こんなに親しみやすくていいんですか? 世田谷美術館の動画コンテンツで学ぶ大切なこと【ネット DE アート 第14館】

2021.2.13
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ネット DE アート 第14館:世田谷美術館

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オンラインでのアート体験も、芸術を味わう方法のひとつとして根づいてきたこの頃。時間も場所も関係なく、ふとアートと向き合いたくなったタイミングで楽しめるのが魅力ですよね。
美術館のウェブコンテンツというと、バーチャルツアーや学芸員による作品解説をイメージされる方が多いのではないでしょうか? 今回はそんな予想を楽しく裏切ってくれる、世田谷美術館を紹介します。展示作品の紹介や作家インタビューといった王道コンテンツに加えて、オープンな通信講座やこども向けの学習番組まで。きっと、アートをさらに身近に感じられるはずです。

世田谷美術館ホームページ

セタビブログと動画コンテンツ

世田谷美術館(通称:セタビ)は、東京・世田谷区にある緑豊かな砧公園の一角にある美術館です。1986年の開館当時から、近現代の美術を中心に、国内・海外の作品約16,000点を収集しています。そんな美術館の活動内容を伝えるのが、公式メディアである『セタビブログ』。そして2020年4月からは、動画コンテンツがスタートしています。

「セタビブログ」トップページ(ホームページより)

動画コンテンツはYouTubeから直接鑑賞することもできますが、ここでおすすめするのは『セタビブログ』の記事からアクセスするルート。動画への導入や概要が記事にまとめられているので、ブログを読んでから動画を見るとより分かりやすいのです。

それでは、動画コンテンツ内容について詳しく見ていきましょう。

教えて先生! 美術大学通信講座

自宅で毎日3分クロッキーその1「クロッキーの提案」講師:三宅一樹(彫刻家) 【世田谷美術館美術大学通信講座】

世田谷美術館ではこれまで毎年、約7ヶ月にわたる名物講座「美術大学」が開講されてきました。ところが2020年〜2021年は、残念ながら開催中止に。その代わりに公開されているのが、動画コンテンツを使ったオープンな “通信講座” です。

自宅で毎日3分クロッキーその4「着彩クロッキー」講師:三宅一樹(彫刻家) 【世田谷美術館美術大学通信講座】 (YouTubeより)

講座タイトルは『自宅で毎日3分クロッキー』。彫刻家の三宅一樹氏が講師となって、クロッキーについて語るのですが……。これがすごい! 「経験も、専門の道具も必要ありません」「線一本でもOKだから、毎日描くことがポイントです」と言われると、だいぶハードルを下げてもらっているような印象を受けます。しかし、それこそがキモなのだと回を追うごとに実感していくはず。どうやって絵を上手に描くかという話ではなく、クロッキーの意味や意義、ひいては心のスイッチを入れて暮らすことの大切さを教えてくれます。

自宅で毎日3分クロッキーその3「皆さんのクロッキー」講師:三宅一樹(彫刻家) 【世田谷美術館美術大学通信講座】 (YouTubeより)

動画内には、参加者から寄せられた作品を取り上げ、アドバイスや質疑応答をする時間もあります。発表の場があることで、画面の前で毎日3分クロッキーをしている “受講仲間” の存在をお互いに実感できて、やる気が出そうですね。「クロッキーは日記のようなもの。皆さんの大切な一枚を見せてくださって感謝いたします」と結ぶ先生のコメントがなんとも温かく、日頃絵を描く習慣がある方も無い方も、心地よい刺激をもらえる動画となっています。

「こども美術大学」は大人も学べる良コンテンツ◎

そして個人的にイチオシしたいのが、チャンネル内のこども向けプログラム『セタビチャンネルJr.』の「こども美術大学」。ゆるいドラマ仕立てで美術の本質に迫る、教育番組風のコンテンツです。

【セタビチャンネルJr.】「こども美術大学 第1話 りんごを描く ~あなたは本当のりんごを知っていますか?」 (YouTubeより)

“こども向け” と侮ることなかれ。既成概念に縛られずに目の前のモノをしっかりと見る、そんな重要なテーマを伝えてくれます。例えば、りんご。よく親しんでいるからこそ “りんご=赤くて丸いモノ” と脳内で処理しがち。けれどその断面は、実は丸ではなく五角形なんです。りんごの絵を描いてみよう! と言われたときに、そのことに気が付ける大人はどれくらいいるでしょうか?

【セタビチャンネルJr.】「こども美術大学 第1話 りんごを描く ~あなたは本当のりんごを知っていますか?」(世田谷美術館)

15分程度のこの動画を見ていたら、つい自分もやりたくなってリンゴのクロッキーを描き始めてしまいました。手作り感あふれるドラマでスルッと心に入ってきて、驚きを残してゆるく終わっていく……。「こども美術大学」、恐るべし。大人のアートファンにとっても、気負わずに見ることができて学びのあるコンテンツです。

【セタビチャンネルJr.】「こども美術大学 第1話 りんごを描く ~あなたは本当のりんごを知っていますか?」 (YouTubeより)

ちなみに出演・製作は、先述の長期講座「美術大学」修了生による自主映画サークル「セタビ映画人」が主だそう。美術館が蒔いたアートのタネが育って、こうして新たな世代へと想像力・創造力を引き継いでいるんですね。時には美術館職員の方もキャストとして参加していて、なんだか楽しそうです(笑)。堅苦しくなりがちな美術館へのイメージが柔らかくほぐれていくのが感じられます。

年に一度のナイトミュージアムイベントを、ライブ配信で実現

動画コンテンツの中には「ナイトツアーon-line 2020」と題されたシリーズ動画が。これは中止になってしまった2020年の夏休みイベント、ナイトツアーのオンライン版です。こどもたちを集めることができなくなった代わりに、なんと製作チームが夜の美術館内をめぐる物語の撮影を行い、その映像をYouTubeで生配信したのです。これってもはや、オンライン演劇では……?

【ナイトツアーon-line 2020】 ① 「展示室の白い影」 予告編(世田谷美術館)


世田谷美術館【ナイトツアーon-line 2020】 ③ 「展示室の白い影」 後編 (YouTubeより)

イベントのシナリオがホラー風ということもあり、録画した映像と生配信では、その場で実際に起こっている出来事を目撃するワクワク感が全然違います。当日、画面の前で同じ時間を共有した人たちにとって、美術館がここまでしてくれるというのは嬉しい驚きだったに違いありません。それにしても、一発撮りのリスクもある中、生配信を決行した製作陣に拍手を送りたいです。

出演者記念写真(『セタビブログ』より)

セタビブログでは、この生配信の顛末記を読むこともできます。館内の通信環境が良くないため、当日は100m近いケーブルを引いて有線で撮影していたのだそう。何としても見る人を楽しませようという熱意を感じます!

展示解説に、アーティストインタビュー。もちろんアカデミックな一面も

ここまで動画コンテンツの特に親しみやすくユニークな面を紹介してきましたが、もちろん王道のコンテンツも揃っています。『世田美チャンネル』では学芸員による展示作品の詳しい解説や、時には作家本人のインタビュー動画も。

【世田美チャンネル】vol.15 ミュージアム コレクションⅡ その1「吹田文明と版画集『東京百景』」 吹田文明氏インタビュー(世田谷美術館)

学芸員のみなさんによる解説はどれも温かみがあり、専門用語も少なく分かりやすいのが特徴。語られる言葉は文字で見るより軟らかく、すんなり頭に入ってくるから不思議です。

【世田美チャンネル】vol.1  ミュージアム コレクションⅠ「気になる、こんどの収蔵品」①(世田谷美術館)

第1回目の動画では、大事なレジュメをうっかり置いてきた橋本学芸部長のお茶目なリアクションが飛び出し、かなりほっこり。「間違えたらいけませんからね……」との誠実なコメントにもつい微笑んでしまいました。

【世田美チャンネル】vol.1  ミュージアム コレクションⅠ「気になる、こんどの収蔵品」① (YouTubeより)


【世田美チャンネル】vol.1  ミュージアム コレクションⅠ「気になる、こんどの収蔵品」① (YouTubeより)

【葉画家・群馬直美さんのアトリエ便り】その5(世田谷美術館)

アーティストのアトリエ訪問や、パフォーマンスの記録映像も

こちらは【葉画家・群馬直美さんのアトリエ便り】。アーティストによって作品が生み出される、アトリエの様子に密着するシリーズです。

【葉画家・群馬直美さんのアトリエ便り】その4 (YouTubeより)

テンペラ技法を駆使して細密な葉画(ようが)を描く群馬直美氏は、ズラリと並ぶ顔料のビン一つひとつに可愛い目玉を貼り付けています。その理由をレポーターが尋ねると、そこには “画材の向こうにいるその生産者をはじめ、創作を支えてくれている他者の存在を感じられるように” という思いがあるのだそう。何気ないワンシーンでしたが、ハッとさせられるエピソードです。

こちらに手を伸ばしてくれる美術館

世田谷美術館「作品のない展示室」クロージング・プロジェクト「明日の美術館をひらくために」2020年8月27日 (YouTubeより)

これらの動画コンテンツの多岐にわたる取り組みの中で、通奏低音のように響いているのは “見る人に、よりアートを身近に感じて楽しんでほしい” というパッションです。ここで出会える世田谷美術館は、スマートで高尚なだけの存在ではありません。あの手この手で豊かな感性を伝えていく、想像以上に優しく強かな、頼もしい存在なのです。

現地を訪れるだけでは、美術館側からの熱い思いをここまで実感することはできなかったかもしれません。このオンラインコンテンツは、ぜひアートを愛する方に受け取ってほしい逸品です!


文=小杉美香 画像=ホームページ引用

施設情報

世田谷美術館
住所:〒157-0075 世田谷区砧公園1-2
電話:03-3415-6011

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