向井秀徳・岸田繁・折坂悠太による緊張感ある金沢の夜ーー永遠に終わらない、想像を遥かに超える競演『BABY Q 金沢場所』
写真=『BABY Q』提供(撮影:吉野純平)
『BABY Q 金沢場所』2025.8.2(SAT)石川・金沢市文化ホール
2024年8月2日(土)、弾き語り形式の回遊イベント『BABY Q 金沢場所』が金沢市文化ホールで開催された。出演者は折坂悠太・岸田繁(くるり)・向井秀徳アコースティック&エレクトリック。『Q』は、2019年に神戸ワールド記念ホールや両国国技館で、「CUE=素晴らしい音楽に触れる“キッカケに”」、「休=最高の休日に」という想いを込めて立ち上げられたインドアフェス。そして、コロナ禍の2021年の夏に東京・大阪で弾き語り形式の『BABY Q』が始まり、2021年の冬に広島、2022年は1月に北海道、8月に横浜、9月に大阪、12月に福岡、そして2023年7月には東京でも実施された。2024年は3月の名古屋、6月の沖縄、8月の金沢と開催。約1年ぶり、それも同じ金沢以来の開催となった。
会場ロビーでは、厳選された北陸の物産が『BABY Q 金沢場所』のオリジナルトートバッグに入れられて販売された。去年1月1日に能登半島地震が起きて、すぐに去年の開催企画が動き、今年のように当日の物産販売も行なわれた。全国を回るイベントだからこそ、地域への配慮が感じられるし、改めて意義のある金沢場所だと心から思った。去年も北陸以外から足を運ぶ観客の方が多かったが、今年も主催者に聞くと、地元の方3割・地元以外の方7割と地元以外の方が多かったという。その場所へ足を運ぶことは大切であるが、そのキッカケが『BABY Q』なのは嬉しい。ちなみに本公演の売上金の一部は被災地への義援金として寄付される。
折坂悠太
1番手は折坂悠太。会場のBGMが鳴り止み、折坂は静かに登場する。観客からの拍手に両手で応える。拍手の音はありつつも、独特の静寂を感じる緊張感。曲入り部分で簡潔な自己紹介も済ませ、語り口調も入れながら、声を張り上げて伸びやかに歌っていく1曲目「みーちゃん」。始まったばかりだが、自身の歌の型がはっきりとわかる。一瞬で折坂の歌の世界に惹き込まれる。曲終わり、間を空けて、「暑いですか?」と観客に問いかけて、「冷えてしまったので扇風機を止めます」と舞台にある扇風機を止める。猛暑の場合、会場内はより涼しく感じるが、この日の客席には外気の蒸し暑さが残っており、その温度がより緊張感を高めた。その緊張感に折坂も触れる。
「これはいわずもがな私の人生にとって大きな1ページであります。楽屋に入った時の緊張感3文字……立ち現れている。精一杯頑張ります」
「緊張感」と口にした時の折坂は少し微笑んでいたし、我々観客も聞きながら微笑んでいた。それは心地よい緊張感だからであり、緊張感を得られるような座組を観られる喜びをも表していた。<ちんちん電車の音が>という歌い出しが耳に入ってくる2曲目「のびやか」。静けさを感じさせてくれる歌が緊張感をも保たせてくれる。続く「朝顔」はドラマの主題歌としても愛される代表曲だが、何度聴いても<ここに 願う 願う 願う>という歌詞が胸に響く。アカペラでも歌われたが、静かな雰囲気ながらも感情を込めて歌う折坂の声が胸に届くだけではなく、胸をしめつける。そして、ギターを爪弾き、「馬市」へ。少し暑い空間で折坂の声の粘りが絡みつく。
早くも終盤に。ラテン音楽のスタンダードナンバー「ククルクク・パロマ」を、本人いわく「日本語詞を勝手に付けてやってます」と歌う。終わり、マイクを高くセッティングし直して、本人も立つ。吉野弘「生命は」の詩を朗読する。
「生命は自分自身だけでは完結できないようにつくられているらしい」
「花もめしべとおしべが揃っているだけでは不充分で虫や風が訪れてめしべとおしべを仲立ちする」
初めて聞く詩なのに最初の2行だけでも脳にこびりついて離れない。そこから歌われる「ハチス」の歌声は先程まで以上に力強く聴こえてくる。中でも語りの部分があり、吉野弘の詩と同様に刺さる。言葉の凄みを感じた。
ラストナンバー「トーチ」の前のMCで、折坂は向井、岸田との共演を不思議な感覚と話し、その理由を自分の青春(あおはる)時代の夏を彩った声と音が響き渡っているからと表現した。「いい夏だな」ともつぶやき、向井に「折ちゃんの歌はブルースだ」と言われているとも明かす。ブルースとは、生きている現状を生きている場所を無視せずに言葉にすることと自己解釈してから、「全ての差別に反対」と言い切り、「トーチ」を歌い出す。折坂の歌が何よりも夏を彩っている。向井岸田との座組というとてつもない緊張感を噛みしめながら、精一杯に歌いきった折坂の姿は清々しかった。
岸田繁
2番手。BGMが鳴りやみ、頭を下げながら登場する岸田繁。扇風機について軽く触れて、自己紹介をすると大きな拍手が起きる。折坂が向井、岸田両氏について話していたこともあり、観客の期待度も高まっている。アコギを普通に弾くだけでも、その貫禄と迫力は伝わってくるし、「鹿児島おはら節」の歌い出しでの声の伸び方にも圧倒されてしまう。そして、Creedence Clearwater Revival「Have You Ever Seen the Rain?」と岸田の弾き語りで聴くことが多いカバー2曲が続く。3曲目「Natsuno」では、くるりのナンバーが歌われたが、これまた語彙が乏しくて申し訳ないが、歌い出しから掴まれる。それだけ岸田の歌を欲していたということであり、くるりの夏のナンバーを夏の弾き語りで聴けるなんて、こんな幸せなことはない。
「あつおすな」
そのひとことで、やはり、また掴まれてしまう。京都からサンダーバードに乗ってきたこと、乗り換えが増えて不便になったこと、金沢でスタッフに「暑いですね」と言われたけど京都の方が40度くらいあって「涼しい」と思ったことなど、何でもない道中が話される。だが、そこに岸田の人柄を感じるし、そこから、どう歌に繋がるかが楽しみになってしまう。「かまけて金沢の夜を満喫したいと思います」とも話していたが、こんなに素晴らしい歌を聴かせてくれているのだから、何もかまけてないとすら勝手に想ってしまう。それくらい岸田の一挙手一投足に夢中になっている。
「ブレーメン」ではギターのカッティングが途中速くなるところで、何度も聴いていて知っている展開なのに、それでもいつも通り興奮してしまう。その後の「デルタ」ではギターの爪弾きにも迫力を感じて、凝視していると、最後に岸田は「まちごうた」と軽く笑う。真剣に聴きすぎて、その間違いにすら気付いていなかったが、先程の移動道中話ではないが、何でもない模様までが絵になる。
「折坂君の歌を聴いて感動して。帰ろかな?」
冗談交じりに話すが、折坂が如何に緊張感を持って歌っていたかを知っていただけに、この岸田の言葉は嬉しかった。岸田は事前に歌う曲を決めていないだけに、次やる曲をエエ曲歌うか新曲を歌うかで迷うと打ち明ける。新曲は「お得やろ?」と本人も問いかけてくれたように、我々からすればお得だが、エエ曲も我々からしたらお得であり、つまりは何を歌ってくれてもお得になる。そんな中で歌われたのは、「言葉はさんかく こころは四角」。より弾き語り的な歌い方で、また新たな「言葉はさんかく こころは四角」を聴けて嬉しくなる。そして、「瀬戸の内」も歌われる。要はエエ曲と新曲を連続で聴けたことになる。こんなお得なことがあって良いのだろうか。
「お時間が来ましたので、後1曲。私の後は向井秀徳さん」
ラストナンバー「ハム食べたい」。自然に体が揺れるし、言葉が軽やかに心に刺さっていく。圧巻としか言いようがない……。深く頭を下げて、そこから、また2回頭を下げて、両手を振って去っていく。
向井秀徳アコースティック&エレクトリック
3番手は向井秀徳アコースティック&エレクトリック。大トリだが、セッティング時から本人が登場して、声出しもしながらセッティングに余念がない。缶ビールを呑むだけでも拍手が起きる。
「Matsuri Studioからやって参りました、This is向井秀徳!」
お馴染みの前口上のように場内が暗くなり、アコギがかき鳴らされる。最初の一音からして歪みが凄い……。アコギでこれだけ歪むなんて、どういうことだと頭も心もついてこないが、魅了されていることに間違いはない。
「ボールにいっぱいのポテトサラダが食いてえ」
そう一節歌われただけで、大歓声が起きる。岸田で感じた迫力とは、また違う迫力なのだが、そう言うならば、今宵は三者三様の迫力を持ち合わせているわけで。<大皿にいっぱいの越前ガニが食いてえ>と歌詞も変えられたりするが、兎にも角にもとんでもなく向井秀徳ワールドになっている。相変わらず、向井が何かしら一声発するだけで、何かしら一呑みするだけで、場内は沸く。
「CRAZY DAYS CRAZY FEELING」では、これまたお馴染みの言葉「くりかえされる諸行無常 よみがえる性的衝動……」が聴こえてくる。とんでもない声の張り。最後、何故か向井は右手で顔を隠し、「そんなに見つめないで下さい。恥ずかしいので」と言い、右手を素早く動かし、「ちょっとボカシを入れてますけど」とひとこと。全てが向井秀徳ワールドであり、その世界に我々はどっぷりと浸かっている。
「Water Front」では「輪島漆くらいに粘っこく歌ってみようかな」と歌う前に言葉を添える。緊張感、迫力、それに加えて、粘っこさが、この日の3人にはあることにも気付かされる。これまたお馴染みの言葉「くりかえされる諸行無常 よみがえる性的衝動……」が再び繰り返される。それだけで粘っこいし、凄みがある。本人も途中、「粘っこい」とつぶやく。粘っこい夜は、まだまだ続く。
「チャイコフスキーでよろしく」では、折坂の向井からの言葉では無いが、ブルースを感じる。そして、「ブルーサンダー」では、ギターカッティングのリフが。これまで以上に激しく速くリズムビートを食らいながら、「ブルーサンダー」と口ずさんでいる。
エレキに持ち替える。缶ビールを呑み干すが、目の前のモニター前から新しい缶ビール1本が現れる。気合いを入れて、エレキがかき鳴らされ、その音が残る中、アコギが静かに爪弾かれる「The Days Of NEKOMACHI」。<冷凍都市から猫街へ>とメロディアスに歌われる。アコギとエレキが両方鳴っている感覚……。アコギからエレキへと持ち替えて、右手で左太ももを気合入れのように叩く。向井秀徳アコースティック&エレクトリックという名の通り、アコースティックとエレクトリックの音に溺れさせられる。
ラストナンバー手前の「永遠少女」。「1945年」「焼け死んだ」「流れ弾」という言葉が飛び込んでくる。何度聴いても凄みしかない。終わり、こちらは呆然とする中、向井は静かに観客に感謝を述べ、『BABY Q』の主催者、地元金沢のイベンター、それぞれ名前を出して、感謝を述べていく。深い感謝が届く言葉たちの後に、不意に予想だにしなかった深い感謝の言葉が届けられた。
「先月お亡くなりになりました、渋谷陽一さん、ありがとうございました。ここにおいて関係はないかもしれないが、今言っとかないかんと思いました。ありがとうございました、渋谷陽一さん」
不意を突かれて涙を流したのは私だけではなかったはずだ。観客、主催者、イベンター、音楽評論家、それぞれ立ち位置は違えど、全員が向井の音楽を愛した者であり、その全員に向井が感謝を述べる。そんな心があるから向井の音楽は聞く者を震わせるのだと再認識ができた。
また、岸田繁・折坂悠太を心のブルースを奏でる男と称して、「全ての歌はブルースだと思います。ブルースでならなければいけないと思います。自分にしか鳴らせないブルース。3人それぞれのブルース」と語る。
ラストナンバー「はあとぶれいく」。ギターカッティングからして、重みがあり、鋭さがあり、だが軽やかさもあり、それだけで聴き入る。歌も沁みる……。それまでの言葉もあるだけに、涙も流れる………。ブルースという言葉にはさまざまな解釈があるので、不用意に言葉はできないが、ブルースという言葉を歌として体感できた貴重な瞬間だった。
「金沢CITY!」
そう向井は叫んで缶ビールを持ったまま礼をして去っていく。舞台には椅子ふたつがスタッフによって運ばれる。それだけで観客は沸き立つ。向井への拍手は鳴り止むことなく、それは3人へのアンコールを求める拍手へと変わっていく。
サングラス姿の向井が缶ビールを持って登場。この時点で時刻は20時5分。終了予定時刻は20時。「カラオケ大会が始まりますんで。何も決めてないすよ」と向井。ちょっとやそっとじゃ終わらない予感を誰もが持ったであろう。ただ私を含め、20時56分や21時6分など金沢駅から終電で帰らなければいけない者も確実にいるため、ワクワクでありドキドキの時間が始まる。
岸田、折坂もすぐに呼び込まれ、3人は並んで座る。向井・岸田はアコギを持ち、折坂はマイクのみ。向井の前には楽譜が置かれた譜面台。「何をするかと言うと、歌いたい時に歌ってもらって、ギターを弾きたい時に弾いてもらって」という至って簡単なルール説明を、向井がカラオケスナック話を交えながら伝える。
「終わらないからね。気をつけろ。覚悟しろ」
向井の言葉に、私含め終電組は背筋が伸びる。終電を逃すのは恐怖であるはずなのに、興奮と高揚にも異様に包まれている不思議な感情。折坂いわく「早速予定にない……」という西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」を皮切りに、松山千春「恋」、安全地帯「ワインレッドの心」が続けざまに歌われていく。より歌いやすいようにと3人の椅子も、より近づいていく。で、井上陽水、玉置浩二、中森明菜が「夜のヒットスタジオ」で歌った時の凄いハーモニーばりに「飾りじゃないのよ涙は」。で、で、薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」。これは絶対に終わらない。
「同じ舞台に立っている者としてアンセム」
向井がそう断言してのビートたけし「浅草キッド」。歌い終わりが、ちょうど20時30分。ここで20時56分金沢駅終電の私は、後ろ髪を引かれまくりながら、泣く泣く会場を飛び出して駅へ向かいざるおえなくなる……。
てなわけで、このライブレポートは不完全であり未完成であり、ライターとしては、そんな状態で書いているのは、お恥ずかしくて情けないが、どうぞお許しください。資料映像を頂いて、確認すると、井上陽水「少年時代」→くるり「ばらの花」→RCサクセション「雨上がりの夜空に」で〆! 終了時刻20時50分!! 最後まで聴いていたら、完璧に終電を逃していた時刻。終電を逃してでも観るべきだったとも後悔しているわけで……。
なにはともあれ、ぶっとんだ祭になった『BABY Q 金沢場所』。次の『BABY Q』、それも向井が舞台に立つ場所は、絶対に宿を取らなければと思っているという感想は一旦置いといてと。結局、いつだって『BABY Q』が絶対に忘れられない夜になるのは本当に間違いない。
取材・文=鈴木淳史 写真=『BABY Q』提供(撮影:吉野純平)