衛藤美彩(元乃木坂46)初主演映画『静かな雨』で記憶喪失のヒロインにーー「ほかにはないラブストーリーです」
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衛藤美彩 撮影=福家信哉
もしも、今日の記憶が明日には消えてしまうとしたらーー。記憶喪失のヒロインと主人公の切なくも愛しい日々を描く、中川龍太郎監督の映画『静かな雨』が2月7日(金)から全国で順次公開される。原作は映画『羊と鋼の森』の著者でも知られる宮下奈都の同名デビュー小説。映画は『2019年釜山国際映画祭』正式出品に続き、『第20回東京フィルメックス』で観客賞を受賞している。本作で仲野大賀とダブル主演を務めるのが、昨年乃木坂46を卒業した衛藤美彩だ。演じるのは、事故の後遺症で記憶を留めておけなくなった女性「こよみ」。「たい焼き屋」の店主でもあるこよみを演じる彼女に、作品に込めた思いを訊いた。
衛藤美彩 撮影=福家信哉
●強くて優しいこよみの存在が、作品を印象づけている●
ーー主人公のこよみと行助(ゆきすけ)は、こよみが営む「たい焼き屋」を介して出会います。ということで、まずはたい焼きの差し入れから。衛藤さんは実際に店舗に通われて、作業を習得されたそうですね。本日のたい焼きはいかがですか?
袋から出してもいいですか? 羽根が大きくて美味しそうですね。このはみ出た羽根の部分が好きな人もいるので、お店によって大きさは違っているらしいです。私はもうちょっと、切ってたかな(笑)。
ーーいよいよ初主演映画が2月に公開されます。パンフレットには「早く皆さんに観て頂きたいです」とのコメントがあります。
私自身、これから映画の見方が変わりそうだなと思えるぐらい、この作品を通して映画のファンになれたというか。映画っていいな、と今は思えるようになっています(笑)。
ーー特別な体験となったようですね。
最初はドラマや舞台とも違うし、「映画の世界ってどんな感じなんだろう」と思っていました。ちょうど撮影したのが1年前で、やっとこうして、今、皆さんの元に届けられる。観て頂けるまでにも時間があったので、懐かしいなと思うと同時に、今も行助とこよみが、実際にどこかで生活して生きているんだろうなとも思えて。こういうことが作品や映画の魅力なのかなと、時間をかけて思いました。
ーーご自身としても、役を生きた感覚が強かったのでしょうか。
そうですね。でも、自分の中ではこよみの印象が4回ぐらい変わってるんです。脚本を頂いた時、こう演じようと思ったとき、実際に演じているとき、そして今ですね。
ーーこよみに対して、最初はどんな印象を?
原作も読ませて頂いたのですが、最初はこよみも作品自体も、温かくもありながら、どこか寂しい印象が強かったですね。こよみの印象的な言葉で「私の世界とあなたの世界は違うから」と、相手と切り分けて考えているところがあって……。
ーー言葉で聞くと、なおさら距離を感じるかもしれません。
愛はあるんですがどうしても寂しい印象が強かった。でも演じてから1年たった今、改めて観ると「なんて優しいお話なんだろう!」と変化したんです。行助はこの(記憶を無くした)今のこよみさんと生きていくと、覚悟を決めるわけじゃないですか。これって好きとか愛してるとか、言葉で紡ぐラブストーリーではなく、ただ記憶を無くして悲しいというのでもなくて。この作品は、皆さんも見落としがちな、ありふれた毎日の中にある愛や優しさを描いていて、普通の記憶喪失の映画やお話とは、ちょっと違うのかなと思います。
衛藤美彩 撮影=福家信哉
ーーそっと寄り添うような行助の愛が印象的です。
行助さんがそばにいることがこよみにとって幸せなんです。でもかわいそうだなとも思うんですよね。私だったら、大切な人から「あなたは1日しか記憶が留められない」と言われて、こんなに強く受け止められないと思います。でもそれを受け止めているこよみさんは、すごく強くてやさしい女性なんだなと。そういった彼女の存在がこの物語を印象付けていると思います。
ーー演じるにあたり、役とはどのように向き合われたのですか。
私は喜怒哀楽がすごく激しくて、リアクションも大きい性格なんですけど(笑)。こよみさんは違ってて、凛としている。何か物事が起きたときに飲み込む力もすごく早いし、「しゃあしいな!」と一喝したり。私が一番好きなのは行助さんのことを障害があるとは思っていないところ。足が悪くて大変そう、かわいそうとか、そういう風に行助さんを見ていないんです。私だったらどう考えるかと思いますね。
ーー意識したのは「強い優しさ」でしょうか。
その「強い優しさ」に自分で気付くことを意識しました。「こよみさんはきっとこういう女性だ」というのを、中川監督ともたくさん一緒に話して、イメージのすり合わせを行いました。掴んできたところで「あとは衛藤さんらしさを出してください」と仰っていただいたので、のびのびとやらせていただきました。
ーー実感をもって演じられたようですね。
それでも半分ぐらいでしたね。もちろん、こよみとはこういう役だろうなというのは、自分の中で落とし込んでから演じたのですが、行助さんを演じた大賀さんのほうが役作りを通じて、こよみを受けることで行助さんが変わっていくということに気付いて。こよみはぶれない軸にならなければいけないと思い、芯の強さを大事にしました。
●「信頼して、飛び付いて、食らい付いていった感じです」●
衛藤美彩 撮影=福家信哉
ーー撮影を通して、印象に残っているエピソードはありますか。
作品全体の話は、前作でも一緒に作品を作ってらっしゃった大賀さんと監督がたくさんされていて。私は監督から、「美彩さんは初めてだから、自分の役に集中していいからね」というふうに言っていただけたので、こよみの役に集中できたんです。本当に甘えさせていただけた環境だったなと(笑)。本当は主演なので、そういった環境作りとかも、もうちょっと考えるべきなんですけどね。でも正直いっぱいいっぱいなところもあったので。大賀さんと監督が現場を引っ張ってくださったことで毎回助けられていました。
ーー初めての主演映画ということで、気合を入れて臨まれた部分もあったと思います。
実はそんなことないんです。むしろ入れたら空回りすると思っていたので(笑)。撮影当初、「初めてだから緊張する」と言ったら、助監督さんが「いやいや、僕たちもこの作品は初めてだから」と言ってくださって。その言葉はもう鳥肌ものでした。「ああ、そうだ。その瞬間、何一人で背負ってたんだろう」と。いい意味で皆さんのお力を借りるしかない、と気持ちが切り替わりました。信頼して、飛びついて、食らい付いていったという感じでしたね。
ーーごく自然にこよみとして存在されているのが画面からも伝わってきました。どこか無音をも楽しむような空間に身を置いての演技はいかがでしたか?
コーヒーを飲んでいるシーンとかですよね。すごい不思議な感じでした。状況説明もないし。いただいた映画の感想で、「観る側が画面からくる情報を逃すまいと、音や光、台詞に集中して観れた」というのがあって、確かに! と。特にこよみさんの方が台詞が少ないんですよ。だから、その場の空気感だったり音や風、全部をちゃんと「感じる」ということは意識しました。
ーー「今を感じて生きる」のは、SNS全盛の現代とは対極にあるような世界観かもしれません。
今は確かにみんなスマートフォンを携帯していて、SNSもあって。思い出がどんどん溜まり積もっていく時代じゃないですか。そのためにお出かけするぐらい思い出作りをしてしまいがち。それを悪いことだとは思わないし、それが当たり前だと思っていて。ただそればかりだと、きっと気づけないこともあって。
ーー普段、食事をする際に、そう思われたそうですね。
どうしても「これは美味しそうだから」と写真を撮っちゃう。運ばれてきた時と食べる時の匂いとかも違うかもしれないのに、その場にある匂いよりも思い出を作ることに集中してしまう。そういう時に、今と向き合えているかと思うと、絶対できてない。多分、映画の二人は今を大切に生きている者同士が出会ったのかなと。事故後はいっそう二人にとって今を大事にしているんです。だからこそ、この映画ならではの雰囲気が出させているのかなと思います。
衛藤美彩 撮影=福家信哉
ーーそんな二人にとって、「ブロッコリー事件」は切ないというか。
切ないですよね。でもそれも今を生きた結果というか。今を一生懸命生きているからこそ起きた事件じゃないですか。こよみさんは好きな人に作る料理には絶対ブロッコリーを入れるんだなって。子どもの頃に飼っていたリスのリスボンの話とかも、私もずっとワンちゃんを飼っているので、分かるなと共感しました。
ーー記憶と食事にまつわる終盤のエピソードもユニークです。
あと、最初と最後の台詞が一緒じゃないですか。一緒なんですけど何か違う響きを持って聞こえるというか。すごい良いなと思います。最初の台詞は、多分何気ない日常の会話だなと思って聞いているのですが、最後に聞くと、その日常の会話が二人にとっては、すっごく大事な会話だったんだなと。
ーー原作とは違うラストシーンについては、どうお感じですか。
「行助さんブロッコリー嫌いでしょ」と言って、行助さんが「え?」となる原作のラストも好きですし、一応現場でも撮影したんですよ。でも監督は「こよみの記憶が戻るとか、そういうことを伝えたいんじゃない」というのを仰っていて。こよみの記憶が1日でも早く戻りますようにという物語ではないと。そういうバックボーンがありながら、「どういう風に生きていくのか」を描いたお話なので、ああいうラストシーンにしたんじゃないかなと思っています。
ーー冒頭で仰られたように、二人の人生は今も続いているわけですね。
そうです。これからも続いていくという印象が、この映画には大事なことなんです。
●「卒業生それぞれが、自分の思う道に行けてる状態が素晴らしい」●
衛藤美彩 撮影=福家信哉
ーー女優としてテレビ、舞台にと幅広くご活躍です。今後の目標は?
ミュージカルもすごく好きですね。お客さんが「観たい」と期待感を持って劇場に出向くのは、映画と似ている部分だなとも感じます。舞台は生もので、その日しか見れないものが観れる。映画は何回観ても色褪せることなく、観る人の状況によって印象が七変化するのが面白い。自分もこの1年で4回ぐらいこの作品に対して印象が変わっているので、10年後観た時は、また違う思いをいだくだろうし。映画は自分のものにできるなと。そういう過程が好きなので、映画にはまた出たいなと思いました。
ーー乃木坂46を卒業されてもうすぐ1年ですね。
メンバーのみんなと会えなくなったり、ファンの方と会う機会が減ったりしたことは、寂しい部分ではあります。その反面、出来なかったことや忘れていたことが出来るので、毎日をよりイキイキと過ごせている部分もあります。それこそ今を生きてるなと(笑)。もちろん、在籍時に生きてる実感がなかったとかいうお話ではなくて。日々の生活の中で結構、見落としていたことも多かったと気付くことが増えました。
ーー忙しさに追われていたということですか?
そうかもしれません。例えば、世界でいま何が起こっているかとか、明日の天気はどうかとか考えてなかったですね。
ーー昼か夜かも分からないぐらい。
本当にそうです。場所も「あ、いま栃木か」とか(笑)。それぐらいやり方が不器用なので。卒業後はもう少し、「日々を噛みしめて生きていきたいな」と。今は空を見ながら、ぼけーっとしたりもしています。
ーー今後ますますイキイキと、感情が解放されそうです。
それと、たくさん色んなものをインプットしたいなと今は思っています。
衛藤美彩 撮影=福家信哉
ーー先に卒業された元メンバーたちの活躍も刺激になるのでは。
なります、なります! みんなのインスタグラムを見たりしてるので、たまに会っても「久しぶりな感じがしないね」とか言い合ったり(笑)。それぞれ自分が思う自分の道に行けてる状態が嬉しいですし、素晴らしいなと思います。
ーーそういう意味では、SNSも良い活力源になっていますね。
そうなんですよね(笑)。どっちが良い悪いじゃなくて。こういう時代だからこそ、この映画を観て、忘れかけていたものは思い出させてもらえるんじゃないかな。私だと動画を撮って、記憶に留めておいたらいいのにとも思っちゃうんですけど。こよみさんは、そういうことはしないんです(笑)。
ーー(笑)。最後にファンの方へメッセージを。
記憶喪失の恋愛映画はたくさんあるけど、多分この『静かな雨』のような雰囲気で淡々と静かに進んでいくラブストーリーはほかにないと思います。今を一生懸命、誠実に丁寧に生きている二人だからこそ、届けられるものがある。私は見返す度に気持ちをリセットさせてもらえるので、皆さんにも何度でも観て欲しいですし、自分にとって大切な映画にしてもらえたら嬉しいなと思います。
取材・文=石橋法子 撮影=福家信哉
公演情報
■公開日:2020年2月7日(金)全国順次ロードショー
■監督:中川龍太郎
■脚本:梅原英司、中川龍太郎
■原作:宮下奈都
■出演者:仲野太賀(太賀)、衛藤美彩、三浦透子、坂東龍汰、古舘寛治、川瀬陽太、河瀨直美、萩原聖人、村上淳、でんでん
■公式サイト:https://kiguu-shizukana-ame.com