメの舞台となった場所に立ったアニメファンの心の中では現実と架空の交差が起きている。埼玉県鷲宮町の鷲宮神社の鳥居の前に立ったとき、アニメ『らき☆すた』のオープニング映像に出てきた柊かがみの姿を思い出さない人はいないだろうし、宮前橋に柊姉妹の姿を見ないファンはいないだろう。現実の場所には美少女キャラクターはいないし、声優のボイスは聞こえてこない。気の利いた演出や練りに練った脚本もない。そこには背景のモデルなった場所があるだけだ。しかし、その場所が、アニメファンの心を刺激する。心の中で、アニメ作品は繰り返し再生されている。

地域は触媒だ。

「アニメ『らき☆すた』に登場する制服」という僕の発言は、この触媒をひとつ増やそう、という意味でもあった。まさか議事録にそのまま載るとは思わなかったけれども。


埼玉県観光課は2009年に設立

そして、恥ずかしながら、自治体に対して素人であった僕はもうひとつ大きなことを見落としていた。それは、2016年、僕が刊行している「聖地会議 15」埼玉県観光課の島田邦弘氏との対談で判明した。島田氏は埼玉県職員としてフィルムコミッションに関わり、その後、観光課アニメ担当となり、鷲宮や秩父のアニメツーリズムを牽引した人物だ。一度、観光課から他の部署へと異動になったものの、2018年からは埼玉県観光課の課長として、埼玉県のアニメツーリズムに戻ってきた。

その島田氏から聞かされたことは「埼玉県観光課は2009年に設立」されたという驚くしかない事実だった。つまり、僕が呼ばれた2009年は設立初年。できたてホヤホヤだったのだ。じつは、なんとなくおかしい空気は感じていた。観光課の職員と話していると、アニメに詳しくないのは仕方がないとして、観光についても覚束ないような雰囲気であった。部署全体がふわっとしていた。その理由はなんてことはない。はじまったばかりだったからだ。

僕はどの県庁にも観光課があるものだ、と頭から思い込んでいたのである。埼玉県にも観光課の長い歴史があるものだと決めつけていた。そのため、2009年から7年間、ふわっとする空気を感じつつも、さしたる疑問を抱かず過ごしてきた。この間、埼玉県のアニメイベント「アニ玉祭」の総合プロデューサーを2年務め、2014年には埼玉県観光課「アニメの聖地化プロジェクト」の副座長も務めたにも関わらず……。

なぜ「埼玉県観光課は2009年に設立」されたのか。

いや、そもそも、なぜ埼玉県には観光課がなかったのか。埼玉県は観光に縁がないから、というひと言では片付けられない。秩父市や川越市など全国的に知られた観光地があるではないか。こうした市町村の自治体にはそれぞれ長い歴史を持つ観光課があり、日々、活動をしている。

県の規模となると、話が変わってくる。県庁が観光課を設置するということは、県内の63市町村すべてに寄与する観光施策を打たなければいけないということ。県の観光課の施策は、人気観光スポットを抱える自治体だけではなく、今はさしたる観光業がない自治体にもメリットがあるような形を具体的に示す必要がある。2009年3月まで埼玉県に観光課がなかったのは、有効な観光施策が思いつかなった、ということでもある。

(同様の問題は京都府にもある。京都は世界的に有名な観光地ではあるものの、観光客が集中するのは京都市ばかり。その他の25市町村にいかに観光客を分散させるのか、という点で京都府は苦慮している)

そんな埼玉県観光課の設立は、つぎのふたつの出来事によって決まった。

ひとつ目は、当時の「ゆるキャラ」ブームである。

ふたつ目は、アニメ『らき☆すた』と鷲宮が起こしたインパクト。

アニメ『らき☆すた』と鷲宮が引き起こした聖地巡礼ブームが県政に影響を与えた瞬間だった。
 

柿崎俊道

聖地巡礼プロデューサー。株式会社聖地会議 代表取締役。

主な著書に『聖地会議』シリーズ(2015年より刊行)『聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所めぐり』(2005年刊行)。

埼玉県アニメイベント「アニ玉祭」をはじめとした地域発イベント企画やオリジナルグッズ開発、WEB展開などをプロデュース。聖地巡礼・コンテンツツーリズムのキーマンと対談をする『聖地会議』シリーズを発行。イベント主催として『アニメ聖地巡礼“本”即売会』、『ご当地コスプレ写真展&カピバラ写真展』、聖地巡礼セミナーなどを開催している。

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