勅使川原三郎『Landscapes』上映会が必見な理由
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写真右より、勅使川原三郎、フランチェスコ・トリスターノ、佐東利穂子
勅使川原三郎の日本未公開作を映像で
勅使川原三郎+KARASの複合スペースである東京・荻窪のカラス・アパラタスで、日本未公開作品『Landscape ランドスケープ』の公演記録映像が上映中だ。『Landscape』は、勅使川原三郎と佐東利穂子、そして現代ピアニストのフランチェスコ・トリスターノによる共演作品である。
トリスターノといえば、クラシック音楽界で今もっとも注目されている若手音楽家・ピアニストである。そもそ三者の出会いは2010年夏、ラ・フォル・ジュルネ(LFJ)音楽祭のディレクターであるルネ・マルタンが3人を初めて引き合わせ、ラ・ロック・ダンテロン音楽祭でコラボレーションさせたことに始まる。その後、2012年2月16日(木)には待望の日本公演『リユニオン』を東京・すみだトリフォニーホールで実現させた。「再会」「再結合」を意味する『リユニオン』は、バッハ《ゴルトベルク変奏曲》やジョン・ケージの《ある風景の中で》、そしてフランチェスコ自身の作曲によるオリジナル曲といった音楽と、勅使川原+佐東のダンスが見事に融合した公演として今も記憶に新しいコラボレーションだが、そのトリスターノと三たび共演したのが『Landscape』なのだ。
『Landscape』は、2014年にフランスで初演し、現在もヨーロッパで公演が続いているダンス作品だ。上映される映像は、今年9月フランス・リヨンのメゾン・ド・ラ・ダンスでの公演記録だが、この時のリヨン公演について勅使川原は次のように語っている。
「フランス、リヨンでの『ランドスケイプ』公演の初日は、とても良いパフォーマンスでした。佐東利穂子と私が踊り、フランチェスコ・トリスターノ氏がピアノ演奏で、バッハのフランス組曲、ゴルドベルク変奏曲、ジョン・ケージの「In a landscape」、フランチェスコの曲を織り交ぜた約1時間の構成です。ピアノ曲集なのですが、緩やかな曲、速いテンポの曲がめまぐるしく展開する、一瞬の隙間もないほど厳密に計算された構成によって、純粋に音楽とダンスする身体とが溶け合う独特の質感世界が現れ出てきて、繊細でありながら様々なダイナミズムが劇場を満たしました」
映像だからこそわかるダンスのレベル
実はこの『Landscape』の上映会は、すでに11/13(金)〜19(木)にも一度開催されている。しかし、勅使川原や佐東らが実際に出演するライブ・パフォーマンスではなかったため、見逃している人もかなりいたようである。だが、観た者の間で「これはすごい!」という話題でひとしきりとなった。というのも、映像を通してみると、逆にダンスのレベルの高さが如実に現れていたからである。
映像自体は、決して高度な撮影や編集技術は用いたものではない。ワンカメラによるフィックス撮影で、パンとズームによりシーンを追うのみである。ほとんど編集もされていない1時間ほどの映像ではあるが、ただ見ているだけでもトリスターノのクリアなピアノの音とリズム、勅使川原と佐東のキレのいいダンスはとても迫力がある。しかし、そうした生身の身体によるライブ・パフォーマンスを観るのとはまた違った関心が湧き起こるのである。
この記録映像を見ていて、私がふと思い出したのは、勅使川原がかつてYCAM(山口情報芸術センター)のYCAM委嘱作品として制作した映像作品『Friction of Time - Perspective Study vol.2』(2008年)だった。デュオを踊る共演者の視点から見たような佐東の顔のアップシーンがある一方で、勅使川原自身が踊る超高速度撮影によるスローモーションのシーンがあったりする、映像的な実験に取り組んだビデオダンス作品である。躍動的なダンスの動きを客観的に撮影するのではなく、シェイキー・カム(ステディ・カムではなく)のように主観的にブレるカメラで写し出すシーンは、ダンサーの身体感覚をオーディエンスにも疑似体験させるような趣きがあった。これは、身体感覚の共感・共有を一つのテーゼとするコンテンポラリーダンスを考える上でも、かなり意味深い映像と思えた。
しかし、勅使川原が踊る超スローモーションのシーンでは、スポーツ工学や自動車安全実験、宇宙開発などで使用する高速度カメラを使用していた。あまりの動きの速さに頬の肉はたわみ、決して美しい絵面とは言えないシーンだったのだが、それがかなり長い時間ノーカットでインサートされていた。そこにどのような意識や企図があったのか、今一つ計りかねていたのだが、この『Landscape』の記録映像を観て、ある種の合点がいった気がした。肉眼では認識できないほど微細な身体の運動を描き出すためのシーンだったのである。
そう悟ったのは、逆に『Landscape』ではダンサーの動きを捉えきれていないからだった。おそらくビデオを一時停止して静止させてみたところで、その動きはブレて身体の線は流れて写っていることだろう。ビデオというのは通常1秒間に30フレーム(画)ある。昔のフィルムなら1秒間に24コマだ。そうした一瞬間を切り取ってみたとしても、勅使川原や佐東の動きは速すぎて正確に捉えることはできていないはすだ。その高速な動きを私たちは肉眼で意識せずに見ることができているのだが、あらためて映像で見返して見ると、いかにダンスの動きが速いのかが理解できるのである。
佐東利穂子
『Landscape』のラストは、佐東のソロで終る。軽微な鴻毛が気流に乗って宙に舞い、永遠に舞い続けるような、精妙で静謐な動きで魅せる。動きの速さと繊細さがヴィヴィッドに伝わってくる。まるでスクリーンの向こうから、劇場のライブな空気が流れ出て漂ってくるような錯覚さえ覚える。近年この人のパフォーマンスは、観るたびごとに改めて見入ってしまう。バレエやヒップホップなど他のダンスのカテゴリーを見渡して比較してみても、同時代にこれほどのパフォーマンスで魅せるダンサーはいないのではないかと思える。唯一無二のリアルタイムな一瞬一瞬を0.何秒というスパンで刻印する動き。勅使川原のメソッドを体現して余り在るダンスで、その場に居合わせる観客は自ずと刮目し、残像は網膜に焼き付き、その記憶は一生涯にわたって残るものである。
この『LANDSCAPE』は、今のところ日本で上演する予定はないという。前回の上映会を見逃された人も、音楽とダンスの精妙な時間を楽しみたい人も、ぜひこの機会にご覧いただきたい。
勅使川原三郎×佐東利穂子×フランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)
日本未公開作品『Landscapeランドスケープ』上映会
12/17(木) 14:00/21:20
12/18(金) 21:20
12/19(土) 14:30/20:00
12/20(日) 14:30/18:00
12/21(月) 20:00
12/22(火) 21:20
12/23(水) 13:00/15:00/20:00
12/24(木) 14:00/21:20
※開場は開映の15分前
※上映時間は約64分
■会場:カラス・アパラタス/B2ホール(JR・丸の内線「荻窪」駅下車、西口より徒歩3分)
※東京都杉並区荻窪5-11-15−B2 TEL:03-6276-9136
■料金:1,000円(※ワークショップメンバーと学生は300円引き)
■曲目:
J.S.バッハ「French Suite No.2 C Minor」より抜粋
J.S.バッハ「ゴルトベルク変奏曲」より抜粋
フランチェスコ・トリスターノ「Hello」「Nach Wasser noch Erde」「HIGASHI」
ジョン・ケージ「In a Landscape」
■公式サイト:http://www.st-karas.com/karas_apparatus/