『タッチャブルズ』後藤ひろひと&久保田浩独占取材!
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(左から)久保田浩、後藤ひろひと 撮影:吉永美和子(人物すべて)
「この舞台で、もう一回関西から押し寄せてくる波が起きますよ」(後藤)
最近は大きな舞台の仕事が続いていた後藤ひろひとが、かつて座長&座付作・演出家を務めていた劇団「遊気舎」で上演したコメディ『タッチャブルズ』を、大阪・吹田市の劇場[吹田メイシアター]のプロデュースでリニューアル上演する。しかも後藤&現遊気舎座長の久保田浩による伝説のユニット「ホルマリン兄弟」名義というのが、往年のファンなら狂喜せずにはいられないだろう。このホルマリン兄弟の2人、後藤と久保田のインタビューが実現した。しかも久保田は、遊気舎が誇るクール&クレイジーキャラで、本作でも大活躍する「羽曳野の伊藤」の扮装というオマケつき! 当時の裏話から、後藤が企んでいる関西演劇復興のプランまで、めっちゃたっぷりうかがってきました。
■ブレイクのきっかけになったホルマリン兄弟は、福の神みたいなもの(後藤)
──まずは、ホルマリン兄弟の再結成が実現した経緯をお聞かせ下さい。
後藤 俺が以前(吹田市の)関大前に住んでいたという縁もあって、メイシアターからプロデュース公演の話が来たんですよ。それで何をするか悩んでいた時に、劇場のスタッフから「昔の羽曳野の伊藤とか面白かったよねえ」みたいな話が出て「それだ!」と。俺がいた当時の、一番人を笑わせる量が多かった時の遊気舎の脚本を使って、遊気舎の連中も呼び戻して上演したら、それは今の遊気舎にも、関西の演劇界にも影響を与えることができると思ったんです。
──それで久保田さんに声をかけたわけで。
後藤 そうそう。メイシアター×後藤ひろひとプロデュースでは、ちょっと面白みがなかったんで。「そうだ、2人で名乗ってた名前があったわ」というので「ホルマリン兄弟」という名前を使ったと。ただそのせいで、期待されちゃってるよね。
──あの格好(下記画像参照)で出ると。
久保田 後藤は避けたがってるけど、俺は全然やる気まんまんですよ(笑)。
後藤 本気で言ってるの?!(笑)
久保田 この舞台に誘われた時も「おお、やろやろ」って。彼と一緒にやることに別に何の障害もないし、多分他の人も喜ぶと思うし。
──そもそも「ホルマリン兄弟」って何で生まれたんですか?
後藤 俺が遊気舎の座長になった時に、劇団内でユニットをいっぱい作ってバラ売りしたら、さらに劇団の知名度が上がるかな? という考えがあったのね。その手本として、俺とクボッティ(久保田)の2人で「ホルマリン兄弟」を作ったわけです。それで深夜番組とか、京都の髙島屋で毎月イベントに出たりして…よく髙島屋で、あの格好でやってたなあ(笑)。
久保田 最初の頃は、とんがり帽子は定着してなくて…(胸や股間に)クラッカー付けるのも、その場その場でできていったんちゃう? コンビニの袋をかぶってる時もあったし。
後藤 でもホルマリン兄弟には、一個レジェンドがあってね。遊気舎初の東京公演の宣伝で、ある編集部にアポを取ってから訪ねたんだけど「担当が出かけています」と言われて、代わりに新人の女の子が話を聞いてくれたんですよ。それで、遊気舎がどんな劇団かという所から説明して「たとえばユニットでホルマリン兄弟なんてのがありまして…」という話をしたら「あれ? 江ノ島に来られてました?」と。
──江ノ島って、神奈川の?
後藤 うん。江ノ島で24時間の舞踏演劇祭っていうのがあって、何かの冗談で俺らも呼ばれてパフォーマンスして、それが大ウケしたのね。それをたまたま観ていて「あれが遊気舎だったんですか!」「いやあれが遊気舎というのはちょっと」と(笑)。それでその子が宣伝記事を書いてくれて、公演もかなり評判になった。で、次に東京に行く時に、お礼を言いたいと思ってその編集部に行ったら、会議室に6人ぐらいがズラーッと並んで「前回は大変失礼いたしました!」って(一同笑)。それからは東京でも遊気舎が盛り上がるんだけど、そのきっかけは江ノ島のホルマリン兄弟だった。
──ブレイクのきっかけがまさかのホルマリン兄弟。
後藤 そうですよ。福の神みたいなもんです。
『愛と哀しみのホルマリン兄弟』(1994年)より。持ちネタの一つ「口内クラッカー」の場面。
■羽曳野の伊藤の格好をすると、普通にしゃべる方が気持ち悪い(久保田)
──悪徳警官がマフィアのボスから多額の賄賂をせしめようとする『タッチャブルズ』は、映画『アンタッチャブル』のパロディということもあってか、遊気舎の中では割とウェルメイドだった印象がありますが。
後藤 だから今回、この作品を選んだんでしょうね。ちゃんとストーリーが完結してるから、笑わせることしか力を入れないで済む(笑)。それに若い演劇の子たちに「本当にお客さんを笑わせるとどういうことになるのか」という体験をさせる、その効力がまだ残っている本だったからね。
久保田 デタラメさがあんまりなかったのかな? その(デタラメな)部分は、伊藤に集中してたと思う。ただね、俺はこの作品、あんまり覚えてへんねん。
後藤 多分ね、クボッティは(遊気舎では)いつもこの役だったから、羽曳野の伊藤がどの作品で何をしていたのかがわからないと思うんだ(一同笑)。
──羽曳野の伊藤が生まれた経緯も聞いておきたいですよね。
後藤 俺が座長になる前の公演で、彼がヒーローの役をやってたんですけど、それをちゃんと演じる気がなかったんですね。カッコいいセリフを言いながら、脇にリポDのでかい物をずっと抱えてて、その説明を一切しないとか。
久保田 その頃は「舞台に出たら、自分だけ何か笑いを取らなあかん」と思って、いらんことばっかり考えてたんですよ。そういう気持ちが、そのまま出てたというか。
後藤 でもそのぶち壊し具合が、俺はとても気持ちよかったのね。周りは怒ってたけど「いや、あれは正しい。全員があれをやるべきだ」と。その後俺が本を書くようになって、その第一作目で羽曳野の伊藤が生まれました。当初から、カッコいいのに普通の人間とは何かズレてるというキャラでしたね。
──久保田さんも羽曳野の伊藤は、違和感なく演じられるものなんですか?
久保田 全然違和感ないというか、この格好でこうして普通にしゃべってる方が気持ち悪い(一同笑)。いっぺんね、手袋すんの忘れてん、舞台出た時に。そしたら全然しゃべられへんかった(一同笑)。出た瞬間「何か…何か違うぞ…(手を見て)…うっ!」って。
──久保田さんが作・演出される遊気舎の作品にも、羽曳野の伊藤は出てきますよね。
久保田 伊藤って使い勝手がいいですからね。だって、人間じゃないことできるやないですか? 月に行ったりとかも、伊藤なら(笑)。でも僕はまともな話しか書けないから、伊藤もまとも…というか、偽者の伊藤ですね。(後藤の書く)伊藤っぽい台詞も入れなあかんなあと思うけど、やっぱり限界がある。
後藤 でも羽曳野の伊藤の台詞を今読み返すと、俺が考えついたとは思えないような言葉がいっぱい残ってるのよ。ト書きに「羽曳野の伊藤」って書くだけで、もう勝手に面白いことが出てきて、絶対会話にならない…あのね、この機会だから言うわ。俺いろんな所で「今までで一番すごいと思った俳優は誰ですか?」って聞かれるけど、わかる人には「久保田浩しかいない」って言ってるのね。
──おお! その理由は?
後藤 だって「何でそんなこと思いつくの?!」っていうことを、どんどん出してくるのよ。たとえば「あの山の向こうの…」って言いながら指さしたら、そのシーンの間中ずっとこの(指さした)まんまなの。スタニスラフスキーは、何か場所を説明する時は、どこかを指差すことで理解しやすくするっていう方法論は書いてんだけど、何のために下ろすのかを書いてないんだよね。でも彼は「いっぺん上げた手を下ろす理由がない」という、モスクワ芸術座では決して教えられない、さらに進化した演技論で演技をしてみせた(笑)。それを観て「あ、俺天才と仕事してるのかも」って、ビックリしたよ。でも世間の9割9分が、この人が天才と気づかないで終わるのかもしれないと思ったら、羽曳野の伊藤をもっともっと広げたくなったの。
久保田 うーん…そんなすごい俳優という自覚、まったくないね。羽曳野の伊藤にしても「何で俺がそんなこと言う人間に見えてんねやろ?」って思うし。基本的に俺は、中流の家で普通に育った普通の人間やと思ってるから。
後藤 だからきっと、2人の間に「羽曳野の伊藤」というキャラクターがいるんだと思う。俺が書けば彼はもっと面白いことを見せてくるし、それを見たら俺はもっと面白いことを書きたいって思うけど、彼はさらにそれを超えてくるという。その連鎖のピークが『タッチャブルズ』だったという気はするね。
■上手に縄飛びが飛べる人よりも、できてへん人の方が面白い(久保田)
──出演者は吉本新喜劇の西川忠志さんや、三上市朗さんや川下大洋さんのような「後藤組」と言える俳優に加えて、オーディションでもたくさんの人が選ばれてますね。
久保田 『タッチャブルズ』の頃の遊気舎って、まともにお芝居のできる人がほとんどいない…悪い言い方したら、ガラクタが集まってる集団やったんですよ。そのガラクタを、後藤がどう料理して面白くするのかということをやってたので、その目線で選びました。
後藤 彼がオーディションで出した課題は「縄を持たないで縄飛びをする」だったんだけど、それすらできない人がいるのね。そこでもう、個性を見せちゃってるわけだけど、俺はその個性が欲しかった。なので上手にできてない人から「この子欲しい」って(笑)。
久保田 そうそう。できてへん人の方が面白い。キレイに飛べる人って「あー、上手やな」っていうだけやから。でも下手な人は「それって飛べてへんやん!」って…。
後藤 絶対目線はそっちに行っちゃうよね。上手すぎて目が行かないんだったら、それはエキストラに向いた人なんですよ。そうじゃなくて「何でこの人、演劇やろうと思ったんだろう?」という人がいる面白さを再現したかったし、彼らをいかにスターに見せるのかが、実は今回の見せ場ではある。メインの人に関しては本当に安心できる役者ばかりだから、ストーリーの方はもう大丈夫。自主稽古でいいですよ、あの人たちは(笑)。
──普通の芝居だと縄飛びができない人は取らないだろうけど、それをあえて取ってしまうのが後藤さん流ですよね。
後藤 オーディションでは、名の知れた演劇人や芸人もいっぱい来たんですけど、60歳を超えた吹田市役所職員や、公演のチラシをデザインしたデザイナーのような人を取りました(笑)。でもそういう人たちを私に預けたら、大スターにしてみせる自信がありますし、若い子たちにそういう演出を経験させてあげたいんですよ。個性を消してまで努力をするよりも、自分の持っているダメな所をもっと出すようにして見せたら、すごくお客さんを喜ばせることができるよ…っていうやり方を、勉強してもらえるといなと思います。役者の子も芸人の子も。
──そういえば今回出演される、遊気舎OBの魔神ハンターミツルギさんも、笑い方がぎこちないってだけでスター扱いになってましたし。
後藤 そうそう、グッズまで作る勢いだった。ミツルギ君、上手になってるのかな? 笑い。
久保田 いや、一緒やと思う。
後藤 じゃあ、まだ使えるかもしれない(笑)。(元劇団員のプリンス・ジャミー・)アリババ君も、2つのことが同時にできない…歩きながら振り返るとかができない人で、俺だけが「ミスター遊気舎」って呼んでたね。今回も出て欲しかったんだけど、ついに見つからなかったんです。誰か知ってたら情報ください(一同笑)。
──まさかの呼びかけが!
後藤 公開捜査ですね。今からでも何か考えますのでアリババ君、連絡をください。
■ディフェンスの俺が攻撃に回ることで、関西の演劇をまた動かしたい(後藤)
──今回は芸人さんも結構参加していますよね。
久保田 芸人さんはやっぱりすごいわ。エチュードをしても役者はなかなか言葉が出なかったりするけど、芸人さんはやっぱりトントントンと出てくる。「一体コンマ何秒でネタを考えるのか?」っていうぐらいの回転力があるからね。
後藤 でもね、芸人は早く力尽きるんですよ。俺は「インプロビアス・バスターズ」という即興劇のイベントを、役者と芸人ごっちゃにしてやってるけど、役者は一度キャラクターを作ったら、最後までそのキャラクターをやることができるし、キャラが固まっていくほどに言葉が出てくるんです。芸人はすぐにキャラクターを作れるけど、最後は関西弁の普通のボケツッコミになっちゃう。そこにやっぱり、俳優の強みがあるのね。
──だとすると、その両方のいい所を生かした芝居はもっと作られていいんじゃないかと。
後藤 俺がまさに、その中間の代表者でしょ? お笑いと演劇の。なのでどっちにもちゃんと、的確なアドバイスをして育ててあげることもできる。だからこっから、いろいろと動き出すことを期待したいね。これが終わる頃にはいろんな関係が生まれてて、芸人が劇団の公演に呼ばれたり、芸人のイベントに俳優を入れるということが起こったらいいなあ。
──確かに今の関西演劇に停滞感があるのは否めないですけど、後藤さんが最近再び関西小劇場界に軸足を置き始めたのは、そのフラストレーションがあるからですか?
後藤 この街ガラ空きじゃねえか? っていう。俺はしばらく、ディフェンスの一人としてここに立っていたけど、その最後の要と言われるディフェンスが急に攻撃側に回ったら、街を滅ぼすことができる(笑)。みんなが後藤ひろひとみたいな演劇になればいい、と。だから俺が攻撃を仕掛けた時に、君らはどうする? というメッセージが届けばいいかな。
──『スター・ウォーズ』で言えば、ヨーダがダークサイドに回った的な。
後藤 そうそうそう。それだけの影響力があって、なおかつお客さんがそれを見て喜ぶようなことができたらね。その基本は間違ってないと思うのよ、俺。お客さんがすごく喜んでる客席を作って、その真似をする奴らが出てくれば…侵略みたいな言い方をしてるかもしれないけど、まずは正しい第一歩だと思ってる。そこから「そうじゃない」と考える奴らが、さらに出てくればね。水が止まってる所を、ガチャガチャとかき回すという。
──久保田さんもまた、この動きに加担していこうと?
久保田 加担というより、うちの劇団自体がよくわからん路線になってるのが、今俺の一番の悩みなんですよ。だから今回の芝居で「これから何になりたいのか」っていうのが見えてきたらなあと。伊藤を今後も出すかどうかも含めて、遊気舎はどうなるんだろう? っていうのが、今はまったく見えてへんから。それが見える感覚を、また養いたい。そのきっかけの舞台になればいいと思うし、俺の中で何かが変わればなあという感じかな。
後藤 このインタビューって、全国の人が読めるんだっけ? だったら「これでもう一回、関西から押し寄せてくる波が起きるよ」と、ビッグなこと言った方がいいでしょうね。ここで若い連中が後藤ひろひとのコメディの作り方を盗んで、みんながその作り方を始めると、面白いことが起こるよと。まずは「あ、やっぱり関西の演劇面白いじゃない」と、みんなに思ってもらうようなものをやろうと思っています。
──じゃあ久保田さん、最後に羽曳野の伊藤の台詞で締めることできますか?
久保田 出えへんって!(笑)
後藤 違う違う。「私は○○○へ帰る!」って言わなきゃ。意外な場所を。
久保田 蒲生四丁目とか?
後藤 (羽曳野市)恵我ノ荘とかどう?
久保田 …あかん、無理無理。でも今回は、後藤ひろひとの書いた「羽曳野の伊藤」が何年かぶりにできるというのが個人的な楽しみだし、人に宣伝する時も「本物の伊藤が見れるよ」って言ってるんです。“本物”の狂いっぷりを見てほしいし、俺も狂いたいと思ってます。