大衆演劇の入り口から[其之三十七] ♨温泉×旅芝居のすてきな関係~「大江戸温泉物語」東京本社で話を伺いました
大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ株式会社 マーケティング本部 企画販促課 課長代理 楠本絵梨奈さん。
「お芝居を観る場所」といえば、劇場!小屋!というのが一般的。でも旅芝居=大衆演劇の場合、専用劇場に加えて、全国で51箇所(※)の温浴施設・温泉宿でも公演している。
※旅芝居専門誌『KANGEKI』WEBサイト掲載、常打ち公演のセンター数。不定期公演は除く。
こういった温浴施設は、大衆演劇の劇団やファンの間では「センター」と呼ばれる。観劇とお風呂を一緒に楽しめるセンター公演は、劇場公演とはまた異なるリラックスした観劇空間だ。
だが近年、関東では、センターが相次いで閉館。東京近郊だけでも、2015年に「大宮健康センターゆの郷」(埼玉県)、16年に「ファミリー湯宴ランド小岩」(東京都)、17年に「メヌマラドン温泉」(埼玉県)、18年に「高尾の湯ふろッぴィ」(東京都)が歴史に幕を下ろした。
大衆演劇の一ファンとして、公演先が無くなっていくのは何より悲しい。だから全国に施設を持つ人気ホテルグループ「大江戸温泉物語」が、これまで大衆演劇を上演してきた北陸と関西の3つの施設に加え、19年1月に栃木県のホテルで大衆演劇公演を始めたのは明るいニュースだった。
新たに大衆演劇の上演を始めた、「ホテルニュー塩原」での劇団天華による舞台(19年4月)。
ホテルニュー塩原内の大衆演劇場「塩原鳳凰座」。
【現在、大衆演劇公演を行っている大江戸温泉物語の施設】
・片山津温泉 ながやま(石川県)
・芦原温泉 あわら(福井県)
・箕面温泉スパーガーデン(大阪府)
・ホテルニュー塩原(栃木県)
それぞれ記事中ではながやま、あわら、箕面、塩原と略称で記載させていただく。筆者は4施設すべて訪問しているが、大衆演劇場の客席は驚くほど一杯だった。一体どうやって人を呼び集めているのだろう?そもそも、なぜトップランナー企業である「大江戸温泉物語」は大衆演劇を導入したのか?
訪問客へのおもてなしコンテンツとしての大衆演劇──その戦略を聞くべく、東京都中央区にある大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ(株)本社へ伺った。
①リピーター客と大衆演劇の相性とは?
──大江戸温泉物語がなぜ大衆演劇を取り入れているのかを伺いたくて、本社にまで来させていただきました。よろしくお願いします!
マーケティング本部 企画販促課 課長代理の楠本絵梨奈(くすもと・えりな)です。どうぞよろしくお願い致します!
──楠本さんご自身は、どういった業務のご担当をされているのですか?
各ホテルの食事・イベントの企画が決定したあと、打ち出し方法から、お客様向けのお知らせ・広告までを一貫して行っています。私は入社して6年間、ずっと販促に関わっていて、今は栃木の5施設の担当です。その一つが今年1月に大衆演劇を始めた、那須塩原の「ホテルニュー塩原」ですね。東日本の施設の中で最も客室数の多い、基幹店舗と呼ばれる施設です。大衆演劇の上演を始めるにあたって、舞台の音響設備などを使いやすいよう調整し、幕も大衆演劇風にアレンジしました。
──開始から約半年。私も訪問させていただきましたが、多くのお客様が舞台に笑ったり泣いたり、集中して観られていました。
実はスタート前から、大衆演劇はお客様に確実に喜んでいただけるコンテンツだと想定していました。というのは以前から大衆演劇を上演してきた、ながやま、あわら、箕面の3施設で大変好評でしたから。弊社ではメインであるお風呂はもちろん、お客様が館内で楽しく過ごせる・遊べるということを意識しているんです。
──ということは大衆演劇も、貴社がお客様へのサービスの一環として掲げている「抜群の快適さ・居心地の良さ」の一環なのですね。
はい、ホテルってお風呂に入ってお食事をしたら、周りに遊びに行くところがなければ、時間を持て余してしまうこともあると思うので…。弊社では「また来たい」と思っていただける根拠の一つとして、館内で観られるエンタメに力を入れています。大衆演劇の他にも歌謡ショーや、落語の実績もあります。もちろん、施設の大小によって舞台設置ができる施設に限られますが。
──温泉に来られるお客様と大衆演劇、両者が合致したのはどんな点でしょうか。
子どもからお年寄りまで誰でも楽しめる内容ですね。私自身、仕事で関わることになって初めて大衆演劇を観たので、難しい昔の言葉を使っているのではと思い込んでいたんですが、現代の言葉なんですね。笑えるシーンもあるし、面白い!って驚きました。だからホテルでの公演の様子を見ていると、意外と子どもが舞台をしっかり観てるんです。小学生くらいの子がおばあちゃんが観てるから横で観るみたいな感じで。お芝居の内容が、味方が敵に連れて行かれちゃったとか、良い者と悪い者が戦ってるとか、すごくわかりやすいですよね。客席に一斉に笑いの波が起きたりするので、難しい演劇より、もっと近い関係性なのかなっていうのを感じます。
万人受けすると思うんですが、中でも60歳以上の女性のお客様には本当に楽しんでいただけます。そしてこの層が、平日に来てくださるお客様のメイン層なんです。平日に時間を使うことができる世代。
──なるほど、平日の動員動機になることがポイントなんですね。
温泉旅館って、土日は満室でも、平日は意外と稼働が低いところが多いんですよ。なので弊社は、平日は宿泊料金を抑えることで、できるだけ多くのお客様に来ていただけるよう工夫しています。ホテルニュー塩原だと7,980円(※)からですね。
※平日、大人4人以上1室利用、1泊2食付きバイキングプランの1人分の料金(税別)。
──温泉宿としてはすごくリーズナブルですね。
でも今のサービスを7,980円で提供するには、できるだけ多くのお客様に来ていただきたいので。東京や埼玉や千葉からの直行バスを出して、3か月に1回とか、2か月に1回とか、多い方ですと2週間に1回くらい来てくださるリピーターになっていただけるよう努めています。そのような“通って”くださる平日リピーターの方に、楽しんでもらえるものを入れていく必要があるということで、大衆演劇を選択したんです。おかげ様で平日も、客室は8割ぐらい埋まっています。
──今おっしゃった“通う”っていうスタイルと大衆演劇って、抜群の相性のように感じます。公演劇団が毎月替わるので、次の月に来たときにはまた別の劇団が観られますし。
そうですね、それに同じ月に複数回いらしても、演目が日替わりで毎日違う。だから継続して楽しんでいただけています。
──多くの公演先は土日が集客の目玉です。でも大江戸温泉は違っていて、以前ながやまで公演されていた劇団の座長さんが、どうしてここは土曜が一番入らず、平日に人が入るんだろうと疑問を口にされていました。
土曜日のお客様って少し層が異なるんです。子ども連れのファミリー層がメインになります。やっぱりちっちゃい子がいると、周辺の観光地に足を運ぶケースもありますので。
──謎が解けました。逆に、最初から舞台目当ての大衆演劇ファンは劇団を追いかけて遠征します。泊まり遠征はもちろん、日帰り弾丸遠征というのもするので、4施設とも日帰り料金2,000円以下という値段は…正直、非常にありがたいです(笑)。
ホテルニュー塩原の開演前の風景。ぎっしりと人で埋まっている。
──集客に苦心する公演先も多い中で、ながやま・あわら・箕面・塩原、いずれの大衆演劇場もお客様で一杯なことに驚きました。特に塩原は導入されたばかりですが、人を集める工夫はどのように?
塩原での大衆演劇スタート前には、かつて関東で大衆演劇を上演していた場所についてリサーチを行いました。以前は東京の下町にも公演場所があったんですね。そのエリアにお住まいの方には大衆演劇を観ていた層がいるはずなので、そこからホテルまでの直行バスの案内を載せたチラシを入れてみたりして、アプローチしています。その結果、近くの公演先が無くなってしまったけど、大衆演劇がまた観たいなって思っていた方たちが来てくださっているというのはあると思います。
──集客は、きめ細かなリサーチに基づいているんですね。
それから塩原のお昼の公演時間を13:30~16:00にしたのも、一つからくりがあります。宿泊のお客様の、埼玉・千葉・茨城・東京からの直行バスが13:00前にホテルに到着するんですよ。お部屋の清掃が終わって鍵を渡せるのが15:00頃なので、チェックインまでにちょうどいい時間が空くんです。その間に大衆演劇を楽しんでいただく。それで面白いなって感じていただけた方は、夜の舞踊ショーもご覧になったりします。
──ファンとしては、そういうところから大衆演劇の輪が広がっていくといいなぁと思います。
一度観たら忘れがたい大衆演劇の魅力。箕面温泉スパーガーデンでの春陽座の舞台(18年10月)。
②社員さんから見た大衆演劇役者の姿とは?
──楠本さんがお仕事で大衆演劇の役者さんと接される中で、どのような印象を持ちましたか。
皆さん、お客様にはもちろん丁寧ですが、私たち社員にもすごく丁寧です。たとえば塩原にテレビ取材が入ったりすると、私が下見や撮影当日にお邪魔して、「今日はカメラが入るのでよろしくお願いします」という話を事前に座長さんにさせていただくんです。開演直前にお会いするので、先方はばっちりメイクした状態で。私は社員といってもあまり偉い人には見えないと思いますが、皆さん非常に親切で、気持ちよく接してくださいます。実際にお話する前は、役者さんて気難しい人が多いのかもしれないと思ってたんですけど、今まで嫌な思いをしたことは一度もないです。
ご家族で経営されている劇団さんも多いですが、まだ小さいお子さんまですごく礼儀正しい。だから化粧しているときは大人かと思うんですけど、素の姿で見かけると、えっランドセルしょってる!って驚くことも。普通の小学生とは振る舞いが全然違うなと感じます。
子どもたちも立派な役者として生きている。春陽座の子役メンバーによる舞台(18年10月、箕面スパーガーデン)。
それから、どの劇団さんもお客様に対して自分の劇団だけをアピールするのでなく、来月は違う劇団です、このホテルにまた来てくださいと宣伝してくださいます。大衆演劇という文化そのものを広めたいという気持ちが、根底にあるんじゃないかなって。役者さんのそういうお気持ちは、温泉に来られるお客様にも伝わっていると思いますね。
③温泉と大衆演劇のこれからは?
──温泉で大衆演劇を上演するという組み合わせは、昔はもっと全国にあったと聞きます。大衆演劇も厳しい時代ですが、温泉という文化もかつてに比べて減少しているのでしょうか。
そうですね、昔は温泉街みたいなところがどの地方にもあったんですが、少なくなってきています。まだ伊豆方面などは行こうかという方も多いようですが、それでも一本横の道に入ると、かつて栄えた場所が廃墟になってしまっていたり、シャッター通りだったり、少し残念な風景になりつつありますね。バブルの頃は社員旅行でバスを借り切って温泉に行くということも多かったようですが、今はほんとに個人のお客様が多いです。
──それでも大江戸温泉はお客様目線の快適さを追求し、拡大し続けています。
弊社も色々な経験からメソッドを得てきました。たとえば大衆演劇の上演を最初に始めたのは石川県加賀市のながやまですが、そのあと、同じ加賀市に「日本元気劇場」っていうテーマパークも持っていたんですよ。温浴施設やホテルではなく、日光江戸村にちょっと近いような、日本の昔ながらの文化をテーマパーク化した劇場型エンターテインメント施設です。「日本元気劇場」は2013年に休業になってしまったんですけれども、そのノウハウや人のコネクションは、弊社が大衆演劇の上演を続けていく上で大きな財産になりました。そのメソッドを同じ北陸のあわらが輸入し、次に大阪の箕面、今回の塩原まで続いています。
──もう無くなってしまった施設も含め、様々な経験が今日まで生きているんですね。
そしてこれから重要なのが、インバウンド(外国人)のお客様ですね。弊社もいくつかのエージェントと契約しているので、インバウンドの団体ツアーは多くなってきました。外国からのお客様が大衆演劇を積極的に観てる絵は、まだ見えてきません。お芝居は日本語ですし。それでも歌や、綺麗な着物を喜んでくださる方もいます。今は外国人のファンがついてるというところまではいかないですけれど、何か賑やかなことをやってるなぁと、ご覧になる方も増えていくかなと。
芦原温泉 あわらの大衆演劇場の入り口。奥の壁に飾られた、ファンによる「おかえりなさい」の装飾に心温まる。
──どこの施設でも地元のお客様のグループをたくさん見かけます。毎月グループでここに通って、各月の劇団を観ているんだろうなっていう方たちです。
そういうお話を聞くと、嬉しいですね~!
──年に一回、好きな劇団が帰ってくると、〈おかえりなさい〉などファン手作りの貼り出しを壁に飾ったりされているんです。
その劇団が帰って来るのを待っていらっしゃるんですね。やはり第一には、地元や近隣のお客様に繰り返し来ていただいて、お風呂もお食事も観劇も、めいっぱい楽しんでいただけるホテルでありたいと思います。「大衆演劇が観られる」というのを大江戸温泉を選ぶ理由の一つにしていただければ。抑えた価格で、コスパ抜群の休日をお過ごしいただけます。どうぞ足をお運びください!
芦原温泉 あわらに貼り出されている、これまでと今後の公演劇団。
大衆演劇を行っている大江戸温泉の施設は、至るところに公演中の劇団や、この先公演予定の劇団の案内がある。施設全体で、大衆演劇をコンテンツとして大切にしているのが伝わってくる。
従来、温泉×旅芝居というタッグは、双方が利益を得つつ、訪れる人の体と心を癒す、すてきな関係を築いてきたのだと思う。盤石な戦略に基づいて拡大する大江戸温泉は、その文化を継ぐ場所になっていると思えてならない。
取材・文:お萩
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