太陽光のハイブリッド・フェス『THE SOLAR BUDOKAN 2020』を観終えて――その始動からの日々を振り返る

2020.10.21
レポート
音楽

シアターブルック 撮影=古川喜隆

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THE SOLAR BUDOKAN 2020 2020.9.26-27/10.3-4

品川から東海道新幹線に乗り込んで、早速缶ビールをプシュッとやりながら名古屋で特急「しなの」に乗り換えて約50分。のどかな空気漂う駅前ロータリーを背にまっすぐ伸びた通りを歩いていくと、シャトルバスのターミナルが見えて来る――。夏から秋へと移っていく季節、毎年参加していたフェス『中津川 SOLAR BUDOKAN』。そこで気まま極まりない参加記を書くという毎年の楽しみは、今年叶わなかった。けれども、そのヒストリーに空白が生まれることもなかった。

世界中で多くのライブやフェスが中止を余儀なくされた2020年。日本でも大半が開催を断念したり、そうでなくとも無観客でのオンラインに切り替えたり、収容人数を大幅に制限して開催したりと、ライブエンタメ界全体が昨年までとは全く違う風景となる中で、『中津川 SOLAR BUDOKAN』は『THE SOLAR BUDOKAN 2020』と名前を変え、おそらくは世界でも唯一の、太陽光によるハイブリッド型のオンラインフェスというスタイルで開催されたのである。

同フェスが、今年は“ハイブリッド開催”に踏み切るというアナウンスがされたのは、8月のこと。この“ハイブリッド開催”というのは、有観客ライブと無観客ライブ、収録と生配信など異なる環境下でのライブ映像を、一本の配信の中で次々に流していくやり方を指す。そして、個々のライブ演奏や収録、配信などに使用される電力を太陽光でまかなう、というものであった。

中津川での事前収録に挑んだ10-FEET 撮影=MASANORI NARUSE

“ハイブリッド開催”については、春の段階から検討が重ねられており、6月には開催について一旦報じられた。ただし、その段階での“ハイブリッド”はもう少しシンプルなもので、中津川の会場に限られた人数を入れてフェスを開催し、その模様に加えて事前収録した数本のライブ映像を組み合わせて配信も行う、というような内容だった。しかしその後、夏にかけて新型コロナウィルスの感染状況が一進一退となる中、人口も多くなくほとんど感染者が出ていない現地に向け、東京や名古屋といった大都市圏から人が動くリスクの観点から、行政も交えての話し合いが続けられた結果、有観客での開催(人数を絞るとはいえ)は難しいという判断が下されたのである。

これは正直、仕方がないこと。新型コロナウィルスに対する国や地方ごとの認識や方針、対応は様々で、どれが正解か?という答えは出ていない。しかしながら、本来は1年近くをかけてじっくり準備するはずのフェス開催に対して、本番前2か月の段階でその形態(この時点では中津川の会場の使用自体が危ぶまれていた)から抜本的な見直しを迫られるというのはあまりにハード。そういうイレギュラーによって苦渋の決断をしたフェスは今年いくつもある。そんな中で、それでもなお、どうにか開催への道を模索し続けた佐藤タイジや『SOLAR BUDOKAN』チームの情熱たるや凄まじい。しかも、代替としてどこかの大会場を押さえて一挙に生配信or収録をするのではなく、複数の所縁ある土地や会場を選び、その都度撮影を行なう方式に着地したのだから、言葉を選ばずに言えば、もう酔狂の域だ。

各収録現場でリハーサルから見守った佐藤タイジ 撮影=柴田恵理

そこからは、各出演アーティストとの交渉から会場側との交渉、生と配信のバランス取りまで、フェスの中身を急ピッチで決めていくタームに入ることになる。事前収録に関しては、だいたい2組ずつ、複数の会場と日程にわたって行われた。運営チーム・撮影チームがその都度動いただけでなく、オーガナイザー・佐藤タイジも、自身がセッション等で参加するアクトに限らず現場に現れ、ライブ中は無観客のフロアで踊り、拍手をして盛り上げた。“晴れフェス”として名高いこのフェス、事前収録も基本的には天候に恵まれていたが、さすがに全日程が晴れとはいかず、野外で予定していた収録が土壇場で屋内に切り替わったり、四星球のように雨中で決行せざるを得ないケースもあった。

四星球 撮影=Yasunari Akita

……こうして振り返ってみると、よくぞ無事に全アクトの収録・配信を終えられたものだと感動すら覚える。関係者の努力はもちろん、出演者からも愛されているフェスだからこそできた離れ業だったと思う。普通なら、どこかで頓挫したりトラブルが起きたとしても全く不思議ではないくらいスリリングな日々であった。

そして配信の日。最初にも書いたが、筆者を含め広報に関わる人員も今年は中津川会場を訪れてはいない。感染リスクを最小限に抑えるため、コアスタッフとアーティスト本人および関連スタッフ、撮影や配信に関わるスタッフのみという限られた人員のみが現地入りした。だから筆者も、これを読んでいただいているファン、リスナーの方々と同じように画面を通して『THE SOLAR BUDOKAN 2020』を4日間にわたって観ることとなった。

自宅からの鑑賞を盛り上げるべく、フェス飯の通販も行われた

これ、現地開催になったら絶対食べようと心に誓っている「岩魚の燻製」

結論から書く。ほぼ全ての配信ライブがリアルライブの代替にはなり得ないのと同様に、配信で観た『THE SOLAR BUDOKAN 2020』は、『中津川 THE SOLAR BUDOKAN』を再現するものではなかった。ステージから放たれる音を全身で受け止めるあの感触、現地に赴くことで感じられる空気、非日常の開放感とワクワク、いつの間にかぬるくなってしまうカップの生ビール。やはりロックフェスは、単なるライブの連続ではなく“場所”と“時間”もひっくるめた“体験”である。そこで得られる感覚は、自宅で缶ビールを片手にPCの画面に向かったところで望むべくもない。

しかし、配信には配信の強みがあり、オンラインフェスにはオンラインフェスならではの良さがあるということを存分に味わうとともに、珠玉のライブの連続にどっぷり浸れた4日間であった。

猪苗代で収録したthe band apartと踊る佐藤タイジ 撮影=柴田恵理

まず、オンラインになったことで、遠方に住む人や事情があって会場には迎えない人がこのフェスに参加できたことは見逃せない。主要都市の名古屋から1時間程度とはいえ、関東圏や関西圏から気軽に参加するにはハードルのある立地で行われてきただけに、気になってはいたものの参加したことはない、という人も多かったのではないだろうか。また、例年であれば中津川会場内で大きさや意匠の異なる複数のステージ間を移動することになるわけだが、今年に関しては中津川の他にビルビード東京、猪苗代湖畔、横浜サムズアップ、多摩あきがわ ライブフォレスト、さらには海外から届いた映像までが連なって配信された。自宅に居ながらにして、様々なシチュエーションを疑似体験できるだけでなく、「ビルボードにヤバTが出る」など予想外の組み合わせまで楽しめたのだ。

ヤバイTシャツ屋さん 撮影=上山陽介

オーガナイザー・佐藤タイジの存在感が際立った年でもある。ここ数年はシアターブルックとして初日のトップバッターを務めた後、The Sunpauloや阿波踊りの華純連とのコラボなど、2日間にわたり様々な形態で各ステージでライブをするというのが常だったわけだが、そうなると当然、他のアーティストのライブと被ることになり、よほどコアなファンでない限りなかなか全部は観れないだろう。それが今年は奥田民生やOAU、Char、ROTHなど、色々なステージに現れてギターを弾き倒す姿を存分に堪能することができたうえ、ステージには上がらなくとも中津川やあきる野からの生配信には“オーディエンス”として楽しむ彼の姿が映っていた。タイジの側からしても、これまでの開催では出番が被ったりして観ることのできなかったライブも、今年は根こそぎ観ることができていた。(そこはかなり嬉しい、とナッシングスの収録の際に言ってました)

佐藤タイジ / Char 撮影=柴田恵理

アーカイヴが残るため、どうしても都合がつかない場合は後から観ることができたり、何度も繰り返し視聴する楽しみ方ができたのも配信ならでは。有観客と無観客のハイブリッド開催という点では、中野サンプラザでのライブのみ観客が入って行われたのだが、(発声はないとはいえ)観客のリアクションの入った映像は全体の中で良いアクセントになっていたし、妙に緊張した奥田民生など、無観客では起こらなかったであろうシーンも見所だった。サンプラザ現地組にとっては、生と配信での視点の違いやカメラワークなども楽しめたに違いない。

中野サンプラザでの事前収録の様子 撮影=柴田恵理

奥田民生 撮影=柴田恵理

そして、個人的に最大の魅力であり醍醐味だと感じたのは、“発見”があったことだ。身も蓋もない言い方をすると、正直「いつもなら観ないかも」というアーティストって、いると思う。ライターを生業としている筆者でさえ、レポの機会がなかったりいつも誰かと被っていたり、好みのストライクゾーンから外れていたり(ような気がする)して、どうも縁のないアーティストはたくさんいる。そういう人たちのライブを観る機会として配信での開催はうってつけだったと思うのだ。しかも、『SOLAR BUDOKAN』の場合、他のフェスには出ていないような出演者も多くいるし。

小坂忠 with SOLAR JAM (佐藤タイジ・KenKen・Dr.kyOn・沼澤尚) 撮影=古川喜隆

この“発見”をしてほしいという狙いは、実はこのフェスのマインドの根底にずっとある。転換を長めにとってタイムテーブルにゆとりをもたせているのも、日ごとのジャンルや世代の偏りを極力なくしているのもそのためだ。せっかくレジェンドの域に達したベテランからブレイク目前の新星、海外のアーティストまで集まるフェスなのだから、昨年までももっともっと未知のアーティストと出会ってよかったはず。だけど、お気に入りのアーティストが出ていたらどうしてもそっちを観たくなるのが音楽ファンの性。その点、タイムテーブルの被りがない形態は、出会いの機会としてとても有効だった。

藤原さくら 撮影=柴田恵理

筆者の場合、藤原さくらやAnlyといった女性SSWのライブは、普段あまり観る機会に恵まれていなかったが、彼女たちのライブにはガツンと喰らったし、民謡クルセイダーズによる「古来の旋律とラテンミュージックを掛け合わせると中毒性の高いダンスミュージックができあがる」というマジックにも驚かされた。観客を巻き込むことを前提にしているはずの四星球が無観客で見せたライブのエモーションや、開放感いっぱいの環境から届けられるThe Sunpauloのハマりっぷりなんかも“発見”と呼べるのではないだろうか。

The Sunpaulo 撮影=古川喜隆

課題となるであろう部分も、当然存在はした。例年の倍の4日間の開催をもってしても、出演できるアーティスト数は普段の半分以下だし、配信ライブ自体に積極的でないアーティストも存在するから、どうしてもブッキングに制限がかかる。アーカイヴ期間を約1週間と長めに設けていたとはいえ、通常のライブよりも長いだけに、たとえば土日が休めない方が平日の夜間などに全て観終えるのは難しい、という声も挙がっていたようだ。当日に観れる場合にも、家族と同居していたりするとどうしても、不可抗力的に視聴に集中しきれないタイミングも出てくると思う。

それでも、全体として素晴らしい“フェス”だった。出演者の顔ぶれも、ライブも、彼らそれぞれがこのフェスの持つメッセージや意義と通じ合っている様子も、観客の姿やステージの装飾こそ無かったものの、いつものように晴れた中津川公園からの景色も。これは感覚でしかないのだが、ちゃんと配信全体が『SOLAR BUDOKAN』印だった。

中津川といえば欠かせないのがこれ

来年、コロナウィルスがどうなっているか、人々がそれとどう向き合っているのか、ライブやフェスがどうなるかは今のところ分からない。いきなり人でパンパンの光景が戻ってくることは考えづらいが、どうにか良いバランスを見出し、参加者一人ひとりがちょっとだけ意識を改革したりすることで、中津川での開催が実現できることを願っている。ただしそうなった場合にも、おそらくフェスを配信するという文化は当分は無くならないはずだから、そうなると今年も歩みを止めずに一歩前進したことと、配信においても『SOLAR BUDOKAN』のイズムと精神を提示できたことの意味はとても大きいのではないか。

どんな形をとるにせよ来年も僕はこのフェスを楽しもう。4日間の配信を観ながら、そう思えた。……まあ、願わくばまた会場の片隅でほろ酔いになりながら、ライブレポではない謎の文章を書きたいけど。あ、「スナックよしこ」にも行きたいです。そこのところはちゃんと書いておかないと終われない。いや、始まらない。


取材・文=風間“太陽” 撮影=各写真のクレジット参照

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