ピアニスト外山啓介が3人の作曲家を通して紡ぐ”幻想”の世界~ピアノ・リサイタル『幻想』への想いとは

2025.7.14
インタビュー
クラシック

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外山啓介ピアノ・リサイタル『幻想』が2025年8月24日(日) サントリーホールにて開催される。「幻想(ファンタジー)」をテーマに構成されたという今回のコンサートでは、モーツァルト、ベートーヴェン、そしてショパンという3人の偉大な作曲家を通して、古典派からロマン派へと辿る。リサイタルについて、​外山に話を聴いた。

――今回のリサイタルは、「幻想」をテーマとしています。外山さんの演奏をデビューCDのころから聴いていますが、外山さんの紡ぎだす音はとても美しく、このリサイタルのテーマによく合っていると思います。

今回のプログラムを組むとき、最初に頭に浮かんだのがベートーヴェンでした。ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第13番」は、以前から弾いてみたいと思いながら、なかなか演奏の機会に恵まれてこなかった曲。今回が人前で演奏する初めての機会になります。

第13番と第14番のピアノ・ソナタは同じ作品番号で、「2つの幻想曲風ソナタ」と記されています。第14番「月光」は、ショパンの「幻想即興曲」とのつながりが感じられますし、そこから連想して、ショパンの「幻想曲」や「幻想ポロネーズ」にももう一度取り組みたいと考えていたこともあり、リサイタルのテーマを「幻想」としてプログラムを組んでいきました。

――プログラム冒頭に、モーツァルト「幻想曲」ニ短調を取り上げています。彼は、ほかにも「幻想曲」を作曲していますが、なぜこの曲を選んだのでしょうか。

この作品が好きなのです。ファンタジーの先駆けといいますか、彼の表現における原点のひとつのように感じます。

モーツァルトの作品の要素のひとつは、オペラだと思います。次々とキャラクターが変わっていくなかで、こまやかな歌い回しなどに、ソプラノのアリアのような表現が見られます。そして、彼独特の色合いやハッピーなしめくくりも、リサイタルの導入として良いと思いました。

――「2つの幻想曲風ソナタ」が書かれたのは1801年。ベートーヴェンの聴覚が悪化した頃に書かれた作品です。

ベートーヴェンの後期のピアノ・ソナタにも取り組んでみたいと考えていますが、まずは初期のピアノ・ソナタを少し固めていきたいと考えています。古典派の作曲家について、ハイドンは交響曲や室内楽の作曲家、モーツァルトはオペラの作曲家、そしてベートーヴェンはピアノ・ソナタの作曲家だと思います。

ベートーヴェンは、自分のやりたいことや言いたいこと、そして革新的なことをピアノに託していたのではないかと感じています。彼のピアノ作品については、先の時代のモーツァルトが使っていた楽器よりも大きくなったことが影響しています。楽器の発展とともに、ピアノ・ソナタも進化していきます。ロマン派の懸け橋になっているのは、ベートーヴェンだと思っています。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、第12番のあたりから良い意味で革新的と言いますか、それまでの伝統が崩れていくように感じます。第13番は、4つの楽章がアッタッカでつながっています。また、第14番の第1楽章にペダルを踏みっぱなしにとの指示なども革新的です。「幻想」は、作曲家がやってみたいことを挑戦する場であったのではないかとも思います。でも、その頃のベートーヴェンのピアノ・ソナタは、中期や後期よりもまだ少し内向的と言いますか、良い意味での彼らしさがあるような気がしますね。「質実剛健」っていうイメージでしょうか。

――先ほど仰っていましたが、「ピアノ・ソナタ第13番」を演奏されるのは、今回が初めてだそうですね。

人前では、まだ演奏したことはありません。学生には、いっぱい偉そうなことを言ってきましたけれど(笑)。

このピアノ・ソナタは、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」と同じ変ホ長調です。「皇帝」とちょっと違いますが、でも、変ホ長調の持っている安定感……どっしりした感じの中にも、さまざまな場所にベートーヴェンなりのおしゃれがあるような気がします。多彩なキャラクターがかわるがわる現われるところなど、面白いと思います。一方、14番「月光」には、3つの楽章に関連性がありますね。

――「ピアノ・ソナタ第14番」は、外山さんがこれまで何度も演奏してきた作品です。

初めて演奏したのは、中学生のころではないかと思います。当時は、楽譜に記された指示の意味もわからずに弾いていました。例えば、冒頭のぺダルをきちんと踏み替えていましたし、第1楽章にソナタ形式ではなくアダージョの楽章が置かれていることにも違和感はなかったですね。大人になって、考えるべきことがとても多いソナタだと思うようになりました。

――外山さんのこのリサイタルでは、「幻想」というテーマとともに、ベートーヴェンとショパンを大きく取り上げています。多くのピアニストがこのふたりの作曲家を軸としてレパートリーを組んでいますね。

ショパンは、一番自然な作曲家だと思います。楽譜通りに演奏すれば、ショパンらしく弾けるように感じます。だから、自分本位で弾いてはいけない作曲家というイメージを持っています。ロマン派の基本の「基」は、ショパン、古典派ではベートーヴェンだと思っています。

――リサイタル後半で、ショパンの作品を取り上げますね。

ショパンの作品も、全曲弾きたいと思っています。マズルカなどの小品に性格が強く出ています。さりげないけれども、しっかりと聴き手の心に残るようなものだと思います。ノクターンやマズルカのような作品に、凝縮されているように感じるのです。

――リサイタルのショパンの曲目には、「幻想」のタイトルが並び、そこに「ノクターン第5番」をはさんでいますが……

僕は、このノクターンにとても幻想的なイメージを抱いています。子どものころ、遠藤郁子さんのCD「ショパン序破急幻」をずっと聴いていました。その中に、このノクターンが入っていて、いつか演奏してみたいとずっと思っていました。このリサイタルで、初めてみなさまの前で演奏します。

「ノクターン第5番」と「幻想即興曲」は、それぞれ「緩・急・緩」と「急・緩・急」というテンポの対比や調の点で結びつきを感じます。この二つの作品は、調のキャラクターは近いですけれども、そのコントラストを打ち出すことができるような演奏ができればと思います。

――「幻想即興曲」は、フォンタナによって命名された作品ですね。

そうですね。ショパンの4つの即興曲の中でタイトルがついているのは、この曲だけです。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」の3つの楽章は、それぞれ嬰ハ短調・変イ長調・嬰ハ短調。ショパンの「幻想即興曲」は、中間部は変ニ長調ですが、主部と主部の再現は「月光」と同じ嬰ハ短調です。それから、この2曲には同じモティーフが出てきます。

――それぞれの作曲家やその作品のつながりも、興味深いですね。ところで、外山さんは、「幻想ポロネーズ」をデビュー・リサイタルでも取り上げています。

2007年でした。「幻想ポロネーズ」は、ショパンの芸術の真骨頂であり、総まとめのような作品だと思います。形のないものに立ち向かっていくようなところに、魅力を感じますね。

ショパンの作品は、最後に手に入らないことが多い気がするんですね。でも、良い意味で音楽は残る。例えば、手で水をすくっても、少しずつ漏れてしまいます。でも、漏れていくから、新しいものが入っていくのかもしれませんね。結局、手に入らないものというイメージです、ショパンの音楽って。でも、そこに、美しさや儚さがあるのではないかと思います。「幻想ポロネーズ」はまさにそのような作品です。

――「幻想曲」は、ショパンの心身ともに充実した時期の創作です。

実は、大学の入学試験でこの曲を演奏し、リサイタルでも取り上げています。この作品は、英雄の物語だと先生から教わりました。ヘ短調は、イエスキリストの受難の調であると言われています。曲中には、行進の部分、傷だらけで足を引きずって歩く場面、英雄が最後に何にもつかめずに亡くなっていく場面、一方でそこから解放されたいと願う場面など、その対比が魅力だと思います。

――今回リサイタルは、「令和7年度文化庁劇場・音楽堂等における子供芸術鑑賞体験支援事業」として、小学生から18歳以下のお子さま230名を無料で招待されるそうですね。(注:事前の申し込みが必要)

子どものころに行ったコンサートのことを、今でも覚えていますし、サインをいただいたCDなども家にたくさんありますよ! 今回、あまりコンサートホールに行ったことはないけれど、行ってみたいなと考えているお子さまに、この事業を使ってホールに来てもらいたいですね。「ピアノのことはよくわからないけど、よかった」「楽しかったね」と思ってもらえましたら嬉しいです。

取材・文=道下京子

公演情報

外山啓介ピアノ・リサイタル「幻想」
~モーツァルト、ベートーヴェン、そしてショパン~
 
日程:2025年8月24日(日) 14:00開演(13:15開場)
会場:サントリーホール
料金:S席5,000円 A席3,500円(全席指定・税込) 
 
<プログラム>
モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397
ベートーヴェン:2つの“幻想曲風ソナタ”
        ピアノ・ソナタ第13番 変ホ長調 op.27-1
        ピアノ・ソナタ第14番「月光」 嬰ハ短調 op.27-2
ショパン:幻想曲 ヘ短調 op.49
    :ノクターン第5番 嬰へ長調 op.15-2
    :幻想即興曲 嬰ハ短調 op.66
    :幻想ポロネーズ 変イ長調 op.61
※曲目・曲順等が変更になる場合がございます。
※未就学児入場不可
 
◆令和 7 年度 文化庁 劇場・音楽堂等における子供舞台芸術鑑賞体験支援事業
【小学生~18 歳以下のお子様 230 名無料ご招待】
詳細はこちら=https://ints.co.jp/_upload-files/toyama-invitation.pdf
 
主催:インタースペース
協力:エイベックス・クラシックス
  • イープラス
  • 外山啓介
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