9年ぶりの個展『琳-0 若林千春 個展 2022』を開催する作曲家・若林千春に聞く(インタビュー:西耕一)

2022.8.28
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若林千春

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日本音楽コンクール第1位など、数多くの作曲賞で評価される作曲家・若林千春が、9年ぶりの個展『琳-0 若林千春 個展 2022』を、2022年9月4日(日)に東京都国立市の宇フォーラム美術館で開催する。若林は「奇才」と形容すべき作曲家である。演奏される作品のタイトルも「飛び出し小僧」など、意表をつく名前が並ぶ。一体どんなコンサートになるのか、音楽著述家の西耕一が大きな期待感と共にインタビューを行った。


■意表を突くタイトルについて

西 タイトルは『琳-0 若林千春 個展 2022』……。「琳-0」、この読み方は「りん・マイナス・ゼロ」で良いのでしょうか?

若林 「りん・ハイフン・ゼロ」ということになりますね。

西 一体どういう意味なのでしょうか?

若林 『琳』……というのは「玉が触れ合って鳴る音の形容/美しい玉」という意味をもつ漢字のようです。綺麗な音という古ぼけた課題設定は、時代遅れの感もあり、多くの現代音楽マニアには噴飯モノと映るかもしれませんが、わたしには大きな問題です。かなり広い意味での倍音構造とか、旋法性などに抱かれた音響構造を前提として、音楽ということを想定していると思います。完全な無調性の音楽など……わたしには聴いていて辛いのです……肩が凝って来てしまったり、実際に肉体に変調をきたしてしまうのですね。笑い話みたいなんですけれどね。

西 なるほど、若林さんなりの理想の音楽のイメージですね。

若林 もちろん『琳派』の文脈としてのイメージもあります。すべての音楽を「移り変わりゆく音響デザイン」として聴いてしまう習慣がありまして、メロディーでさえ そんなふうに聴いているのです。そのような意味における装飾的な文体として 音楽をとらえている……そんな性癖があるのですよね。そんな私の、第0回の作品展というわけです。

西 初心に帰るというか、その確認というか、「0」回という意味も入っているんですね。


■冷奴のどこが美味しいのかを、日本人以外に伝えられるような音楽をと考えて20年

西 若林さんは「なにもないことのすべて」をテーマに音楽活動を展開されている、とのことですが、具体的に言葉で説明できますでしょうか?

若林 うーん、言葉にすると半分くらい「何かが逃げ行ってしまいそう」なのですが……。ごくごくわかりやすくいってみれば、冷奴の美味しさを(日本人以外の人に)何とか伝えられるような音楽を作ってみたいなぁ、と思ったのが20年くらい前からです。[冷奴のどこが美味しいのか……これを説明するのは、なかなかむずかしいかもしれません。そのお味? 旨味が凝縮されてます? 薬味って何故要るの? ほんの数種類の限られた素材による〝関係性〟が そのいのち なのですね。同様に「主食」という概念も面白いかもしれませんね。あれって「=メインディッシュ」ではありませんよね。ある意味では 一番主張しない 背景のような世界……それが「主食」ですよね。こんなふうに考え始めると、感じ方までが不思議な変容を呈しはじめまして、その時その頃は「台風の目」や「銀河系の核にあると云うブラックホール」のような、すべての中空にある『何もないこと』こそが、宇宙や生命の根源なんだ!と考え それをアピールしたいと感じておりましたね。いわば日本語の接頭語「うつ」をコンセプトとしていたのです(うつほ・うつくし・うつつ・うつし・うつろ・うつろひ などの接頭語です)。「うつ」は、以下の3つのイメージのカテゴリ−を象徴し、内包しています。

① 全部 ② 空虚/うつろ ③ 内/内部

そして 次の3つの方向性(もしくは分岐したプリズム)に放射された音楽を作り始めました。

❶ 〝一つの音という概念による音楽〟……【うつ】
❷ 〝装飾(デザイン)としての音楽〟……【うつし】
❸ 〝俳句のような断章としての音楽〟……【うつろひ】

このようなイメージが アンテナにピピっときた方には、ぜひ、個展に来ていただきたいです。

演奏会場となる宇フォーラム美術館


■気鋭の演奏家をむかえた美術館でのコンサート

西 演奏は、石上真由子(ヴァイオリン)、若林かをり(フルート)、マクイーン時田深山(箏)、松原智美(アコーディオン)という若手実力派が出演されるのも楽しみですね。彼女たちとの共演はこれまでにもあったのですか?

若林 はい、そうです。みなさん、素晴らしい演奏家の方々ですね! そして、この全ての方に拙作を演奏していただいております。

まず、石上真由子さんは、ほぼ初対面で「僕は、あまり現代音楽って好きじゃないのかもしれないです……」などと危険な発言をする作曲者に、嫌なお顔も見せられず、大人の対応をしていただいておりました。最初に演奏していただいたのは、クラシックの協奏曲演奏後のアンコールピース(しかも ド調性!)でして、その後も無伴奏作品や、ピアノとの共演による作曲者19歳の時の作品の改訂など、素晴らしい初演をしていただきました。肝っ玉と情熱とに溢れた繊細さに いつも驚きの眼差しの連続です。

石上真由子(ヴァイオリン) ©︎Takafumi Ueno

若林かをりさんには、多くの作品を(初演も含めて)演奏していただいています。CDにおいても素晴らしいテイクを体験させていただきました。柔軟な感性と、しなやかな対応感・適応性……演奏していただくごとに新たな発見があるのがありがたいことであり、とても貴重……魅惑的です!

若林かをり(フルート)

マクイーン時田深山さんについて。日本人にしか伝わりにくい情感……って云うのが確かにあるとは思いますが、この方はそれをほぼクリアされておられます。その上で、その類型を通り越して、楽譜上から掘り起こしてくださる情報としての「読み」がストレートかつ深くて、とても新鮮なのです。それもそのはず、彼女は 即興演奏家 IMPROVISER としての一面があり、その場その時の臨場感と即応力に溢れた表現が魅力的です。「こんな出鱈目な調絃……嫌がられるダロウなぁ」……こんな作曲者の不安や杞憂に対し……彼女は、全然OKのようでありました。

マクイーン時田深山(箏)

松原智美さんはですね……。わたし、アコーディオンのための作品は、まだ一曲しか書いたことがないのですが、素晴らしいパフォーマンスを聴かせていただきました。日常的な音色と いささかラフな存在感が魅力なアコーディオンですが、彼女の演奏は本当に緻密で、かつ、奔放な細部が有機的に構築されており、そんな只者でない感が聴いていて嬉しくなりますね。

松原智美(アコーディオン)

西 そのような気鋭のメンバーたちの演奏を、豊かな響きを持つ宇フォーラム美術館で聴く、というのは、通常のコンサートホールとはまた違った発見がありそうですね。演奏家とお客さんの距離感も、通常とは違ってくるでしょうし、楽しみです。

若林 この度の選曲は、心と心の距離が近いものが多く、ある意味でインティメートな、あまり構えることのない表現が多いのです。ステージの上から トップダウンに一方的に語るものでは「ない」音楽ゆえ、このような「いわゆる音楽会場じゃない」美術館での音の場の関係性を設定してみました。宇フォーラム美術館の、素敵な音響・コンクリート打ち放しの生成りのTEXTUREなどの装置を、とても嬉しく思っています。


■個展の各作品について

西 今回上演されるのは6曲。どれも興味深いタイトルが並ぶのですが「飛び出し小僧 Ⅴ」というのは?

若林 「飛び出し小僧」とは、私が現在住んでいます滋賀県発祥の交通安全換起人形とでも言った存在です。

「タモリ倶楽部」にてみうらじゅん氏に取り上げられて以降、全国区の著名なキャラともなっています。街角のどこにでもあって、普段は人々の意識にのぼっては来ない あの子たち。コピー感満載な いたいけな少年の表情は、ウォーホル作品のような平板で親しみやすいモノですが、ふとした拍子に運転者にとっては「急に飛び出すかもしれない不安げな存在」「歩行者として半ば身を隠した不穏なヤツ」として ドロロンとしたサスペンションを喚起してくれます。そんなありようを音にしてみました。このタイトルはシリーズ化しており 第5作目が今回お聴きいただくアコーディオンのための音楽です。

飛び出し小僧

西 「光跡」は? 今回は、ⅠとⅢが演奏されますね?

若林 「光跡 Ⅰ」はフルートのための独奏曲として、2014年に 若林かをり氏によって 現代音楽演奏グループ アクロッシュ ノートの定期演奏会(@ストラスブール)にて初演されています。そして「光跡 Ⅲ」はヴァイオリンのための独奏曲として 今回世界初演されます。光の跡というのは、通常見ることができません。残像・残影として、目を閉じて心の中に思い起こすようにして記憶を辿ることになりましょう。音の跡……というのは(そもそも「音楽」の喜び・構築性の認識という大きな柱となるものですが)どのように記憶され辿られていくのでしょう。そのような問い自身を音楽の成り立ちの遠因、もしくはイメージとしています。

西 「しばらくおまちください」というのは?

若林 子どものおもちゃが、ある時壊れてしまったんです。外国語をしゃべりながら 瞬間的にフリーズしたり 痙攣するように反復を繰り返すようになってしまいました。(要するに電池切れだったワケなのですが)めちゃくちゃぶりが大変面白く 日々を過ごしておりました。その顛末を音のレポートにしてみようと思いました。シンタックスの崩壊、意味性の剥奪、吃ってしまうような変容……私のような古い人間には、自分の幼い頃に見た初期の白黒テレビの番組(当時のテレビ番組は生放送なども多く、不慮の事故・アクシデントなどが頻繁に起きていました)の体験が 走馬灯のように体の中を駆け巡ったのでした。つまりプルーストのように、幼い頃の記憶が如実に想起されてきたワケなのです。目前の故障したおもちゃのサウンドから瞬時に 脳裏を駆け巡る思い出の中の事象。そんな事態の起きた時に必ずテレビ画面(ブラウン管!)に提示されていた当時のコメントをそのまま「タイトル」としました。

西 「しらとみ」は?

若林 これは Whiteout の日本語化です。「雪や雲などによって視界が白一色となり、方向・高度・地形の起伏が識別不能となる現象」=『白い闇』。無伴奏ヴァイオリンによる表現として、是非ともやってみたかった一品です。弦楽器は、どこを擦るかによって、微妙に異なる 繊細なノイズを発することができます。私は それらを聴くことが好きです。美しいと感じています!(この度は 改訂初演となります)

西 「玉響…momentariness Ⅵ」は?

若林 短歌や俳句のような、音による短詩・断章を具現しようとしました。瞬時に全てのイメージを掠め取ってゆくような時間構造。あるいは 音楽の気配……もしくは 音の面影として仄めかされる音像。全ては過去形・現在完了形の時制の中で語られ演じられます。

西 若林さんは、作曲家としてだけでなくピアニストとしても活躍されていて、演奏されるピアノの音だけでも、若林さんが、自分の音を選び取る鋭敏な感覚と高度な技術を身につけた方だということがわかります。今回は、9年ぶりの作曲個展ということで、前回のコンサートからたゆまぬ努力によって磨き込まれてきた若林さんの音楽がどのように展開されるのか、楽しみにしています。

若林 ありがとうございます。どちらかというと「たゆまぬ脱力によって見出された音」といった風情かも感じられるのですが……。ぜひたくさんの皆さんに聴いていただきたいです。

西 今回、コンサートへ、ご出演くださる演奏家から、若林音楽への意気込み・メッセージを頂いたので、公演に向けてYou Tube(https://www.youtube.com/c/BASARACHAOSMOS)に掲載されていくそうですので、そちらもご覧頂ければと存じます。なかなかソロ作品として聴くことの少ない楽器もありますし、宇フォーラム美術館の独特な空間で、それらの響きを間近で体感できるのも楽しみですね。

構成・文=西耕一


【若林千春プロフィール】東京藝術大学卒業、同大学院修了。第65回日本音楽コンクール作曲部門第1位・安田賞。第1回東京文化会館舞台芸術作品募集最優秀賞。東京文化会館舞台芸術フェスティヴァル2001において、「音詩劇『木・林・森…あのうみでの出来事/月魄のデュオュソス』~三群の合唱体、4人の打楽器、舞踏、照明、音響効果のために~」が初演される。現代音楽セミナー&フェスティヴァル「秋吉台の夏2005~2013」招聘講師。現在までに8回の作品展を開催。「若林千春 個展 Ⅷ ~究極のUTU~」のもようは 二週にわたりNHK-FMにて放送される。自作のCD「原響/ひもろぎ」および「玉響…ぴあにッシモ」が、レコード芸術誌上にて特選盤の評価。2014年および2018年にフランスの現代音楽演奏団体 Accroche note により、またC. ドラングル・M.カーロリによって作品が演奏されている。2018年第1回是阿観作曲家コンクール最優秀者に選ばれる。

若林千春作曲「ゆにわ/しま Ⅰ 〜フルートとチェロのために〜」

 

公演情報

音楽家集団“婆娑羅…カオスモス”
『琳-0 若林千春 個展 2022』
 
日本音楽コンクール第1位受賞の作曲家、若林千春の9年ぶりとなる作品展です。若林は「なにもないことのすべて」をテーマに音楽活動を展開しています。この度の作品展は、「琳-0」と題し、初演を含む近作の独奏作品によって構成されます。演奏は、石上真由子(ヴァイオリン)、若林かをり(フルート)、マクイーン時田深山(箏)、松原智美(アコーディオン)という若手実力派による布陣です。豊かな響きを持つ宇フォーラム美術館の空間で、新しい作品の息吹を是非堪能しにご来場ください。
 
■公演日時:2022年9月4日 (日)14:30開場/15:00開演(※16:30終演予定)
■会場:宇フォーラム美術館(東京都国立市東4-21-3)
料金(整理番号付き全席自由席・税込):一般:4,000円 学生:2,000円

 
■出演者:
松原智美(アコーディオン)
若林かをり(フルート)
石上真由子(ヴァイオリン)
マクイーン時田深山(箏)

 
■プログラム:
若林 千春  作曲:
「飛び出し小僧 Ⅴ」ーアコーディオンのためのー
「光跡 Ⅰ」ーフルートのためのー
「光跡 Ⅲ」ーヴァイオリンのためのー【初演】
「しばらくおまちください」ーフルートのためのー【初演】
「しらとみ」ーヴァイオリンのためのー【改訂初演】
「玉響…momentariness Ⅵ」ー箏のためのー

 
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