東京バレエ団 ベジャールの『くるみ割り人形』で母を演じる政本絵美&榊優美枝に聞く、珠玉の名作の魅力

2025.1.30
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(左から)政本絵美、榊優美枝 (撮影:福岡諒祠)

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東京バレエ団 創立60周年記念シリーズ12として、ベジャールの『くるみ割り人形』全2幕が、2025年2月7日(金)~9日(日)東京文化会館大ホールにて上演される。20世紀を代表する巨匠振付家モーリス・ベジャール(1927-2007)晩年の名作で、1999年に東京バレエ団が日本初演。クラシック・バレエの定番『くるみ割り人形』を題材とし、巨匠の幼年時代の思い出が投影された本作は、母子愛とバレエへのオマージュに包まれた珠玉のファンタジーである。今回、主役の少年ビムの母に配役された政本絵美(2月9日)と榊優美枝(2月7日、8日)に、お互いの個性や役作り、作品の魅力について語ってもらった。


 

■異なる個性を備え切磋琢磨

――政本さんは2009年、榊さんは2014年に東京バレエ団に入団され、共にソリストとしてご活躍中です。お互いをどのようなダンサーだと感じていますか?

政本絵美(以下、政本) 優美枝には柔軟性があるので羨ましいです。自分は同じようにはできないけれど、優美枝のように柔らかく身体を使ってみようとしたりしています。それと、表現をはっきり出すことができる、どんな役でも自分のものにできる素晴らしいダンサーです。

榊優美枝(以下、榊) 絵美さんには入団してコール・ド・バレエ(群舞)に入ったときからお世話になっています。考え方がしっかりしていて丁寧に教えてくださいます。人間的にも尊敬できるし、ファッションや料理なども楽しみながら生活されているので憧れます。

――それぞれ印象に残る役はありますか?

政本 優美枝は『白鳥の湖』のオデット/オディール(2024年4月)や『ザ・カブキ』(振付:モーリス・ベジャール)の顔世御前(2024年10月)はもちろん素晴らしかったけれど"ユニークおばさん"もよかったよ!

政本絵美

――"ユニークおばさん"とは?

政本 『くるみ割り人形』第1幕に出てくる靴屋のおばさん役で、正式名称はシューベルト夫人。少しだけ踊るのですが、優美枝はそれがおもしろくて、いい感じなんです。

 コメディ系は初めて。演じるのが楽しかったです!

政本 そういうのもできるんだなと。

 絵美さんといえば『白鳥の湖』のスペイン。立ち姿がきれいで映えます。頭飾りと衣裳が凄く似合っていて、かっこいいです!

――オフ・ステージの印象はいかがですか?

 すっとした雰囲気があって、かっこいい役のイメージが強いですが、普段もそうですね。

政本 優美枝はわりと静かだよね?

 遠くを見つめていることが多いです(笑)。

榊優美枝

――2023年に新制作された『眠れる森の美女』のリラの精、『くるみ割り人形』のアラビアなど同じ役に配役される機会が増えていますが、お互いを意識することはありますか?

政本 同じ役を演じても持ち味が異なるので、違うように見えると思います。(団長の斎藤)友佳理さんや(芸術監督/バレエ・ミストレスの佐野)志織先生も「それぞれが違っていいんだよ」とおっしゃいます。互いを意識してはいますが、まずは自分の思っている踊り・演技を出します。リハーサルでは、同じ役の人をなるべくちゃんと見るようにしていて「あの感じは素敵だな」「自分でも取り入れてみようかな」という部分は、いい意味で盗めるようにしています。

 新演出のときのリラの精は同時に配役されましたが、以前からある子どものためのバレエ『ねむれる森の美女』のリラの精などは先に絵美さんがやられていて憧れていました。最近、絵美さんが演じられた役を任される場合、絵美さんを参考にしつつ「自分だったらこっちの方がよくみえるかな」というふうに考えています。常に追い続けている背中です。


 

■母を演じるにあたって

――ベジャールの『くるみ割り人形』の母で競演します。政本さんは前回2017年の上演時に演じています。榊さんは今回が初役。配役が決まった際の率直な思いは?

 憧れていたので素直にうれしかったです。それに、ベジャールの『くるみ割り人形』の再演をずっと待っていたので、上演できること自体がうれしかったです。

政本 というのも、ベジャールの『くるみ割り人形』はもうできないのかもしれないと思っていました。(2022年に逝去した元東京バレエ団芸術監督の)飯田(宗孝)先生のために創られたマジック・キューピーという役があったので、どうなるのだろうかと。今回は飯田先生に代わって(元モーリス・ベジャール・バレエ団芸術監督の)ジル(・ロマン)さんが新たな役で出演してくださることになりました。上演できるのがうれしくて、どの役でもいいから出たいと思いました。欲をいえば、もう一度母をやりたかったので感謝しています。

――7年ぶりというのは、やはり長かったのですね?

政本 今までも間を開けて上演されています。東京バレエ団はレパートリーが豊富なので、順番が回ってくるサイクルがそのくらいになるのかもしれません。

 でも、ずっと待っていました!

政本 皆もきっと喜んでいると思います。

――ベジャールにとっても特別な作品ではないでしょうか。自伝的で、主人公ビムにはベジャールの少年時代が反映されています。そして、巨匠が幼少時に亡くした母と向き合う舞台でもあります。母という存在をどのように捉え演じようと考えていますか?

政本 私たちはまだ母親になったことがありません。この間、優美枝と一緒に母を初演された(モーリス・ベジャール・バレエ団のエリザベット・)ロスさんと座談会をする機会がありました。その際、ロスさんから「自分の母親からもらった愛情、やってもらえてうれしかったことを思い出し、それを出していけばいい」といっていただきました。それ以外の部分は理想ということになります。ベジャールさんの理想の女性像に近づけていけばよいのではないかと。ベジャールさんがお母様を亡くされたのは7歳です。7歳の記憶って、ほとんどありませんよね。

 理想の女性ですよね。

政本 理想だよね。

 私たちだけじゃなくて、ビムの役作りによっても変わってくると思います。私の相手は(池本)祥真さんですけれど、どのように演じてくださるのかによって違ってきます。

政本 私の相手は(山下)湧吾くん。やっぱりキャッチボールできないと一方的になってしまうので、相手のリアクションに反応することが舞台上でもできるといいですね。


 

ベジャールの『くるみ割り人形』の魅力

――ベジャールの『くるみ割り人形』はクラシック・バレエへのオマージュでもあります。クラシック・バレエを確立したのは、ベジャールと同じマルセイユ出身のマリウス・プティパで、彼の振付も引用・参照されていますし、人物関係が古典版と相関していて、ビム=クララ/マーシャ、母=くるみ割り人形、ビムを導くM...=ドロッセルマイヤーといった具合です。東京バレエ団は古典版も上演していますが、ベジャール版を踊っていて新たな発見はありますか?

政本 音楽の使い方が素敵です。とくに、ビムと(母の面影が重なる)聖母像の前で踊るパ・ド・ドゥで流れる曲は、古典版の雪の場面の前でマーシャと王子が踊るところと同じですが、もの凄く高揚感があります。「この曲にはこんな一面もあったんだ!」と。チャイコフスキーの音楽は素晴らしいし、それをそのように振付したベジャールさんも同様です。古典バレエをよくご覧になるお客様も新しい音楽を観ている気持ちになるのではないでしょうか。

 私も『くるみ割り人形』の中で一番好きな曲なので、踊ることができてうれしいです。

政本 衣裳は肌色というか白に近い総タイツで、しかも裸足で踊ります。生まれたままというか、何も隠すものがないし、隠せないし、隠しようがない。その恰好であんなに広い東京文化会館の舞台に、母と子のたった二人で踊ります。その場面では、ビムは母に会えたことを現実だと思いたいけれど、母としては少し複雑な気持ちを抱えていたりもします。

 「ただ愛しくて触れている」というよりは、お互いの存在を確認し合っているような感じでしょうか。実体なのか、気のせいなのか、それを確かめ合うところが何ともいえません。

政本 温かくて愛にあふれているんだけど、切ない。

――役作りに関して、どのように話し合っていますか?

政本 今回はこうした取材の場で話し合うことが多いですね。お互いに同じ方向性です。通し稽古に入ると、それぞれの色が出てくると思うので楽しみです。

 創っていくのが楽しいです。絵美さんには振付を一つひとつを教えていただいています。

政本 7年前、私が初役のとき、以前やっていらした(元プリンシパルの渡辺)理恵さんに教わりました。私もありがたかったので、同じようにバトンをつなげたいです。

――第2幕のディヴェルティスマン(筋とは関係ない踊り)は、ビムから母への贈り物という趣向です。榊さんは前回は花のワルツでした。タキシードを着て登場します。

 当時私は目立つ役をやったことがなかったので緊張していていました。リハーサルでもドギマギしてしまい、少しステップを踏むのもなかなかできなくて苦労した覚えがあります。

政本 前回、花のワルツやる予定でした。でも、配役が急きょ代わって玉突きになり、私は母を、優美枝は花のワルツを踊ることになりました。羨ましかったですね。今回は母のほかにパリに配役されていますが、花のワルツに憧れていたのでやりたかったです(笑)。


 

■東京バレエ団の充実を反映した舞台に

――今回は先ほど話に上ったように故・飯田先生のマジック・キューピーに代わりジル・ロマンさん(全日)が何らかの形で登場する予定です。M…は柄本弾さん(2月7日。9日)、大塚卓さん(2月8日)です。今回の顔ぶれについて、どう考えていますか?

 バレエ団の皆それぞれの個性が生きた、今だからできる配役なので楽しみです。

政本 どのキャストもいいよね!

 似あっている人ばっかりなので。

――せっかくの機会なので、故・飯田先生がベジャールの『くるみ割り人形』に出演された際の思い出を聞かせてください。

政本 練習の虫でした。「舞台の上でマジックをやるのは緊張する」とおっしゃっていて、凄く練習されていました。練習されていた場所までよく覚えています。

 前回のリハーサル期間中に60歳のお誕生日を迎えられました。サプライズで花のワルツの音楽を流し、皆が1本ずつ赤い薔薇の花をお渡した思い出があります。

――最後に、読者の方に一言、そして本番に向けての意気込みをお願いします。

 東京バレエ団かモーリス・ベジャール・バレエ団にしかない演目ですし、毎回上演の間隔が空いてしまうので貴重な機会です。一人でも多くの方にご覧いただきたいですね。ビムとの関係性や場面場面で衣裳が異なり雰囲気が変わることとかを丁寧に読み取って、自分のカラーを出せるように創っていきたいです。

政本 3日間の配役がシャッフルのような感じなので、優美枝が話したように、どの日をご覧になってもご満足いただけると思います。前回母をやっているので、今回は落ち着いてできそうです。年齢も7つ重ね、東京バレエ団で多くの舞台経験を積んでいるので、落ち着いた大人の女性として7年前とは少し違った味を出していきたいです。


取材・文=高橋森彦
撮影=福岡諒祠

衣裳協力:チャコット株式会社
お問い合わせ:0120-155-653
政本絵美 チュールショートトップ、キャミソールレオタード、巻きスカート
榊優美枝 ロングスリープトップ、キャミソールレオタード、巻きスカート

 

公演情報

東京バレエ団 創立60周年記念シリーズ12
ベジャールの『くるみ割り人形』全2幕

 
■振付:モーリス・ベジャール
■音楽:ピョートル・チャイコフスキー

 
■日時:
2025年2月7日(金)19:00
2025年2月8日(土)14:00
2025年2月9日(日)14:00
■会場:東京文化会館(上野)
■上演時間:約2時間10分(休憩1回含む)*音楽は特別録音の音源を使用します。
※5歳以上入場可 ※4歳以下のお子さまはご入場いただけません。

 
【キャスト変更のお知らせ】ベジャールの『くるみ割り人形』配役変更のお知らせ

2/7(金)に開幕いたしますベジャールの『くるみ割り人形』において、フェリックス役で出演を予定しておりましたダニール・シムキンは来日後、リハーサルに入った矢先に過去に痛めたふくらはぎに再び強い痛みが生じ、医師の診察の結果、安静を指示されました。

1月29日(水)現在、足に激しい痛みがある中で新たな役に取り組むための準備期間を確保することが出来ず、本人、および弊財団にとっても苦渋の決断ではございますが、このたびの出演を見合わさざるを得なくなりました。シムキンの出演を楽しみにお待ちいただいておりましたお客様には大変申し訳ございませんが、このたびのやむを得ない変更につきまして、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。
 
また、光の天使役で出演を予定していた鳥海創は稽古中に足を負傷し、本公演に出演できなくなりました。代わりまして中嶋智哉が同役を演じます。
 
上記の変更をうけ、そのほかの配役につきましても変更が生じておりますので、大変お手数ではございますが下記の一覧表にて配役をご確認いただきますようお願い申し上げます。
 
当初の配役での公演を楽しみにお待ちいただいておりましたお客様には大変申し訳なく、重ねてお詫び申し上げます。
 
公益財団法人日本舞台芸術振興会 / 東京バレエ団
ベジャールの「くるみ割り人形」主な配役(1月29日(水)時点)

※赤字が当初の発表から変更になった配役です。
※ジル・ロマンの演じる役名は「プティ・ペール」に決定しました。
※2月8日(土)のグラン・パ・ド・ドゥのみ、本作の初演時にならい、男性ヴァリエーションをフェリックス役のダンサーが演じます。
※上記の配役は2025年1月29日(水)現在の予定です。出演者の怪我等、やむを得ない事情により変更が生じる場合もございます。最終的な配役は公演当日の発表とさせていただきます。また、出演者変更に伴う公演日の変更、払い戻しはお受けできません。予めご了承ください。
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