肖像画が語りかける、華麗なる英国王室の物語 『KING&QUEEN展』開幕レポート

レポート
アート
2020.10.26
『ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING&QUEEN展―名画で読み解く 英国王室物語―』

『ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING&QUEEN展―名画で読み解く 英国王室物語―』

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数多のドラマティックな物語が、世界中の人々の関心を惹きつけてやまない英国王室。その歴史を肖像画や肖像写真から紐解く展覧会『ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING&QUEEN展―名画で読み解く 英国王室物語―』(会期:〜2021年1月11日)が、東京・上野の森美術館で開幕した。

アニー・レイボヴィッツ撮影《エリザベス2世》2007年撮影

アニー・レイボヴィッツ撮影《エリザベス2世》2007年撮影

本展は、テューダー朝から現在のウィンザー朝まで、約500年にわたる5つの王朝に描かれた肖像画を、時代ごとに区分し紹介するもの。世界屈指の肖像専門美術館であるロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリーから約90点の作品が来日し、その中には、絶対君主の名を欲しいままにした最強王ヘンリー8世や、「ヨーロッパの祖母」と呼ばれたヴィクトリア女王、世間を揺るがせたダイアナ妃に、英国君主史上最長の在位を誇るエリザベス2世の肖像などが含まれる。

フランシス・レガット・シャントレイによる複製《ヴィクトリア女王》1841年(原作:1839年)

フランシス・レガット・シャントレイによる複製《ヴィクトリア女王》1841年(原作:1839年)

展覧会ナビゲーターは『怖い絵展』監修でおなじみの作家・ドイツ文学者の中野京子氏。本展の楽しみ方について以下のようにコメントした。

「イギリスは物語が好きで、人が好き。だからイギリス人は肖像画を見るときに、作品に描かれた人物がどのような人生を送って、どんな人物であるかをある程度知っている。本展も最低限の知識を持ってから鑑賞すると、楽しさや面白みが増すと思います」

展覧会ナビゲーターの中野京子氏と《チャールズ1世の5人の子どもたち》

展覧会ナビゲーターの中野京子氏と《チャールズ1世の5人の子どもたち》

本展覧会では、中野氏の著書 『名画で読み解くイギリス王家12の物語』(光文社新書)を展覧会公式参考図書としている。さらに、公式ホームページでは中野氏による展覧会の見どころを解説した特別映像が公開されており、事前に展覧会の予習をしたい方はぜひ参考にしてほしい。威厳と気品を備えた肖像画に囲まれた会場より、本展の魅力をレポートしよう。

ヘンリー8世からエリザベス1世まで 歴史的スターが集うテューダー朝

5人の君主によって統治されたテューダー朝(1485〜1603年)は、イングランドがヨーロッパ随一の力を持ちはじめた変革期。それと同時に、英国で肖像画制作が始まった時期でもある。王や女王の肖像画は、視覚を通じて王族たちに自らの権力を示す新しい機会となった。テューダー朝2代目の王となったヘンリー8世は、18歳で即位してから6回の結婚と2度の離婚を経験し、そのうち2人の妻を斬首している。分厚い胸板を覆う豪華な衣服や宝飾品、威厳のある姿から、絶対君主の名を手にした最強王のイメージが伝わるようだ。

作者不詳(ハンス・ホルバイン[子]の原作に基づく)《ヘンリー8世》17世紀か(原作:1536年)

作者不詳(ハンス・ホルバイン[子]の原作に基づく)《ヘンリー8世》17世紀か(原作:1536年)

ヘンリー8世の2番目の妻アン・ブーリンは、王女エリザベス(後のエリザベス1世)を授かるも、男児の世継ぎを望んだヘンリー8世の不信を買い、ロンドン塔で斬首に処せられた。

作者不詳《アン・ブーリン》16世紀後半(原作:1533-36年頃)

作者不詳《アン・ブーリン》16世紀後半(原作:1533-36年頃)

生涯未婚を通し「処女王」として知られるエリザベス1世の肖像画は、顔を白く塗った化粧や、豪華絢爛な宝飾品で着飾った奇抜なファッションが目を引く。本作はスペイン無敵艦隊を撃退した記念に描かれたものであり、胸元の真珠は処女性の象徴とされた。テューダー朝は1603年、エリザベス1世の死によって終焉を迎える。

左:作者不詳《レディ・ジェーン・グレイ》1590-1600年頃、右:作者不詳《エリザベス1世(アルマダの肖像画)》1588年頃

左:作者不詳《レディ・ジェーン・グレイ》1590-1600年頃、右:作者不詳《エリザベス1世(アルマダの肖像画)》1588年頃

君主の生き様が垣間見える肖像画の数々

1世紀以上にわたりイングランドを統治したステュアート朝(1603年〜1714年)は、イギリスで初めて国王が処刑され、英国史上唯一の共和制が敷かれた時代だった。議会を解散し、王権神授説に則って強権を振るったチャールズ1世は、国民の支持を得られず処刑される。本展には、処刑の様子を描いた版画も出品されている。

左:ヘリット・ファン・ホントホルスト《チャールズ1世》1628年、右:作者不詳(アンソニー・ヴァン・ダイクの原作に基づく)《アンリエッタ・マルタ》17世紀(原作:1632-35年頃)

左:ヘリット・ファン・ホントホルスト《チャールズ1世》1628年、右:作者不詳(アンソニー・ヴァン・ダイクの原作に基づく)《アンリエッタ・マルタ》17世紀(原作:1632-35年頃)

チャールズ1世の長男であるチャールズ2世は、父親が処刑された後、1660年に君主制が復活するまでフランスに亡命していた。会場には、将来チャールズ2世となる少年の肖像画と、晩年期に制作された堂々たる王の姿を描いた肖像画が並んで展示される。

右:作者不詳(アンソニー・ヴァン・ダイクの原作に基づく)《チャールズ1世の5人の子どもたち》17世紀(原作:1637年)

右:作者不詳(アンソニー・ヴァン・ダイクの原作に基づく)《チャールズ1世の5人の子どもたち》17世紀(原作:1637年)

本展を監修した熊澤弘氏(東京藝術大学大学美術館准教授)は、「肖像画は王室の人々の姿を記録したものであると共に、いかに彼らが偉大であるかということを示すアイコン。大型の作品、大きなイメージで人物の姿を描くということ自体に意味があった」とコメント。無類の女好きだったチャールズ2世は、愛人たちとの間に多くの子孫を残し、その中には、ダイアナ元皇太子妃の祖先にあたる人物もいたという。

トーマス・ホーカーに帰属《チャールズ2世》1680年頃

トーマス・ホーカーに帰属《チャールズ2世》1680年頃

ステュアート朝最後の女王となったアンは、1707年にイングランドとスコットランドをグレート・ブリテンというひとつの国へ統合。エリザベス1世以降初めての女王であった彼女は、演説の場においてテューダー朝のイメージ戦略を活用し、エリザベスの衣装から作られたレプリカを着用することもあったそうだ。

ゴドフリー・ネラー《アン女王》1690年頃

ゴドフリー・ネラー《アン女王》1690年頃

熊澤氏は、王や女王のイメージが代々引き継がれてきたことについて、以下のように付け加える。

「本展では、それぞれの国王や女王がどのように描かれて、どのような姿で自らを見せたがっていたのかに注目してほしい。歴代の君主たちは、過去の国王や女王のオリジナルの肖像画から「君主」をイメージし引き継いできた。英国王室のイメージを引き継ぎながらも新しいモデルを作り、現在のウィンザー朝へと繋がっていくことを念頭に置くと、より鑑賞を楽しめると思います」

アン女王は1714年に世継ぎを残さず崩御し、ステュアート朝が幕を閉じる。

肖像画から肖像写真の時代へ

産業革命が起こり、大英帝国が拡張したハノーヴァー朝(1714年〜1837年)には、君主や政治家を揶揄する風刺画が流行した。バッキンガム宮殿やハイド・パークの改築を施したジョージ4世は「クジラ王子」と嘲笑されるほどの暴食家で肥満体型だったが、トーマス・ローレンスの描く肖像画では、見事に体型を隠した服装とハンサムな横顔が印象的だ。

左:トーマス・ローレンス《ジョージ4世》1814年頃、右奥:ジェームズ・ギルレイ原画、ハンナ・ハンフリー出版《消化におびえる酒色にふけた人、ジョージ4世》1792年7月2日出版

左:トーマス・ローレンス《ジョージ4世》1814年頃、右奥:ジェームズ・ギルレイ原画、ハンナ・ハンフリー出版《消化におびえる酒色にふけた人、ジョージ4世》1792年7月2日出版

ヴィクトリア女王の時代(1837〜1910年)に英国は植民地支配に成功し、世界の大国として名を馳せる。自らの子どもや孫たちを次々にヨーロッパの王家に嫁がせて「ヨーロッパの祖母」と呼ばれたヴィクトリア女王。18歳で即位してから63年間の在位は、当時、これまでの英国君主の中で最長のものだった。

右:バーサ・ミュラー(ハインリッヒ・フォン・アンゲリの原作に基づく)《ヴィクトリア女王》1900年(原作:1899年)

右:バーサ・ミュラー(ハインリッヒ・フォン・アンゲリの原作に基づく)《ヴィクトリア女王》1900年(原作:1899年)

1860年代以降には写真が市販されるようになり、王室の写真が複製され、市民に向けて広く拡散するようになった。サイズも大型の肖像画から小型の肖像写真へと変化し、王室の様子を覗き見るような作品の数々が連なる。

右:アレクサンダー・バッサーノ撮影《ヴィクトリア女王》1882年撮影、1887年制作

右:アレクサンダー・バッサーノ撮影《ヴィクトリア女王》1882年撮影、1887年制作

肖像作品は“アート作品”に

二度の世界大戦や、テクノロジー、社会的道徳観の変化を切り抜け、現在まで続くウィンザー朝(1910年〜)。1952年に25歳で即位したエリザベス2世の在位は、2020年で68年目を迎え、英国君主歴代最長を誇る。女王の即位を記念してドロシー・ウィルディングが撮影した肖像の連作は、なかでも特に出来の良いものは複製されて世界中の大使館に送られ、また、紙幣や切手の肖像としても採用された。

ドロシー・ウィルディング撮影、ベアトリス・ジョンソン彩色《エリザベス2世》1952年2月26日撮影

ドロシー・ウィルディング撮影、ベアトリス・ジョンソン彩色《エリザベス2世》1952年2月26日撮影

1953年に執り行われたエリザベス2世の戴冠式の公式肖像は、テューダー朝以降の君主によって代々受け継がれてきた、戴冠肖像画の形式を引用している。

セシル・ビートン撮影《エリザベス2世》1953年6月2日撮影

セシル・ビートン撮影《エリザベス2世》1953年6月2日撮影

展示後半には、ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリーで最も有名な作品のひとつであるダイアナ妃の肖像画をはじめ、王室のセレブとして今もなお世界中のメディアから注目を集めるエリザベス2世の子孫たちによる、貴重な写真群が紹介されている。

左:ブライアン・オーガン《ダイアナ妃》1981年、右奥:マリオ・テスティーノ撮影《ウィリアム王子》2003年撮影

左:ブライアン・オーガン《ダイアナ妃》1981年、右奥:マリオ・テスティーノ撮影《ウィリアム王子》2003年撮影

左奥:アレックス・ルボミルスキ撮影《ハリー王子、メーガン妃とロイヤル・ファミリー》2018年5月19日撮影、 中央:アレックス・ルボミルスキ撮影《ハリー王子とメーガン妃》2017年12月21日撮影、右:ジェイソン・ベル撮影《キャサリン妃、ジョージ王子、ウィリアム王子》2013年10月23日撮影

左奥:アレックス・ルボミルスキ撮影《ハリー王子、メーガン妃とロイヤル・ファミリー》2018年5月19日撮影、 中央:アレックス・ルボミルスキ撮影《ハリー王子とメーガン妃》2017年12月21日撮影、右:ジェイソン・ベル撮影《キャサリン妃、ジョージ王子、ウィリアム王子》2013年10月23日撮影

さらに、近年のアーティストが手がけたエリザベス2世のポートレートは、肖像作品からアート作品に変化していく様が感じられて、時代と共に移り変わる君主のイメージに出合うことができる。

左:デイヴィッド・ドーソン撮影《ルシアン・フロイドとエリザベス2世》2001年撮影、 右:クリス・レヴァイン撮影《エリザベス2世(存在の軽さ)》2007年撮影

左:デイヴィッド・ドーソン撮影《ルシアン・フロイドとエリザベス2世》2001年撮影、 右:クリス・レヴァイン撮影《エリザベス2世(存在の軽さ)》2007年撮影

『ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING&QUEEN展―名画で読み解く 英国王室物語―』は、2021年1月11日まで。なお、音声ガイドは元宝塚歌劇団男役トップスターの明日海りおが担当。冷酷な王や気品溢れる王女になりきり、魂の込もった演技で来場者を英国王室の物語に引き込んでくれる。作品鑑賞のお供に、ぜひ利用してみてはいかがだろうか。

美術館外観(外壁)

美術館外観(外壁)

文・撮影=田中未来

展覧会情報

ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵
KING&QUEEN展-名画で読み解く 英国王室物語-
会期:2020年10月10日(土)~2021年1月11日(月・祝)
※会期中無休
開館時間:10:00~17:00 金曜日は~20:00(1月1日(金・祝)は17:00まで)
※最終入場は閉館の30分前まで
会場:上野の森美術館 〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2
主催:ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー、フジテレビジョン、東京新聞、上野の森美術館
協力:ルフトハンザ カーゴ AG、ヤマトグローバルロジスティクスジャパン
後援:ブリティシュ・カウンシル
キュレーター:シャーロット・ボランド
日本側監修:熊澤 弘(東京藝術大学大学美術館准教授)
お問い合わせ:03-5777-8600(全日8:00~22:00)ハローダイヤル
公式ホームページ:www.kingandqueen.jp
※本展は日時指定制(事前/当日販売)を導入いたします。
 
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