森山開次×阿部海太郎~「精神の風」が吹き抜けるなかで紡がれる『星の王子さま』の世界
(左から)阿部海太郎、森山開次
2020年11月11日(水)から神奈川芸術劇場(KAAT)でダンス公演『星の王子さま -サン=テグジュペリからの手紙-』が上演される。演出・振付はダンサーの森山開次。独特な感性のもと、国内外をはじめコンテンポラリーダンスを中心にダンサーとして、また振付家、演出家としてもその才能を発揮。新国立劇場やKAATなどでダンス作品を発表する一方、オペラの演出や全幕バレエの演出・振付を手掛けるなど、いま熱い視線が注がれている芸術家の一人だ。その森山が今回手掛ける『星の王子さま』は美術に日比野克彦、衣裳にひびのこづえ、そして音楽には舞台、テレビ番組、映画など、多方面で様々なアーティストと共演する阿部海太郎という、錚々たるメンバーが名を連ねる。今回は森山と音楽家・阿部海太郎へのインタビューが実現。そこには互いにリスペクトしあい、新たなチャレンジに向かう二人の芸術家の姿があった。(文章中敬称略)
【動画】KAAT「星の王子さま ーサン=テグジュペリからの手紙ー」トレイラー
■サンテグジュペリの生涯も加味。視点を変えることで見える新たな世界観を表現
――今作『星の王子さま』は飛行士であり作家であったサンテグジュペリの、同名の物語を題材としています。森山さんはこの物語をダンスで表現するにあたり、作家の代表作『人間の土地』や『夜間飛行』などを通して、彼の生涯を重ね合わせようとしたと伺いました。まずその意図から教えていただけますか。
森山 『星の王子さま』はミュージカルなどにもなっているので、ちょっと視点を変えた、違ったアプローチをしようと思いました。たとえば、人にはそれぞれ自分自身の視点で見ているものがあると思うのですが、そうしたものも、ちょっと視点を変えることでいろいろなことが見えてくる。この物語自体もちょっと視点を変えてみることで、誰もが知っている『星の王子さま』という物語に改めて向かい合ってもらえるのではないかと思いました。さらにそこに『人間の土地』『夜間飛行』に書かれた作者の生き様を加えて、物語にアプローチできればと思ったのです。
――とくに『人間の土地』『夜間飛行』の、どういう部分にインスパイアされたのでしょう。
森山 『人間の土地』『夜間飛行』の文中からここを持って来た、というようなことはありません。でも『人間の土地』は作者が実際にサハラ砂漠に不時着した体験が書かれており、それは『星の王子さま』という作品が生まれた原点であるといわれています。飛行機が墜落したときの喉の渇きなど、『星の王子さま』とリンクしている実体験は物語世界をより深く掘り下げるんじゃないかと思いました。そこに『夜間飛行』で描かれる夜に空を飛ぶことの恐怖や、飛行士の強さといった生き様みたいなものが、作品の中で見えればと思いました。
また『人間の土地』にある「精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる」といった言葉が非常に印象に残っています。実は「風」はこの作品のモチーフのひとつなのです。「精神の風」とは何かという、その答えはわかりませんが、身の回りに吹く風や飛行士が感じる風、宇宙の風など、いろいろな「風」のニュアンスをこの舞台作品の中で届けられたらいいなと思います。そして「風」については、阿部さんにも風の音をモチーフにしたような音楽をお願いしています。
森山開次
■互いの個性が真摯にぶつかり合いともに立つ、「横綱相撲」のクリエーション
――今回阿部さんに音楽を依頼したきっかけや理由を教えていただけますか。
森山 以前KAATプロデュースによる白井晃さん構成・演出の『夢の劇』(2016年)で阿部さんが音楽、僕が振り付けを担当していました。その頃から阿部さんと一緒に組んで創作をしてみたいと思っていたので、それで今回お声をかけさせていただきました。
『星の王子さま』にはいろんな言葉たちが散りばめられていて、読者はそれぞれの言葉から物語の世界を読み取るわけですが、今回はそれを身体表現と音楽で表すことになる。そのとき音符の一つひとつが言霊となって響き、それがメロディを紡いでいくなどいろいろな音楽的な要素を考えたとき、やはりここは阿部さんしかいないなと思いました。
阿部 森山さんと「いつか一緒にやれたらいいね」といったお話をしていたなか、ようやく今回この『星の王子さま』という大きな、本格的なダンス作品を創作するというチャレンジの場で声をかけてくださり、本当にうれしかったです。
――森山さんは阿部さんに音楽を依頼するにあたって、このイメージだけは大事にしてほしい、世界観としてここはこうしてほしいといったことはありましたか。
森山 僕はその時々のプロジェクトのたびに、その音楽家や演奏家の音楽で普段の生活が溢れているような環境をつくりのめり込むというやり方で、音楽との関係性を作っています。今回もまずは阿部さんの CD を聴きまくり、「阿部さんの世界」を感じ取って行きました。そのうえで「こういうシーンがあって、ここでこういうふうになる」というところをざっくりと説明して、あとはおまかせしていきました。とはいえ、僕はある程度具体的な構成を作ったうえで、制作スタッフの皆さんにお話をしているので、漠然とはしていないと思います。実際音楽を紡いでもらって、それを聞いていると僕もまた新しい感覚が生まれてくる。そこからそれをどういうふうにして行こうかなと考え、さらにイメージが構成されて行きます。
阿部 開次さんはシーンについてのイメージはとても綿密なので、それを共有して僕自身が理解し、それを具体的にどういうふうに形にしていくかというようなアイデアをもらって、そこで僕なりに曲を考えさせてもらいます。
曲を作りながら「もしかしたら開次さん、こんな曲は全然想像していないかもしれないな」って思いながらアプローチをすることもあるのですが、その辺は開次さん、懐が広いと言うか横綱相撲みたいな、できたもので振付をするという男気がある(笑) そして見事にそこからクリエーションが生まれてくるんです。ある種、音楽とダンスの対位法(※複数の旋律をそれぞれの独立性を保ちつつ重ねあわせ、調和させる音楽技法)っていうんでしょうか。僕が作ったメロディに対して開次さんがきちんと対位法的に振付される。それがすごいなと思いました。
阿部海太郎
■ぴったりな「時と風」のイメージ。「視点を変えた」味わいもまた楽しい
――森山さんの構成を伺ったうえで、阿部さんが音楽をつくり、それを森山さんが正面から受け取り振り付けをなさる。アーティスト同士ががっぷり四つに組み合った横綱相撲であり、しかも個々のテイストが共存する対位法でもあるわけですね。先ほど阿部さんが「この曲は想像していないかもしれない」と仰いましたが、実際に森山さん、「この曲はぴったりだ」「この曲は想定外だった」というものはあったりしたのでしょうか。
森山 「ぴったり」という意味では「時と風」のイメージです。今、創作において僕の中で「風が音楽になっている」「風が時となっている」という感覚があるのですが、その感覚に阿部さんの音楽はぴったりくるんです。阿部さんの音楽で自分が思っている時や風のイメージがリンクしていく。それは僕が思い描いていたひとつの世界であり、一つの曲であったりする。僕の頭の中で響かせたかったものを、具体的に響かせてくれたところがあります。
曲は僕が思い描いていたイメージにぴったり来る時と全然違うものが来る時と両方あります。でも僕はその違いが楽しいし、それが嬉しいんです。それは先ほどお話した「視点を変えていく」ということにもつながるからです。(思い描いていたものと)全然違うものが来た場合、僕の頭の中のイメージとのせめぎ合いになるのですが、僕が持っているイメージにこだわり続けることと、目の前にあるそうじゃないものをどこまで受け入れ、作品の中に組み込んでいくことができるのかというのが、創作の時のひとつの楽しみ方でもあります。
今回は「思い描いていたものとは違う」というのはあまりないのですが、でも「王様」の曲はちょっとびっくりしました。歌が入っていたんですよね。「そうか」と思いながらも、今、若干苦しみつつ、着地点を探っています(笑)。
森山開次
■「楽譜に書けない音をつくりたい」。真摯な現場だからこそできるチャレンジ
――阿部さんは実際に曲を作っていて、自分的にこれはすごく楽しいなと思ったものや、これはちょっとチャレンジだったと思った曲はありましたか。
阿部 開次さんといえばコンテンポラリーダンスの印象が強いかもしれませんが、クラシックバレエのように、メロディに対してきちんと、緻密に振り付けをされているところがある。となると、開次さんにとっては音楽もしっかりと楽譜に書けて、緻密なものであるほうが物語を作っていくうえでは良いことだと思うんです。
でも、僕から敢えて逆の提案をさせて頂きました。生演奏に参加してくれるミュージシャンの優れた即興性を前提として、「楽譜に書けない音をつくりたい」と。
開次さんとこうした形で仕事をするのは初めてなのですが、でも開次さんの人間性を見ていて本当に真剣に取り組める現場だというのがわかりました。開次さんとなら一緒に取り組めるのではないか、取り組んでみたいと思いました。
楽譜に書けない音というのはすごく細やかな音や奇妙な音であるうえ、再現が不可能です。これは振付家にとっては大変なはずで、また、メロディーを作るほうが慣れている僕にとっても大きなチャレンジとなりました。
なぜそうした提案をしたかというと、僕は『星の王子さま』の物語に言葉にできない細やかなものや、瞬きして目を閉じた瞬間に見逃してしまうような小さな出来事や心の動きといったものをすごく感じるので、そうした感情の流れを大事にしたいと思ったのです。だから音楽も風がどこからともなく生まれてくるように、どこからともなく音楽が始まっているという、そんな曲にしたいと思いました。振付家泣かせになるのだろうなと思うんですが(笑)。
阿部海太郎
森山 でも分かります。僕も振付は「振付」として意図して作るものではなく、心に偶然生まれてくる動きを残したいといった思いから生まれるもので、それを導くために、たとえば一つのライブがあると思うんです。今、時間と必死に戦いながらこの大作を創って行く中で、でも本当にやりたいことはそんな壮大なものではなく、一瞬のひらめきやきらめき、心の動きのようなものを感じてもらいたいということなんだろうなと思っています。
今回の『星の王子さま』のように、大きな題材のある物語は、しっかり骨組みを作ったうえで、音楽家とコミュニケーションをとりつつやっていかなければならない。おそらく決まりごととして落ち着くことのない、ギリギリのところで本番を迎えるのだろうと思うのですが、危うい、つなげられるかつなげられないかわからないようなところでストーリーが生まれてくる、そんなところを期待していきたいなと思っています。
――砂漠に吹く風のような音楽が流れるなか、森山さんや阿部さん、様々なアーティストの方々の個性が醸すきらめきによって紡がれる『星の王子さま』ですね。これまで体験したことのない世界が感じられそうですし、お二人がチャレンジしたという「風の音」を感じながら、舞台を拝見したいと思います。どうもありがとうございました。
取材・文=西原朋未 写真撮影=荒川潤
公演情報
11月11日(水)19:00~
11月12日(木)19:00~
11月13日(金)15:00~
11月14日(土)14:00~
11月15日(日)14:00~
■会場:神奈川芸術劇場ホール
■美術:日比野克彦
■衣裳:ひびのこづえ
■音楽:阿部海太郎
■出演:アオイヤマダ、小?健太、酒井はな、島地保武
坂本美雨、池田美佳、碓井菜央、大宮大奨、梶田留以、引間文佳、水島晃太郎、宮河愛一郎
■演奏:佐藤公哉、中村大史
■公式サイト:https://www.kaat.jp/d/hoshino_oujisama
<その他の地域の公演>
●松本公演 2020年11月21日(土) まつもと市民芸術館 主ホール
https://www.mpac.jp/
http://k-pac.org/
http://www.gcenter-hyogo.jp/