シンセ番長・齋藤久師が送る愛と狂気の大人気コラム第四十六沼(だいよんじゅうろくしょう) 『アシッド!沼』

2019.5.1
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「welcome to THE沼!」

沼。

皆さんはこの言葉にどのようなイメージをお持ちだろうか?

私の中の沼といえば、足を取られたら、底なしの泥の深みへゆっくりとゆっくりと引きずり込まれ、抵抗すればするほど強く深くなすすべもなく、息をしたまま意識を抹消されるという恐怖のイメージだ。

一方、ある物事に心奪われ、取り憑かれたようにはまり込み、その世界にどっぷりと溺れること

という言葉で比喩される。

底なしの「収集」が愛と快感というある種の麻痺を伴い増幅する。

これは病か苦行か、あるいは究極の癒しなのか。

毒のスパイスをたっぷり含んだあらゆる世界の「沼」をご紹介しよう。

第四十六沼(だいよんじゅうろくしょう) 『アシッド!沼』

最近、galcidの活動が熱い。

まずは大型連休最終日の2019/5/6にgalcid lenaの変名ソロユニット“lenacid”がアメリカのスケマーレコードから発売される。

令和早々のリリースになるとは作品が完成した時には考えてもいなかった。

あえて4つ打ちを長年使っていなかったgalcidだが、lenacidでは「躍らせる」事にフォーカスし、ACID HOUSEを軸にしたTECHNOになっている。

今回は久々に音楽や機材のことをちゃんと書いてみようかと思う。

 

ACID HOUSEのヒストリー

ここからは少し専門的な話になる。

 

もともと1987年頃、シカゴで発生したACID HOUSEサウンド。

このルーツをたどるとたいへん興味深い事実が浮き彫りにされる。

これは電子楽器の進化と経済事情との密接な関係性によって出来上がった特別なサウンド、といっても過言ではない。

 

87年と言えば、パーソナルコンピューターが普及する前夜となる。

電子楽器においては

  • サンプリングマシーン
  • デジタルシンセサイザー
  • マルチティンバー音源
  • オールインワンシンセサイザー
  • MIDI規格の統合

など、ものすごい勢いで発展を見せていた。

何かが出てくれば何かが追いやられる。

アナログシンセサイザーや80年代初頭に発売された、老兵となってしまった電子楽器が叩き売り状態で市場の片隅に追いやられていた。

楽器市場も戦場なのだ。

 

お金のない若者達は世間から見放されてしまったその安価な機材を使い、宅録でトラックを作り始めた。

それが今では伝説となったRoland TB-303やTR-707だ。

私も87年にACID HOUSEの虜になり、TB-303を買い集めた。

最も安くかったのが・・・

なんと3000円!!!だ。

このTB-303はいわゆるACID HOUSE特有の、ウニョウニョしたベースラインを出すベース音源とシーケンサーが一体になったマシーンだが、MIDI規格登場以前のDIN規格のため、リズムマシーンとの同期をとるには相手が限られていたのだ。

その最も相性の良く、また安価なモデルがTR-707だったというわけだ。

TB-303は本来、ギタリストがベースを欲しい時に一緒に鳴らせる、という大義で作られた。

かつて私が行なっていたイベント「シンセバー」でこの303特集をした時に、TB-303の開発に関わったキクモトさんにインタビューさせていただいたのだが、

「のちにこのような使い方をされるとは(ACID HOUSE)想像もいていなかった」

という。

そう、このTB-303は世間から一度見放されたものの、シカゴの若いミュージシャンに使われ、見事に復活したのだ!!

まさにイースター!!

大いなる復活祭だ!!

TR-808もDIN規格が搭載されていたので同期は出来るのだが、こちらは何故か値崩れする事がなかった。

スロッピンググリュッスルからマイケルジャクソンまで使用した名機ともあってその理由は理解できる。

こちらはTR-909。

前々回にジェフミルズが来日公演した時に使ったもの。

 

そしてこちらは何をやってもサザエさんのサウンドになってしまうTR-727。

これも前回ジェフがmutek.jpで来日した時に貸したのだが、スタッフいわく、どの楽器屋に行っても727だけは見つからず、駆け込み寺の状態でウチに電話したのだという。

 

 

シンプルの極みが最高なACID HOUSE

驚くべきは、ACID HOUSEのトラックはどれもTB-303とTR-707だけでできているものが非常に多いという点だ。

簡単に言えばドラムとベースしかはいっていないのだ。

既にデジタルレコーディングが当たり前のプロフェッショナルスタジオの事情とは違い、アマチュアや若いアーティストにはそんな高価な録音機器を買えるはずもない。

せいぜいマルチトラックのテープレコーダーで録音するのが関の山だった。

それが逆に功を奏した。

つまりドラムとベースしか入っていなくとも、テープサーチュレーションや独特のS/N、さらには一発録音という荒削りでパンクな録音方法も相まって30年たった現在でも全く古さを感じさせない未来のサウンドを残してくれた。

それがACID HOUSE。

 

今回のlenacidでは、これでもか!という程TB-303を大フィーチャーした作品に仕上げた。

もちろん録音はパーソナルコンピューターで行なったが、ソフトウェアーで再現されたテープサーチュレーションをバリバリにかけた。

そして80年代当初、私が自作した安物のシールドを使用し、より純粋な荒削りを演出した。

 

galcidはまた近々セカンドアルバムをリリースする。

もちろん、9割に及ぶトラックにTB-303が使用されているが、これは最新のユーロラックモジュラーと同期させた最新鋭のトラックに仕上がっている。

こちらはファーストアルバム同様にDETROIT UNDERGROUNDからのリリースになる。

 

galcidがインテリジェンスならば、lenacidはよりプリミティヴである。

食べ物に例えるとgalcidが野菜メインのフランス料理で、lenacidは石器時代のマンモスの肉だ。

 

乞うご期待。

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