安田顕×白井晃インタビュー 今考える、時流と演劇~舞台『ボーイズ・イン・ザ・バンド』上演に向けて
左から 白井晃、安田顕
2020年7月~8月、Bunkamuraシアターコクーンを皮切りに東京・仙台・札幌・大阪と全国4都市5会場で『ボーイズ・イン・ザ・バンド~真夜中のパーティー~』が上演される。
本作はゲイの友人たちによる一夜の誕生パーティーでの出来事を通して、ゲイの人々を取り巻く社会の現実や、それぞれのアイデンティティ、愛憎などを真正面から描いた会話劇で、1968年にオフ・ブロードウェイで初演、1970年には映画化、2018年にブロードウェイでリバイバル上演されトニー賞の演劇リバイバル作品賞を受賞している。
今作の新演出に挑むのは、これまでも数々の話題作を手掛けてきた白井晃。どんな役でもこなす高い演技力に定評のある安田顕をはじめとする豪華キャスト9人が集結し、いかなる“パーティー”を繰り広げるのだろうか。主演の安田と演出の白井に、今作への思いを聞いた。
マスクをしながらの稽古には利点もある?
取材冒頭、撮影のためにマスクを外していた2人だったが、撮影が一段落したところで再びマスクを着用。口元が隠れるだけで受ける印象がガラリと変わったことに、安田と白井も改めて驚きを見せた。
安田:稽古が始まって以来初めて、白井さんの表情を見ることができましたよ。お互いずっとマスクですから。目は口ほどに物を言う、って言いますけどね、結構目だけだと限界ありますね。
白井:確かに今回初めて安田さんの口を見た(笑)。僕、稽古初日に皆さんに向かって話をしているうちに、酸欠状態みたいになってしまったんです。これから稽古で役者さんがテンション上がってきたら結構息苦しくなると思うから、この状態でやっていかなきゃいけないのはきついところもあるな、と思いますよ。
安田:やっぱり表情って大事ですね。だから白井さんのお話しに対して、なるべく大きくリアクションをしていこうと思ってます。でも、これには利点もあるんじゃないかなとは思っているんですよ。劇場では、前方の席の人は演者の表情がよく見えるかもしれないけど、後方の人は全体で把握することになりますから、役者の動作だったり届け方でいろいろ判断するしかないんじゃないかなと思うんですよね。だからマスクして稽古をした後で、マスクを取ってみたら「あれ、トゥーマッチかな?」となるかもしれないし、でも後方の席から見たらそれぐらいでもいいかもしれないし、だからマイナスだけじゃない気がするんです。違和感になっちゃったらしょうがないんだけど。
安田顕
白井:そうなんですよね、稽古を始めて最初の内は近距離だけの感覚で小さくまとまってしまいがちなんですよ。だから「こっちに客席の空間があることを意識しながらやりましょう」ということを言うケースもあるんです。そういった意味では、マスクをしているとエネルギーを比較的大きく使わなければいけないから、それが良い方に作用するかもしれませんね。
――マスクも含めてこれまでとは違った稽古場なのかなと思いますが、稽古中に何か気を付けていることなどありますか。
白井:本当はこの芝居は男性同士がキスをしたりハグをしたりといったスキンシップが頻繁に出てくるのですが、そこはちょっと考えながらやろうかなと思っています。キスはなしにするか、もしくは、している体で実際には触れないようにするとか、ハグも少し体を離したり、会話をするときも身体的な距離を取ったりということも出てくるかもしれません。でもそれをメリットに変えていきたいですね。今作の場合は9人の登場人物がいて、それぞれに9×8通りの感情の流れがあるので、その距離感というものが人間関係に面白く作用すればいいなと思いながら稽古しています。だからといって極端に動かないとか、みんなが常に2m離れながらやる、というのは不可能だと思うので、もちろん感染症対策をきちんと取った上で役者同士が近接したりとか、自然な範囲で気を付けながらやっていこうと思います。
――マスクをしていることやちょっと距離を取らなければいけないことをプラスに転じていこうという考え方は、ポジティブでいいですね。
白井:距離を取る“ソーシャルディスタンス演劇”って何だろう、という思いもありますけどね。7月1日にPARCO劇場で三谷幸喜さん作・演出の『大地』が開幕しますが、どうやって稽古してるんだろうとか、どうやって上演するんだろう、とか気になってます。漏れ聞こえてくる話によると、ソーシャルディスタンスで稽古しようとしてたけど、いざ始まってみると、それがなかなか難しいとか。そりゃそうだよね、って思います。僕らもそうなってくるかもしれないんですけど、でもみんなが意識しながら大きく膨らんでいくような表現になっていくのなら、それはそれで素晴らしいことだと思いますね。
白井晃
線の引き方次第では自分がマイノリティになるかもしれない
――この作品は1968年に初演されていますが、決して古さを感じさせず、現代にも通じるものを持った作品だと思います。安田さんと白井さんはそのあたりをどのように感じていますか。
白井:同性愛を取り巻く環境は、初演時と現在では大きく変化していますし、解放運動が起きたり、地域によっては同性婚が認められたり、そういった意味では市民権は得られつつあるのかもしれません。しかし、昨今の社会情勢を見ていても、人々が心の中でそのことを共有しているかというと決してそうではない部分があるんじゃないかな、と感じます。それは同性愛のことだけではなくて、人種のことだとか宗教上のことだとか、ひょっとすると経済的な部分でも起こってくるかもしれませんし、そうしたマジョリティであることとマイノリティであることの線引き次第では、いつでも誰もがマイノリティになってしまうという意味合いで、どこにでも転がっている話だと思いますね。
例えばこの作品で描かれている「パーティー」が、プロテスタントとカトリックが圧倒的に多いアメリカでイスラム教徒の人たちが集まって開いたパーティーだとしたら、それもアメリカ同時多発テロ事件の直後だったらどうなっていたか。あるいは今年2月~3月頃にニューヨークでアジア系の人たちだけが集まっているコミュニティがあったとするならば、そのコミュニティはバッシングを受けたかもしれない。そうやって線引き次第ではいつでも起こり得ることなんですね。今回の新型コロナウィルス感染症の事態によって、やっぱり人の心の中には、自分を守るために自分の価値とは違うものを排除するという感覚があるんだな、というのは感じましたし、この作品は同性愛がマイノリティとされた社会の話だけど、どういう状況においても起こり得ることだと思いました。
――安田さんはこの作品を読まれて非常に難しかった、という感想をまず持たれたそうですが、具体的にどういう部分を難しいと感じたのか教えていただけますか。
安田:この作品は最初からすんなり頭に入るような、僕が日頃親しんでいるようなものではないんですね。でも、知る喜び、学べる喜びというのは必ずあって。最初はわけがわからないから、当然面白さなんか理解できない。でもわかってきたらやっぱり面白い。まずストーリーと構成が面白いんです。あと、考えさせる。社会通念上のこととかいろいろあると思いますが、それは自分が勉強すればいいことであって。見てくれたお客さんは興味を持ったらきっと調べると思うんです。そうしたら共感できて、お互いに学ぶことができますよね。
安田顕
「The majority is never right.」(ヘンリック・イプセンの戯曲『民衆の敵』に登場するセリフ)という言葉があります。僕はその言葉を「マジョリティは決して正しいことだけじゃないよ」、つまり、マイノリティに対して目を向けましょう、ということだと思っていたんですが、白井さんに「(たとえいまはマジョリティであったとしても)自分たちがいつかマイノリティになるかもしれない、ということだ」と言われて、そうするとこの言葉はマイノリティに対する共感になってくるんですよ。そうやって言葉の実感の仕方が変わったし、そういうことを感じながら稽古、本番と演じていくことが今はすごく楽しみです。
マイケルは最低だけど愛せるキャラクター
――稽古が始まって2日目とのことですが、現段階で安田さん演じるマイケルはどのようなキャラクターだと思っていますか。
安田:今のところマイケルという人間のマイナスしか見つけられてないんです。だけど愛せるんですよ。多分人間臭いんでしょうね。孤独で、雄弁で、言葉の鎧をまとった人で、自分が傷つきたくないときに人を傷つけて、最低じゃないですか。カトリックなのに酒好きとかね。でも憎めない。それは多分「ああ、こういう人いるな」と思えたり、自分自身にそういう部分があるからだと思うんですよね。
――白井さんは、マイケルという人物を安田さんにどのように演じてもらいたいというようなプランはありますか。
白井:安田さんはご自分の中にあるマイケル的な部分というものを見つけ出そうとされているな、というのが今のお話しから伝わって来ました。なぜか愛せるっていうのは、その役に自分がシンパシーを感じられるからじゃないですか。役柄を自分のものにするときはそういう感覚がすごく大切で、安田さんの中にあるマイケル的な部分を見つけてくれたらいいなと思っていたので、今のお話しを聞いてすごく嬉しく思いましたよ。
安田:ただ、マイケルのとにかくお酒を飲んじゃうところについては、あまり日々飲んじゃうと身体に悪いですからね。僕自身は控えていきたいなと思っています(笑)。
安田顕
演劇を作る時間は貴重で尊厳のある時間
――この作品は会話劇で非常にセリフが多く、キャスト同士のやりとりが見どころの一つですが、良くも悪くも人間のパワーというのは、人と人がぶつかり合うときにより強く出るものなのではないかな、と思わされる場面が多々あります。まさに演劇は人と人とのぶつかり合いこそが醍醐味でもありますよね。そのあたり稽古が始まって感じることなどありますか。
安田:人と人とのぶつかり合い、っていい言葉ですね。今はまだ土俵に上がらず四股ふんでる状態で、練習用の土俵で親方の白井さんにぶつかっていって土俵際でポーンと投げていただいて、それで本番は白井さんに「お前ら土俵に上がれ」って背中を押していただいて……って全く喩えになってませんね(笑)。ぶつかり合い、っていうだけで言っちゃったから。
――ぶつかり稽古みたいな感じですかね(笑)。安田さんはプロレスがお好きだとうかがいましたが、プロレスもやはり人同士のぶつかり合いですよね。
安田:プロレスの何にワクワクするかって、それはやはりぶつかり合いですし、表現者としても才能がなければ決してできないエンターテインメントスポーツだと思うんです。そこがやっぱり感動を生むのかな。ぶつかり合いの中で出てくるエネルギーだったり思いだったりというものは、どうしても生の方が伝わりやすいんです。僕はプロレスのそういったところがすごく好きですし、演劇とも共通点もすごくあると思います。
――白井さんは改めてお稽古に臨まれていかがでしょう。対面でお稽古すること自体が久しぶりになるかと思いますが。
白井:この期間中いろいろと、リモート演劇などのオンラインで発信される表現を見たりしましたし、こういう一つの表現がまた新しく生まれるんだな、ということは否定でもなく思っていたんです。でもやっぱり僕は、演劇は一つの場所に集まって、みんなが知恵を絞って議論しながら肌身で空気を感じながら作るもので、それはすごく貴重で尊厳のある時間だと思うんですよね。今までオンラインで打ち合わせをせざるを得なかったんですが、稽古が始まって皆さんと顔を合わせながらやる中で、いろいろ表現が膨らんでいくんです。稽古場とか劇場というものから2ヶ月強ほど完璧に離れてしまっていたので、稽古初日や前日はドキドキしました。実際稽古場に着いたら嬉しくなるというかワクワクしてきて、やっぱり生身で集って何か話したり、ものを作ったりするのが本来の人間の本能なんじゃないかと感じました。一人じゃできないけど、みんなで集まっていろんなことができるから演劇って好きだな、ということを改めて感じたというか思い出させてくれましたね。
白井晃
新しい技を編み出すためにはベースが必要
――今回白井さんと安田さんがご一緒されることで、お互いどのようなところを楽しみにされていますか。
安田:今の白井さんのお話は、心からの本音だったと思うんです。ちょっと感動しちゃったな。白井さんはずっと好きなことをやって来られたんだなと思って、それを聞いてグッとギアが入りました。もう四の五の言わずにやります、煮るなり焼くなりお願いします、という気持ちになりましたね。自分なりに背負って、できないことはできるまでやらせていただきます、できることについては違う課題をください、そうして我々を本番に導いていただく。もうそれしかないですね。
白井:安田さんはこの作品を知ろうというエネルギーがすごく大きくて、僕以上に調べているんじゃないかなというくらい勉強されています。まだ稽古始まって2日ですが、一つのところに集中していく力をすごく持っていらっしゃるんだということを感じました。本読みしているだけでも、自分の中で「わかった」と思った瞬間のギアの入り方がすごいな、と思いました。それは一緒に作る側としてとても頼もしいです。僕はいつも稽古場というのは宝物がいっぱい落ちていてそれを探し当てる場所だと思っているので、それを安田さんと一緒にできることはとても楽しみです。
安田:10調べても0.5くらいしかわからないんですよね。先日『イエス・キリストの生涯』という番組を見たんですけど、あれは途中で眠たくなってしまいました。生まれたところから始まって、復活もしちゃうからとにかく長いんですよ(笑)。
白井:原作者のマート・クローリーが敬虔なカトリックだから、聖書からの引き合いとかがいっぱい出てくるんですよね。やっぱり演じる側がそれを腑に落ちてやっているかどうかというのは表現として変わって来るので、安田さんはそのへんのことをすごく熱心に勉強されていて。
白井晃
安田:きっとこれからぶつかり稽古が始まったときに、意味をわかっているかいないかでこちらの技の出し方も全然違ってくると思うんです。意味も分かっていないのに「ここは違う技にして」って言われたら、何をベースにしてその技を作ればいいのかわからないし、それは難しいですよ。武藤敬司(プロレスラー)は膝が悪いからフィニッシュ技をムーンサルトプレスからシャイニングウィザードにしたんですよ。新しい技を編み出すためにはベースが必要なんです。
白井:いい喩えですね(笑)。
――では最後に、今作を楽しみにされている皆様にメッセージをお願いします。
安田:今までもそうなんですけど、こうした状況下で今回はさらに自分なりに実感しているものがあります。来て下さるお客様に対して全力で演じて心から一礼を捧げたいと思っていますので、よろしくお願いします。
白井:これだけいろんな情報が氾濫している中で、演劇を選んで見に来ていただくというのはこれまでも特別な時間だったんですね。今回3ヶ月ぶりくらいに演劇が動き出して、我々作り手側にとってもお客さん側にとっても、その時間の価値が膨らんでさらに特別なものになった感じがしています。だからそれに応じられるように、できるだけのことを努力していい作品にして提示したいと思っています。やっぱり演劇はみんなで作るものなので、作る側だけが作ったって、見る人がいなかったら演劇として成立しません。だからお客さんが来て下さるという瞬間が再び劇場に戻ってくることを楽しみにしています。
取材・文=久田絢子 撮影=池上夢貢