リニューアルした渋谷PARCOで開催ーホリスティックなアートが拓く学びの場

2020.4.16
レポート
アート

撮影:越間有紀子

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去る2020年2月24日、昨年リニューアルした渋谷PARCOの9階に開校予定(2020年9月予定)のクリエイティヴスタジオ「GAKU」にて、広州出身のダンサーのアーガオ(Er Gao)による即興ダンスワークショップ『日々を踊ろう|消えゆくものと、現れる記憶』が開催された。

ワークショップを主催したのは、これまでも現代アートの学校MADやアーティスト・イン・レジデンス事業、展覧会やワークショップを手がけてきたNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト](以下:AIT)だ。近年はホリスティック(全体性=健やかに生きること、ものごとを癒すこと)をテーマに、カウンターカルチャーや民藝運動など幅広い視点でアーティスト達の多様な実践を振り返り、今を生きることのみちしるべを考えるようなプログラムに取り組んでいる。福祉やアートを横断するホリスティックなワークショップの様子をレポートする。

記憶から紡がれるダンス

今回の企画はAITと時代美術館(中国・広州)、浦河べてるの家(北海道・浦河)による協働レジデンスプログラムの一貫として実施されたもので、アーガオはべてるの家に約2週間の滞在を通じてワークショップを実施した。

浦河べてるの家は、1984年に設立された精神障害等を持った当事者達の活動拠点で、一般的な治療とは異なるユニークな取り組みでも知られている。特徴的なものが、精神障害を抱えた本人が、自分が困難に感じている状況を研究する「当事者研究」と呼ばれるものだ。自身の弱さを開示し、困難に感じる状況を治療の対象というよりも対話の相手として尊重する当事者研究によって、実際にその状況が改善される事例もあるという。

一方のアーガオもこれまでさまざまなコミュニティに関わりながらダンス作品やワークショップを発表してきたダンサーだ。様々な参加者と協働制作をするためにはどのように対話をするかが重要となってくるため、べてるの家が行う当事者研究から得るものも大きかったのではないだろうか。

アーガオ(Er Gao) 撮影:越間有紀子

2月24日に行われたワークショップには幅広い年齢層の人々約20名に加えて、アーガオが今回のレジデンスプログラムの最中に出会った「新人Hソケリッサ!」のアオキ裕キやメンバーらも参加した。

日々を踊ろう|消えゆくものと、現れる記憶』というタイトルにもあるように、ワークショップは日常的な所作の延長がダンスとなるような穏やかなものであった。

ワークショップはまず輪になって簡単なストレッチから始まった。最初はその場でストレッチするだけだったが、徐々に歩きながら体をほぐすようにアーガオに促され、その後は歩いている最中に他の参加者と目があったらお互いに自己紹介をするワークへと移行する。今度は言葉で自己紹介をするのではなくお互いにお尻をぶつけて挨拶するというものへ発展。さらに接触する人数を増やしていきながら、動作はいつの間にか集団による即興的なダンスのような振る舞いになっていった。

撮影:越間有紀子

撮影:越間有紀子

参加者の体もほぐれてくると、事前に集めていたそれぞれの「思い出の写真」を見せ合いながら、その時の記憶について話をする時間があった。それぞれ気になった思い出ごとにグループに別れて短いディスカッションの後、そこで集められたエピソードを動きに置き換えて行なった発表はまるで即興的なダンス作品のようになったのだった。

撮影:越間有紀子

撮影:越間有紀子

今回のワークショップは参加者それぞれの記憶のシェアや日常的な動作からの身体的なコミュニケーションを通じて、自分自身や他者と向き合う時間となっているようだった。

アートを通じた学びの場

ワークショップを主催したAITは、近年は現代アートの教育プログラムMADでも福祉とアートをテーマにしたレクチャーを開講するほか、2016年からは様々な状況下にある子供とアートの思考や表現を繋げることを目指した「dear Me」プロジェクトなど、社会関与やウェルビーイングの視点からもアートを思考してきた団体だ。アーガオを招聘した今回のレジデンスプログラムやワークショップも、AITならではのアプローチよって実現されたものだと言える。

会場となったGAKUは、ファッションデザインスクール「ここのがっこう」代表の山縣良和をディレクターに迎え、中学生を中心とした10代のためのクリエイティヴ教育の場として、音楽、建築、食、ファッション、デザイン、アートなど多様なジャンルで展開するクラスの開講を予定している。

新たなクリエイティヴの学び舎『GAKU』

不確実性に溢れた世界でより良く生きていくためには、私たち自身の常識を更新する柔軟性が問われていると言えないだろうか。そしてその柔軟性とは、アーガオが参加者同士の対話を通じて身体的なコミュニケーションが即興的なダンスを生み出したように、アートを通じてこそ学べることでもある。

そこではアートが何かを考えるだけでなく、アートを通じてどんなことを実践するかを今後益々重要になってくるだろう。