歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎』夜の部レポート 「鬼一法眼三略巻 菊畑」で中村梅丸改め中村莟玉披露
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『吉例顔見世大歌舞伎』
2019年11月1日(金)、歌舞伎座で『吉例顔見世大歌舞伎』が初日を迎えた。夜の部「鬼一法眼三略巻 菊畑」(以下「菊畑」)は、中村梅丸改め初代中村莟玉(かんぎょく)のお披露目の演目となる。
莟玉は、平成8年生まれの現在23歳。歌舞伎とはつながりのない一般の家庭に生まれ育つが、縁あって平成16年、中村梅玉の元に入門。平成18年に部屋子となり、梅丸の名前で修行を重ねてきた。このたび梅玉の芸を受け継ぐ養子となり、名前を莟玉にあらためる。「莟」の字は、梅玉の養父・六世歌右衛門が自主公演などを「莟会(つぼみかい)」という名で行っていたことに由来。前途有望だがまだ花の芽、一人前になる前の若者という意味が込められているのだそう。
「菊畑」の劇中で口上が行われ、梅玉、莟玉の他にも、中村鴈治郎、中村芝翫、中村魁春が列座した。初日の夜の部をレポートする。
一、鬼一法眼三略巻 菊畑
夜の部は、「菊畑」ではじまる。『鬼一法眼三略巻』の三段目にあたるエピソードで、1731年に浄瑠璃で初演された。定式幕が開き、浅葱幕が落されると、大きな池があり周りを松の木や紅葉、そして菊の花々が彩る。ここは鬼一法眼(以下、鬼一)の屋敷の庭だ。
鬼一(芝翫)は、かつては源氏方の家臣だったが、今は平家に仕える兵法家。その屋敷に奉公しているのが、奴の智恵内(梅玉)と虎蔵(梅丸改め莟玉)だ。
板付きで登場したのは、奴の智恵内。今はちょうど、庭掃除を終えたところらしい。床几(しょうぎ)に腰掛ける姿はどっしりとしており、毛抜きでヒゲを手入れする仕草が男くさくも色っぽい。奴たちに難癖をつけられても動じることなく、鮮やかにやり返して追っ払う強さを持ちつつ、着物の裾を摘まんで見得を切ると、品がある。
ただものとは思えない智恵内の正体は、実は、鬼一の弟・鬼三太なのだ。そして虎蔵の正体は、実は牛若丸。牛若丸と鬼三太は、主従の関係にあるが、素性を隠し、鬼一が所有する兵法書「六韜三略虎の巻」を狙う。二人は「虎の巻」を手に入れ、源氏の再興を目指そうと目論んでいるのだ。
病気がちな鬼一が、この日は気分転換に、菊を見ようと庭へ姿を現す。女中たちを伴い花道から登場する鬼一は、白髪に茶金襴の衣裳。ゆっくりとした足どりから、秘めた迫力を感じさせる。同時に、菊一輪一輪を愛でる姿からは深い知性を感じさせる。
庭を見渡した鬼一は、掃除を担当した者(=智恵内)を呼びつけると、たわいない問答から、お互いの正体や腹の内を推し量る掛け合いとなる。
そんな折、花道の揚幕が上がり莟玉演じる虎蔵(実は牛若丸)が登場する。大きな拍手が迎える中、莟玉は全身をしなやかに使い、舞うような華やかさを纏って七三へ。
虎蔵は、鬼一の娘・皆鶴姫(魁春)のおともで出かけたにもかかわらず、(姫に言われたとはいえ)先に一人で帰ってきた。鬼一はそれを咎め、智恵内に、杖で虎蔵を打つよう命じる。しかし智恵内は、牛若丸への忠義心に邪魔され、杖を振り下ろすことができずに困窮するのだった。
そこに登場するのが、皆鶴姫。おかげでこの場を切り抜けることができる。皆鶴姫は、虎蔵に思いを寄せている様子だが、横恋慕しようとする笠原湛海(鴈次郎)も登場。この後、意外なところから、虎蔵と智恵内の正体が、指摘されるのだった……。
「いずれは一角の俳優に」
劇中の口上では梅玉から、梅丸を跡継ぎとして養子に迎え、名を莟玉に改めたことが語られ、「一生懸命精進を重ね、いずれは一角の俳優となりますよう末永くご指導ご鞭撻のほどを」と呼びかけた。つづく魁春は柔らかな口調で、「養子ご披露、私もこのように嬉しいことはございません。何卒、中村莟玉 、いついつまでもご贔屓お引き立てのほどを私よりも一重にお願い申し上げ奉りまする」と温かな言葉を贈る。
芝翫は「梅丸さんは小さい時分から梅玉の兄のもとで修行を重ねてこられました。『お芝居が大変好きなちょっと変わった子だな』と思っておりましたら、お芝居が大変好きなまま大きくなられ、このようなご披露に。うれしゅうございます」と和やかに語る。そして力強い声で、末永い贔屓を呼びかけた。鴈次郎は「莟玉さんのことは『丸ちゃん、丸ちゃん』と、息子の壱太郎ともども大変可愛く思っておりました。その梅丸君が梅玉兄さんの養子となり、莟玉のお披露目。このような嬉しいことはございません」と明るく語った。
莟玉は、キリっと澄んだ声で「この上はなお一層芸道に精進してまいる所存にござりますれば、何卒いずれもさまにおかれましてはご指導ご鞭撻のほど一重にお願い申し上げ奉ります」と挨拶をした。
全キャストがハマり役という布陣は、贅沢極まりなく、梅玉と莟玉二人きりで、智恵内が鬼三太、虎蔵が牛若丸に戻るシーンの空気の変化や、梅玉、魁春、莟玉の三人の場面の掛け合いや心理描写も面白い。上演時間は、約1時間15分。莟玉の「演じる喜び」が伝わってくるような、晴れやかな一幕だった。最後は莟玉に、そして華やかに盛り上げた共演者たちに、客席の誰もが大きな拍手を贈った。
二、連獅子
ラグビーワールドカップ日本大会公式マスコットとしてスポットライトが当たった『連獅子』。舞踊の演目だが、全体を大きく前半と後半に分けることができる。前後の間には「宗論」というコミカルな狂言が披露される。
ステージは、能舞台のような設えで、下手には五色の幕、上手奥には切戸口がある。正面に描かれた大きな松を背に、長唄囃子連中が客席の空気を整えると、狂言師の右近(幸四郎)と左近(染五郎)が登場。手獅子(片手サイズの獅子舞のようなもの)や扇を使い、二人は踊る。
右近がもつ白い毛の獅子を親、左近がもつ赤い毛の獅子を仔に見立て、前半の中ごろより二人の踊りは、中国の霊獣である獅子の「自分の子どもを谷に落とし、這い上がってきた子だけを育てる」という伝説を描きはじめる。
親獅子は、仔獅子を強引に谷に落としはするものの、谷の上で、仔獅子が這い上がってくるのを心配そうに待つ。そのもどかしさをじっくり演じた後に、親子が再会を喜びあう場面にうつる。この心理的なダイナミズムは、前半の見どころだ。
間狂言の「宗論」には、偶然旅を共にすることになった二人の僧侶(萬太郎、亀鶴)が登場する。実は法華宗と浄土宗で、お互い異なる宗派だと分かると、次第に口論になり……。今の時代に創作したら波風立ちそうなおかしみをお囃子にのせて語り、最後は太鼓に鐘に足拍子で、賑やかに舞台を後にした。
後半は、幸四郎と染五郎が、白と赤の獅子の精となって再登場。クライマックスは二人並んで毛ぶりを披露する。実の親子である二人に、いまや身長の差はほとんどない。にも関わらず立ち姿や足拍子一つとってみても、白が親、赤が仔であることが伝わってくる。白く長い毛に風格を湛え、重厚感の中にも洗練された美しさが親獅子。赤い長い毛にも阻まれることのないスピード感や、コンテンポラリーダンスにも通じる現代的な表現力を秘めた仔獅子。それぞれの魅力があった上で、やはり親子。息はぴたりと合っている。
来年1月には歌舞伎座で、市川猿之助と市川團子による『連獅子』の上演も予定されている。これまでもこれからも切磋琢磨する世代同士の組み合わせで、同じ演目を見比べるチャンスだ。双方見逃すことなく、それぞれの個性を楽しみたい。
三、江戸女草紙 市松小僧の女
「夜の部」を締めくくるのは、昭和52年2月の初演以来、42年ぶり2度目の上演となる『市松小僧の女』。小説家の池波正太郎が書き下ろした歌舞伎作品で、初演では、池波が演出も手掛けたのだそう。七世尾上梅幸が演じた、主人公のお千代を、時蔵が演じる。
物語は、お江戸日本橋の呉服店「嶋屋」の屋敷からはじまる。庭には立派な石灯籠、白壁の大きな蔵もあり、嶋屋が大店であることをうかがわせる。嶋屋の主人・重右衛門(團蔵)は、前妻との間に長女のお千代(時蔵)を、後妻お吉(秀調)との間にはお雪(梅枝)がいる。そんな重右衛門の悩みは、お千代の結婚問題だ。
「お千代ももう24ですよ。それもただの24ではない」
このような台詞が飛び出すのも納得。なにしろお千代は、大変な男勝りなのだ。稽古着でドカドカ登場すると、第一声から気合充分。時蔵演じるお千代に、客席は笑いと拍手で大いに盛り上がった。お千代は、剣術の腕も確かで、店に因縁をつけてきた浪人を、あっという間に当身で黙らせた。
お千代の頼もしさに、観客はスカッとする。しかしお千代自身は悩んでいた。「なんで男に生まれてこなかったんだろう」と。
しかし彼女に転機が訪れる。きっかけは、市松小僧の又吉(鴈治郎)との出会いだった。又吉は、前髪の美少年だが手癖が悪い。すりを生業としており、お千代はその現場を偶然目にする。お千代は正義感から捕まえて手足を縛り、はじめは懲らしめようとしていたが、いつのまにか無邪気なじゃれ合いとなり……。
鴈治郎の又吉が、母性本能をくすぐるような可愛らしさ。秀太郎がお千代の乳母だった女房おかね役で登場するたびに笑いをさらい、お千代の剣術道場の先輩である南町奉行同心の永井与五郎役の芝翫が、物語に厚みを与えていた。いずれのキャストも生き生きと演じ、あっという間の65分。パンチの効いた女傑お千代が、年下美男子との出会いを通し、歌麿の浮世絵にも描かれそうな、しとやかな女性に変わる物語は、観る者を幸せにする。お千代と又吉の行く末は、ぜひ歌舞伎座で見届けてほしい。
「夜の部」は莟玉、染五郎ら若手が奮闘し、公演を盛り上げている。なお「昼の部」では、『研辰の討たれ』で守山辰次を幸四郎が勤め、『関三奴(せきさんやっこ)』では芝翫と松緑が舞踊を披露。『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)髪結新三』では菊五郎が新三を演じる。
「吉例顔見世大歌舞伎」は、歌舞伎座で2019年11月1日(金)~25日(月)までの上演。
※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。
公演情報
■会場:歌舞伎座
■演目
木村錦花 作
平田兼三郎 脚色
大場正昭 演出
一、研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)
守山辰次 幸四郎
平井九市郎 彦三郎
平井才次郎 坂東亀蔵
八見伝介 亀鶴
小平権十郎 廣太郎
猿廻し光吉 市村 光
高橋三左衛門 寿治郎
吾妻屋亭主清兵衛 橘太郎
中間市助 松之助
湯崎幸一郎 錦吾
粟津の奥方 高麗蔵
宮田新左衛門 竹三郎
平井市郎右衛門 友右衛門
僧良観 鴈治郎
奴 芝翫
奴 松緑
三、梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)
髪結新三
白子屋見世先より閻魔堂橋まで
髪結新三 菊五郎
手代忠七 時蔵
弥太五郎源七 團蔵
下剃勝奴 権十郎
お熊 梅枝
紙屋丁稚長松 丑之助
肴売新吉 橘太郎
車力善八 秀調
加賀屋藤兵衛 家橘
家主女房おかく 萬次郎
後家お常 魁春
家主長兵衛 左團次
<夜の部>
菊畑
中村梅丸改め初代中村莟玉披露狂言
奴智恵内実は吉岡鬼三太 梅玉
奴虎蔵実は源牛若丸 梅丸改め莟玉
笠原湛海 鴈治郎
吉岡鬼一法眼 芝翫
皆鶴姫 魁春
二、連獅子(れんじし)
狂言師右近後に親獅子の精 幸四郎
狂言師左近後に仔獅子の精 染五郎
僧蓮念 萬太郎
僧遍念 亀鶴
大場正昭 演出
江戸女草紙
三、市松小僧の女(いちまつこぞうのおんな)
お千代 時蔵
市松小僧の又吉 鴈治郎
南町奉行同心永井与五郎 芝翫
娘お雪 梅枝
森田屋彦太郎 萬太郎
武士大沢録之助 由次郎
掏摸の仙太郎 市蔵
大番頭伊兵衛 齊入
後妻お吉 秀調
百姓権兵衛 家橘
嶋屋重右衛門 團蔵
おかね 秀太郎
公式サイト:https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/644/