現代の山伏が語る日本の伝承とは 『長塚圭史 山伏と語る~舞台「常陸坊海尊」と山岳信仰』講座レポート
-
ポスト -
シェア - 送る
「長塚圭史 山伏と語る」写真左から坂本大三郎、長塚圭史
2019年12月に上演されるKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『常陸坊海尊』の関連企画として、朝日カルチャーセンター横浜教室にて『長塚圭史 山伏と語る~舞台「常陸坊海尊」と山岳信仰』が開催された。
『常陸坊海尊』は、『近松心中物語』などの作者で戦後を代表する劇作家・秋元松代の戯曲で、今年4月にKAAT神奈川芸術劇場の芸術参与に就任した長塚圭史が演出を務める。この講座は『常陸坊海尊』の背景にある山岳信仰や、現在も東北に残っている海尊伝説への理解を深めようと、長塚と現代の山伏・坂本大三郎が語り合うという企画だ。どのような内容になったのか、その様子をお伝えする。
山伏は日本の芸術・芸能の起源に関わっている
坂本は山形在住の山伏で、イラストレーターや文筆家としても幅広く活動しており、2015年に長塚が仙台で演劇公演を行った際に、デザイナーの紹介で坂本がチラシの版画を作成したことが二人の出会いとなった。今回、『常陸坊海尊』が東北の伝承を題材にした舞台であることから、長塚が山形に取材旅行に出かけて坂本と再会したことがきっかけで、この講座を開催することに至った。
長塚が「どうして山伏になろうと思ったのか」と尋ねると、坂本は「元々は美術に関わる仕事をしていて、芸術や芸能の起源に興味があった。30歳の時に、山形の羽黒山で山伏の修行ができると聞いて最初は好奇心で参加したが、山伏は日本の芸術や芸能の成り立ちに深く関わっていることが分かって、これこそが自分の知りたかったことだと深く関心を持つようになった」と、その経緯を紹介した。坂本の説明によると、山伏は勧進のために人々に寄付を募る際、巧みな話芸や芸能を披露しており、彼らの持つそうした芸能が戦国時代以降に歌舞伎などになっていったのだという。
「長塚圭史 山伏と語る」坂本大三郎
山伏である坂本が、イラストレーターでもあることについて長塚が話を振ると、坂本は「古くから山伏は兼業であることが普通だったが、現在では寺院運営に携わり、山伏だけをやっている“フルタイム山伏”と、他の仕事もしている“パートタイム山伏”がいる。中にはスーパーマーケットで働いている山伏もいて、その人は“スーパー山伏”と呼ばれている」と答え、会場の笑いを誘った。
特別な存在として描かれる女性の“聖性”
『常陸坊海尊』という物語は、1944年に東北に学童疎開をしてきた子供たちが、山の中で山伏やイタコと出会うところから始まっている、と長塚から説明された。東京出身の長塚が「イタコとはなかなか出会うことがないけれど、地域によっては近しいところにいるらしい」と述べると、千葉出身の坂本が「子供の頃、近所にイタコ的な存在のおばあさんが住んでいて、小学生くらいまでは完全に信じていた」と驚きのエピソードを披露。それを受けて長塚は「芝居を上演するとき、観客は暗黙の了解の下に嘘の世界に入り込む。観客には信じる力がある、と演じる側も信じられるから、エネルギーをつぎ込んで役に入っていくことができる。イタコもきっと同じで、信じると決めることで、イタコの身体を通じて死者に会うことができる」と、イタコの持つ演劇的な側面について述べた。
また、白石加代子が演じる“おばば”と、中村ゆりが演じる“雪乃”について長塚は「この二人は異常に男性を惹きつけて、彼女たちと関わった男は呪縛がかかったようになってしまう。秋元さん独特の筆致で、女性を特別な存在として描いていることが、この劇の一つの根幹になっている」と語った。民俗伝承にまつわる戯曲を多く残した秋元に以前から興味を持っていたという坂本は、この点について「秋元さんは女性である自分と向き合っていく中で、女性の聖性をテーマにした『妹の力』という著作もある柳田國男の民俗学と出会った。おばばと雪乃が持っているのが、サディズムの聖性、男性たちを拘束する聖性と言える」と民俗学の側面から解説した。
「長塚圭史 山伏と語る」長塚圭史
近代化の中で排除されていった山伏やイタコ
山伏は、明治時代に国家神道が推し進められる中、政府の発した神仏分離令によって衰退していったのだが、それについて長塚は「戦後、世の中がどんどん合理化していく中で、僕たちは記憶することを放棄させられていったのではないか。それは、山伏やイタコが近代化と共に排除されて追いやられていったことと繋がっているように感じた。この劇の中には、義経がいた頃からの時代の流れが全部あって、それが自分たちの中に入ってくるような感動を覚える。この作品が発表されたのが1964年、そして今回上演する2019年の現在、これらの時代をどうやって繋げて今のお芝居にするかを考えること、それがこの劇の本質であり魅力であると思う」と、この作品が膨大な時の流れを内包していることを語った。
長塚は最後に「秋元さんは昭和を代表する劇作家。芝居のテーマは何ですか、と聞かれることもあるが、世の中には様々な問題があふれていて、秋元さんも様々な問題を内包して一つの劇を織り成している。時代の波に徹底的に弾かれていく弱者たち、そして750年生きて衆生の罪を一手に引き受けてくれる海尊の存在を信じて、この作品を命のあるものとして舞台の上に立ち上げていきたい」と話して、この講座を締めくくった。
「長塚圭史 山伏と語る」写真左から坂本大三郎、長塚圭史
現代社会では山伏やイタコなどといった伝承を聞く機会も減ってきており、過去から連綿と続く歴史が近代化や合理化の波に押し流されて、いずれ人類の記憶からも消失してしまうのではないか、という危惧を感じる。古くから東北に伝わる海尊の伝説を背景にして、これまで日本が歩んできた時代の流れを内包した不思議な、そして生命力にあふれた人間たちの物語をぜひ劇場で観て、感じてもらいたい。
取材・文・撮影=久田絢子
公演情報
作:秋元松代
演出:長塚圭史
音楽:田中知之(FPM)
白石加代子 中村ゆり 平埜生成 尾上寛之
長谷川朝晴 高木稟 大石継太
明星真由美 弘中麻紀 藤田秀世 金井良信 佐藤真弓 佐藤誠 柴一平 浜田純平 深澤嵐
大森博史 平原慎太郎 真那胡敬二 ほか
<日程・会場>
■会場:KAAT神奈川芸術劇場 <ホール>
■公演日程:
プレビュー公演 2019年12月7日(土)・8日(日)
本公演 12月11日(水)~22日(日)
■お問合せ
■料金:
プレビュー公演(12月7日、8日):5,000 円/U24割引:2,500 円/高校生以下:1,000 円/シルバー割引:4,500 円
本公演(12月11日~22日):S 席 7,500 円 A 席 5,500 円/U24 割引:各席種の半額/高校生以下:1,000 円/シルバー割引:各席種の 500円引き
■
窓口:KAAT神奈川芸術劇場2F(10:00~18:00)
■企画製作・主催:KAAT 神奈川芸術劇場
■お問合せ:
<兵庫公演>
日程:2020年1月11日(土)12:00、12日(日)12:00
会場:兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール
主催:兵庫県、兵庫県立芸術文化センター
料金:A 席 7,800 円 B 席 6,000 円
<岩手公演>
日程:2020年1月16日(木)18:30
会場:岩手県民会館 大ホール
主催:岩手県文化振興事業団、岩手日報社、IBC岩手放送
<新潟公演>
日程:2020年1月25日(土)13:30
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
主催:公益財団法人新潟市芸術文化振興財団
料金:指定 7,500 円、U25 シート 2,500 円
演出家・長塚圭史と本作クリエイターによるプレトーク(ランチ付き)セット券販売
ゲスト:12/12(木)美術・堀尾幸男、12/13(金)ムーブメント・平原慎太郎、12/18(水) 音楽・田中知之、12/19(木) 琵琶
指導・友吉鶴心、12/20(金)扮装・柘植伊佐夫
時間:各回とも 12:30~13:15
会場:KAAT神奈川芸術劇場ホール M2F(ビュッフェ)
ランチボックス+飲み物付きプレトークセット券料金(全席指定・税込・枚数限定・前売のみ):S席 8,500円、A席 6,500円(各種割引料金は適用されません)
【スピンオフ企画】
戯曲『常陸坊海尊』を題材に、本公演ムーブメントを担当する平原慎太郎率いるダンスカンパニーOrganWorksによるパフォーマンスを実施。
演出・振付:平原慎太郎
監修:長塚圭史 出演:OrganWorks
場所:KAAT神奈川芸術劇場1Fアトリウム
入場無料・事前申込不要
イベント情報
舞台「常陸坊海尊」と山岳信仰』※終了
会場:朝日カルチャーセンター横浜教室
長塚 圭史(演出家)
坂本 大三郎(山伏)