新国立劇場初登場の野木萌葱にインタビュー~史実から想像を膨らませて書いた『骨と十字架』

インタビュー
舞台
2019.7.10
野木萌葱  (撮影:荒川潤)

野木萌葱  (撮影:荒川潤)

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新国立劇場2018/2019シーズン最後の作品となる『骨と十字架』(2019年7月11日~28日、新国立劇場 小劇場)は、今シーズンから同劇場の芸術監督に就任した小川絵梨子の演出で、脚本を担当するのは劇団「パラドックス定数」を主宰し、歴史上の実際の出来事や事件から物語を構築したスリリングな会話劇で注目を集める劇作家、野木萌葱だ。

新国立劇場からのオファーに「宛先を間違えているのではないか」と思ったという野木は、今回が同劇場初登場となる。既に書き上げた最終台本で稽古が進む中、心境を聞いた。

■本から「やめておけ」というメッセージが来た

――今作は、進化論を否定する立場のキリスト教の司祭でありながら、古生物学者として北京原人の骨の発掘に携わったピエール・テイヤール・ド・シャルダンを中心とした物語となっていますが、どうしてこの題材を選ばれたのでしょうか。

いつも脚本の題材は、図書館をうろうろして探します。特に当たりは決めません。決めたらダメなんです。普段は、題材となる本を見つけたときや、本を読み進めるときに「これは」という感覚があります。今回は、アミール・D・アクゼルの『神父と頭蓋骨―北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展』(早川書房)という本が目につき、それを手に取ったのですが、その瞬間に本から「やめておけ、手を出すな」というメッセージが来たんです。「うわぁ、こんなこと初めてだ」と思いました。

――そのメッセージを無視して、読んだんですね。読んでみて、どう思われましたか。

やめておけばよかったと思いました(笑) 。でも同時に「これに挑むなら今だな」という気持ちになりました​。

――台本を読ませていただきました。キリスト教のことや進化論のことなど非常に情報量が多いのですが、会話劇として明快でわかりやすい内容だと感じました。特に5人の司祭たちの関係性や距離感が絶妙で、とても印象に残りました。

そのあたりは、資料にヒントがありました。この人とこの人の関係は、最初は良かったけれどだんだん意見が対立していく……といった記述を入り口にして、史実ではあの5人が一ケ所に勢揃いすることはなかったんですが、もし一堂に会したらどんな話をするのかな、ということを想像して書きました。

――テイヤールと激しく対立するラグランジュという司祭の存在が、この作品においていいスパイスになっていると思いました。

『神父と頭蓋骨』の中に、テイヤールが参加したパーティー会場で、検邪聖省(かつての異端審問所)に所属していたラグランジュを見かけて「あれが、私が火あぶりになるのを見たがっている人ですよ」と友人に話す、というエピソードが出て来ます。火あぶり、というのはもちろんテイヤールの冗談で、その直後にラグランジュがテイヤールのところにやってきて手を握り二人は会話を交わした、となっています。そこから、ラグランジュとはどんな人だったんだろう、と想像して書きました。

■最初は『Keep Walking』というタイトルだった

――テイヤールが主人公だという見方で読み始めたのですが、話が進んでいくにつれて、誰の視点でこの物語を見るかによって、全然見え方が違ってくる作品だと感じました。人それぞれ、誰に共感するかも変わってくると思います。

テイヤールが中心になってはいますが、彼と4人のやり取りや関係性が素敵に見えたらいいな、という思いで書きました。稽古場で小川さんが「リサン(彼も学者の司祭)の気持ち、すごくわかる」と言っているのを聞いて、「私は総長とラグランジュだな」と思っていました。この物語で描かれている、人との関係性や立場についての問題は、会社だったり家庭だったり、どこにでも起き得ることだと思うので、次々起こる問題を自分のこととしてお客さんが見てくれたらいいな、と思っています。

――ラストのテイヤールのセリフが本当に素晴らしいと思いました。野木さんはどういう思いでこのセリフを書かれたのでしょう。

自然と出て来ましたね。この作品のタイトルですが、最初は『Keep Walking』だったんです。結局、日本語のタイトルにしようということで『骨と十字架』になりましたが、英語表記として『Keep Walking』をチラシやポスター、ホームページなどに残していただけてとても嬉しく思っています。執筆中『Keep Walking』はずっと低音で鳴っているイメージでした。ひとりよがりのイメージなのですが、小川さんもその意図を汲んで演出してくださっていると思います​。

――これまで小川さんの演出作品をご覧になったことはありますか?

2013年に新国立劇場で上演された『OPUS/作品』を見ました。ポンポン、とテンポよく行く演出だな、と感じました。そのとき出演していた近藤芳正さんが、2014年5月に私の主宰する劇団公演に出演することが決まっていたので、つい近藤さんを中心に見てしまいました。今回も近藤さんがご出演されるのですが(ラグランジュ役)、台本を読んで「野木はあの時から進歩してないな」と思われているんじゃないかと心配です(笑)。

■「見られないなら自分でやろう」と『オペラ座の怪人』を上演

――野木さんご自身のことをお聞きしたいのですが、そもそも演劇を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

小学5年生のときに、マクシミリアン・シェル主演の『オペラ座の怪人』がテレビ放送されると知り「見たい」と思ったのですが、母がとても厳しく、基本的にテレビは禁止だったので見せてもらえませんでした。その後、劇団四季が上演する、というのでますますどんな話なんだろうと興味がわいて、でもお小遣いもないから見にも行けず、それで勢いで「見られないならやろう」と。中学2年生のときにクラス会で上演することにしたんです。見たこともないのに、私が作・演出をやりました。それが初めての演劇体験でしたね。

――高校卒業後、日大の演劇学科に進み劇団を旗揚げされました。今年3月にご自身の劇団「パラドックス定数」でナチスの芸術介入を題材にした『Das Orchester』を再演されましたが、その初演は大学時代だったとうかがっています。そうした史実など実際にあった出来事から物語を膨らませるときの難しさや制限を感じる部分はあるのでしょうか。

私はいつも制限を破壊しながら突き進んでしまいます。なので、劇団公演をご覧になったお客様から「ありえないよね」と言われてしまうことも多いのですが。今回に関しては、やはり宗教の問題、という点において、制限というか壁にぶち当たったのですが、“資料を捨てる”と言うと乱暴ですが、一回資料から離れてみたりもしました。

――では最後に、今作をご覧になるお客様にメッセージをお願いします。

登場人物の5人が生きている様を見ていただきたいですね。しゃべって、会話して、考えが変わったり変わらなかったり、そうやって生きている5人になっていると思いますので、それを見て、皆さんがそれぞれに何かを感じていただければ嬉しいです。

取材・文=久田絢子  写真撮影=荒川潤

公演情報

新国立劇場2018/2019シーズン演劇公演 『骨と十字架』 Keep Walking
 
■作:野木萌葱
■演出:小川絵梨子
■出演:神農直隆 小林 隆 伊達 暁 佐藤祐基 近藤芳正

 
■会場:新国立劇場 小劇場
■日程:2019年7月11日(木)~28日(日)(7月6、7日にプレビュー公演あり)
■料金:A席6,480円 B席3,240円 (税込)
<e+半館貸切公演>
■日時:2019年7月27日(土)18:00開演(開場は開演30分前)
https://eplus.jp/sf/detail/2927400003-P0030004P021001?P1=1221

 
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