亀井聖矢、超絶技巧のその先へ! 3つの国際コンクールに挑戦した二十歳の一年を締め括る、サントリーホールデビュー公演をレポート

2023.1.5
レポート
クラシック

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2022年11月にパリで開催されたロン=ティボー国際音楽コンクールピアノ部門で優勝に輝いた、亀井聖矢。それ以前から早々に完売となっていたサントリーホールでのデビューリサイタルは、当日にプログラムが発表され、その内容は、「3つの国際コンクールに挑戦し、自分にとって激動の一年となった二十歳の2022年を振り返る」ものだった。

リハーサルの様子

前半のコンセプトは、マリア・カナルスのスペイン、ヴァン・クライバーンのアメリカ、そしてロン=ティボーのフランスをめぐる旅。
冒頭を飾ったのは、マリア・カナルス国際ピアノコンクールの課題だった委嘱作品、マルコス・フェルナンデス・バレーロの「フーガシティ」。弾き終えてマイクをとった亀井は、「2000人のお客様が拍手をしてくれている圧巻の景色に笑みがこぼれてしまう!」と、とても嬉しそうな様子だ。

目を閉じてサグラダ・ファミリアを思い浮かべて、と客席に語りかけたのちに“移動”したのは、スペイン。しなやかなタッチで奏でるアルベニスの「イベリア」より「トゥリアーナ」で、サントリーホールにスペインの風を吹かせた。
続けて今度は自由の女神を思い浮かべてほしいと語りかけると、音楽はアメリカへ。ヴァン・クライバーンコンクール課題曲の委嘱作品、スティーブン・ハフの「ファンファーレ・トッカータを、伸びやかに、きらびやかに奏であげる。続く20世紀アメリカを象徴する作曲家ガーシュウィンの「3つの前奏曲」では、落ち着いた柔軟なタッチで自在に音楽を運び、今日の演奏会前半のリラックスした雰囲気を盛り立てた。

続けて音楽はパリへ。ラモーの「鳥のさえずり」で束の間、薄暗い情景をホールに映し出したのち、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」で華やかな熱狂をもたらした。

後半は趣向を少し変え、ロン=ティボーコンクールのセミファイナルで演奏したものとほぼ同じプログラムを再現した、シリアスなプログラムが披露された。

間をとって静寂をホールに行き渡させてから演奏し始めたのは、ラヴェルの「夜のガスパール」。澄んだ音を鳴らしながら音楽を運び、「絞首台」では時折不穏な音を強調してグロテスクな世界を表現、「スカルボ」ではドラマティックに、アクティブに動き回る悪魔を描写した。
その余韻を保ったまま、細川俊夫「ピエール・ブーレーズのための俳句」。潔い打鍵と繊細にコントロールされた弱音で、細川がフランスの巨匠ブーレーズの75歳の誕生日に寄せて書いた、詩的で美しい音の世界を再現する。パリのコンクール中にも見せた、この曲を演奏することへの日本人としての自覚と自信のようなものが、わずか3分ほどの音楽から伝わってきた。

さらに続けて演奏された、リスト「ノルマの回想」。オペラのさまざまな場面のフレーズがつなぎ合わされたトランスクリプション作品であるこの曲を、聴かせ上手の亀井が奏でると、場面が切り替わるごとに激情や後悔、悲しみなど多様な感情がわき、惹きつけられた。
後半はトークをはさまず一気に弾ききり、クラシックの演奏家らしい高い集中力も存分に見せてくれた。

会場の拍手に答え、アンコールとして1曲目に、リストの「超絶技巧練習曲」より「マゼッパ」を演奏。
ここで、“謎解き制作者”として音楽雑誌でも連載を持つ亀井らしく、配布された曲目解説に隠されていたメッセージの種明かしがあった。コンサート序盤のトークで「曲目解説を読むときはあたまだけで読んで」と話していたが、これが、解説の最初の文字だけを縦読みすると「超絶技巧のその先へ」というメッセージになるという仕掛けがあった。そこに込められていたのは、「超絶技巧作品を演奏しているとき、難しそうだなと思われる、その先を目指したい。作曲家が表現したいものを届けたい」という考えだという。
そういってアンコールとして次に演奏したのが、再びリストの「超絶技巧練習曲」より「ラ・カンパネラ」。まったくぶれることなくなめらかな鐘の音が響く、宣言通り、その先を目指した演奏が繰り広げられた。

客席から熱い拍手が贈られる中、「僕にはあと1曲、得意な曲があるのですが……」と切りだし、「サントリーホールでのこの幸せな時間をまだ終わらせたくないので、弾きます」と話し、バラキレフの「イスラメイ」を演奏。これは先のロン=ティボーコンクールはじめ、これまで大切な場面で演奏して高く評価されてきた、亀井の十八番といえるレパートリー。技巧的な余裕の上で繰り出される多様な表現から、楽曲の洒落た部分やノスタルジックな空気が際立つ。難曲の完璧な演奏に感心しながら聴くことになりがちなこの曲を楽しみながら、この若いピアニストの半年の活躍とステップアップに思いを馳せているのに気がつき、ここでもまた彼が、その「超絶技巧のその先へ」を体現していることが実感できた。

会場では、リリースされたばかりのファースト・フルアルバム購入とサイン入りポストカード受け渡し会の列に並ぶ方々の長蛇の列ができ、その人気ぶりが改めて感じられた。

公演の約10日後には21歳の誕生日を迎えた亀井。サントリーホールデビューリサイタルは、世界にむけて大きな一歩を踏み出した20歳の1年間を総括し、彼がこれから進もうとする方向を示す、充実したものとなった。

受け渡し会の様子

取材・文=高坂はる香 撮影=鈴木久美子

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