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国やコミュニティ間に起こる摩擦や利害関係を超えた喜びを分かち合う スクリプカリウ落合安奈『越境する祝福』展

2020.11.24
インタビュー
アート

スクリプカリウ落合安奈《Blessing beyond the borders(部分)》各地で信仰や神事を捉えた写真群, サウンド, ライト | サイズ可変 | 2019年

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埼玉県立近代美術館で、「アーティスト・プロジェクト#2.05 スクリプカリウ落合安奈:Blessing beyond the borders- 越境する祝福 -」が2020年10月24日(土)から2021年2月7日(日)まで開催されている。若手のアーティストを取り上げる「アーティスト・プロジェクト#2.0」がスポットを当てる現代美術家のスクリプカリウ落合安奈は、Forbes JAPANが各界の次世代を担う30歳未満のイノベーターを選出する「30 UNDER 30 JAPAN 2020」を受賞するなど、ますます活躍の場を広げている。

落合は現在、東京藝術大学大学院彫刻専攻博士課程に在籍しながら国内外で作品を発表。日本とルーマニアにルーツを持ち、「土地と人の結びつき」を立脚点にして文化人類学的なアプローチを行い、インスタレーション、写真、映像、絵画などメディウムをマルチに用いて制作している。

「落合さんが東京藝大油画の学部生だったときに文化祭の展示を見ました。その時点で明らかに学生のクオリティから頭一つ抜けていて、周りの展示と比べて光って見えました」「作品のテーマは初期から一貫していて、異なる存在への関心や境界を変えていくような視点はずっと持っていると思います。ただレジデンスなどで海外に訪問する経験などを重ねて、より視野が広がり、バックグラウンドとなる彼女自身の経験値が上がって、作品のスケールは拡張しています」(担当学芸員・五味良子さん)

収束の見えない世界的パンデミックと、分断と対立が広がる情勢のなかで、今、最も注目すべき新進作家の感性が捉えたものとは何か。今展での取り組みと展示に込めた思いを聞いた。
 

『越境する祝福』での取り組み

今展では新作の映像作品《Double horizon》以外は既存の作品だが、2つのインスタレーションでは新たな試みが為されている。

同展の展覧会名にもなった《Blessing beyond the borders》(2019)は、全体の展示に通底する大きなテーマとして掲げられた作品だ。過去に鎖国を経験した2つの国、日本とルーマニアの土着の祭りや風習をプリントした生地で二重らせん状の空間を作り、その中を鑑賞者が巡る。二重らせんの構造は、時間や距離を超えて民族や国の異質性と同質性を縫い合わせ、地続きにしていく。

スクリプカリウ落合安奈《Blessing beyond the borders(部分)》各地で信仰や神事を捉えた写真群, サウンド, ライト | サイズ可変 | 2019年

「《Blessing beyond the borders》で行った新しい試みは2つ。1つは中央の電球です。明るくなったり暗くなったり、呼吸のリズムのように明滅を繰り返します。

この作品は過去に2度展示していて、1度目はとても暗い空間に展示しました。目を凝らしてだんだん目が慣れてくると、布にプリントした日本とルーマニアの景色がじわーっと浮かび上がり重なり合います。洞窟の中を進むような感覚を意識したのですが、せっかくのプリントが見えにくいという意見をいただくこともありました。

その次に展示したのはSPIRAL(スパイラル)さんで行った『KUMA EXHIBITION 2019』です。天窓がある明るい場所でした。作品の構造が見えてしまう状況は避けたかったのですが、大勢の人に届けようと思いその場所に展示しました。このとき、たまたま(天窓から見える)太陽に雲が横切ってかかったことがあって。一瞬暗くなったり明るくなったことで、写真の見え方が微妙に変わったんです。その2つの経験から作品にとって最適な状態を導き出して、電球の明滅のリズムをプログラミングしました」(現代美術家・スクリプカリウ落合安奈さん 以下同)

スクリプカリウ落合安奈さん  ©️Kotetsu Nakazato

さらに作品空間に流すサウンドには、落合がこれまで訪れた土地でレコーディングした音に、埼玉県で採取した音を新たに編み込んだ。

「展示会場が埼玉県立近代美術館さんで、自分の出身地も埼玉県である共通点があったことで、自分の身近なコミュニティと向き合うきっかけになりました。思い返してみれば、日本とルーマニアという括りで、国内でも各地に取材へ行きましたが、遠くばかり見ていて……というか、自分のルーツを“日本”というすごく大きなくくりで捉えていたことに気付きました」

新型コロナで自粛期間が続いたことは、落合が行うフィールドワークや制作にも大きな影響を与え、土地の風習や祭事を新たな角度から見る機会にもなったという。

スクリプカリウ落合安奈《Blessing beyond the borders(部分)》各地で信仰や神事を捉えた写真群, サウンド, ライト | サイズ可変 | 2019年

「祭りが中止になって取材ができなかったり、地域の人限定で開催されていたりと、自分のやってきた取り組みに対して難しい状況になってしまったんです。ただあらためて、祭りが地域のコミュニティととても密接なことを知りました。また神事だけを行う祭りもあり、そこに信念を感じました。今の状況での執り行い方の姿勢などで、祭りの形の違いや新しく見えてきたものがありました」

《骨を、うめる - ones final home》(2019)は、昨年招致されたベトナムのレジデンスで、江戸時代に異国の地で永い眠りについたある日本人の商人の墓との出会いから着想を得て、制作された。港町・ホイアンにあった墓は日本のある方角・北東 10°を向き、広大な田んぼの中にポツンと佇んでいた。この巡り合いを通して「自分の骨をどこに埋めるのか」を問うと共に、人々の中に眠る「帰属意識」に焦点を当てている。

スクリプカリウ落合安奈《骨を、うめる(部分)》カーテン, ベトナムの古い椅子, 映像, サウンド, 風 | サイズ可変 | 2019年

「この作品も過去に2度展示していて、1度目はホイアンにある文化遺産の建物が会場でした。このとき偶然、建物に北東に向いた窓があったのでカーテンをつけました。北東の日本の方から吹く風が窓から入り、カーテンを揺らします。かつて日本からベトナムに向かう朱印船を運んだのも北東から吹いてくる風でした」

言い伝えによると、墓に眠る谷弥次郎兵衛(たに やじろべえ)は、日本の鎖国政策によりベトナムのフィアンセとの仲を引き裂かれたものの、もう一度フィアンセに会うためにホイアンに戻り、その地で没したのだという。(埼玉県立近代美術館「アーティスト・プロジェクト#2.05 スクリプカリウ落合安奈インタビュー」より)

谷弥次郎兵衛の運命を左右した“鎖国と国際結婚”から見える「隔たりを生むものと、逆にそれを超えていくもの」をテーマにした同作は、展示する土地で見え方が変わる。歴史との繋がりと場所性が絡み合ったサイト・スペシフィックな作品だったため、2019年12月に行われたnap galleryでの個展では、この作品を東京にどのように持ち込むかを思索した。最初の展示ではカーテンと椅子のみで構成したが、(江戸時代からある)天体の位置や方角を確認する機器・渾天技(こんてんぎ)をモチーフにしたオブジェと、島に向かって人が泳いでいく架空の光景を撮影した写真をインスタレーションに取り込むことによって「方角」と「帰属意識」についてより体感的にするなど、ベトナム以外で展示するための工夫をした。

スクリプカリウ落合安奈《骨を、うめる(部分)》素材:モーター, アクリル,芯棒, ライト | ⌀ 30cm | 2019年

今展ではこれらの要素に加えて、会場に白い大理石を敷いている。

「ベトナムでは屋外と住宅の中が地続きになっていることが多く、タイルの床にそのまま寝っ転がったり座ったりします。外から犬がトコトコ家の中に入ってきたり。気候はすごく暑いんですけど、(現地にあった)大理石の床を触れたらヒヤッとしていて。その質感が体に残っていたので再現しています」

床に敷かれた大理石には作品の映像が映り込む。展示をする場所が、もともとは美術館の倉庫で入り組んだ間取りをしていることから、足を踏み入れると他の世界につながるような空間構成になっている。

身体感覚が開く装置として、暗闇を用いる

《骨を、うめる - ones final home》の会場もそうだが、今展のインスタレーションはどちらも来場者が暗い空間で鑑賞するものだ。この環境に、土着の祭りや風習というモチーフが内包する神秘性が交わう。落合の作品に対峙すると不思議な感覚におちいるという人も多いのではないか。こういった身体感覚を呼び起こす作品性はどこから生まれているのか。

「大学2年生の時に、油絵科の小山穂太郎教授が出した課題で、自由なテーマでリサーチを行うものがあり、私は埼玉の所沢から祖父母の故郷である広島に、自転車で行くことにしました。頑張れば行けるだろうと思っていたのですが、そもそも埼玉から広島まで行くには山越えする必要があったようで。出発して箱根のふもとに着いた時には日暮でした。宿を取っていなかったので案内所に行くと、山の上にある宿しかなくて。日が落ちて闇が深まる中、箱根の急な山道を自転車を押して登りました。野生動物やお化け、人さらい……、考えうる全ての恐怖を感じながら過ごした3時間でした」

山での恐怖体験以外にも、作品に使うための海水を海浜公園で夜中に命がけで汲んだり、雪景色を見るために行った青森の八甲田山で、吹雪に会い、撮影の最中にホワイトアウトした危機的な体験をしており、それらが身体性に訴えかける作品の力のヒントになっている。落合の作品に暗い場所で展示するものが多いのは、暗闇に感覚を研ぎ澄ます効果があるためだ。

「皮膚感覚や身体感覚が閉じてしまうような時代に、自然の中に身を置いたり、危険が及びそうな状況で「生」を意識することによって開かれた身体感覚を、作品で再現したいという思いがあります」

スクリプカリウ落合安奈《Blessing beyond the borders(部分)》各地で信仰や神事を捉えた写真群, サウンド, ライト | サイズ可変 | 2019年

新型コロナウイルス(COVID-19)による厄災はある意味、眠っていた身体的な感覚を開放する機会になったのかもしれない。ウイルス感染拡大を懸念して一時は中止することも検討されたという同展について最後に、生活のあり方や働き方の転換期を迎え、展示の見え方も大きく変わるようなウィズコロナの時代に、どのようなメッセージを読み取って欲しいか、コメントをもらった。

「フィールドワークを重ねる中で気づいた大切なことは、自分の常識を疑うということです。自分のコミュニティの常識が通念だと思っていると、他のコミュニティにある常識が異質に見えてしまい、そこでぶつかり合いや摩擦が起きてしまう。裏を返せばコロナ前までは、客観的な視点で祭りや儀式を取材していくことが、人類の共通性と魅力としての差異の発見とコミュニティ同士の摩擦を防ぎ、異文化理解へのヒントの獲得の第一歩になると思っていました。そんな取り組みを地道に続けていれば、さまざまな問題が少しずついい方向に行くだろうと。ですが世界的なパンデミックが起こったことで、意識の変化がありました。そんな単純なことではないのかもしれない。私自身も今、自分がつけたタイトル『越境する祝福』の意味を考えています。

困難な危機的状況に対して一人一人が考え続けることで、コミュニティや国同士の利害関係を超え、全ての人が同じ祝福をシェアできる時代を迎えられる可能性があると思っています。今、世界が再構築されるこのタイミングに、展示を見に来てくださった方が、ご自身にとっての『越境する祝福』とは何かを想像し、ボーダーやコミュニティ、国、民族、時間、時代を超え、物事が触れ合い地続きになる瞬間を感じるような機会になればいいと思っています」

分断と邂逅、「越境する祝福」の真意とは何かを考え、作家の感性を通して異文化や帰属意識に思いを馳せるのもよし。研ぎ澄まされた身体感覚を呼び起こし、ボーダーを超えるような環境に身を置いてみるのもいいだろう。

落合にとって公立美術館での個展は初で、これまでの展示の中でも最大規模の内容となっている。この会場でこそ実現できた、2つの大型インスタレーションを同時に展示し、そのつながりで描き出せた「隔たりを生むものと、逆にそれを超えていくもの」を体験してほしい。

取材・文=石水典子

展覧会情報

アーティスト・プロジェクト#2.05
スクリプカリウ落合安奈:
Blessing beyond the borders - 越境する祝福 -
 
◼️会期:2020年10月24日(土) ~ 2021年2月7日(日)
◼️会場:埼玉県立近代美術館 1階展示室ほか
◼️休館日:月曜日(11月23日及び1月11日は開館)及び12月28日(月)〜1月5日(火)
◼️開館時間:10:00~17:30(展示室への入場は17:00まで)
 
◼️観覧料:
一般200円 (120円)、大高生100円 (60円)
※ ( ) 内は団体20名以上の料金です。
※ 中学生以下、障害者手帳をご提示の方 (付き添いの方1名を含む) は無料です。
※ 企画展観覧券をお持ちの方は、併せて本展及びMOMASコレクションもご覧になれます(各企画展会期中のみ。)
 
◼️主催:埼玉県立近代美術館
◼️協力:JR東日本大宮支社、DMM.make AKIBA、考古学者 菊池誠一 教授、東京藝術大学美術学部彫刻科教授 大巻伸嗣 教授、Art collective “Residence project”、猪俣百八燈保存会、熊谷うちわ祭ご関係者一同、松浦史料博物館、平戸オランダ商館、田中沙紀、野村善文