新国立劇場が 2021/2022シーズンのオペララインアップ発表~グルック、ワーグナー、ロッシーニ、ドビュッシーetc.~The Show Must Go On!

2021.3.3
レポート
クラシック
舞台

大野和士 新国立劇場オペラ芸術監督 (撮影:長澤直子)

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例年通りであれば1月に行われる新国立劇場オペララインアップ説明会(2021/2022シーズン)が2021年3月2日におこなわれた。昨年まではオペラ、バレエ、演劇という三部門合同での発表だったものを、今年はジャンルごとに説明会を分け、オペラ芸術監督の大野和士がシーズンのコンセプトと演目を紹介した。

時期と演目は以下の通り。

〈新制作4演目、レパートリー6演目、合計10演目45公演〉

2021年10月《チェネレントラ》G.ロッシーニ作曲(新制作)
2021年11月〜12月《ニュルンベルクのマイスタージンガー》R.ワーグナー作曲(新制作、オペラ夏の祭典2019-20Japan↔Tokyo↔World)
2021年12月《蝶々夫人》G.プッチーニ作曲
2022年1月〜2月《さまよえるオランダ人》R.ワーグナー作曲
2022年2月《愛の妙薬》G.ドニゼッティ作曲
2022年3月 《椿姫》G.ヴェルディ作曲
2022年4月《ばらの騎士》R.シュトラウス作曲
2022年4月《魔笛》W.A.モーツァルト作曲
2022年5月《オルフェオとエウリディーチェ》C.W.グルック作曲(新制作)
2022年7月《ペレアスとメリザンド》C.ドビュッシー作曲(新制作)

説明会の前日には、現行シーズン3月公演《ワルキューレ》ジークムント役の、海外キャストの代役が発表された。村上敏明と秋谷直之という二人のテノールが、第一幕と第二幕を手分けして歌うという珍しい方式での出演だ。《ワルキューレ》初日はもう3月11日(木)に迫っており、ここまで近くなってからの発表には驚いたが、このコロナの時期にキャスティングをするのは、外からでは想像もできない大変さがあるのだろう。《ワルキューレ》の(これも飯守泰次郎 前オペラ芸術監督の代役で)指揮をする大野監督によれば、村上はリリックな声と表現で、秋谷はバリトンに近い深みのある音色でそれぞれの幕にうってつけとのことで、これはこれで見逃せない公演になりそうだ。

新シーズンに関してはまず新制作の4演目から説明があった。シーズンを読み解く鍵となるのはグルックの《オルフェオとエウリディーチェ》。オペラの歴史に新しい流れを作ったグルックの〈オペラ改革〉の試みの第一作目であり、後世の作曲家たちに多大な影響を及ぼした。グルックにはワーグナーも大きな敬意を持っていた。それは音楽と言葉の関係において真実を求め、オペラによって人間が高みに登ることを求めたからである。グルックのオペラ改革は、ワーグナーのドイツ・オペラの改革、そしてワーグナー信奉者から一転してフランス・オペラの改革者となったドビュッシーへと繋がっている。今シーズン開幕の演目であるロッシーニの《チェネレントラ》は、18世紀ヨーロッパのアンシャンレジームに属さない新世代として人生を切り開いたロッシーニ自身を反映する〈近代の個人のあり方〉を描いたオペラであり、この四人の改革者たちが今シーズンの特徴を形作っている。

大野芸術監督は「《ニュールンベルクのマイスタージンガー》の中でハンス・ザックスが“楽しい春には誰もが美しい歌が歌える。しかし、人生の夏、秋から冬がめぐってきた時に、多くの困難や苦しみが襲ってくる、それでも美しい歌を歌える者が真の芸術家である”と言っています。今回の新制作の4演目に共通するのは、人間の生き方として、私たちのこの時代に勇気を与えてくれる作品であることだと思っています」と述べた。

それぞれの演目の注目すべき点を見ていこう。シーズン開幕のロッシーニ《チェネレントラ》は、名匠マウリツィオ・ベニーニの指揮で粟國淳の新演出。新国立劇場の《セビリアの理髪師》ロジーナ役や先シーズンの《フィガロの結婚》ケルビーノ役で聴衆を魅了した脇園彩がチェネレントラ役に主演する。大規模な《ニュールンベルクのマイスタージンガー》はもともと予定されていた昨年夏の配役がほぼそのまま全員のスケジュールがおさえられたという「奇跡的な」キャスト。大野自身がタクトをとる。プッチーニの《蝶々夫人》は世界の劇場で活躍する中村恵理を題名役に、ピンカートンは新国初登場となる注目のイタリア人テナー、ルチアーノ・ガンチが歌う。シャープレスもやはり劇場デビューのアンドレア・ボルギーニ。

2022年は《さまよえるオランダ人》でスタート。目玉は指揮のジェームズ・コンロンだ。コンサートとオペラ両分野で活躍しており、ケルン歌劇場の音楽総監督、パリ・オペラ座の主席指揮者などを歴任し、現在はロサンゼルス・オペラ音楽監督を務める。「ワーグナーならぜひ」という本人の希望で《オランダ人》で登場することとなった。題名役にも現在この役で世界トップと目されるエギルス・シリンスの来日が予定されている。続く《愛の妙薬》は藤倉大の《アルマゲドンの夢》でベラ役を見事に歌ったジェシカ・アゾーディが、コロラトゥーラの技術と演技力を生かしまったく違うタイプの作品で再登場する。ネモリーノ役は定評のあるリリックテノール、ガテルが歌い、ベルコーレは初登場のブルーノ・タッディア、ドゥルカマーラは2018年に《ファルスタッフ》題名役が素晴らしかったベテランのデ・カンディア。3月の《椿姫》はヴィオレッタ役に、メトロポリタン歌劇場をはじめ世界で大活躍のソプラノ歌手アニタ・ハルティヒが出演する。次の《ばらの騎士》はウィーン生まれでこの演目は自家薬籠中のサッシャ・ゲッツェルの指揮。元帥夫人役はスター歌手アンネッテ・ダッシュ、オクタヴィアンのマリア・カターエワも期待のメゾ・ソプラノだ。

4月には《魔笛》も上演される。大野が芸術監督になった最初のシーズンのオープニングに選んだケントリッジ演出の舞台だ。キャストは全員日本人歌手になる予定。大野は「コロナ禍で外国人が来られないというのが一因ではあるが、その状況を受けて日本人キャストでいくつか上演したところ歌手たちの層が厚くなっていることを実感した。コロナが解決された後も適材適所で採用していきたい」とのこと。説明会の時点ではタミーノの鈴木准、パミーナの砂川涼子、パパゲーナの三宅理恵、弁者・僧侶・武士役の町英和しか発表されていないが、全キャストが揃うのが楽しみである。

グルックの《オルフェオとエウリディーチェ》は、バロックを中心に目覚ましい活躍をしている鈴木優人の指揮で、コンテンポラリーのダンサー・振付家として世界の劇場で高く評価されている勅使川原三郎の演出。勅使川原は内外でオペラの演出も重ねており、新国立劇場で初めてオペラを演出することになる。今回はウィーン版を基本にしたイタリア語上演だが、勅使川原のダンスの要素を活かすためにも「精霊の踊り」などパリ版から採用する部分もある予定。歌手ではカウンターテナーの名手ローレンス・ザッゾがオルフェオを歌う。

シーズンの最後はドビュッシー唯一のオペラ《ペレアスとメリザンド》だ。大野芸術監督がタクトをとる。何より話題になりそうなのはケイティ・ミッチェルの演出で、これは2016年にエクサンプロヴァンスで初演されたエクサンプロヴァンス音楽祭、ポーランド国立歌劇場との共同制作プロダクションだ。時代設定などを大きく動かした、ディテールにこだわった演出が評判の舞台である。出演はペレアスにベルナール・リヒター、メリザンドにカレン・ヴルシュ、ゴローにロラン・ナウリ、アルケルに妻屋秀和、そしてジュヌヴィエーヴに浜田理恵(2008年に新国立劇場で若杉弘指揮の演奏会形式でメリザンド役を歌っている)という豪華キャストだ。

以上がシーズン中に上演されるオペラのラインアップである。オペラを上演することが困難な時代とは思えない充実した内容とキャストであるが、この他にも2020年に予定されていた子供たちとアンドロイドが創る新しいオペラ《Super Angels スーパーエンジェル》(台本:島田雅彦、作曲:渋谷慶一郎)が大野芸術監督の指揮、新国立劇場演劇芸術監督 小川絵梨子の演出監修、針生康の総合舞台美術、藤木大地 他の出演で8月に上演される。

シーズンの演目決定に関しては、オペラのエキスパートである大野芸術監督ならではの采配が随所に見られる他、コロナのために上演できなかった公演を、予定していた演目に割り込ませていく苦心を感じた。現行シーズン4月公演の《夜鳴きうぐいす》《イオランタ》のダブルビルも、海外からの指揮者、出演者が来日不可能で日本人に変更になっているが、演出チームは演出家ヤニス・コッコス以下 当初の予定通りで、リモートでの演出になる。すでに同じ形で上演されたシーズン開幕のブリテン《夏の夜の夢》がモネ劇場他で上演されたプロダクションだったのと違い、一から作っていく完全な新制作をリモート演出で上演するのは劇場の現場スタッフにとっても出演者にとっても初めての挑戦となる。大野の冒頭の挨拶にあった「それでも美しい歌を歌える者が真の芸術家である」という言葉を信じ、応援していきたい。

取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子

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