『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝』雪を溶かす人の温もりが運命を変える。

2019.9.9
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(c)暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

映画『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』は美しい作品だ。世界を濾過して、美しいものだけ抽出したような作品だった。観終わった後、世界の不純物に触れてこの気持を壊したくないという気持ちにさせられる。

世の中には理不尽で不愉快なものがたくさんある。芸術までそれを増やす必要なんてないじゃないかと、印象派の画家オーギュスト・ルノワールは語ったが、これもそんな考えの下、作られた作品だと思えた。世界の美しさを忘れないことが理不尽な世の中を生き抜く力になると固く信じている人々の作った作品だ。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、手紙の代筆業に就く少女の活動を通して、言葉が人々の心の再生と、主人公の少女が愛の感情を学んでゆく物語だ。原作は、京都アニメーション大賞で大賞を受賞し、これまで全3巻が刊行、2018年にはTVアニメが放送されている。孤児だった少女が「武器」として戦争に駆り出され、両腕を失うが、唯一彼女を気にかけていたギルベルト少佐の言葉の意味を知るために自動手記人形と呼ばれる手紙の代筆業に従事する。シンプルで饒舌な物語、端正な映像美で細やかな心の機微を描き、京都アニメーションの技術の高さと豊かな表現力を改めて知らしめたシリーズだった。

今回の映画は「外伝」と銘打たれているが、基本的にはTVシリーズと方向性を同じくして、言葉が本来持つ力と美しさを、2人の引き裂かれた姉妹の物語を通して描いている。TVシリーズや原作小説を知る人はもちろん、今作で初めて作品に触れる人でも魅力を堪能できる作りになっている。

心をすくい取る「自動手記人形」という仕事

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』という作品を最も特徴づけているのは、自動手記人形と呼ばれる職業のあり方だ。かつて、ある発明家が視力を失った作家の妻のために発明した自動執筆のための人形から転じて、手紙の代筆業がそう呼ばれているのだが、本作において手紙の代筆とは、文字通りの代筆ではなく、人の想いの本質を汲み取り、より美しい言葉で手紙をしたためることを指す。自動手記人形とは、本人すら気づかない、あるいは閉ざされた心を氷解させ、本当に伝えたい想いを手紙という形に置き換える、心のエキスパートなのだ。

本シリーズの主な物語は、自動手記人形である主人公のヴァイオレットが、様々な依頼人と出会い、彼ら/彼女らの心を解き明かしてゆくものだ。その過程でヴァイオレットもまた、心の複雑さと豊かさを学んでゆく。戦争の兵器として育てられたヴァイオレットは、心に多くの欠落を抱えている。ギルベルト少佐の言った「あいしてる」の意味がわからず、煩悶とする彼女は、その言葉の意味を知るために、自動手記人形となり、多くの依頼人との邂逅を経てその意味にたどり着く。

「愛」という言葉は、そこら中に飛び交っている。「愛」はあまりにも氾濫しすぎているかもしれず、その本当の意味や美しさを忘れてしまうことがあるかもしれない。本作を観ると、ありふれすぎて摩耗した「愛」という言葉の本来の意味を取り戻せる。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズはそんな作品だ。

雪を溶かす手の温もり

今回の「外伝」は、運命に引き裂かれたとある姉妹にまつわる物語だ。物語は2部構成で、前半は淑女を養成する女学園に入れられたイザベラ・ヨークと、彼女の世話係となるヴァイオレットの関係が描かれる。人里離れ、固く閉ざされた学園はまるで牢獄のようで、イザベラの自由を奪っている。その牢獄と同じように心を固く閉ざしたイザベラの心をヴァイオレットが解きほぐしてゆく。

後半は、一転して開放的な雰囲気で始まる。透き通る青空を優雅に飛ぶ鳥たちを船に乗る幼い少女、テイラー・バートレットが不思議そうに見つめている。テイラーは孤児院を抜け出し、はるばるヴァイオレットを訪ねてやってくる。郵便配達人になりたいというテイラーとヴァイオレットや同僚のベネディクトとの心温まる交流が描かれる。一見つながりのない2つのエピソードが手紙によってつながり、引き裂かれるはずだった姉妹の運命を変えてゆく。

本作は豊かな暗喩に満ちている。髪をほどいたり結いたりするシーンがとても多いのだが、中でも三つ編みを巡るヴァイオレットとテイラーの会話は示唆的だ。2つの束ではほどけてしまう、だが3つなら固く結べる。2人の姉妹にヴァイオレットが加わることで、絆が固く結ばれる。

そして、本作は手の温もりについての映画でもある。舞い落ちる雪が幼いテイラーの手の甲に当たり溶ける。その時、彼女の手を引く男装の少女はこの子を救うのだと決意する。雪を溶かす手の温もりに生命の息吹が宿っている。

これは、原作小説の1エピソード「囚人と自動手記人形」からの援用だろう。

戦場で初めて雪を見たヴァイオレットが、手に触れて溶ける雪を見て言う。

「ゆきは・・・・・・とけるものと、とけないものがありますか?」

ヴァイオレットは、死体の山を指して「少佐の手ではとけます。死体の上では、とけません」と悪意なく不思議がる。ギルベルトは「雪は温かい物に触れると解ける。冷たい物には降り積もるんだ」と答える。

主人公ヴァイオレットは、戦争で両腕を無くし義手をつけている。彼女の手は人の体温を感じ取れない。しかし、そんな彼女が、イザベラと手をつないだ時、手をつなぐと心が温かくなることを知ったと言う。そして、テイラーが手紙を書くのを手伝う時にヴァイオレットはテイラーの手に自分の手を重ねて、離れ離れになった姉への手紙を書く手助けをする。そうやって手の温もりは3人の間を巡り巡って、手紙に形を変えて届けられるのだ。

「届かなくていい手紙なんてないからな」と配達人のベネディクト・ブルーは言う。TVシリーズでもヴァイオレットの台詞として使われた言葉は本シリーズを通して大切なメッセージだ。TVシリーズでは手紙を書く人と受け取る人の物語を中心に描いたが、「外伝」はそれに加えて届ける人の物語でもあった。書く人、受け取る人、届ける人。ここでも三つ編みのメタファーが生きてくる。そのどれかひとつでも書けたら、手紙は届かないのだ。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝』は理不尽な世界を乗り越える言葉の力の物語だ。シンプルな言葉はこんなにも力強く、人を勇気づけてくれるのだと教えてくれる。溢れんばかりの美しいアニメーションが言葉の本来の力を教えてくれる至福の90分だった。